協力と略奪
牙を剥いて飛びかかるファングを、一刀のもとに斬り伏せる。
同時に、振り返りざまに刀を薙ぎ払う。下方より這い上がるような軌道を描いた刃は、二頭目のファングを切り捨てた。鮮血が散り新雪に紅の斑が描かれ、それを潰すようにして亡骸が落ちる。
「――そぼ降る雨に熾火を曝せ」
二頭を返り討ちにし、攻撃の手が緩む。
その隙を突くようにして、魔法の詠唱を口ずさむ。
詠唱は魔法の発現に必要なものではない。
その気になれば、無詠唱でも魔法は行使可能だ。けれど、詠み上げることで魔法はより明確な形となって現れ、威力と持続時間が安定する。
例えるなら、ただボールを投げるのと、正しいフォームで投球するくらいの差が出る。
急を要する場合を除いては、詠唱は常に行ったほうがいい。
それが例え、命懸けの戦いの最中であっても。
「AWoooooOOOooOoOoOOOOOooooooooo!」
魔法の発現を悟ってか、緩んでいた攻撃の手が苛烈となる。
群れ全体が一丸となって攻め立て、全方位から隙間なく攻撃がなされる。
牙が、爪が、肉を引き裂き骨を砕かんと迫る。
だが、それが届くよりも先に、魔法は発現した。
「封火」
放つのは水の魔法。形状は、水飛沫だ。
この極寒の地において、水はそれだけで凶器となる。
冷え、凍り、氷柱となり、幾つもの細かな鏃と化した魔法は、一切の区別なくファングたちを平等に射貫く。全方位に向けて同時に放つ散弾銃のようなものだ。破壊力は劣るが、殲滅力は上回る。
幾つもの氷に射貫かれ、ファングはその総数を一気に半数近くまで減らした。
「まだやるか?」
魔物は人語を解さない。
だが、数が半分に減ったのだ。
仮にファングがその末に俺を仕留めたとしても、結果的に狩りは失敗だ。仲間を失うということは、それだけ狩りの効率が落ちるということ。効率が落ちれば、仕留められる獲物の数が減る。食い物が減れば仲間が飢える。
ここで群れのリーダーが選択するのは、必然的に一つしかなくなる。
「AWoooOOOOooOOOoOooooooOOOOOooooo!」
これ以上、仲間の数を減らさぬように撤退すること。
リーダーは群れを率いて逃げ、数匹のファングが殿を勤めるようにその場にとどまる。
統率者としては、魔物にしておくのがもったいないほど優秀だった。
「安心しろ。向かってこないなら、手は出さない」
殿の数匹に対して、けれど独り言のようにそう言って、小箱を開く。
それから凍りついた血糊ごと刀を白蛇に戻し、本体である俺に回帰させた。
戦意の消失。それを感じたのだろう。
殿を勤め、死を覚悟したファングたちも、仲間を追うように姿を消した。
「開幕から波乱だな。先は長いってのに、思いやられる」
進級試験はまだ始まったばかり。
いまのはただの前哨戦、いやそれ未満かも知れない。
本番はこれからだ。気を抜かずに、山を登らなければ。
「――そろそろ中間地点だが」
小箱をぱかぱかしながら、時折、魔物と戦いながら、進むことしばらく。
頭に写し書きした地図が、もうすぐ中間地点にたどり着くと告げていた。
その地図は、どうやら精巧なようで、上り坂を登り切ると、広い土地が顔をのぞかせた。それは一見して平坦であるようにみえた。
けれど、注意深くみてみると雪の白に紛れて、幾つかの縦穴が空いていることに気がついた。
「あれがスノーホワイトの住処か」
スノーホワイトは、ウサギに似た真っ白な毛玉だ。
この中間地点において収集しなければならない魔物の素材は、そのスノーホワイトのものである。これを手に入れなければ先に進めない。
いや、頂上に向かえはするが、合格と見なされない。
「ん――ほかの生徒か」
そう高い位置から中間地点を眺めていると、足下に白以外の色が幾つも映る。
どうやら俺以外にも生徒がちらほらとたどり着きつつあるらしい。速いところ、縦穴の場所取りをしないと、席がなくなるな。
スノーホワイトも数に限りがある。後手後手になって、狩るべき対象がいなくなりました、では笑い話にもならない。
「うかうかしてられないな」
今度は坂道を勢いよく下って、スノーホワイトの住処へと向かう。
近くの住処はすでに押さえられている。となれば、すこし遠くでも人気のない住処を探すしかない。
雪原に目をこらして走ることすこしして、条件にあった縦穴を発見する。
すぐにそちらに舵を切って、その淵にまでたどり着いた。
ただし、他の生徒と同着で。
「――よう、奇遇だな」
「不幸、の間違いでしょう?」
同じ住処に目をつけ、同時にたどり着いた、ほかの生徒。
彼女は純白の雪原によく映えた、金髪の女子だった。
「出来れば、譲ってほしいのだけれど」
「残念、もうほかに空いてるところはないもんでな」
「そう、なら」
銃口が向く。
実力行使と言わんばかりに、彼女はその鉄の獣を突きつけた。
この異世界に、この時代に、あるはずのない銃の引き金に指をかけた。
「……随分と物騒なものを持っているな」
銃。拳銃。両の手に携えた二丁。
この異世界で覚醒してから十年、俺はいままでそれを見たことがなかった。
だから、まだこの世界には存在しないのだと、そう思っていたのだけれど。その存在しないはずの銃を、彼女は得物として使用している。
銃が存在するなら、それが普及していないはずがないのに。
「あら、お利口さんね。そのまま引いてくれるとありがたいのだけれど」
「そいつは無理な相談だ。どうせ、お前はそれを使えないんだからな」
そう言ってやると、彼女は眉をひそめた。
どうやら図星らしい。
「スノーホワイトは臆病な魔物だ。その代わり、魔力探知に優れ、音にも敏感になっている。こうして話している分には問題ないが……ひとたび住処の上でドンパチしようものなら隠れて出てこなくなるのは、お前も知るところだろ?」
「……運がよかったわね」
彼女は、そうして銃を下ろした。
脅しは通用しないと、悟ったようだ。
「よし。それじゃあ共同作業と行こう。互い同時に仕掛ければ二匹、問題なく仕留められるだろ」
「……癪だけれど、しようがないわね。あんな風に睨み合うよりは、ずっといいわ」
視線の先には、住処の縦穴を挟んで睨み合う生徒たちがいた。
互いに互いを牽制し合い、彼らは膠着状態に陥っている。
スノーホワイトは臆病な魔物だ。
悟られずに仕留められたとして、その死体をみたほかのスノーホワイトは恐怖のあまり逃げて隠れてしまう。
必須条件である素材入手が出来るのは、最初に仕掛けて仕留めた生徒のみ。
だが、その仕掛けることすら、相対した生徒の所為で叶わない。
もし出し抜こうとして先にスノーホワイトを仕留めたら、その隙を突かれて攻撃されてしまう。あとはそのまま素材を持ち逃げされて進級は絶望的。
それを防ぐには、まず相対した生徒を排除する必要が出てくる。
けれど、その排除すらスノーホワイトの特性上、叶わない。
だから、ああして睨み合いが続くことになる。協力する、という手段が両者の間に生まれなければ、ずっとあのままだ。
この場合の最適解は、どれだけ相性が悪くても協力し合う、だ。
「一つ聞くけど、仕留める方法はあるのか?」
銃の発砲音なんて鳴らそうものなら、その瞬間にスノーホワイトは逃げ出してしまう。
その反応速度は、瞬間的にだが銃弾の速度を上回るはずだ。ただ発砲しただけでは、スノーホワイトには掠りもしないだろう。そして、それは同時攻撃する俺の標的も同じこと。
それは非常に迷惑だ。
「心配には及ばないわ」
彼女はそう言って、二丁の銃をつなぎ合わせる。
銃把の底が合わされ、直後にはそれがまばゆい光を放つ。それは刹那的な出来事だったが、それが光を失ったとき銃は銃ではなくなっていた。
その造形は、弓。
二丁の銃は、一挺の弓矢へと変貌していた。
「便利なもんだな、それ」
「感心するのはいいけれど、貴方のほうはどうなのよ。持っているのかしら? 無音の攻撃手段を」
「あぁ、それと同じのを持ってる」
そう返して、俺自身もスノーホワイトを狩るに相応しい得物を用意する。
まずいつものように分霊を召喚し、変化の術をかけて変貌させる。だが、今度は刀としてではなく、弓として白蛇は成り代わる。
矢は新たに分霊を召喚して変化させればいい。
分霊の性質上、身を削るようなものだが、矢が尽きる心配はほぼない。
「よし、タイミングを合わせろよ」
「貴方が外しても譲ってはあげないわよ」
「こっちの台詞だ、それは」
軽口をたたき合いながら、呼吸を合わせて矢を射かける。
張り詰めた弦から解き放たれた二本の矢は、狂いなく標的へと向かい。見事に二匹を射貫いて見せる。断末魔をあげることもなく絶命したスノーホワイトは、未だ自らの死に気がついてはいないだろう。
しかし、周囲にいた数匹のスノーホワイトは違う。
仲間の死を目の当たりにして、一斉に逃げ出した。もうこの試験中は、隠れて顔を出さないだろう。
「上手くいったな」
射貫いた矢を白蛇に戻し、スノーホワイトを咥えて穴を登らせる。
彼女は、矢に透明な糸を仕込んでいたようで、そのまま一本釣りでもするように、スノーホワイトを引き上げた。宙を舞ったそれが彼女の手に落ちる頃には、白蛇も縦穴を登り切っていた。
咥えたスノーホワイトを受け取り、これで第一関門は突破した。
「さて、それじゃあ次に――」
向かおうか。そう言おうとして、だが言葉は途切れた。
物凄い勢いで俺の隣を誰かが通り過ぎたからだ。
それも俺の手の内にあった、スノーホワイトを奪い去って、である。
「ハーハッハッハッ! 悪いな! こいつはいただいていくぜ!」
全速力で駆け抜け、逃げていく男子生徒が掲げるのは、俺が仕留めたスノーホワイトだ。
どうやら最適解は協力のほかにもあったらしい。単純にして明快な、略奪という方法。わざわざ自ら仕留めなくても、仕留めた生徒から獲物を横取りすればいい。
なるほど、たしかにそれなら楽だ。合理的とも言える。
「……追わないの? あれ、貴方の獲物でしょう?」
「あぁ、いいよ、別に。欲しけりゃくれてやるさ、あんなの」
そう言って、白蛇を右腕まで這い上がらせ、呑み込んだものを吐き出させる。
それはスノーホワイトの後ろ脚、二足。事前に食い千切らせていたものだ。
「必要なのはこの二つだ。残りはどうなろうと構わないのさ」
「そう言うこと」
そうとは知らず、喜び勇んで駆けていく盗人を横目に、鼻で笑いつつ先を急ぐ。
「――チクショー! 大事なもんがねーじゃねーかよォ!」
そんな悲鳴が響いたのは、その少しあとのことだった。




