遺物の名前
第一関門である一つ目の中間地点を越えて、雪と岩肌の悪路を進む。
天から舞い落ちる雪は止めどなく。肌に張り付いては融けて、体温をすこしずつ奪っていく。適応魔術により、それは緩やかなものになっているが、魔術の燃料は魔法と同じ魔力である。
適応魔術の燃費はいいほうだが、随時、展開していればいつかは魔力が切れる。
じりじりと減っていく残存魔力にすこしの焦りを抱きつつ、靴底で雪を散らして前へ前へと突き進む。第二の中継地点を目指して。
「――ついてこないでもらえるかしら?」
そう言ったのは、前方をいく金髪の彼女だ。
一挺の弓は、再び二丁の銃へと姿が変わっている。
「進路が同じなだけだ。人をストーカー呼ばわりするな」
小箱によって記される赤い線は、どうやら彼女と同じものらしい。
舵を切った先に、必ず彼女の背中が映る。
この雪山に頂上へと至る道が、そう多くあるはずもない。個別に専用路など用意できるはずもないので、必然的に同じルートをたどる生徒が複数いるはずだ。
たまたまその複数の中に、俺と彼女はいたのだろう。
アヤは、どうやら違うみたいだが。
「あなた……歩行魔術を使っていないのね」
ちらりとこちらを見た彼女は、そう疑問を口にした。
「どう言う理屈なのかしら?」
理屈を言えば、蛇はどんな悪路でも走破できるからだ。
瓦礫の隙間。切り立った岩肌。それが水の上であろうと、蛇は移動することが可能である。その特徴や性質――逸話を、蛇の怪異である俺に、たとえ人の姿であったとしても、再現できないはずはない。
現在は、悪路の走破という特徴を用いて、足を取られてしまいそうなほど深い雪の上を、俺は軽やかに駆け抜けているところだ。
普通は彼女のように歩行魔術を用いるのが常なので、その分の魔力消費を抑えられていると言える。
決してズルではない、決して。
だが、それを不審に彼女は思ったのだろう。その詳細までは、流石に気づかなかったようだけれど。
「残念ながら企業秘密だ。教えられないな」
教えるには俺の出生やら、怪異やら、いろいろと面倒な話を先にしておかなければならない。前提としての話が長い上に、常人には理解不能だ。
それに、それを超えて教えたところで、信じはしないだろう。
馬鹿にしているのかと、気分を害するのは目に見えている。
「そう。訪ねた私が愚かだったわ」
そう言って、彼女はすこし足を速めた。
癪に障ったらしい。
どの道、ご機嫌斜めになるのは、避けられなかったようだ。
「なぁ、俺からも一つ質問がある」
「貴方、とてもいい度胸をしているわね。自分は答えないのに、私に答えを求めるなんて。いいわ、言うだけ言ってみなさいよ」
見るからに敵意丸出しで、答えてやるものかと言う意思が垣間見える声音だった。
けれど、それでも訪ねなければならない。
二丁の銃にも、一挺の弓にも、自在に姿を変えるもの。
その両の手に携えた、謎の得物のことを。
「単刀直入に聞く。どこで手に入れたんだ? その――銃は」
そう発して言い終わっ瞬間、ぴたりと足が止まる。
彼女の速められた足が、完全に停止する。
「なぜ――」
そして、彼女は振り返り。
「これの名を――知っているのかしら?」
殺意と銃口を、俺へと向けた。
中間地点で行われた脅しなどではない、殺意を明確に感じる。
事と次第によっては、彼女は躊躇なく引き金を引く。
「これは断界の塔の遺物。それも第四界層のものよ。私はこの学園に来てから――いいえ、これを受け取った時から、これの名を口にしたことがない。これの名を知るのは――」
引き金に、指がかけられる。
「爺やと……父を殺した――殺人鬼だけ!」
いまにも鉄の獣は吼えそうだった。
火を噴き、鉛玉を飛ばし、撃ち殺しそうな剣幕だった。
そうしないのは、俺から情報を聞き出すためだろう。
そうでなければ、とっくに引き金は引かれているはずだ。
「答えて。さぁ、はやく」
まさか前世の知識が、こう言う形で厄災を招くとは思わなかった。
断界の塔、第四界層の遺物か。
その遺物が、俺の知る銃という存在と、たまたま酷似していたらしい。実際、形状も名前も同じ、違うのは不可思議な変形くらいなものだ。
この異世界に日本に似た民族と文化がある以上、地球上の何かしらと酷似したものが、この異世界に存在するかも知れないことは、予想していたことだけれど。
まさか、こんな形で遭遇を果たすだなんて、災難がしょうしょう過ぎる。
彼女が俺に銃口を向ける動機。
それは銃という名を知るものが、父の敵であるという確信だ。
第四界層と言えば、ほとんど未開の地だと言われている。その遺物の情報ともなれば、俺みたいな学生風情が知り得るものではない。
だから、彼女に疑われている。
父親の殺害に、何らかの形で荷担しているのではないか。もしくはその殺人鬼に近しい人間なのではないか、と。
その思考の果てならば、彼女が俺に銃を向けることは、もっともで正当な行為だと言える。
頭を働かせろ、即興で言い訳を考えろ、答えを誤ると即座に戦闘だ。まだ進級試験も半ばほど、ここで血みどろの戦いをしている暇も余力もありはしない。
「――図書室で、俺はよく本を読むんだ」
時間を稼ぐように、あえて遠回りな言い方で話を始める。
「……はぐらかしているのかしら?」
「まぁ、聞けって。学園の図書室って広いだろ? あそこに十年通い続けているけど、未だに読んでいない本が山ほどある。けれど、それなりの量は読んだんだ」
「言いたいことがあるなら簡潔に言いなさい。私の指先が言うことを聞くうちに」
「つまり、だ。俺は一度、見てるんだよ。そいつの形状を挿絵で、名を文字でな」
即興で取り繕えるのは、これが限界だ。
転生の影響で全盛期からほど遠いスペックになっている現状、これ以上の上手い言い訳は思いつかなかった。昔ならもうすこし頭が回ったものだが、無い物ねだりをしてもしようがない。
あとはボロが出ないように、言葉に気をつけるしかない。
「……これの情報が載った本。それが学園の図書室にある、と」
「あぁ。生憎と随分まえの話だ。どの本だった、とか。どの本棚にあった、とか。そういう細かいことは覚えてないけれどな」
「それなのに、これのことだけは覚えていた?」
「そりゃそうだろ。その銃を量産できれば時代が変わる。どんな落ちこぼれでも、得物の一つで立派な戦力に早変わりだ。そんな偉大な代物が、印象に残らないほうが可笑しいって思わないか?」
実際、銃が台頭すれば世界の在り方は、がらりと変わるだろう。
この異世界の根幹は魔法と魔術だ。武器として、道具として、人々の生活にあまりにも同化しすぎている。だから、魔法には及ばないだろう。
だが、それでも魔法の才能がない者たちの間では、爆発的に普及するはずだ。
魔法を使えずとも魔法使いを超えられる。弱者が強者を打ち破れる。その可能性の塊が、銃という完成された武器の強み。
時が立てば、魔法使いたちに対抗しうる一大組織が出来上がるに違いない。
それはこの世でただ一人の使用者である、彼女もわかっているはずだ。
「……貴方の言い分は理解したわ」
けれど、その銃口は向けられたままだ。
引き金にも指がかけられている。
「なら、下ろしてくれないか? あまり銃口と見つめ合いたくないもんでな」
「理解したとは言ったけれど、納得したとは言っていない」
まぁ、そうだろう。
確証のない言い分を、素直に信じるほど純真なはずもない。
「なら、どうする。俺を撃ち殺すのか?」
「それも良いわね――けれど」
彼女はそっと、銃を下ろした。
思い直したように。
「貴方は得体が知れないわ。とても、とてもね。何が正しくて、何が偽りなのか、貴方の言葉からは判然としない。だから、しばらくはこの件は保留にしてあげる」
保留という決定は、試験中である現状ではありがたい判断だった。
とにもかくにも、これで無駄な戦闘をせずに先へと進める。魔力と体力の浪費は、極力避けたいところだった。
けれど、保留ということは、つまり。
「ずっと付け狙うって意味か? それ」
「そうとも言うわね。理由に納得がいくまでは、私は貴方を監視する。すこしでも怪しい素振りを見せたら、私は容赦なく引き金を引くわ。素敵な関係でしょう?」
「あぁ、本当に最高だな。くそったれが」
興味本位で訪ねたことが、至極面倒なことへと発展してしまった。
だが、いま引き金を引かれないことに安堵するべきだろうか?
彼女からしてみれば、親父さんの敵かも知れない相手だ。譲歩を見せてくれただけ、幸運だと思うべきかもな。すこし、釈然としないけれど。
それにしても、この先しばらくはずっと付け狙われるのか。
「まったく、ストーカーはどっちだって話だ」
「何か言ったかしら?」
「言ってねーから、銃を下ろせ。気軽に銃口を向けるな」
そのうち、本当に撃ち殺されそうだ。
まぁ、いまのスペックでも銃弾ごときに当たるほど抜けてはいなけれど。
「――そう言えば、お前の名前は? 聞いてなかっただろ、たしか。俺はハクだ」
「そう」
沈黙が、二人のあいだを横切った。
「おい。会話を終了させるな。名乗ったんだから名乗り返せ」
「そっちが勝手に名乗っただけでしょう? 私はそれを聞いただけ。相づちを打ってあげただけ、ありがたいと思いなさないな」
「子供みてーなこと言ってんじゃねーぞ、てめぇ」
名前も知らない奴に付け狙われたくない。
なので、何が何でも名前を聞き出そうと四苦八苦した。
そうして、もう一悶着ほどあって、ようやく彼女は名乗り返した。
「……マーガレットよ。マーガレット・リリックリード」
渋々、と言った様子で。
「マーガレットか。それじゃあ」
そのまま呼ぶには少々、長い名前だ。
マーガレットの愛称は、たしか。
「なるべく、よろしくしたくはないが。よろしく、メイ」
「メイはやめて。怒るわよ」
銃口が向けられた。
どうやら愛称で呼ばれるのは、気にくわないらしい。
なかなかどうして、上手くいかないものだな。
人付き合いって言うのも。




