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文字数2500以内短編

作者: 成美鮭渡

布って凡庸性すごいですよね

「さぁさぁ、そこの子達! ちょっとでいいからおじさんの手品を見てみないかい?」


 百八十センチはあろうかという長身、上下シワひとつもない真っ白なスーツ、ピカピカに磨かれた黒の靴、警戒心をほぐす明るい笑顔。軽快な喋りの男の前に小学生の男女八人集まった。


「いいかい? 今からおじさんが魔法を見せてあげるよ! 使う道具はこれさ!」


 男は懐から一枚の布を取り出した。子供達は何が始まるのだろうといった目で布に視線を注ぐ。男は一呼吸置いてから再び喋りだす。


「これはね、物を包んで息を吹きかけると包んだ物が跡形もなく消えてしまう布なんだ! ん? その目は信じていないね?」


 最初は興味津々に見ていた子供達も、今の説明を聞いてインチキくさいと察したのか、一瞬にして目の色が変わった。男の子が「そんなのウソだね!」と声を上げ、女の子が「包んだ物が消えるわけないでしょ」と呆れたようにこぼす。

 しかし、男にとってその反応は当然と言ってよかった。誰だって非現実的なことを口にされたら信じないのは当たり前だ。


「じゃあ、今から実際にやってみるよ。目を絶対に逸らさないでね」


 男はまたも懐からボールペンを取り出した。それに布を巻き付けるようにして包む。子供達の視線を一人一人確認し、布で包んだボールペンの両端を摘まみ、強めに息を吹きかけた。

 すると、先程までボールペンの形になっていた布の膨らみが消えた。

 男はニヤリと口角を上げ、布を開いた。確かに中に包んだボールペンが消えている。さらに、洗濯物のシワを伸ばすようにバッサバッサとはたいてみせたがボールペンはどこにもなかった。


「わかった! ボールペンに仕掛けがあるんだ! それかおじさんが入れるフリをしたんだ!」


 男の子が言った。それに他の子供も同調する。

 男はやれやれといった風に首を振った。普通ならここで歓声が上がるはずなのに、最近の子供はませているとよく言うが、この子供達もやけに現実主義のようだ。あり得ないことはあり得ないと判断することがきちんとできている。


「じゃあ、こうしよう。おじさんは布に一切手を触れないから君達だけでやってみるのはどうだい?」


 男の提案に一人の男の子が名乗り出た。男がボールペンを消した際、イカサマだと言っていた子だ。

 男の子は布を受けとるとやり方を教えてもらいながら慎重に扱う。包む物は男の子が持っていた鉛筆を使った。


「そう、そうやって包んで。自分のタイミングで息を吹きかけるんだ。でも、ちょっと強めに吹かないと消えないよ」


 男に言われた通りに強めに息を吹きかけるとまたも鉛筆の膨らみが消えた。布を開いてみても鉛筆は影も形もなく消え失せた。

 これには子供達も認めざるをえない。男は布に一切手を触れず、全ての操作を男の子に委ね、同じように布に包んだ物を消してみせた。


「おじさん、疑ってごめんなさい」


 一人が頭を下げ、それに他の子も続いて頭を下げた。


「いいんだよ。信じてくれたならそれで。ただ一つだけ言うとすれば、この世には自分の予想外のことも起きるってことだけだ」


 その時、町中に音楽が流れた。午後五時を知らせる時報だった。


「おじさん、ありがとう。また面白い手品見せてね! バイバーイ」

「バイバーイ」


 子供達は走っていった。どこかでカラスが鳴き、オレンジ色に染まった空に溶けていく。平凡な風景の元、男は後片付けをし始めた。


「なぁ、おじさん」


 横から声をかけられた。見ると、学校帰りであろうと思われる男子学生が一人立っていた。男子学生は男が持っている布を指差して言った。


「その布は何でも消せるのか?」

「そうだね。この布に包んで息を吹くと何でも消える。例えどんなに大きなものでもね」

「その布、俺にくれないか」


 男子学生の言葉に、男は悩んだ。実際、今までこの布を欲しがった人はいる。しかしそれは、男の布を使った手品に魅せられた子供が割合の多くを占めていた。残りは手品をたまたま見ていた訳がありそうな人であった。

 男は思った。この男子学生は今まで欲しがった子供以外の人のように何か特別な事情があるのだろう。

 経験上、ここで断ってもまたねだられるに違いない。それならば今渡した方が後々楽ではあった。


「よし、わかった。これを君に貸すことにしよう。使い終わったらすぐに返してくれればいいよ」

「約束する」

「じゃあ、どうぞ。でも扱いには気をつけてね」


 男は布を手渡した。男子学生は無愛想に「ありがとう」と礼を言ったが、満足げに薄ら笑いを浮かべていた。



「でも、ちょっと汚いなぁ」


 男子学生は布を軽くはたいた。舞い上がったホコリが鼻に入ったのだろうか、くしゃみを催したらしい。一瞬顔をしかめると、とっさに手に持っていた布で鼻を包み大きくくしゃみをした。


「はっくし……」


 くしゃみの途中で男子学生は姿を消してしまった。そこにはただなんの変哲もない布がヒラヒラと地面に落ちていく様をため息を吐く男がいるだけだった。


「だから扱いに気をつけろと言ったのに。これで六人目か」


 男は布を拾い、懐に仕舞った。


※ ※ ※


「この布で包んだ物に息を吹きかけるとたちまち消えてしまうんだ!」

「包む物は何でもいいの?」

「そう、何でもいいんだ! 例えどんなに大きなものでもね……」


 男は目の前に数人の子供達がいることを視認しつつ、その奥の方に物欲しげな目でこちらを見つめる女性がいることに気づいていた。

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