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入学式を終えて


 入学式を体験するのは、これで何千回目だろう。

 一度の人生に多ければ四から五回ほど経験するものだから、数えるのも億劫だ。

 そんなことを思い浮かべつつ、どうしてどの世界の校長も話が長いのだと思いつつ、入学式はつつがなく終了した。

 入学初日とあって授業はなく、だが特別クラスに属する面々は、学生生活の大半を消費するであろう教室に集められていた。


「今後、皆さんを担当するイリーナ・ロッシュクランです」


 教壇に立つ女性教師がそう名乗り、今後の授業方針を述べていく。

 それは決して少なくない情報量だ。六歳児に言って、聞かせて、覚えていられるだろうか。だが、このクラスにいるのは教養ある貴族の子たちだ。心配は、するだけ無用なのかも知れない。

 そう思いつつ、イリーナ先生の言葉を聞きながら、教室内を見渡してみる。

 俺以外のほぼすべての生徒が貴族の子。そう考えると、その服装の気合いの入りようも、なるほど相当なものだった。一目見て一般とは一線を画す出来の衣服。造形はもちろんのこと、質感や見栄えも個人にあったものが選ばれている。

 出で立ちからして違う。平々凡々の出である自身の服装が浮いているようにすら思えるほどだ。

 学園では両親の目がない以上、過度に子供を演じる必要がないので気が楽だと思っていたけれど。こうも煌びやかな格好の一群をみると、別の意味でまた気が重くなりそうだった。


「――ん?」


 何気なく見渡していると、教室の隅にいた一人の生徒に目がとまる。

 その子供は――少女は、とりわけ派手だった訳でも、目立っていた訳でもない。ただその子供は質素な和装に身を包み、だから明らかに周囲から浮いていた。

 いまのこの俺と同じように。

 ほぼすべてが貴族のクラス。だから、俺以外にも平民の出の子供がいる。

 どうやらあの子供がそうらしい。


「――という訳で、いま話したことは、この用紙に書いていますので、お父さんお母さんに見せてくださいね。それでは、今日のところは終わりにしましょう」


 宙を飛んで机上に滑り込んだ用紙が、生徒全員のもとに届けられたところで、今日のところは終了となった。

 イリーナ先生は教室を後にし、教室に残った生徒は各自、席を立って交友を深めたり、涙目になりながら両親のもとへと向かったり――明らかに周囲から浮いている少女のもとに向かったり、思い思いの行動をとる。


「おい! おまえ!」


 一際大きな声を出した少年は、数人の取り巻きを連れて少女の前に立つ。


「……なんだよ?」


 少女は、それに動じた様子もなく、そう返している。

 意外と、肝が据わっていた。


「どうして平民がここにいる! いますぐここから出ていけ!」

「いやだ」

「ここは貴族のクラスだぞ!」


 貴族ゆえの選民意識からくる安直で自分勝手な排除衝動。

 まだ幼い子供である彼らは、それを抑える術を知らない。

 いや、今後も知ることはないのかも知れない。自分が偉いと思い込み、他人を蔑むようになった人間は、そう簡単には変われない。

 あの歳からもうそんな思考に染まっているのを見るに、すでに手遅れだろう。


「出て行かないなら――」


 そう言って、少年が振りかざした手のひらに炎が灯る。

 それは魔法の発現であり、今まさに灼熱が少女を焼こうとしていた。

 けれど、その魔法を目の前にして、それでも少女は逃げなかった。

 このクラスにいる以上、少女も魔法が使えるはずなのに。

 反撃しようと思えば出来るはずなのに。

 少女はそれをしなかった。

 ただ、耐えるように少女は瞼を閉じる。


「――こうしてやる!」


 勢いよく、振り下ろされる手。

 灼熱は放たれ、一直線に少女に向かい――だが、半ばほどで消滅する。


「な!? だれだ!」


 俺が放った、水の魔法によって。


「やめとけ、先生が言ってただろ? みんな仲良くしましょうって」


 教室内は、静まり返っていた。

 みんなことの成り行きを見守るように、一言も発しない。

 あるいは、面倒ごとに巻き込まれないようにしているのかも知れない。貴族の子供だ、処世術くらいは――その概念くらいは、理解しているだろう。

 たぶん、他の生徒から見れば、俺は馬鹿に映っているんだろうな。


「おまえ……おまえも平民だな! 平民だから、平民をかばうんだ! そうだろ!」

「平民じゃなくても同じことをしてたよ、俺は」


 少年は本能的に理解している。

 自分が少女に対して優位に立っていることに。それを利用して、好き勝手できることに。横暴なことをしても許されることに。気がついている。


「ふざけるな! おまえも追い出してやる!」


 だから、自分の意に反するものが現れると、癇癪を起こして排除しようとする。

 なまじ、魔法が使えるのが面倒なところだ。

 身にあまる力をもったクソガキほど、厄介な存在はいない。


「ここから出て行け!」


 少年の手から放れる灼熱は、火球となって飛来する。

 速度はなかなかのもの。腐っても貴族だ、魔法の才能は十分にあるのだろう。

 地球上にあった術の観点から見ても、六歳にしては上出来だ。

 だが、相手が悪かったな。

 いま相対しているのは、お前の何千倍も生きている蛇の怪異だ。


「出て行くのは――」


 指先で水球を生み出し、形を変えて蛇とする。


「――お前のほうだ」


 水の蛇はうねり、這うように空中を渡り、火球を丸呑みにすると、そのまま少年へと牙を向く。反応すら許さない速度を持った蛇行は、一瞬にして少年の目と鼻の先にまで至る。

 剥き出しの牙が、そして寸前のところで停止する。


「こ……こんなことして、ただで済むと思うなよ」


 牙を突きつけられても、まだ虚勢をはるだけの余裕はあるらしい。


「パパに言いつけてやる! そしたら、お前みたいな平民なんか!」

「それは困るな。だから、それはずっとお前に巻き付けておくよ」


 水の蛇は口を閉じ、少年に絡みつくと姿を消した。


「な、なんだよ! なにをした!」

「このことを誰かに話そうとしたら、その蛇がお前の口を塞ぐようにした」


 もちろん、水の蛇には地球産の術を混ぜてある。

 世界外の技術で姿を隠しているのだ。たとえ、この世界で高名な魔法使いでも、そうと知らなければ見破れないはずだ。口が聞けない様子も、あの歳ならふざけているように親は受け取るだろう。

 見破られたら見破られたで、その時はしらばっくれればいい。

 誰も六歳児が、そんあ高度な術を扱えるとは思わない。たとえ、それが特別クラスの生徒だろうと。


「ふざけるな! いますぐ――ぐむむむ!」


 立場をわからせるために、いまあえて口を塞いでやる。

 子供相手に大人げない。

 そうは思うが、貴族に楯を突いたんだ。これぐらいして置かないと、こちらの身が――両親が危ない。

 なら、はじめから手を出すな、という話だが。

 あの状況をすぐ側でみて、少女を助けられる力があって――それでも見て見ぬふりをするようなら、この先の人生に刺激的な出来事など一つも起こらないに決まっている。

 ただ面倒事を回避するためだけに消費するような、つまらない人生だけは絶対に送らない。

 それが尾喰み白蛇という怪異としての矜持、生き様だ。


「むむむむむむむ!」

「なに言ってるのかわからないな。でも、ここを出て行くなら、口は聞けるようにしてやるよ。ほら、行った、行った」


 そう声をかけると、少年は一目散に教室を出て行った。

 主犯たる少年は駆け足で去り、残った取り巻きも、周囲の生徒も口を開かない。少女も唖然としているようで、言葉を失っていた。


「あぁ――そうそう」


 そんな静寂に向けて、わざとらしく、いま思い出したような振りをして、言う。


「余計なことは言うなよ?」


 教室中に向けて放った言葉に、返事はない。

 だが、仮にも貴族の子たちだ。よく理解していることだろう。


「それじゃあ、今後ともよろしく」


 そう言って、教室を後にする。

 両親に会ったら、また口調をもとに戻さないとな。その点、教室にいる間は演技をあまりしなくて済むから気が楽だ。両親の前で気が抜けないというのも、よくない話だけれど。

 そんなことを思いつつ、廊下を歩いていると誰かが駆けてくる音がする。


「――待って!」


 振り返ってみると、先ほどの少女がいた。


「どうして私をたすけたりしたんだ! あんたが目をつけられたじゃないか!」


 その言葉は、感情にまかせて言い放ったそれは、俺の身を案じるものだった。

 助けられたことに安堵するのではなく、助けられた者の心配をしている。

 たった六つの少女が、だ。


「……助けられると思ったからだよ」

「たすけてなんて……たのんでない」

「あぁ、そうだよ。だから、気にしなくていい」


 これは俺の性質のようなものだ。

 恩に着せるつもりはないし、何かを期待している訳でもない。

 そうしたかったから、そうしたまでだ。

 それに助けられるのに助けなかったら、後味が悪い。


「……わかんない。わかんないよ」


 少々、言葉が足りなかったか。

 そう思い、言い直そうとして、言葉が止まる。

 少女が、泣いていたからだ。


「どうして私にやさしくするの……どうして私をたすけてくれるの……わかんない、わかんない! どうして!? 私は孤児みなしごなのに!」


 孤児。

 両親がいないのか。

 だから、こんなに張り詰めて、いまにも割れてしまいそうなのか。


「……関係ないだろ、そんなこと」

「え?」

「孤児だろうが、一人の人間だろ。なら、胸を張れ。お前には幸せを得る権利が人と同じようにある。今回のことは……まぁ、その欠片とでも思っていればいい」

「……意味わかんない。むずかしい言葉ばっかり」


 六歳を相手に権利うんぬんを説いても理解は難しいか。

 六歳の少女。そう、たった六歳なのだ。

 心根が優しく、思いやりがあり、苦難を乗り越えようとする意思がある少女。

 だからこそ、儚げで、今にも壊れてしまいそうなほど危うい少女。

 長年の経験が俺に訴えかけてくる。

 目を離した途端に、弾けて消えてしまいそうだ、と。

 この少女から、目を離してはいけない、と。


「――お前、どこに住んでるんだ?」

「……この学園の寮に住むことになってる……けど」

「そうか。なら、大丈夫そうだな」


 ふと、頭に名案が浮かんだ。

 それを実行に移しても、どうやら問題はなさそうだ。


「名前は?」

「……アヤ」

「アヤ。お前、うちにくるか?」

「え?」


 頼めば、両親は引き取ってくれるはずだ。

 それだけは、尾喰み白蛇という怪異としてではなく。あの二人の子供として、確信をもって言える。


「一人でいるより、ずっといいだろ? 一緒に暮らそう」


 ゆっくりと手を差し伸べる。

 この手を取るか否かは、少女しだい。

 俺は黙して回答を待った。


「……これが――これがあんたのいう、権利なら……」


 そして、少女は手を伸ばす。


「私に、幸せを……ください」


 俺はしっかりと、その手を取った。

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