黒い箱の一時間 (箱物語14)
パッポー、パッポー、パッポー。
買い物に出かけたお母さんにかわって、柱時計のハトが書き方教室に行く時間を教えてくれた。
――もう三時か……。
書き方教室は三時半からだ。
通い始めて、楽しいなんて思ったことがない。おまけに外は夕立で、どしゃぶりの雨が降っている。
ボクはしぶしぶ準備を始めた。
玄関を出たところで、ボクはいっしゅん立ちすくんでしまった。
軒先に気味悪い男が立っている。
黒い服に黒いズボン。
黒い帽子に黒いマント。
黒い手袋に黒い靴。
黒いマスクに黒いメガネ。
おまけに黒い大きなカバンを持っている。上から下まで全部まっ黒なのだ。
「やあ、雨やどりをさせてもらってるよ」
黒ずくめの男、ボクに気がつくと手をあげてきた。
――こまったなあ。
早く行かないと遅刻だ。
だけど、こんな怪しい人を残して家をはなれることもできない。
しばらくの間……。
男のようすをうかがっていたが、じっと雨空を見上げたままで、ちっとも出ていきそうにない。
ボクはおもいきって声をかけてみた。
「ねえ、おじさん。雨がやむまでそこにいるの?」
「すまんな、わたしは雨に弱いんでね」
男がこまったふうに言う。
――そうだ、カサを貸せば出ていくかも。
ボクはお父さんのカサを取ってきて、雨を見ている男の前にさし出した。
「よかったら使ってください」
「こいつはありがたい。この黒いカサはわたしにぴったりだな。お礼をしたいのだが、なにかほしいモノはないかね?」
「なにもいりません」
すぐさまことわった。
知らない人、それも怪しい者から、モノをもらうなんてとんでもない。
「それでは、わたしの気がすまないよ」
男は玄関のポーチにやってきた。それからしゃがみこみ、怪しげな黒いカバンを開けた。
――タチの悪いセールスかも?
背後からこっそりのぞいてみると、これまた黒いモノばかりが入っていた。
「これがいいかな。いや、こっちの方がいいか。それともこっちの方が……」
男はあれこれ手に取ってはもどしている。
その背中ごしに、
「書き方教室、三時半からだったんだ。あーあ、完全に遅刻だよ」
ボクはわざとらしく言ってやった。
「三時半からだって? もうすぐ四時じゃないか。そうだ、これがいいだろう」
男は小さな箱を取り出し、それからフタを開けてボクに見せた。
それは時計のように文字盤と針があった。
「この針をメモリに合わせてな、次にこのボタンを押すだろ。そうすりゃ最高三時間、過去にもどることができるんだ。どうだい、これを使えば間にあうぞ」
意味不明なことをしゃべりながら、男がその黒い箱をボクの手に押しつけてくる。
どうせオモチャで、お金をくれって言い出すにちがいない。
「いりません」
ボクが返そうとするにもかまわず、
「長いこと、おじゃましたね」
男はさっさとカサをさして、雨の中に立ち去ってしまった。
これから行っても、書き方教室はすぐに終わってしまう。一時間ちかく、あの男のためにムダにしてしまったのだ。
――時計だったな?
黒い箱のフタを開けてみた。
時計みたいだけど、なぜか針は一本だけ。メモリもたったの三つだ。
――いじってみればわかるかも?
一番目のメモリに針を合わせ、ボクは男がやったようにボタンを押してみた。
パッポー、パッポー、パッポー。
買い物に出かけたお母さんにかわって、柱時計のハトが時間を教えてくれた。
――もう三時か……。
書き方教室は三時半からだ。
通い始めて、楽しいなんて思ったことがない。おまけに外は夕立で、どしゃぶりの雨が降っている。
ボクはしぶしぶ準備を始めた。
玄関を出たところで……。