第七話 甘味屋で
我等がメリアナ・ラニード嬢が英雄に求婚されたらしい。
その情報は、バルード王国魔道具第三研究所の職員に衝撃を齎した。
「それはマジな情報ですか、所長!?」
「あのモテモテのイケメンに、っすか!?」
「あの美女美少女に囲まれた憎いあんちくしょうに、っすか!?」
男性研究員達が魔道具第三研究所所長、ベイク・ドットに詰め寄った。
「あの英雄美少女軍団ってクロード・ヴィラックに惚れてるんでしょ?」
「メリーちゃん、ピンチ!」
女性研究員達はきゃあきゃあ騒いでいる。
「護身道具とか必要なんじゃね?」
「はい! これなんか、良いと思う! 俺が先日開発したばかりの『電撃コロリ』!」
「……それって、一撃必殺の? この前実験で魔物を消し炭にした、アレ?」
「スタンガンなんか目じゃないぜ!」
「「「却下」」」
最終兵器を持ち出した研究員の案は却下された。うっかり殺人事件が起きる所であった。
「そんな物より、あたしの開発した『戦慄君』が良いわよ」
「それって、あれでしょ? 超強力痺れ薬の入ったスプレー。毒に耐性のあるはずの魔物を痺れ殺したって言うアレ」
「危険だって理由で、開発禁止になったんだよな。確か、現物も処分しろって言われてなかったっけ? なに、まだあるの?」
「な、無いわよ!?」
「「ダウト~。はい、処分~」」
「イヤー!!」
嘆く女性研究員から無情にも痺れ薬を取り上げる研究員達。
「ふ。そんな物より、この俺の『カチワリボンバー』の方が……」
「待て、僕の『悪夢の砂時計』の方が……」
「あたしの『とろける惨劇』の方が……」
「馬鹿野郎! この俺の『サニーサイドアップ眼鏡』の右に出るものは無え!」
護身道具を遥かに越えた兵器を持ち出した職員達に、ベイクは頭痛を覚えながら、ぼやく。
「どうしてお前等はそう陰惨な方向で研究を進めるかな……」
そのぼやきが聞こえたのか、職員達は声を揃えて言い切った。
「「「「「ロマンです!」」」」」
「そうか……」
もう、何も言うまい。
溜息を吐くベイクを無視し、喧々諤々と己の兵器を推す研究員達。そんな研究員達の間に割ってはいる男が居た。
「俺は、これが良いと思う」
彼の名はクルーク・ソルド。その名前と天然パーマな茶髪から研究員達からはクルクル君という愛称で呼ばれている期待の新人である。
そんなクルークが差し出したのは、十数枚に渡るレポートだった。
「これは何? クルクル君」
諍いをやめ、そのレポートを研究員達は覗き込み、目を見張った。
「こ、これは……!」
「あの、幻の……!」
研究員達は先を争うようにレポートを奪い、読みふける。
クルークは自慢げに乱反射する眼鏡を押し上げ、言う。
「実は、三ヶ月前に所長が借りてきた古代魔道書の中に書かれていたものを翻訳し、昨日理論の組み上げが終わったんですよ。それなら、護身に最適かと……」
ククク……、と嗤う様は、どこぞの悪の狂化学者のようだった。
「確かに……」
「これなら……」
「何と言うロマン……」
口々に研究員達は肯定の意を示し、視線をクルークに移した。
クルークは研究員達の視線を受け、決を採った。
「では、メリアナ嬢の護身のため、これの開発に取り組むという事でよろしいでしょうか?」
「「「「「異議なし!!」」」」」
メリーの元に護身道具を越えた兵器が齎される日は近い。
* *
さて、問題のメリーはというと、相変わらず学院では視線に晒されつつも、それなりに穏やかに過ごしていた。おそらく英雄の姉という立場のおかげだろう、というのが友人二人の意見だった。
メリーは友人二人と甘味屋で餡蜜をほおばりながら、おしゃべりに興じていた。
「ま、とりあえずは大丈夫みたいね」
「クロード様が学院に居ない、っていうのも大きいよね」
「もしかすると、冗談だったのかも……」
「「いや、それはないんじゃない?」」
メリーの希望をアリシアとリナは容赦なくぶった切った。ひどい。
「私は家の都合で何度かクロード様とお会いする機会があったけど、冗談なんか言うタイプじゃ無かったわよ」
手広く商売を手がけるアリシアの実家は、ヴィラック侯爵家とも取引があるらしい。どうか、侯爵家でいかに自分が侯爵家に相応しくないかを宣伝してきて欲しい。
「どちらかというと、真面目って感じだったけど、もしかすると天然も入ってるかもしれないわね」
素晴らしい商人の眼力である。
「あたしも侯爵家で臨時メイドのバイトした時にちらっと噂を聞いたけど、そんなタチの悪い冗談を言うタイプじゃないみたいだったよ」
使用人の噂話は情報の宝庫である。嘘ももちろん多いが、意外な真実があって楽しいとリナは笑う。怖い。
「うー……。けど、しゃべったこと無い。納得できない」
口をへの字にしてそう言えば、友人二人も首を傾げ、唸る。
「そうなのよね。クロード様って、一目惚れするようなタイプには思えないし……」
「メリーは一目惚れされるようなタイプじゃないし……」
それは、一目惚れされるほど可愛くない、という事か。そうかのか!?
「リナ、ひどい……」
確かに妹のような美少女ではないが、どこかにロマンスが転がっているかもしれないじゃないか!?
「いいじゃない。最高峰のイイオトコに求婚されたんだし」
あ、はい。そういえばロマンス真只中でした……。
「う、うう~……!!」
本当に、納得できない。だって、妹がクロードについて行ったというだけしか接点がないんだよ!? 私はあの英雄様に対しては、文武両道、容姿端麗、将来有望の、多くの取り巻きを連れた美男子という印象しかないんだよ!? そんなMr.パーフェクトが、なんで私!?
「「納得できない!!」」
……なんか、誰かの声と重なったよ。聞き覚えのある声でしたヨ。
「何で、お姉ちゃんなの!? いつ知り合ったのよ、何で教えてくれなかったの!?」
後ろから聞こえて来た声に驚き、振り向けば、其処に居たのは……。
「お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」
実の妹であるユリアが、フェロモン系美女を引き連れて、わんわんと子供のように大泣きしていた。
* *
流石に人目を引くし、外聞が悪いのでメリー達は店の二階にある個室を借りた。
「むぐっ、ふぐっ……、おねーちゃんの、ふぐ、馬鹿……! むぐむぐ……」
涙を零しながら、ユリアは餡蜜を頬張る。既に三杯目だ。自棄食いである。
「えーと……」
気まずげにユリアを見遣り、次いでその隣りで甘酒を飲む美女に視線を移す。すいません、どちらさまですか?
そんなメリーの視線に気付いた美女は微笑み、名乗った。
「ああ、ごめんなさいね。私の名前はローザ・チェザレ。貴女の妹さんと一緒に、魔王討伐に参加した一人よ」
紫色の瞳を細め、穏やかに微笑んでいるが、それでも何故か色気が溢れている。すいません。その色気は何処で売っていますか。
思わずメリーは寂しい自分の胸とローザの豊満な胸を見比べた。
取り合えず、メリー達もローザに自己紹介した後、リナが興味津々の体で身を乗り出し、尋ねた。
「魔王討伐のローザ・チェザレ様っていったら、クート地方にある毒沼を炎の魔術で干上がらせた、っていう、あのローザ・チェザレ様ですか?」
その質問に、ローザは少し気まずそうにしながらも頷き、肯定した。何だか凄い人らしい。……というか、毒沼なんてこの世に在ったのか。知らなかった。
「毒沼に住まう大蛇を倒すつもりだったんだけど、うっかり一緒に毒沼まで干上がらせちゃったのよね。あの後、師匠に大目玉を食らって大変だったわ……」
少し遠い目をしてローザは語った。結果的には一般人には喜ばれたのだが、毒沼を研究していた研究員達や、魔術師達から嵐のような抗議があったらしい。ご愁傷様です。
「それで、何でチェザレ様がここに……?」
首を傾げてメリーが問えば、ローザはどこか悪戯めいた表情で微笑み、言った。
「ふふ。それはもちろん、クロードの好きな子ってどんな子なのか見に来たのよ」
薄々そんな気はしていたけど、やっぱりかい!
「それで、どうでしたか?」
「メリーは天才だとか美少女って訳じゃないけど、普通に良い子なんですよ!」
「時々、何も無いところで転ぶけど」
「字の綴りをよく間違うけど」
「料理は出来るのにお菓子は作れないけど」
「塩辛いクッキーは激マズだったね」
「もう二度と食べたくないわ」
何だか話がずれてきた。
「赤いベリーパイの赤が唐辛子だったのには驚いたよね」
「最早、劇物だったわ」
「目に痛い刺激臭だったね」
「あれって、確かピクニックに持ってきたのよね」
「それで、偶然鉢合わせしちゃった魔物に投げたら、涙流して逃げていったのよね」
二人はメリーに向き直り、イイ笑顔で言った。
「「メリーは護身用に自作のお菓子を持ち歩けば良いと思う」」
フォローしてくれるのかと思ったら、結局貶すだけかい!?
「ひどい!!」
「事実よ」
「私は塩クッキーの恨みは忘れないよ」
……そんなにマズかったでしょうか?
メリーはそっと視線を逸らした。
そんな三人の遣り取りを黙って聞いていたローザは、吹き出した。
「ふっ、ふふ、あはは! 貴女達って、本当に仲が良いのね!」
笑うローザに、メリー達は顔を見合わせる。
「まあ、普通に仲は良いわね」
「むしろ仲が良くなきゃ友達なんてやってらんないよね」
「普通、普通」
三人はそれぞれそう言い、そして、あれ、と首をかしげた。
「「「何の話をしていたんだっけ?」」」
三人の息のあった様子に、ローザはついにお腹を抱えて笑い出した。
「あはは! 面白いわ、貴女達!」
楽しげに笑うローザの横で、五杯目の餡蜜を食べ終わったユリアが徐に口を開いた。
「ローザのお姉ちゃんに対する評価が知りたいんでしょ?」
そう言いつつ、ユリアは六杯目の餡蜜を注文した。そろそろ見ていて胸やけがしてきそうだ。
「あ、そうだったわね」
「メリーは壊滅的なお菓子作りの天才だけど、平凡だけど、良い子なんです」
「……リナ、お菓子の話題、いつまで引っ張っていくつもりなの?」
アリシアが思い出したように頷き、次いでリナが言いつのり、メリーはちょっぴり落ち込んだ。本当に、激マズお菓子はわざとじゃないんだ。もう、呪いでも掛かってるんじゃないか、ってくらい才能がないだけなんだ。
「ふふっ。そうね、メリアナちゃん、だったわね。あのクロードが惚れ込む位だからどんな子なのかと思ったんだけど、本当に普通の女の子だったのね。驚いちゃったわ」
にこにこと笑いながら話すローザに、メリーは少し緊張する。
「けど、だからこそ納得したわ。クロードが私達の誘惑にちっとも靡かなかった訳よね。だって、私達の中に居ないタイプなんですもの」
……すいません。それって、褒めてます? それとも貶してます?
複雑そうな顔をするメリーに、ローザは苦笑する。
「やっぱり、さっさと諦めて正解だったわ。こう、何処が好き、って断言されるタイプの人間なら奪い取る隙もあるんだけど、何処と言えない、なんて言われるタイプだと、どう勝負していいのか分からないのよね」
どうやらローザは正面からガチンコ勝負タイプらしい。というか、気になる事を言っていたような……。
「諦めて、正解……?」
首を傾げるメリーに、ローザは頷く。
「ええ。私、クロードの事は諦めたの」
あっさりとした回答に、メリー達は目を見開く。
「え、そ、そんな諦めたって……」
生死をかけた魔王討伐にまで参加してまで追って行ったのに!?
メリーの言わんとしている事が分かったのか、ローザは苦笑して言う。
「うふふ。実はね、私、自分より強い人っていうのが恋人の第一条件なの」
陰りの無い様子の笑顔を浮かべるローザに、メリーは呆ける。
「私も、もう26歳だし、そろそろ結婚相手も欲しいし、真剣に相手を探してるんだけど、その第一条件が邪魔して中々いい男性が見つけられなくてね」
それなら、無理して自分より強い相手を探さなくても良いのではないだろうか。
首を傾げるメリーに、ローザは語る。
「自分より強い、って大切な事よ。少なくとも、私にはね。いざというとき、自分より強いからって、私を盾にして逃げる男なんて、最低でしょ?」
何やら過去にあったらしい。はい、そんな男はズボンに爆竹でも仕込んでやれば良いと思います。むしろ、切り落としてやれば良いと思います。何処とは言いませんがね。
「だから、クロードが良かったんだけど……。ま、仕方が無いわね。私も結構、彼より年上だったし」
どうやら8歳も年上というのが気になっていたらしい。いや、その溢れる色気の前では8歳年上なんて霞んでしまうと思います。むしろ逆に魅力です。それに、26歳は十分若いです。というか、そんな事を気にされたら精神年齢ピー歳の私はいったいどうすれば!?
「だから、さっさと次を探そうと思ってね」
そう言って肩をすくめたローザは、再び甘酒を飲んだ。
ローザはどちらかといえば、クロードに惚れ込んでいたわけではなく、有力な結婚相手候補として見ていたようだ。それもまた、隣で自棄食いしているユリアとは違う恋の形なのだと思う。
そう考えながらユリアを見遣ると目が合った。
それを契機に、ユリアは眉間に皺を寄せながら、ぼそぼそと喋り始めた。
「……わたしは、もう少し頑張ってみる」
お姉ちゃんは、心の底から応援します。
「ユリアは何でクロード・ヴィラック様を好きになったの?」
どうやって魔王討伐にまでついて行くほど惚れ込んだのか、ちょっと気になったので聞いてみる。我が家の格では御近づきになる機会もないと思うのだが。
ユリアは視線をさ迷わせ、頬を染めて、ぽつり、ぽつり、と話し出す。
「クロード様と出会ったのは、マルコとフランツと一緒に四種の精霊術を混ぜたらどうなるか実験していた時よ」
……ちょっと待とうか。それ、その実験にはお姉ちゃんは覚えがあります。それって、学院の中央広場を吹っ飛ばした事件の事じゃないよね?!
「それで、込める精霊術の力をちょっと間違えて、大きくなりすぎちゃって困ってたの」
軽く言ってるけど、それって大変な事だからね!? 本来であれば学院の中央広場どころか町一つ吹き飛んでもおかしくなかった、っていう話だったよね!? あの一件でクディル兄さんのおでこが目立ち始めたんだよ!
「それで、そんな時に丁度通りかかったクロード様が術を結界内に閉じ込めて、圧縮してくれて……」
そういえば、最近は大人しかったから忘れてたけど、我がラニード家の三つ子って、悪魔の問題児だったよね。ユリアもその三つ子のうちの一人だったんだよね……。
「その時、自分の事は構わないから、逃げろって言ってくださって……」
お姉ちゃんは菓子折り持ってお礼と謝罪を言いに行くべきでしょうか……。
「カッコよかったの」
そうですか。恋する乙女にジョブチェンジしたおかげで問題児を卒業したんですか。……やはり、菓子折り持ってお礼に伺うべきだろうか。
メリーがちょっと遠い目をして友人二人に視線を移せば、友人二人はサムズアップし、目で語る。
お礼に行って、そのまま流されて結婚ですね。分かります!
……お礼と謝罪は既にクディル兄さんが済ましているに違いありません。ええ、あの兄の事ですから、今さら私がどうこうする必要はない筈です。ない筈だよね!?
こうして友人との楽しくなる筈だった甘味屋での一時は、何とも言えない戦慄とぐだぐだ感を残し、過ぎ去っていった。何でこうなった。
本当に何でこうなった。未だにメリーをクロードと絡ませられずに居ます。あれー?




