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木陰のメリー  作者: 悠十
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第八話 でーと?




 その日、クロード・ヴィラックは王宮の一室を辞し、実家の侯爵家に帰ってきていた。何故だか知らないが、王宮に居ると必ず誰かが自分を訪ねてきて、その応対をするために、以前より脳裏に描いていたプランを練る時間がとれずに居たのだ。けれど、それも今日で終わり。


「ふ……。完璧だ」


 己の計画を自画自賛し、その計画書をそっと机の引き出しに仕舞い、ベッドに入る。


「明日が楽しみだな……」


 そう呟き、クロードは眠りに着いた。




 クロードが実家に帰ってきたその翌日。

 クロードの部屋を訪ねてきたのは、兄のアランだった。


「おーい、クロード。ちょっと、ブロッシェ皇国でお前がやらかした事について詳しく聞きたいんだけどー……」


 部屋の戸をノックし、返事を待たずに遠慮なく室内に乗り込む。え? 親しき仲にも礼儀ありだって? ふふ、己の貞操の危機の前に礼儀なんて大臣のカツラ並にどうでもいい事だよ。

 二日後に迫ったブロッシェ皇国訪問を前に、死んだ魚のような目をしたアランは室内を見渡し、クロードを探す。


「おーい、クロード。どこだー。出ておいでー」


 衣装箪笥を開け、暖炉を覗き、机の引き出しを開ける。いや、そんな所を探しても居るはずが無いだろう。しかし、残念ながらそれを指摘してくれる人物は、今は居ない。

 机の引き出しは、一つを残して全て開け終わったアランは、最後の引き出しを開ける。そして、ソレを見つけた。


「何だ、これ?」


 首をかしげ、アランは一枚の紙を取り出した。書類などはきっちり整理し、ファイリングする弟にはめずらしく裸のままで引き出しにいれられていた、ソレ。

 重要書類ならこんな所にはいれない事を知るアランは、特に気にする事もなく紙に書かれていることを読む。そして、叫んだ。


「ち、父上、父上ぇぇぇぇぇ! 大変ですぅぅぅぅぅ!!」


 アランが読んだ書類には、こう書かれていた。




 十一時三十分、王立図書館前に到着。身を隠す。

 十二時、目標と接触。行動を開始。

 十二時半、目標を中央公園広場へ誘導。

 二時、中央公園第三エリアへ誘導。第二目標と接触。計画を遂行。




 どこの暗殺計画だ。

 そんな不吉なものを醸し出す計画書を前に、侯爵とアランは頭を抱えていたが、偶然やってきた侯爵夫人ダイアナの一言で、その悩みは解消された。


「あら、これって、デートプランなんじゃなくて?」

「「は?」」


 確かに中央公園は、今は花の盛りで大変美しく、カップルに人気のデートスポットだ。それになにより、王立図書館といえば、メリーのバイト先である。


「でーと? デートプラン!? これがぁぁぁ!?」


 何だかターゲットを仕留める気満々の意気込みが溢れる力強い筆遣いで書かれている、これが!?

 アランの心からの驚愕の声に、まあ、あながち仕留めるという表現は間違ってはいないな、と侯爵は盛大な溜息を吐きながら思った。けれど、射止める、という表現を使えないのは何故だろう。計画書から何故か感じ取れるやる気に溢れたオーラの所為だろうか。

 男二人が脱力するなか、ダイアナは小首を傾げ、呟いた。


「けど、第二目標って、誰なのかしら……?」


 小さな呟きは、残念な事に夫と息子の耳に入る事はなく、空気に溶けて消えた。




   *   *




 本日は大地の祝福日。地球の日本で言うところの土曜日である。

 学院は休みで、メリーのバイトは午前中のみであった。その為、メリーは十二時丁度に仕事を切り上げ、帰り支度を整えて、職員用の裏口の扉を開け、閉めた。


……今、何か居た。


 まてまてまて、気のせいだ。だって、今、アレは王宮に居るはずだ。だって、魔族との和平調印式済んでないよ。超有名人が、こんな人気の多い場所に居る筈が無いよね!?

 首を振り、必死になって気を落ち着け、今見たモノが居る可能性を否定し、再びそっと扉を開ける。そして、そこには……。


「やあ、メリアナ嬢。偶然ですね。一緒に昼食でもいかがですか?」


 そんな意図的な偶然があってたまるかぁぁぁ!!

そこには、爽やかな笑顔を振りまくスーパースター、クロード・ヴィラックが立っていた。




   *   *




「あの……」

「はい、なんですか?」


 キラキラキラ……。


 何か、輝く麗しい笑顔を前に、平凡な私は解けて消えそうです。美形オーラハンパないです。負けるなメリー、ファイトだメリー。ここで引いたら明日は無いぞ!


「あの……英雄がこんな人気の多い場所に居ると、大変な事になると思うんです」


 だから、大人しく帰りやがれコンチクショー。

 言外にお断りの意味を込めてそう言えば、クロードはキラキラと輝く笑顔をそのままに、懐から黒縁の洒落たメガネを取り出し、告げた。


「ああ、それなら大丈夫です。ちゃんと対策を考えてきましたから」


 そう言って、メガネを掛ければ、クロードの金髪は黒に染まり、溢れんばかりの存在感が少し薄れたような気がした。


「これは髪の毛の色を黒に変える幻影魔法が込められた魔道具なんです。もう一つ有るんですが、掛けてみますか?」


 メリーが興味深そうにメガネを見つめていたのに気付いたのか、クロードは懐からもう一つ黒縁メガネを取り出した。

 差し出された黒縁メガネを恐る恐る受け取り、掛けてみるとメリーのチョコレート色の髪もあっというまに黒に変わった。

 おお~、すごい。こんなものがあったのか。

 黒に変わった自分の髪を眺めていると、クロードがぽつりと呟いた。


「おそろいですね」


 メリーは素早い動作でメガネを外した。


「珍シイ体験ヲサセテイタダイテ、アリガトウゴザイマシタ」


 そう言ってクロードにメガネを返そうとするが、クロードは受け取ろうとしなかった。


「いえ、大したことではありませんから。それより、どうかそのメガネを貰ってくれませんか?」


 ペアルック? そんなにおそろいにしたいの? バカップルもどきになりたいの!?


「イイエ、コンナ高価ナモノ、イタダケマセン」


 断固拒否する!


「そんな、そう言っていただくほど高価なものじゃないんですよ。そのメガネは私が昔作ったものですから、さほどお金はかかってないんです。どうか、貰ってください」


 そう言って、クロードはメガネを差し出すメリーの手をメガネごとそっと大きな手で包み込んだ。ぴぎゃ~!? どさくさに紛れて何をするか、この男は!?

 クロードの行動に驚いて、メリーはクロードの顔を見上げ、後悔した。

 ギャー!? 何だ、その色気は!? 美形の憂い顔とか、何その凶器! ヤメテー、見ないでー!?

 クロードの顔を見上げ、凝固するメリーを見てどう思ったのか、クロードはメリーに顔を近づけ、言う。


「貰ってくださいますか?」


 必殺、間近で美形フラッシュ! 凡人メリーは消失寸前だ!

 メリーは包まれていた手を勢いよく引き抜き、両手を上げて降参のポーズのまま後ずさり、ガクガクと人形のように頷いた。危険です。この男、危険です!

 頬は赤いのに全体的に青白いという奇妙な顔色のメリーを前に、クロードは微笑む。


「良かった。出来れば持ち歩いてくださいね。メガネと髪色で意外と分からないものですから」


 ……んん? なんか、デジャヴを感じる。


「私が求婚した所為で、貴女に余計な心労をかけてしまって申し訳ありませんでした」


 あ、そうか。リナが言ってた対策だ。え、何? 英雄様は、それに気づいてたの? 気にしてたの?

 メリーがポカン、と呆けた様子でクロードを見つめていると、クロードは少し苦く笑って、言う。


「あの時は、後先考えず、あのような目立つ場所で求婚してしまい申し訳ありませんでした。一年もの間、貴女の姿を見ることも、声を聞くことも出来ず、我慢できなくて……。未熟者で、すみません」


 ……あー、えーと。私は何を言うべき? 返事をするべき? ……そうだよ、お断りの返事をするチャンスじゃないか!


「あの……」

「それで、急に求婚なんて貴女も困ったと思うんです。ですから、まず、お友達からお願いしたいんです」


 ……先手を打たれたぁぁぁ!


「駄目でしょうか?」

「……っ!?」


 だから、その綺麗な顔で憂い顔はやめて!?




   *   *




 美形の憂い顔の前に呆気なく敗北を喫したメリーは、結局メガネを貰い、それをかけてクロードの隣を歩いていた。

 怖いです。美形怖いです。存在そのものが凶器です。悪い事をしてない筈なのに、憂い顔を見たらこちらが悪い事をしてしまった気になります。

 メリーは気を取り直すように一つ溜息をつき、隣を歩くクロードを盗み見た。

 確かにメガネと黒髪になったおかげで、この美形メガネが英雄様だとは誰も気付いていない。絵姿が出回っているとはいえ、まじまじと本人を見たわけではないのだ。更に黒髪になどなれば、気付けるはずもなかった。

 だが、しかし、黒髪だろうがメガネだろうが、美形は美形。道行くおねいさんの視線が痛いデス。しかも気付けば横を歩いているし。

 必殺憂い顔を前に砂となって飛んで行きそうだったメリーが我に返ったときには、既に中央公園へとエスコートされていたのだ。クロード・ヴィラック侮りがたし!

 これからどうしよう、とか考えていると、クロードがあの木陰で休憩しましょう、と言い出した。いや、休憩はいりません。私をお家に帰してあげて!

 そんなメリーの心の叫びなど届くはずもなく、クロードはさっとハンカチを芝生の上に敷き、流れるような動作でメリーをごく自然にその上へと座らせた。

 断るつもりで居たメリーは気付けばハンカチの上に座っていた自分に驚き、ぎょっとしてクロードを見上げるが、クロードは微笑み、少し待っていてくださいね、と言って何処かへ行ってしまった。行動が早い。

 

「どうぞ」


 戻ってきたクロードが差し出したのは、ベーグルサンドだった。クリームチーズとサーモン、レタス、目玉焼きが挟んである。ちなみに目玉焼きの黄身は半熟だ。なにこれ、すっごく美味しそうなんですけど!

 戸惑いも顕にベーグルサンドとクロードの顔を見比べると、クロードは微笑み、アイスティーの入った紙コップまで渡してきた。なんという至れり尽くせり……!

 先程までバイトだったため、お腹が空腹を訴えてグーキューと間抜けな声で鳴いている。

 けれど、ここでコレを受け取ったら一緒にお昼ご飯と言う流れになってしまう。もう手遅れだ、という天の声が聞こえてきそうだが、ここは我慢して――。


「ここのベーグルサンドは美味しいんですよ。隠れた名店ならぬ、屋台というやつで」

「へ、あ、そうですか……」


 思わず受け取ってしまった。どんだけ食べ物の誘惑に弱いんだ、自分!?


「あの、お金……」

「ああ、気にしないで下さい。私からお昼を誘ったんですし」


 さらっと笑顔で断られた。いやいやいや、ここはきちんと払うべきだ。でないと次に会ったときに、というフラグが――。


「もし気になるようでしたら、次に会ったときに今度は私がご馳走になる、という事で」


 立ったー! フラグが立ったー!!

 やっちまったぜ、とうっかり次回の約束を取り付けられてしまったとメリーは項垂れた。そんなメリーをにこにこと笑顔を浮かべながらクロードは見つめる。やめてー、みないでー……。

 意気消沈したメリーは、諦めてベーグルサンドに齧りつき、目を見開いた。なにこれ、凄く美味しいんですけど!?

 思わずクロードの存在を忘れ、メリーは夢中になってベーグルサンドを食べた。クリームチーズが絶品です!

 ベーグルサンドを食べ終わり、美味しかったと満足して顔を上げ、固まる。

 其処には、慈愛に満ち、何処となく色気がもれ、初心な乙女が見れば百パーセントの確率で恋に落ちそうな笑顔を浮かべた英雄様のご尊顔があった。

と、溶ける……。消えてなくなりそうです……。




 とにかく食べ終わったので、さあ帰ろうと立ち上がろうとすれば、すかさずクロードが手を貸す。紳士というべきか、チャンスを逃さない男だというべきか……。

 何はともあれ別れの挨拶を言おうとしたメリーに、クロードが話しかける。


「そういえば、最近美味しいジェラートの店が出来たのを知っていますか?」


 なぬ? ジェラートとな?

 首をかしげるメリーに、クロードはそのジェラートがどれだけ美味しいか語る。メリーはいつの間にかその話術に引き込まれ、うんうん、と頷きながら真剣に話を聞く。クロードの話題はジェラートの話から、他の店の美味しいお菓子、B級グルメに移り、その店の位置が何処か、と移っていく。けれど、店の位置がイマイチわかり難く、眉間に皺を寄せるメリーに、クロードは微笑み、提案した。


「じゃあ、来週のこの時間に一緒に行きましょうか?」

「行く!」


 ……はっ! 今、私は一体何を?

 気づいた時にはもう遅い。輝く笑顔のクロードを前に、メリーは戦慄した。

 この男、出来る……!

 来週また会う事が決定してしまった。

 しかも気付いてみれば、最初に居たエリアとは違うエリアに居る。話に夢中になって気にしていなかったが、いつの間にか中央公園内を移動していたらしい。どんだけ食い意地が張っているんだ、自分……。

 ちょっと自分を情けなく思いつつも、メリーは約束を断わろうと思い、口を開こうとしたその時だった。


「クロード!」


 隣りの黒髪に変じた英雄様に声をかけてきた人物が居た。

 クロードはそれに片手を上げて答え、メリーに告げた。


「実は、貴女に紹介したい人が居るんです」


 はい?


「それと少し、相談に乗ってもらいたくて……」


 なぬ? 英雄様がこんな凡人に相談とな?

 困惑するメリーを他所に、件の人物がこちらに歩いてくる。


「よう、クロード。こんな所に呼び出すなんて、どうしたんだ? しかも、デート中とは隅に置けないな」


 カラッと笑ってとんでもない事を言ってのけたのは、赤いフレームのメガネをかけた、赤毛のイケメンだった。

 またかよ! また美形かよ!?

 美形二人が並び立ち、己の存在が掻き消えそうになるのを感じながら、メリーは心の中で悪態を吐いた。


 美形なんて爆発すればいい! というか、デートじゃないし!! 


 しかし、第三者から見ればこれは立派なデートであり、デートじゃないのに、と不満そうにむくれるメリーは、デートを邪魔されて拗ねているカノジョに見えるのであった。合掌。



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