外03 違える想い(リック)
アンとカレンを乗せた荷馬車がゆっくりと街から離れていく、俺はそれを見ながら隣にいるマイクに本当にそれで良かったのか? と問いかけたかった。
しかし、俺の口からそんな言葉は出てこずに、皆と一緒に屋敷に帰った。
俺とマイクは兄弟のようにスラムの子供が集まるグループで暮らしていた。
マイクはガキ大将で人を振り回すことが多々あったが、口下手で何かと行動の遅い俺には助かった。
マイクについて行けば何とかなったので、シーナと一緒にグループを離れた時も不安はあったが反対しなかった。
シーナも綺麗な顔が災いしてよく人に狙われるけど、幸運なことが起こって解決してしまうことがある。
俺は密かに『幸運の女神』なんてあだ名をつけていた。
シーナが屋敷の廃屋を見つけマイクがアンを連れてくると、俺たちの生活が激変した。
アンは変な子だった。小さいのに遊びたがらず、俺たちのことをじっと見ている。
俺は最初アンのことが気味が悪かった。小さい子供の姿の中に、何か大きな魔物でも潜んでいるのではないかと思った。
ギルドに行き、ダンジョンに潜るようになるとその疑念が益々増すのだが、しかしアンは慎重だった。
無謀に突っ込むマイクや俺を止めて、武器を揃え、慣らして一匹ずつ確実に魔物を倒していく。
風邪で死にかけていたシーナを助けるために、形振り構っていなかったマイクを抑えようとして、結局一緒に無茶をやったのはいい思い出なんだか、苦い思い出なんだか。
エント爺さんが屋敷に来て生活が安定すると、休みの日に街中を歩くことが多くなった。
前は昔のスラムの仲間に会って話したりしてたが、生活環境が違い過ぎて意見が噛み合わなかった。
俺が街中を歩いていても、もう以前のように邪険にされたりしない。
街に認められたような気がして嬉しかった。
多少の金を貰えるようになり、食べ物を買ったり、酒を買ったり、物を買って自分の物になるのが嬉しかった。
その日も街角の小さなパン屋が目に留まった。
毎日焼きたてのパンが食べられる生活は夢だった。
ついつい中に入って、パンを物色していると大きな元気な声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませー! うちのパンは毎日食べても飽きが来ないおいしさだよ!」
満面の笑みで微笑みかけてくる少女に、俺は一発で心を打ちぬかれた。
しどろもどろにパンを買って、その日はすぐに帰った。
ドキドキとする心臓が中々落ち着くことはなかった。
それからは金があったらそのパン屋に通って、少女の笑顔を見ながらパンを買った。
彼女は元気に楽しそうに勤勉に働き、笑顔がチャーミングで素敵だった。
10層目に到達した俺たちはボスのホブゴブリンと戦った。
俺より巨大な身体、筋肉、棍棒、そして目に宿る殺気と闘争心。
二人掛かりで戦っているのに、物ともしない闘争心に俺は勝てないと思った。
俺より巨大な相手と対峙して分かった。こんなにも大きいことは有利だったんだと。
俺は今まで小さな相手としか戦って来なかった。自分の有利を確信して戦っていた。
しかしそのハンデが無くなると、後は心で勝たなければならない。
負けない気持ちが必要だったが、俺にはなかった。
内心では怖がっている普通の人間なんだ。
常に大きな相手と対峙してきたアンや闘争心むき出しのマイクとは俺は違った。
気が付くと、ホブゴブリンはマイクとアンが倒していた。
額を切ってぼたぼたと血を流すアンを見て怖くなった。
アンですら命の危険があって、大怪我を負っている。
俺はこのまま冒険者を続けて生きているられるか?
大怪我をしているのにケロッとしているアンみたいに、恐怖を感じることなく戦うことは出来ないと思った。
屋敷に戻ってアンの怪我の手当てをしている陰で、シーナは怒っていた。
「何で一番小さくて女の子のアンが一番大怪我を負っているのっ! 女の子なのに顔に傷跡が残るじゃない……」
そう言って泣いていた。
マイクも俺も言い訳する言葉もなかった。
俺たちは打撲や切り傷はあったが大きな傷はなかったのだ。
面目なかった。
11層目に入るとアンに誘われて、孤児院からカレンがやって来た。
治癒魔法が使えるカレンは助かる仲間となった。これで大怪我してもすぐに治療出来るだろう。
しかし、俺の臆病風は治らなかった。
10層目ボスと対峙してから俺は冒険者に向いていないという自覚を持ちつつあった。
生活が安定していれば、こんな死を招く場所に向かいたくない。
だが俺たちは今だ貧乏で、ダンジョンに潜らなければ生活が立ち行かない。
悶々とそんなことを考えて悩んでいると、エント爺さんの親類だと言うウィリアムたちが屋敷に押し掛けてきた。
如何にも金持ちで貴族のぼんぼんだ。苦労も偏見もない世界で生きてきた人間だろう。
奴らは屋敷で我が物顔で暮らし始めた。
俺たち孤児を使用人か道端の石かのように見て無視している。
俺は奴らの態度に我慢ならなかったが、マイクは積極的に話しかけていた。
シーナを使用人扱いしたのは怒ってはいたが、奴らから話を聞き出して少しでも自分の力にしようとしてるみたいだった。
そしてエント爺さんは俺たちを呼んでパーティーの解消と、アンとカレンの魔法学校へ行くことを話した。
俺は正直反対だった。
ウィリアムたちと上手く付き合える気がしなかったし、アンが遠くへ行ってしまうのが不安だった。
マイクと俺がダンジョンでここまで来れたのもアンのお蔭だ。
小さい癖に要求してくることは厳しい事ばかりで、頭が良くて言っていることが分からないこともあった。
しかしアンは俺たちが生き残る方法を探して、俺とマイクもアンの厳しい要求に耐えたら上手くいった。
アンは俺たちの『勝利の女神』と言ったところかな。
しかしエント爺さんはアンとカレンを呼ぶ前に、俺とマイクを部屋に呼んで諭してきた。
「いいか、アンとカレンには魔法の才能がある。魔法学校に行けば必ずその才能が開花するじゃろう。
卒業してからダンジョンに潜っても十分時間はある。
今は力を貯める時じゃ、お互い一緒にいることだけが仲間ではない。切磋琢磨する時も必要じゃ。
おヌシたちはウィリアムたちから剣術や技術を盗め。
綺麗過ぎる剣技だが、ウィリアムは確かに他の同年代に比べれば強い」
しかしエント爺さんは親類のウィリアムを信頼し過ぎているのではないか?
「リック、俺は賛成だ。
俺たちはアンに頼り過ぎていた。
今までの俺たちはアンのお蔭で生きてこれたが、これからは俺たち自身が強くならなくちゃいけねぇ。
だから俺はウィリアムさんについて行く」
そうマイクは言った。
…マイクだったら一人でもダンジョンに潜り続けるだろう。そういう男だ。




