表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

舞台裏の踊り子・2

新書「舞台裏の踊り子」2(五位夫人)


時は流れて、また暑い夏の年がありました。

その年は、南での急な大雨の被害があり、その上、北の前年の雪害の後始末がまだで、災害担当の役人が、自殺してしまうという事件がありました。

その役人は、リャンナの「夫」の娘婿でした。

「夫」本人は、私が五位になった翌年に、地方に帰りました。そこで患って早死にしたと言うことです。

私は何もしていませんが、彼の正妻が急死し、それが、五位になった私からおとがめがあるのを避けるために、「夫」が正妻を毒殺した、という噂がたったからです。根も葉もないことでしたが、利用して競争相手を蹴落とそう、という人は、どこの世界にもいるものです。

私は、いまさら、何とも思いませんでした。ただ、どうせ毒殺するなら、正妻ではなく、「夫」にするのに、とは思いました。

災害は新しい担当官が有能で、てきぱきと処理していきました。

次の議題は、コーデラの王子様の、確か十回目のお誕生日に、正式に御祝いをお送りすべきか、で、会議はもめていました。


王子様の血筋については、チューヤ人はあまり気にしませんが、コーデラ人にとっては問題と聞いていました。国王陛下の義理の叔父に当たる方が、王子様への継承に反対していると聞いていました。

結局は正式に御祝いするという事になったのですが、これは、そういった、会議の日々の中のお話です。


その日、私と六位夫人は、皇后陛下のお見舞いに伺うため、ご静養中の離宮に出発しようとしていました。皇后陛下は、本格的に倒れられる前から、たびたびお体を壊していました。

二人で外宮の控え室にいましたが、昔より、暑さ対策を施した室内は、風通しもよく、くつろいでいました。

そこにひょっこりと、四位様とレイホーン殿が現れました。

四位様は、お見舞いは、先日、とうにお出かけになっていました。何かと思ったら、レイホーン殿が半年ぶりに地方から戻られたので、今夜は実家で宴を開くので、お宿下がりになるそうです。

レイホーン殿は、当時は流通管理官補佐の役職に就いたばかりで、都と地方を、年に何回も往復していました。半年とは長いのですが、西の国境付近で密輸事件があったらしく、上司と共に、後始末に追われていた、との事です。

話の合間に、侍女が氷を運んで来てくれた時でした。

豪族のタンド氏とスイン氏が、護衛の兵士を連れて、控えの間に現れました。私達は、ご挨拶をしました。タンド氏は、三位様の御友人、スイン氏は、イーナを贔屓にしてくださった方でした。

二人は会議のために参内したのですが、タンド氏は、会議の後で、幼い孫息子を、三位様に会わせるつもりでした。会議の間は、与えられた控えの間にいたのですが、護衛の一人が、退屈して愚図りだしたお孫さんに、噴水を見せてくる、と連れ出したきり、戻っていないそうです。

偶然、スイン氏の護衛が、外宮の方に、二人が歩いて行くところを見ているのですが、太子の一人と共の者だろう、と思って、気に止めなかったようです。

外宮は面会の間などあり、男性が出入りできる部分もあります。ですが、内宮は、原則、皇族以外の男性は入れません。ただ、建物と建物の間は、警備がいるので、入り込むことは、まず出来ませんが、庭は地続きなので、紛れてしまうこともあります。以前は、お庭だけなら、皇族が同行すれば入れました。

いくら三位様のお知り合いで、子供とはいえ、紛れ込んでおかしな所に出てしまっては、騒ぎになります。

三位様は内宮をお探しとのことで、六位夫人は外宮回り、私と四位夫人は、お庭から見ました。

噴水は、外宮のお庭にも綺麗な物がありますが、外宮と内宮の境目付近に、コーデラ風の珍しい物があります。子供はそういうのを好みます。

私と四位様、レイホーン殿は、噴水の方から、池を見回しました。

そういえば、この池の、ちょうど反対側だったかしら、ヤーイン様とレイホーン殿が飛び込もうとしたのは、と、思い出した時です。

反対側の、その場所に、緑の中に、白いものが見え隠れします。人がいるようです。

「あそこはもう、内宮ですね。」

四位夫人が言いました。

途端、レイホーン殿が、走り出しました。池に沿い、例の場所を目指します。

そちらは、もう、と声をおかけしましたが、女の身では、御止めできません。

なんとか追い付いて、茂みに分けいって見ますと、以前より、数奇な光景が広がっていました。

ヤーイン様が居ました。服は着て居ませんでした。私を見て、少し隠しましたが、ぷいと横を向き、不貞腐れたようなご様子です。

傍らには、背の高いコーデラ人の男性がいて、子供を抱えています。子供は眠っているようでした。

そして、もっと妙な物がありました。

顔の右半分しか髭のない、若い男性が、下着しか身に付けていない姿で、何度も頭を下げていました。レイホーン殿が、剣を突きつけています。背後から、チューヤ人の、これまた長身の男性の剣士が、止めていました。

ここは、皇族以外の男性も、剣を帯びた男性も、存在してはならない所です。私は、気絶しそうになりました。でも、気絶している場合ではありません。

レイホーン殿は、私に気がついて、剣を下ろしましたが、まだ納めてはいません。

長身の男性二人は、先ほど、スィン氏の護衛として、紹介された人達でした。子供は、タンド氏の孫でしょう。すると、膝まづいている男性は、あの子の護衛だと思われました。

私は、ここがもう、内宮の庭であることと、昔とはちがい、お庭も入れなくなっている事を説明しました。

ヤーイン様は、

「私が許可したから、問題ない。」

と横を向いたまま、言いました。レイホーン殿は、

「五位様に、その言い方は失礼です。」

と、ヤーイン太子を睨み付けながら言いました。

レイホーン殿を宥めていた剣士が、おろおろとしながら、子供を抱えた剣士に、

「ファイス、お前も止めろ、なんとか言え。」

と言いました。ファイスと呼ばれたコーデラ人の剣士は、

「静かにしないと、子供が起きる。」

とだけ言いました。

「お前、そんな事よりも。」

「静かにしろ、シュウ。起きて、泣き出したら、どうなる?」

相方の剣士シュウは、押し黙りました。

そこに、遅れて、四位様がつきました。御姉様の姿に、レイホーン殿は、剣を納めました。ヤーイン様も、驚いた様子で、はっと身繕いを始めました。

見ると、四位様の後に、皇帝陛下がおいででした。私と六位様の出発を見送って下さるためだったのですが、騒がしいので、奥まで見にきた、と仰せでした。剣士三人は、はっとして姿勢を正しましたが、子供を抱いた剣士は、屈むことができません。私は、彼から、子供を受けとりました。

陛下は、剣士三人に、

「不問とする。直ぐに下がれ。」

とおっしゃいました。

「彼もですか?」

とファイスが、凍りついたように動かない、半髭の剣士を指しました。シュウが、

「馬鹿、そんな言い方があるか!これだから外国人は!」

と慌てましたが、陛下はお気になさらず、私に、彼らを外宮の主人たちの所に送ってくれ、とおっしゃいました。

「今回の事は咎め立てせぬから、忘れるように。」

と伝えてくれ、と付け加えて。

私は、剣士三人と、子供と共に、外宮の、両氏と六位夫人のいる所に戻りました。タンド氏は、孫が無事での喜び、部下が後宮奥に迷いこんだ怒り、皇帝陛下に知られた畏れとで、赤くなったり、青くなったり、大変な有り様でした。六位夫人は、彼を落ち着かせ、まだ内宮をお探しかもしれない三位様に使いをやり、震えている剣士に、

「陛下が忘れろと仰ったのだから、忘れなさい。御約束なさったのですから、おとがめはありませんよ。」

といい、スイン氏に、部下二人も疲れたでしょうから、お早くお休みなさい、と言いました。

私たちは、遅れましたが、お見舞いに出発いたしました。

車の中では、少しだけ、その話をしました。陛下が忘れろと仰ったのですが、鈍い私は、噂を耳にしていながら、わからなかったからです。

劇場のころ、噂というものは、大半は根のない大袈裟なものだから、何を聞いても、人気の肥やしのようなものとして、直ぐに忘れるものだ、と、父から言われていました。ですが、役者の場合と、高貴な方々の場合は、違ったのでしょう。

車を降りたら、その話はしませんでした。お見舞いは、二日を予定していましたが、天候が悪くなり、四日、足止めされました。


会議は終わっていて、あの事も片付いていました。

レイホーン殿は、「書記官舎物資出入管理官長」になっていました。前の役職より、位は上らしいですが、書記官舎の構成は、難しい試験に合格した官僚が中心となっていて、豪族や有力者の縁者だから、というだけの者は、いません。役職名も初めて聴く、耳慣れない物でした。会議時はかなり忙しくなるようです。前のお役目と違い、都の外に出ることはないと聞きました。

ヤーイン様には、この頃から、メイランに行くお話が出ていました。それに伴い、王宮の外に、独立した明かしとして、お屋敷を構える事になりました。


私は、元から、ヤーイン様とも、レイホーン殿とも、大した接点はありませんでしたが、この出来事の後は、口をきくどころか、お顔を見る機会もありませんでした。


そうして半ば本当に忘れかけ、数年が過ぎました。


ヤーイン様がメイランに行かれた時の事は、よく覚えていません。その後に起こした最初の事件の時も、大変なお話とは思いましたが、ヤーイン様個人に対して、どうこう思う事はありませんでした。最初の事件は、ヤーイン様は巻き込まれただけ、と伺っていましたし。


私の身の回りでは、サンナの夫が、赴任先で患い(義理の弟は高級地方官に出世しておりました)、命に別状は無かったものの、知らせを聞いてサンナの義母が倒れたり、劇場では中心の歌手では有りませんでしたが、そこそこ人気のあった女性歌手が、いきなり妊娠してしまったり(甥のリャンシンが父親と噂されたのですが、無実でした。)、スーナの夫の商人仲間で、大親友に当たる人が、旅の途中でコーデラの内乱に巻き込まれ、亡くなった事や、その影響で、スーナの夫には破産の噂が流れた(損失はありましたが、大したものではありませんでした。)事など、様々ございました。

また、私の上の娘が嫁入りし、下の娘も婚約が決まりました。六位夫人は、前の夫との間に出来た息子さんが、昨年結婚したばかりなのに、妾を入れたがっている、と悩んでおいででした。

さて、また夏の日の事でした。

その年は冷夏でしたが、そうは申しましてもセートゥの事です。やはり暑い日は辛いものでした。

私は、劇場関係の知人と外宮で面会していました。知人は、

「後宮はお変わりありませんか。」

と、しきりと気にしていました。

そこに、レイホーン殿が、女性を追いかけて、乱入してきました。

「姉上、彼女に…。」

と言っていたので、四位様の面会の間と間違えたのでしょう。

レイホーン殿は、私を見て驚かれ、

「五位夫人…。」

と言いました。もちろん、直ぐに

「五位様。」

と言い直し、乱入を謝罪しました。

乱入したのは、彼の婚約者でした。二位様の親戚と伺っています。レイホーン殿とは、正直、年齢が合わないのでは、と思うくらい、お若いお嬢様でした。彼女も、恐縮していましたが、私は、若い者には有りがちだからと、笑って済ませました。

彼等が去った後、知人が、

「お気をつけ下さいよ。」

と言っていましたが、茶器をひっくり返しそうになった事だとばかり思っていました。

ですが、その夜、居合わせた若い侍女二人から、同じ言葉を改めて聞きました。

気の強い侍女のユィホウは、

「何でしょう、あの言葉使いは。太子にでもなった積もりなんでしょうか。ああいう方には、お気をつけ下さい。」

と言いました。大人しいスィホウでも、

「さすがに『五位夫人』はありませんよね。四位様から言葉が移ったのかも知れませんけど。…お気をつけ下さい。」

と言いました。

私が六位夫人を呼ぶ時は「六位夫人」「六位殿」です。四位様をお呼びする時は「四位様」です。レイホーン殿は、四位様のお身内でも、私を呼ぶときは、「五位様」になります。

以前は、きちんと呼んでいました。スィホウのいう通り、久しぶりだし、口が滑っただけだろうと思っていました。

二人は、四位様は最近、二位様にお近づきだが、そのせいで、四位様の部屋付きの侍女が、態度が大きくなって困る、と話していました。

四位様に長く仕えた、年嵩の侍女が、高齢を理由に御下がりになったので、色々、纏まりが無くなっているようだ、とは、六位夫人から聞いた事がありました。

ユィホウは、どこから仕入れたのか、レイホーン殿の婚約者は、まるで少女のようだけど、見かけより十は年上で、遊びすぎて変な噂がたったから、慌てて婚約したのに、レイホーン殿は舞い上がって、馬鹿みたい、と続けました。

スィホウは、

「レイホーン様って、ヤーイン様がお好きで、今まで縁談を断ってらした、と噂でしたけど…ヤーイン様も一度はご婚約されていましたよね。」

と、噂を鵜呑みにするのはよくない、と付け加えていました。

私は、適当に言って、その日は休みました。


私は、以前、自分の見た記憶から、レイホーン殿がヤーイン様に夢中だと思っていました。ですが、婚約者といたレイホーン殿は、本当に楽しそうでした。

人の心はわからないものだなあ、と、しみじみ思いました。


それから暫く、冷たい夏の終わりが近づいた時でした。

メイランで、ヤーイン様がお亡くなりになりました。私には難しい事件の顛末は、ヤーイン様は、コーデラから逃げたらしい悪い魔術師に騙され、密輸事件に巻き込まれて、お亡くなりになった、で通っておりました。

ですが、私は、なぜか、「違う」と思っておりました。

レイホーン殿が、何故か生き生きし過ぎていたからです。

この時、レイホーン殿は、ご結婚準備のため、新しい役職にお着きになり、外宮でよくお姿を見掛けました。一点の曇りなく、お元気でした。


もし、レイホーン様が、「無関係」なら、ヤーイン様の死には、思い出のために、お悲しみになったのではないでしょうか。私には、明るさが、ことさらに無関係を強調しているかのように見えました。


私の勘は、悲しいことに当たってしまいました。


皇帝陛下から、

「コーデラから勇者の子孫が王子の使いとして来ているから、歓迎の宴に、皆、出るように。」

と賜りました。その時は、皆、喜びました。暗い話が続いていたからです。

四位様だけ浮かない様子でした。

彼女は、後宮に残っている女性の中では、一番ヤーイン様を知っているわけですから、当たり前といえば言えます。

四位様は、宴席には出ましたが、勇者の一行を見たとたん、気分が優れない、と下がってしまいました。

理由はわかりました。

ファイスです。

彼は私達を見ても平然としていました。私達の身分はわかっているはずなので、知らぬふりをしていたのでしょう。

皇帝陛下はわかりませんが、六位夫人はファイスを見るなり、私の顔を見ました。気づいたようです。

当のファイスはどこ吹く風で、静かに杯を重ねています。

彼も勇者の一行なのですが、この時の私は、彼が勇者サヤンの息子のハバンロと、神官の女性レイーラの護衛として雇われていると思っていました。護衛の身で飲むのは意外ですが、どうやら、お二人が飲めないので、代わりに飲んでいるようでした。

チューヤの宴会には、コーデラやラッシルのような、出席者同士の踊りはありません。風習もありますが、男性と女性の出席者の数が、そもそも違います。

また、男性は男性だけ、女性は女性だけ、という宴席が大半です。もともと椅子に座る習慣がなく、酒が入ると姿勢が崩れるので、男女の事故を防ぐ意味もあります。皇帝陛下は、「男女が列席する宴会では、椅子を使うように」とお触れを出していました。ですが、酔って椅子から転げ落ちる人が増えたため、「酒を出す場合は、背もたれのある椅子を使うように」とのお触れも追加しました。

今回は、コーデラのお客人を招いた、皇帝陛下主催の男女混合の宴会です。とは言っても、女性は主催者の奥方である私達と、レイーラ様だけです。侍女や舞姫は別です。

やがて「主賓退出」の時刻になりました。主人や奥方、身分の高いお客人は場所を変え奥に、後は本格的に無礼講で、下の者達が広間で楽しみます。

私達は、奥に引っ込みました。

退出したとたん、陛下を呼び止める者がいました。剣は持っていませんでしたが、出で立ちは剣士でした。

「イオ隊長からの…」

といいかけましたが、陛下の後に私達を見つけて、黙りました。

その時、剣士は

「ファイス!」

と叫びました。ファイスも驚いたようです。

「勇者の護衛の色男って、お前だったのか!お前、全然、変わってないな!…でも、確か黒髪と…」

と言ってしまってから、皇帝の前だと思い出したようです。

「…それは俺じゃなくてもう一人の…それはそれとして、相変わらずだな、シュウ。ということは、イオ隊長ってのは、あのイオ様か?」

ファイスは、少し笑っていました。皇帝陛下もです。

シュウ、はよくある名です。ですが、叫んだ時の声は覚えていました。あの、ファイスと共にいた、シュウです。

シュウが答える前に、奥から、ばたばたと足音がし、ユィホウが走って来ました。奥に移るから、四位様に、ご気分がよろしいなら、と、呼びにやったものです。

「四位様がいらっしゃらなくて、侍女も知らなかったようです。みな、慌てております。」

驚きました。いつ出られたかわかりませんが、引っ込んですぐだったとしても、女性、しかも皇帝の側室が外出する時間ではありません。

陛下は、一瞬、確かに驚きましたが、

「ああ、そうだった。レイホーンの所に用事があると言っていた。忘れていたよ。」

とおっしゃいました。

続けて、二位様には、お話がある、と、三位様には、四位が戻るまで、侍女達をなだめてくれ、とお言い付けになりました。

そして、お客様達に、

「イオの手伝いをお願いできますかな。詳しくはシュウから。」

とお頼みなされました。お客様達は、承知しました。


私は、部屋に引き取りましたが、その夜は眠れませんでした。

夜が明けると、きっと、すべてが終わっている、そう思いました。ですが、それは、本当に「終わり」が必要だった人たちには、何ももたらさない終わり方でしょう。

私は全体像などは知りませんが、その事だけはわかりました。


そして、その通りになりました。


私はレイホーン殿には、同情しませんでした。

昔、イーナの好んだ役に、「魔女メイリーナ」という演目がありました。

メイリーナは神の声を聞く聖なる巫女でしたが、上司に当たる聖職者を愛してしまいます。禁断の恋に燃え上がる二人でしたが、男はやがて、別の巫女に心を移します。最初は男から誘惑したのにもかかわらず、です。

最後は、嫉妬に狂ったメイリーナは、恋人と浮気相手、浮気相手の子供ばかりか、自分の子供まで殺してしまいました。彼女一人になったところで、幕が下ります。

正直、脚本は悪かったのですが、第一幕で姉の歌う、恋と呪いの独唱が、素晴らしかったです。姉が死んだ後は、全幕上映は無くなりました。

私は、この話の、メイリーナの恋人が嫌いでした。

レイホーン様には、彼と同じものを感じてしまいました。

ですが、メイリーナの気持ちも理解できませんでした。姉の歌には泣きましたが、脚本だけ見ていると、姉が好んで演じた理由さえわかりません。

ヤーイン様、レイホーン殿、姉のメイリーナ。私は、知りたくても、知るのが恐ろしい、そう考えて身震いしました。


同時に、知らなくてはならない、これを逃せば、知る機会はない、そう思いました。


お客様達が出発される前の日。私は、陛下にお願いし、最後に、お客様と話したい、と申し上げました。

今度の事は、二位様と四位様に関わる事なので、私が知る権利はありません。ですが、私の知りたいことは、おそらくお二人には直接影響しないでしょう。

陛下は、少し考え込んだ末、

「ファイスと、カッシーという婦人をお呼びしよう」とおっしゃいました。そして、こうお続けになりました。

「五位よ、君は、他の者達とは、側室になった経緯や段階といったものが、異なる。だから気になるのだろう、無理もない。もしかしたら、皇后や二位も、君と同じものを感じているかもしれない。」

私などが、皇后や二位様と同じわけはありません。ですが、陛下のおっしゃることも解るような気がいたしました。矛盾した気持ちではありますが。


その日は、かなり涼しゅうございました。私は外宮でなく、内宮の私室で、二人に会いました。私は陛下の計らいから、二人が夫婦なので内宮入りを許可したのだと思いました。

私の問いに、ファイスは、

「そういうお話であれば、ラズーリを連れてきましたが。」

と言いましたが、カッシー夫人が、夫をこづき、

「五位様が仰有りたいのは、別の事よ。」

と笑いました。

カッシー夫人は、こう言いました。

「五位様が御覧になったのは、総て『本当にあったもの』です。ですが、『本当』は、『別の本当』に変わってしまうものなのです。

真っ赤な布地が年月を経て、暗い赤になるかもしれませんし、薄い赤になるかもしれません。もしかしたら、赤の名残なんて、まったくない色に変わってしまうかもしれません。でも、一度は、鮮やかな赤い布だったことには代わりありません。箪笥にしまって、赤いままと思いたい人、色が変わったなりに愛着を持つ人、色が変わってしまったなら、捨ててしまう人もいます。

例えていうなら、二人の間にあったものは、古い赤い布地の、今の姿なのです。」

カッシー夫人は、お分かりですか、とは言いませんでした。

私は、二人に感謝の言葉を述べて、お送りしました。

夕方、遠くから、イーナの愛した歌が聞こえて来ました。

六日後は、イーナの誕生日です。劇場は、事件の影響で、派手な出し物は延期するとの話ですが、街の人々は、こんな前から、歌ってくれています。

私は、久しぶりに、すっきりとしました。

その夜は、よく眠れました。


私は、今も昔も、これから先も、五位として生き、五位として死ぬでしょう。陛下が亡くなれば嘆き悲しみますが、涙の意味は、他の夫人達とは、違うものになるでしょう。

ただ、人の心はうつろいやすい物です。最後にどうなるかは、当事者にもわかりません。


私は期待と諦めと混じりあった、ですがすっきりとした気持ちで、お客人を見送りました。


心の中で、鮮やかやな、赤い布を降りながら。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ