一面の銀世界
Ⅰ
定めた人生の目標を達成するため、断界の塔への挑戦権を得るため、決して失敗できない進級試験。それが行われる当日になって、俺達の学年の生徒たちは訓練場と呼ばれる、広い空間に集められていた。
いわゆる体育館と、似たような用途で使われる場所である。
「準備は?」
隣に立つアヤから、そう訪ねられる。
「万端」
だから、当然だと言う風に、短く返す。
「なら、よかった。幼なじみを後輩って呼ばずに済みそうだ」
「あごで使われたくないからな」
軽口をたたき合い、試験に臨む。
そうして訓練場の一番目立つ場所に、教師が立つ。
空砲を構え、天空に向けて引き金を引くように。
「これより進級試験を開始する。各自、その場から動かないように」
そう教師の声が響いたかと思えば、次の瞬間には足下が輝き出す。
描かれたのは、魔法陣。
円と記号と線と点で構成されたそれは、床一面に展開され光を放っている。
これの用途はわかりきっていた。現代日本では、夢物語とされてきた技術であり、移動手段。つまりは、この場にいる生徒全員を対象とした瞬間転移である。
「試験の詳細は転移とともに貴方たちの懐に送られます。では、各自、頑張ってください」
聞こえたのは、それが最後だった。
魔法陣から放たれる光が臨界に達した瞬間、俺達の意識は一斉に旅をする。
一瞬にも満たない、長距離移動。
それは気がつけば終わっていて、瞬きの間に完了する。
次に瞼を押し上げた時、この瞳には一面に広がる銀世界が広がっていた。
「なにがあっても良いようにはしていたけど……まさか雪山とはな」
天から舞い落ちた雪が、頬に張り付いて溶けていく。
身を刺すような寒さ。生気のない厳しい環境。一呼吸ごとに失われていく体温。
ここは吐き出す息ですら凍ってしまいそうな極寒が支配する、雪の山。その中腹あたりに、俺は放り出されてしまっていた。
試験内容は事前に説明されないため、ぶっつけ本番が基本となる。なので、どんな環境が試験の舞台となってもいいように、準備をしていたのだけれど。
まったく、変温動物になんて仕打ちを。
「とりあえず……」
この寒さでは体力が長くは持たない。
なので、環境適応の魔術を用いて、この極寒を克服する。
「ふー……これも試験のうちか。ま、これくらいは出来なきゃ進級させてはもらえないか」
適応魔術は、それなりに高度なものだ。
身体の表面に厚みの均等な膜を張るような、繊細さと精密さを求められる。
本来なら高等部で習う魔術だが、特別クラスの面々なら使えて当然。そう考えると、適応魔術が前提となる雪山が試験の舞台になっているのは、特別クラスの連中だけかも知れないな。
まぁ、特別クラスも一つではないことだし、それなりの人数はこの雪山にいそうだが。
「周囲に人影なし。この様子だと、全員バラバラスタートか。」
銀世界に人影は見当たらない。
最初から手を組んだり、協力したり出来ないようにしているな。
試験なのだから、それも当然か。だが、この雪山を登っていけば、いずれは生徒に会うだろう。そこで共闘なり、敵対なり、自由にすればいいか。それも試験の狙いだろうしな。
「目的地は、たぶん頂上だけど……」
そう独り言を呟きつつ、懐を漁ってみる。
すると、見覚えのない遺物が二つほど見つかった。
一つは、折りたたまれた用紙。もう一つは、手の平に収まる程度の小箱だった。
「なになに……あぁ、やっぱり頂上か」
用紙に描かれていたのは雪山の簡単な地図だった。
現在地と思われる場所から赤い線が引かれ、それが頂上にまで続いている。
目的地は間違いなく頂上で、そこへといたる道順に、二つの中間地点があった。
どうやら、そこで魔物の素材を手に入れなければならないらしい。
「それで……こっちの箱は……」
今度は小箱に触れて、そっと開いてみる。
瞬間、小箱から光が漏れて、白銀の世界に鮮烈な赤が走る。
それは地図に描かれた赤い線と同様のルートを取り、俺に道順を指し示している。どうやらこの小箱はナビゲートの役割を果たしているらしい。
試しに小箱を閉じてみると赤い線は跡形もなく掻き消えた。そして再び小箱を開いてみると、また赤い線が現れる。
間違いは、なさそうだった。
「便利なもんだな。魔道具っていうのも」
魔術を仕込んだ道具。
科学者が理屈をこねくり回した機械より、ずっと簡単に、低コストで、こう言った便利なものが造られている。それは一見して現代技術よりも優れた物に映りがちだが、それはすこしだけ違う。
魔道具は総じて汎用性に欠ける代物だ。基本的に一つのことしか出来ない。
携帯電話で例えるなら、一つの端末で電話しか出来ないとか。メールしか出来ないとか。ゲームしか出来ない。とか、そう言った風に、多機能性を欠いている。
魔術は深く狭い一点特化。
科学は浅く広い汎用型。
どちらも知る俺からすれば、一長一短だ。
「――さて、それじゃあ行くとするか」
寒さに適応した。頂上までの道筋も確保した。
なら、恐れることはない。張り切って、雪山に挑戦するとしよう。
正直な話、前世の知識があるぶんこの軽装で雪山を登るというのも、不安に駆られてしようがないけれど。
一歩目を踏み出し、新雪に足跡を刻む。
目指すのは頂上だが、視線は常に雪の上を走る赤い線に向けられる。
こうして進級試験は、厳しい環境化で幕を開けた。
Ⅱ
「お? あの魔物は――」
あり得ないほどの軽装で雪山登山を開始して、しばらく。
一面の銀世界に動く巨影を見た。
それは人間よりも遙かに大きい巨体を有する、一種の魔物たち。
図書室に納められていた魔物図鑑に、彼らと同じ挿絵をみたことがある。それを目にした時は心が躍ったものだ。
すぐに足は駆け出し、その魔物の群れへと向かう。
そうして目にした魔物の全貌に、やはり心は躍った。
「すげぇな。本当にマンモスみたいだ」
分厚い毛皮に覆われ、長い鼻をもち、勇ましい牙を有する巨獣。
かつて地球上ではマンモスと呼ばれていた生物。
それと酷似した魔物が、この世界にはまだ絶滅せずに息づいていた。
正式名称はマモ、だったか。
名前もにているな。
「気性が穏やかだって話だったが……」
そっと、はやる気持ちを抑えて、警戒させないように近づいてみる。
ゆっくりとした足取りで向かい、そうして手を伸ばせば届く距離にまでいたる。
「そっと、そっと……」
マモの幼体には近づかないように配慮しつつ、成体の身体に触れてみる。
手の平に毛皮の硬い感触が伝わった瞬間、マモが大きな声で鳴いた。不味いと思い、すぐに手を引いたけれど、それは威嚇ではなかったらしい。
声を発しはしたが、俺を振り払おうともしなかった。
どうやら、すこし驚いただけらしい。
気性が穏やかだと言うのは、本当だった。
「太古の地球にも、お前たちと似たようなのがいたんだよな」
尾喰み白蛇が発生したのは、彼らが絶滅したずっと後なので、俺も目にしたことはない。
もし現代まで生き残っていたら、人々の目をさぞかし惹いたことだろう。こんなにも雄大で、穏やかで、勇ましい。きっと子供に大人気になっていたはずだ。子供のような大人にも。
「――ん?」
いまは遠き地球のことを思い浮かべていると、不意にマモたちが騒ぎ出す。
みんな、一斉に走り出し、どこかへと向かおうとしている。いや、この様子からして、そうではない。これは逃げているんだ。
外敵から、天敵から、一目散に。
「ファングか」
まだマモたちの背が見えるうちに、その天敵たちが現れる。
この極寒の大地に同化するような真っ白な毛皮をもつ、四つ足の魔物。見た目は狼にそっくりだが、獰猛さはそれをはるかに上回る。
集団戦を得意とし、自身よりも巨大な魔物を狩ることも珍しくない。
この雪山にすむファングたちは、あのマモを狩って生き抜いているのだろう。
ただの魔物と甘くみないほうがいいか。
「AWooooooOOOoooOOOOOooooooo!」
群れのリーダーが咆吼を放ち、ファングたちは俺を取り囲んだ。
どうやら標的を俺に切り替えたらしい。
そのままマモを狙っていれば、特になにもしなかったものを。
「ファングを相手に、逃げ切るのは至難だな」
慣れない環境下で、足の速い魔物に囲まれたなら、腹をくくるしかない。
逃走を諦めて、闘争に打って出るしかない。
「いいぜ。相手をしてやる」
和装の袖から自身の分霊を召喚し、一匹の白蛇を伸ばす。
周囲の人間には召喚魔術とうそぶいているが、これは自分という存在の一部を切り分けて具現化する地球の術だ。ゆえにこの白蛇は俺自身、意のままに動くもう一人の自分である。
その白蛇に、今度は変化の術をかけ、日本伝統の武器へと変貌させる。
すらりと伸びた刃は、その身に美しい波紋を描く。
白蛇は、こうして日本刀へと成り代わった。
「かかってこい」
魔物が人語を解する訳はない。
だが、その挑発に乗るようにして、ファングたちは一斉に牙を向いた。




