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夏の思い出

作者: 松葉芯

 小学一年生の翔君は、とてもやんちゃでした。そして、翔君には二つ年下の弟、優君が居ます。

 二人はいつも仲が良いのですが、ヒーローごっこになると、話が変わります。正義の味方が大好きな翔君は、毎日悪者を退治します。今日も新聞紙を丸めた自慢の武器で、悪の手下をやっつけるのです。

「うわぁん。いたいよぉ。もうやだよぉ」

 いつも悪役をやらされるのは優君でした。優君は戦うことが好きではありません。だから、すぐにお母さんの所へ逃げるのです。

「コラ、また優をいじめて」

 お母さんがいつものように止めに入りますが、翔君はそれくらいでは止まりません。

「でたなキッチンだいまおう。きょうこそセイバイしてやる」

「まったくもう。フハハハハ、ここで会ったが百年目、仲間達の敵を取らせてもらう。と言いたいところだが、今日はチビッ子相手はしていられないのだ。いい子で寝ないと、明日は置いてけぼりの刑にするぞ」

「なんだよそれ。ちゃんとしょうぶしろ」

 翔君は、今までに沢山の悪者を退治してきました。包丁ザクザク魔人や、まな板トントン大王、怪獣ブロッコリーナにパプリコットなんかも倒してきたのです。そして、今日も悪の親玉との激しい戦いを繰り広げるつもりでしたが、どうやらそういうわけにはいかないようです。

「朝起きれなくて、置いてけぼりになってもいいのか?」

「つまんないの……」

 いつもならこの程度の脅しではビクともしないのですが、今日の翔君は素直に言う事を聞きました。なにせ、明日にはもっとすごい冒険が待っているのですから。

「ゆう、あしたはどんなボウケンがまってるのかな」

「こわいなぁ」

「だいじょうぶだよ。ぜんぶにいちゃんがやっつけてやる」

「ほんとに。よかった。あしたがたのしみ」

 二人は興奮してなかなか眠れませんでしたが、色んな話をしている内に、いつの間にか眠っていました。

 次の日、二人はいつもより早く目を覚ましました。

「早く行こうよ」

 翔君はもう待ちきれない様子で急かします。何せ今日の目的地は初めて行くお婆ちゃんの家なのです。そこは都会の夏とは違って、自然に囲まれた夏があります。珍しい景色や生き物が、二人のことを待っていることでしょう。その中でも、二人のお目当てはカブトムシです。お婆ちゃんの家の裏山には、沢山のカブトムシやクワガタが居ると聞いてしまったのですから、じっとなんてしていられません。

「はいはい。ちょっと待ってね」

 二人に引っ張られて、お母さんが車に向かいます。車内ではお父さんが、いつでも出発出来る準備をしてくれていました。

「そんなにはしゃぐとバテるわよ」

 お母さんが何を言っても、今日の二人には無駄なようでした。はやく、はやく、と何度も声に出すだけでは物足りず、座ったままピョンピョン跳ねたり、運転席の座席をガタガタと揺らしています。二人の有り余るエネルギーは、もう誰にも止められません。

「よーし。出発するぞ」

 お父さんがそういうと、二人は大きな声で喜びましたが、出発さえしてしまえば、二人は大人しいものでした。見慣れた都会の街並みには目もくれず、二人で遊び始めたのです。そしてしばらくすると、ぐっすりと眠ってしまいました。

「まったく。さっきまでの騒々しさはなんだったのかしらね」

「まったくだ。興味を持った子どものパワーはすごいな。俺もまだまだ負けてられん」

「ふふふ、もう若くないんだからほどほどにね」

 二人が眠った車内は、静かなものでした。ただ真っ直ぐに目的地へと、二人を運んでいきます。そして、目的地が近づくと、お母さんが二人を起こします。

「翔、優、もうすぐ着くわよ」

 起こされた二人は、ふにゃふにゃしながら起き上がります。すると、目の前には見たことのない景色が広がっていました。二人はキラキラと目を輝かせて、わぁっと驚きの声を上げると、窓から顔を出してあちこち見ています。

 辺りには沢山の山が見えて、ミンミンとセミの声がここまで聞こえてきます。透き通った川だってありました。川では、元気な魚がバチャン、バチャンと飛び跳ねています。あと、すぐ隣には田んぼというものがありました。そこからは、聞きなれないゲコゲコという鳴き声が聞こえてきます。

「カエルだ! カエルがいるよ」

 二人は、実際にカエルの鳴き声を聞くのは初めてでした。

 興奮する翔君とは違って、優君は少し大人しめでした。色んな音が聞こえてくる度に、翔君の背中に隠れて、こっそり顔を出しています。どうやら優君にはまだ怖い気持ちの方が強いようです。

 二人が沢山の初めてに出会っている間に、車ではお婆ちゃんの家に到着しました。

「はじめまして。よう来てくれたね」

 玄関では、お婆ちゃんがみんなに手を振っています。でも、二人は恥ずかしそうにお母さんの後ろに隠れてしまいました。

「ほらほら、ちゃんとご挨拶して」

 背中を押された二人が、恥ずかしそうに挨拶をすると、お婆ちゃんもにこりと笑顔で挨拶を返してくれました。

「ねぇ。あそびにいってもいい?」

 翔君は冒険がしたくて仕方ありませんでした。翔君にとってはお婆ちゃんよりも目の前に広がる自然の方が魅力的だったのでしょう。

「しょうがないわね。暗くなる前には帰ってくるのよ」

 翔君はすぐに走って行きました。その後ろを、優君も付いて行きます。

「あらあら、元気いっぱいだこと。二人で大丈夫かしらね」

「あの人が先に行ってるから大丈夫だと思いますよ」

 大人の心配を他所に、二人は全力で今を楽しんでいます。

「うわぁ。おおきな木がこんなにたくさんあるよ」

「カブトムシ、いるかな?」

「こんなにたくさんあるだ。いるにきまってるよ」

 翔君は落ちていた枝を剣のように振り回し、バシバシと草や枝を切って進んで行きます。

「なんだこれ、わるものはセイバイだ」

「おにいちゃん。まってよ」

 翔君はそこらに生えているキノコを相手に、戦いを挑んだり、大きな木を相手に必殺技の練習をしたりと、元気いっぱいに楽しんでいます。でも、優君は翔君を見失わないように、付いて行くので精一杯でした。

 それからしばらく探検していると、突然、優君が驚いた声をあげました。

「おにいちゃん!」

 翔君がすぐに優君のところへ行くと、優君は一つの木を指さしています。

「カブトムシだ!」

 二人は立派な角を持ったカブトムシに見とれていました。すると、突然近くでガオオっと恐ろしい鳴き声が響きました。

「おにいちゃん、こわいよ」

 優君はすぐに翔君の背中に隠れます。でも、翔君も怯えているようでした。

「だ、だいじょうぶだよ」

 翔君は怖い気持ちに負けずに、優君を守ろうとしています。

「はやくかえろうよ」

 優君は翔君の腕を引っ張って帰りたがっていますが、その声を聞きつけてやって来たものがいます。

「ガオオオオッ!」

 なんと、二人の前に現れたのは、巨大なクマだったのです。鋭い爪をギラギラと光らせて、二人の方へ近づいてきます。

「うわぁぁぁん」

 二人は大泣きしてしまいました。でも、翔君はこのまま負けてしまうようなことはありません。泣きじゃくりながらも、棒を持ってクマに殴りかかったのです。バシバシと音を立てて、何度も何度も叩きますが、クマには全然効果がありません。それどころか、ゆっくりと鋭い爪を近づけてきます。

 この絶体絶命のピンチに、とうとう翔君も負けてしまいました。すると、今度は優君が動きました。

「おにいちゃんをいじめるなぁ」

 危険な翔君を助けようと、あの優君がクマに殴りかかったのです。

「ゆうをいじめるなぁ」

 翔君も、もう一度勇気を出して殴りかかります。ですが、やっぱりクマは全然平気な顔をしています。

 しばらくすると、近くでお母さんの声が聞こえました。

「翔、優、ご飯の時間よ」

 その声に気づくと、二人はお母さんの胸に飛び込みました。

「あらあら、こんなに怖がるなんて、悪い事をしたわね」

 お母さんはクマを見ても、全然平気な顔をしていました。それどころか、クマに話しかけたのです。

「あなた、もう顔を出してあげましょうよ」

 お母さんがそう言うと、クマは自分の頭を取ってしまいました。そして出てきたのは……。

「お父さん!」

 二人は驚いて、お父さんとお母さんの顔を交互に見ています。

「これで少しはやんちゃが治ってくれればいいんだけどね」

 お父さんとお母さんは、笑って二人の頭を撫でました。どうやら、二人は悪者が仕組んだ罠に掛かってしまったようです。ですが、この日をきっかけに、翔君は今までよりも優君を守ろうという気持ちが強くなりました。そして、優君には立ち向かう勇気が付いたようです。

 お婆ちゃんの家から帰って来ると、二人はいつものようにヒーローごっこで遊んでいますが、少しだけ様子が違います。

「ゆう、いっしょにキッチンだいまおうをたおすぞ」

「うん!」

 なんと、優君も立派なヒーローになっていたのです。そして、二人は協力して悪の親玉を退治するのです。そんな毎日を見守ってくれるのは、知らない間にお父さんが捕って来てくれた、立派な角を持つカブトムシでした。

10数年前に書いた作品を、手直ししものです。この作品を好きだと言ってくれる人が居たので、思い切って投稿してみました。気に入って頂ければ、感想や評価お待ちしております。

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