012 冬支度
「冬支度の準備をするぞ」
まだ寒いとは言えない気候だったが、この世界の冬支度は早いらしい。
特にスラムの住人は雪の降る外や隙間風の多い、火もない場所で凍えながら暮らす。
食料が減るので、ゴミ箱では死者も出る争奪戦が始まる。やっと手に入れた食料も凍っている。
毎年、凍死、餓死する者が出てくる。
孤児の子供なんて死活問題だ。
幸い、私たちには多少の蓄えがある。
ゴミ箱の食料を巡って無用な争いをしないで、薪、食料、冬用の服を買える。
空き地や鳥居周辺の丈の長い雑草を刈り取り、乾燥させて燃料兼寝床にした。
街中を探し回って、木材を拾い集めたりもした。
シーナは肉の塊を、切って塩とハーブを練りこんで干して、干し肉を作っていく。
私も手伝っていると、ぽつりと独り言が聞こえた。
「……冬は嫌い。寒くて白くて静かで。わたしは今年も生きられるかしら?」
そうして皆が奔走していると、寒さが身に沁みて雪がちらつくようになっていった。
街中は雪がちらつき人出も少なくなっていたが、ダンジョンの気候は変わらず一定だった。
外との温度差でびっくりするほどだが、私たちは相変わらず1層目を回っている。
実は一度、2層目に降りて新たな魔物と対峙した。
スライムは普段、動かないので見つけ辛く、目視するまで近づくと体液を飛ばして来る。
リックが盾で防いで陽動している内に、マイクが近づいて槍で体液の中の魔石を弾くと溶けて消えた。
体液がかかった盾や服は若干痛んでいた。装備消耗の懸念があったし、これではせいぜい一体としか対峙出来ない。
スライムの魔石一個が銅貨2~3枚分にしかならないのでラット数体と対峙していた方が稼げるのだ。
と言うわけで、私たちはまだ1層目に留まり続けている。
普通の冒険者だったら焦って先に進もうとするだろうが、ステータスを知っている私はまだスキル向上の余地があると考えている。
【夜目】も2に上がり、私は新たに【隠密】スキルが発生していた。
ラットの仕留め方が、忍び寄って仕留めていたからだろう。
1層目の【マップ】も9割方網羅し終わっている。
ダンジョン攻略は順調だった。
しかし、今は別の懸念がある。寒くなってからシーナの体調が思わしくないのだ。
「シーナの風邪は良くならないの?」
「……ああ、去年もだったんだ。この時期になると熱を出して寝込んじまう。
今年はまだいい方だが、寒くなると益々ひどくなって油断できねぇ。
シーナにこの暮らしは辛いんだ。
ホントは、ちゃんと温かい建物で暮らした方がいいんだが、あいつを拾ってくれる所なんて碌なところじゃない。
俺が早く金持ちになって暮らしが楽になればいいんだが、今は薬を買ってやるぐらいしかできない」
悔しそうにシーナを気に掛けるマイクとは対照的にリックは若干苛ついていた。
リックは基本無表情で感情が読みにくいが、今の苛つきはシーナの薬代なのではと思える。
薬代は高額で今まで貯めていたお金が泡のように消えていく。
お金はマイクとリックと私の三人がこの数か月、苦労して貯めていたお金だ。
それを皆の相談もなしにマイクが勝手にシーナの為に使っていることにリックは内心、怒っているようだった。
シーナが体調を崩して臥せってから、グループの空気は悪くなった。
年中組はシーナの看病をしながら家事を分担している。
ダンジョン組の稼ぎは薬代に消えていく。
今まで貯めていたお金も冬支度と薬代に消えて無くなっていた。
お金の余裕がなくなれば、心の余裕も無くなる。
皆の共有財産がシーナ一人に消費されて行ってことに不満を持つ子も出てくる。
シーナもその空気を感じて諦めと恐縮をしている。
薬は要らない、家事をすると言って、無理に看病しなくてもいいと主張するが、マイクはシーナを無視して強硬に休ませている。
ギリギリの生活をしていて一番に切り捨てられるのは弱い立場の者だ。
シーナは今までそうやってスラムのグループから疎まれて、マイクが庇っていたことがあるのかもしれない。
シーナのことが心配で、周りの不満に気付いていないマイク。
ダンジョンでの連携も乱れ、討伐数も減り、小さな怪我するようになっていた。
悪い空気だな、悪循環に入りかけている?
一番の解決法は、シーナに暖かい寝床と薬を与えて安静にしてもらうことだが、難しいな。
シーナの問題に頭を悩ましながらダンジョン内を進んでいると【マップ】で奇妙な点を見つける。
すでに一層目の地図は完成していたのだが、どうも壁の中に新たな空間があることに気づいたのだ。
問題の壁の前に立ち止まって壁を触っていると、マイクが困惑しながら聞いてきた。
「急にどうした。壁を触り出して」
「んー、どうも、壁の中に何かあるんだよね」
「おいおい、それは魔物か?」
「わかんない」
しばらくして壁の割れ目を見つけて触っていると、僅かなへこみを感じて押す。
ガコッと音がして壁に割れ目が現れ、新たな通路が出てきた。
通路の先には木製の扉が見える。
私は興奮と緊張しながら、武器を手に扉を開けた。
「いらっしゃい~。ようこそ、よろず屋ボルディへ」
そこにいたのはぼさぼさの髪を束ねた、ゴーグルを付けた痩せた男がいた。