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進級試験


 アヤの手を引いて両親のもとへと向かった俺は、精一杯の説得をした。

 話を切り出した時は、それはもう驚いていてたが、事情を話すと二人は真剣に取り合ってくれた。

 現代日本の基準からしてみれば、それは勝算のない説得だっただろう。

 だが、ここは異世界だ。

 基準そのものが、異なっている。

 異世界では将来有望な子供を引き取ることは、往々にしてよくあることだ。

 地球でも、過去にはそれが当然とされていた時代がある。

 その時代の流れが後押ししてか、意外とすんなりと両親はアヤを受け入れると決めてくれた。もともと孤児だったアヤを引き取るのはたやすく、手続きも滞りなく進んだ。

 かくして家族が一人増える形で、学園生活は幕を開ける。


「――これから初授業を始めます!」


 魔法学園と言えど、魔法だけを学ぶ訳ではない。

 国語、算数、社会、音楽、体育、その他もろもろ、学ぶことはたくさんある。

 面白いのは理科の科目が、魔法魔術に置き換えられていることだ。どうやらその分野は魔術と魔法に取って食われたらしい。

 科学と魔法は相反するものだと言うが、遠く離れた異世界で、席の取り合いをしてるとは流石の俺も思いもしなかったな。


「――算数はいつも満点だな、ハクは」

「――計算には必ず答えがあるからな」


 面白いことが、もう一つ。

 それは世界が違えど、数字の概念は異ならないということだ。

 考えてもみれば、数字だけは永劫不変なものだ。

 世界が異なろうと、時代が異なろうと、数字はたしかに存在する。

 数学だけは、どの時代――どの世界でも共通して使用できる万能概念だ。


「――クソッ、また平民に負けた!」

「――いい加減、名前くらい覚えたらどうだ? もう初対面から数年経つぞ」

「――うるさい! 平民の名前なんて覚えてたまるか!」


 体育――実技の授業では、本格的な魔法による戦闘訓練が行われた。

 それは試合形式であったり、的当て形式だったり、造形構築形式だったり、多岐にわたる。前世の知識と経験を有する俺は、そのどの部門でもトップクラスの成績を残し、例の少年――炎魔法のカーレッドによく絡まれていた。

 ちなみに彼に絡みつかせた水の蛇は、まだ当分の間は外す予定がない。


「……色んなことがあったな」


 読書の最中。ふと昔を思い出して、声が漏れる。

 魔法学園での生活が始まって、はや十年の月日が経とうとしている事実に、すこし驚いた。時の流れが速いのは、なにも大人に限ったことでもないらしい。

 初等部での出来事が、つい昨日のことのように思い出せる。

 俺たちは現在、十六歳――高等部へと駒を進めようとしていた。


「よう、やっぱりここか」


 静寂に満ちた空間に、聞き慣れた声音が響く。

 それは古びた書物の背表紙に吸い込まれるようにして掻き消え、そのすぐ後に床木の軋む音がした。

 たくさんの本棚に敷き詰められた数多の書物を掻いくぐるようにして、それはすこしずつ近づいてくる。


「入学してからずっと図書室に入り浸ってるよなー。そんなに面白いのか? 読書って」

「まぁな。世の中、知らないことだらけだ。知識量が増える感覚は、存外に悪くないんだぞ。本を読まないから、わからないだろうけどな。アヤ」

「私は無駄な知識を入れないようにしているだけだ。それに本なら私も読んでる……たまにだけど」


 そう、最後のほうの言葉を小さく細めたアヤは、少々行儀悪く机に腰掛ける。

 すぐ近くで漆塗りのような艶のある黒髪が揺れる。

 視界の端に映り込んだアヤは、十年前とは比べものにならないほど美しく、そして綺麗に成長していた。美少女、と言っても差し支えないだろう。

 髪と同じ色をした和装もまた、よく映えている。

 若干、口調が男勝りな節があるが、それは主に俺の責任なので特に追言しないことにする。


「そう言えば、あの後輩は連れてないのか? いつも後ろにひっついてるだろ? アヒルの雛みたいに」

「サンのことか? なら、今日は試験の準備で忙しいんだって」

「試験……あぁ、もうそんな時期か」


 ここ最近の日程を記憶から掘り返してみると、あと数日もしないうちに試験が始まることに気がついた。本ばかり読むのも、考え物だな。その世界観に没頭しすぎて、現実を見失いやすい。

 時間感覚も鈍ってくるというものだ。


「おいおい、大丈夫か? 進級試験だぞ」

「大丈夫だって、たぶん」

「もし進級できなかったら後輩って呼んでやるからな。あごで使ってやる」

「よし。絶対に合格してやるから見てろ」


 そんな下らない言い合いをしつつ、読んでいた本に栞を挟む。

 読書よりも優先してしなければならないことが出来た。


「さて、試験に向けて俺も準備するか」

「珍しいな。いつもはそんなことしないのに」

「まぁ、今回は特別だ。万が一にも落ちる訳にはいかないからな」


 そう言いつつ、視線は図書室の窓へと向かう。

 正確には窓ガラス越しに映る、一本の巨大な塔へと。


「断界の塔、か。高等部に入れば挑戦できるって話だけど。私、未だに信じられないんだよなー。あの塔の中に幾つも世界が入ってるなんてさ」


 断界の塔。

 天を貫くかの如く、高く高く聳え立つかの塔には、いくつもの世界が積み重なっていると言う。

 それ一つ一つが大国ほどの領地を有する極小の世界。

 この国は、断界の塔に内包された世界にある資源や遺物を求めて寄り集まり、国として成り立ったと言われている。だから多種多様な人種がいて、その中の一つに日本と酷似した民族がいた。

 俺がこの民族に生まれ、この国に住んでいるのも、それに起因している。


「そんなに楽しみなのか? 断界の塔に挑戦するのが」

「男なら誰だってそう思うんだよ。ロマンの塊だからな」


 まだ見ぬ世界。未知の遺物。命懸けの戦闘。その果てにある栄光。

 そのすべてが断界の塔にはある。

 男として生まれたなら、一度は抱くだろうこの憧憬は、大人になるにつれて消えていくものだ。冒険より安定を取るようになり、大人は子供を卒業していく。

 俺の精神年齢は、すでに四桁にいたる。

 だが、精神とは肉体ありきのものだ。肉体が幼ければ、それだけ精神が引っ張られて、若かりし時の青臭い感情が胸に宿る。

 俺はこの胸に宿ったものを、衝動を、大切にしたい。

 だから、あえて危険な断界の塔を攻略することに決めた。人生の目標と定めた。

 その日々は、きっと刺激的だから。


「ふーん……じゃあ、わかった」

「なにがだ?」


 そう問うと、アヤは机から降りて、俺の正面にくる。


「そのロマンに付き合う。私も断界の塔に挑戦するよ」


 それはとても意外な言葉だった。

 今まで一度も、そんな素振りはみせなかったのに、どうして急に。


「いいのか? 正直な話、このまま卒業して安定した職についたほうが良いぞ。わざわざ俺に付き合って、不安定な探求者を目指さなくても」

「いいんだよ。もう決めたから」


 どうやら、その意思は堅そうだった。

 瞳が、意思が、微塵も揺らがない。

 確固たる決意で、固められていた。


「――なぁ、初めて会った時のこと、覚えてるか?」

「なんだ? 急に。そりゃあ覚えてはいるけど」

「その時、私に手を差し伸べてくれたのが、あなただった」


 そっと、机上で手が重なる。


「あなたは私に幸せをくれた。だから、その恩返しがしたい」

「……恩に着せた覚えはないぞ」


 あれは俺の自己満足だ。


「わかってる。だから、これは私の自己満足。そうしたいから、そうするんだ。あの時のハクみたいに」


 そう言って微笑んだアヤは、けれどすぐに背中を向けてしまう。

 首筋やら耳やらを、夕日の如く真っ赤にしたのを、見せたくなかったのだろう。

 生憎と、しかと見たのだけれど。


「なんだよ。自分で言って照れてるのか?」

「う、うるさいな。いいだろ、これでもなけなしの勇気を振り絞ったんだ。これ以上は……ちょっと無理……恥ずかしい……」


 たしかに聞き慣れない口調だったな。

 アヤなりに考えた末の結論なのだろう。


「――わかった。なら、付き合ってもらうことにする」


 女にあそこまで言わせたんだ。これで断ったら男が廃る。

 それに一人で断界の塔に挑戦するより、二人で挑戦したほうが楽しいはずだ。

 喜びは倍増し、悲しみは半分になる。

 他ならぬアヤとなら、上手くやっていけるはずだ。


「そうと決まれば、まずは試験を乗り越えないとな」

「そうだ。試験! 落ちたら本当に怒るからな! 私がこんな恥ずかしい思いをしたんだから、絶対に合格しろよ、絶対だからな!」

「わかってるって。心配しなくてもきっちり乗り越えてみせるさ。アヤのためにもな」


 そう言ってやると、またアヤは照れて背中を向けてしまった。

 からかい甲斐のある幼なじみをもって、退屈しないな。本当に。

 なにはともあれ、まずは試験だ。

 それに集中して、万が一が起こらないように努めよう。試験に合格したら、次はいよいよ断界の塔への挑戦だ。すこし気が早いが、今から楽しみでしようがない。

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