プロローグ
二千十年なんとかや年、五月何日、晴れ。
その日、佐坂亮二は死んだ。
空から降ってきたグランドピアノによって圧殺されました。
すごく痛かったです。
――――――――
佐坂亮二はいじめられっ子である、中肉中背黒髪黒目、どこにでもいる平凡な高校二年生である彼は、今酷い、いじめにあっていた。
理由については実に下らない、クラスのボスとも言える寺田孝樹に逆らったためである。
彼は亮二の妹で学内一位の美少女と言われる紗奈に一目惚れしていて、兄である亮二に、紗奈の下着を取ってこいだの、裸の写真を撮ってこいだの要求してきたのである。
当然、兄である亮二はそれを拒否、そしてクラス内、いや学年中でいじめにあってしまっていた。
亮二はそんないじめに屈するような人間ではなかった、そのためクラス内でのいじめはさらにエスカレートしていった。
そんなある日、五月何日、よく晴れ日であった、亮二は寺田に呼び出され第二校舎の裏に来ていた、大事な話があると聞かされて、断っても良かったのだが最近いじめの対象が妹まで及ばすような事を寺田が口走っていたため、来ざる負えなかった。
「佐坂ぁぁぁ!!」
頭上から声がする、寺田だ。
何事かと空を見上げた亮二が目にしたのは、巨大な黒い塊が降ってくる、光景だ。
一瞬であった、激するその一瞬でそれが、第二校舎にある音楽室に置いてあるはずのグランドピアノであると気づけたのは。
走馬灯を見る、半分近くは妹や幼馴染二人との楽しい時間であった、そしてもう半分は趣味である卵型の携帯ゲーム機たまモンの事だ。
“たまごでモンスター”通称たまモン、一昔前に流行った人気ゲームで三つのボタンに小さな液晶がついた卵型のゲーム機だ。
上下に開閉するたまご型ケースで殻をスライドさせることで起動する、起動後幼体モンスターに餌などを与え、筋トレや勉強、風呂、トイレの世話などをする所謂育成ゲーム。
この瞬間今も亮二のポケットにはそれが入っている、今は究極形態ゴッドドラゴンにまで進化させてある、そこに至るまで一週間を費やすが、たまモンの寿命は一律、一週間と一日、つまり今日たまモンも死ぬ。
たまモンは死んでも再び図鑑に記録されるため基本的に図鑑をコンプリートさせるという目的もあったが亮二は既に三年前にコンプ済みだ、何故いま再びこのゲームをしていたかというと単にいじめをやり過ごすために職員用トイレに忍び込んでいる間の暇を潰すために持ってきていたのだ、ちなみに教職員もいじめについては認識している後ろめたさからかこの行為に対して咎めることはなかった。
たまモンは殻を閉じリセットボタンを十秒長押しすれば再び幼体からスタートできる。
亮二は死ぬその瞬間までにその動作を無意識でしていた、殻を閉じ、リセットボタンを押し――――一、ニ、三、四、五――――その先をカウントすることは出来ず彼は押しつぶされてしまった。
その数時間後、発見された彼の死体はたまモンをしっかりと握り締めていたという。
――――――――
帝聖歴二千十五年、雨月二十二日、雨
魔道士リリカ・セレスウィンは森でモンスターの幼体を拾う。
どうやら新種のモンスターらしい、育てて研究会に発表すれば世紀の大発見となるだろう。
しかし、雨に濡れて体温がどんどんと下がっていく。
このままじゃ死んでしまうかもしれない。
亮二は温かい感触に目を開けた、目を開けるとそこには暖炉があった。
見たこともない部屋にやけに視界が低い、それどころか体の感覚がおかしかった、手がないのだ、それに足も。
目は開いている、口もある、鼻はないようだが嗅覚は感じられる、音も聞こえるが耳がない。
身をよじり、跳ねてみる、硬く冷たいレンガの床に落ちる。
(どうなっているんだ? 俺は確かピアノに潰されて死んだハズじゃ……)
口はあったがどうにも声にならない、空気が抜けるような音が出るばかりだ。
首を傾げようにもそのための首がない、まるで生首にでもなったかのようだ。
別に亮二は生首になったことはなかったが、そう感じざる負えなかった。
「あ、ダメじゃない! 飛び出しちゃ」
ふと声がしたので振り返ろうと――――したが上手く動けず床を転げまわっていた亮二を誰かが抱き上げた。
赤毛に蒼い瞳の少女だ、胸はそこそこ大きく、ゲームとかでよく魔法使いが着ていそうなローブを纏っている。
(誰だろうこの子、っていうか抱き上げられているということは、まさか本当に生首に?)
亮二は少女の腕の中で身動ぎをすると、壁に掛けてある鏡を発見した。
(なんだ、この姿は――――これって、まさか……シロマル?)
そこには見覚えのある姿をした亮二と少女が写っていた。
シロマル――――亮二が生涯最後まで大切に握り締めていた、たまモンの幼体期モンスターである。
(まさか、これが転生ってやつか……それにしてもシロマルになったのか俺、嫌じゃないけどなんだかなー)
昨今のラノベや漫画などこの手の転生物の話も多く、亮二も死の間際、転生とかできないものかと思ってはいたがいざ、転生してみて、しかも自信が熱中して育成してきたシロマルになって生まれてきたという事は嬉しくもあり少し、ショックだった。
「にゃー」
亮二は一先ず、鳴いてみることにした、確かシロマルの公式設定では鳴き声は『にゃー』だったはずだ。
「あら、初めて鳴いたわね、シロン」
シロン、とは?亮二は疑問に思ったがどうやら自分の新しい名前であることは容易に知れたので、もう一度「にゃー」と返事をしておいた。
亮二は新しい名前を手に入れた。