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木陰のメリー  作者: 悠十
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第六話 ラニード家の事情




 和食料理店で舌鼓を打ち、帰宅したメリーを待っていたのは、自宅の前で倒れている男だった。倒れた男の手元には、最後の力を振り絞って書かれたと思われるダイイングメッセージがあった。


「マ、『マニ』……『マニア』!」


「いや、『アニ』だ。『アニキ』って書きたかったんだよ」


 メリーのボケに突っ込んだのは、倒れていた男。もとい、復活したメリーの兄、ラニード家の次男であるアドルフ・ラニードだった。アドルフは栗毛の髪に、緑の瞳を持つ美青年だ。その甘い顔立ちから、女性に大人気である。

 アドルフは、むくり、と起き上がると、騎士服についた土埃を払い、メリーに笑顔を向けた。


「久しぶりだな、メリー」


「うん。お久しぶり、アドルフ兄様」


 メリーも笑顔で挨拶を交わす。しかし、その笑顔の裏では、この兄は何しに来たのだろうか、遊ぶなら他所で遊んで欲しい、とか思っていた。


「とりあえず、中に入れてくれないか?」


 メリーの内心など微塵も知らないアドルフは、少し挙動不審気味に辺りを警戒しつつ、メリーにそう言った。

 アドルフに促され、メリーはアドルフを家の中へ招きいれた。


「それで、兄様。何か用なの?」


 グラスに牛乳を注いで、アドルフに差し出し、尋ねる。


「あー。実は、兄貴に追われていてな……」


 そう答え、アドルフは差し出された牛乳を一気飲みした。

 アドルフが指す兄貴とは、ラニード家の長男、クディル・ラニードの事である。


「クディル兄様?」


 何故長兄の名が出るのだろうか。


「何かしたの? 兄様」


「あー、いや、何かしたというか、しなかったから怒られたというか、怒られに来たというか……」


 意を決し、アドルフはメリーに向き直り、勢いよく頭を下げた。


「すまん! お前の仕送り係りは、俺だったんだ! 今の今まで、忘れていた。本当に、申し訳なかった!」


「……は?」


 頭を下げる次兄を前に、メリーは呆ける。


「実はな、十歳の子供に大金を持たせるのは不安だと言って、親父とお袋からは、俺から直接細々とお前に金を渡すように言われてたんだよ」


 まさかの裏事情であった。

 そんな約束があったのだが、アドルフは実家から手紙を貰うまで忘れていたのだ。


「しかし、お前も凄いな。まさか、支援無しで暮らしてるとは思わなかったぞ」


 少し呆れたそぶりで言うアドルフに、メリーの眉がピクリと跳ね上がる。

 そう。この問題は、メリーにも若干問題が有った。仕送りが無いと兄弟の誰かに言えば、アルバイトをする必要も無く、すぐさま解決した問題である。前世の記憶が邪魔をして、無意識の内に生み出した遠慮が、家族に助けを求めるという行為を選択肢の中から除外していたのだ。


 確かに、確かに自分も悪かった。しかし、アドルフには言われたく無い。


 メリーは徐に窓を開け、息を吸い込み、叫んだ。


「クディル兄様ー! アドルフ兄様はこ――」


「ぎゃぁぁぁぁ!? 何してんの、メリー!?」


 慌てて口を塞ぐものの、アドルフの第六感は緊急避難警報を発令している。

 もうここには居られない、とばかりに回れ右した瞬間――。


「何処へ行く? この愚弟」


 顔面を鷲摑みされた。


「くくくく、クディル兄貴……」


 室内に音も無く現れたのは、ラニード家の長男、クディル・ラニードだった。クディルは綺麗に撫で付けた茶髪に、青い瞳を持った中肉中背の青年で、顔立ちはメリーに似た平凡な顔立ちをしている。特徴を挙げるなら、銀縁の細身の眼鏡だろうか。


「灯台下暗しとは、よく言ったものだよなぁ……アドルフ?」


 例え平凡な顔立ちとはいえ、現在の形相たるや、悪鬼羅刹の如し。


「俺は、言ったはずだよなぁ? 三つ子は引き受けてやるから、メリーの世話をしっかりやれと、言ったはずだよなぁぁぁ!?」


「いだだだだだだ!?」


 万力の力を込め、その顔面をクディルは握った。アドルフは必死にもがくが、その手は外れない。

 ゆったりした文官服を着てはいるが、騎士であるアドルフと比べると、クディルは随分と細身に見える。まさに、もやしっ子だ。しかし、この光景を見ればその実力差は明らかで、外見はあてにならないと分かるだろう。

 クディルはアドルフの顔面を握ったまま、メリーに向き直る。


「すまない、メリー。勝手に入った」


「ううん。大丈夫。お久しぶり、クディル兄様」


「ああ、久しぶりだな。今回は……、いや、今まで気付かず、すまなかった。メリー」


 心底申し訳無さそうに謝る兄に、メリーは首を振って、いいの、と言った。

 アドルフはまだしも、クディルに関してメリーは文句を言うつもりはない。クディルの先程の台詞を聞く限り、三つ子の世話を一手に引き受けているのだ。こちらまで手が回らずとも仕方がないだろう。


「本当は、もっと早くにメリーに会いに来るはずだったんだが、マルコとフランツの悪戯の後始末と、アドルフの捕獲に手間取って、こんな時間になってしまったんだ。すまない」


 アドルフの顔面を握る右手とは別に、左手に握っているのは二本の太いロープだ。ロープの先には、同じ顔をした二人の少年が簀巻きにされて、目を回している。三つ子のうちの二人、マルコ・ラニードとフランツ・ラニードだ。


「いいの、クディル兄様。クディル兄様は忙しいもの。気にしないで。私は、気にしてないから」


 そんな優しい言葉を掛けてくれる妹に、クディルの目が潤む。

 ああ、なんて良い子なんだろう。他の兄弟と違って、何の問題も起こさず、しかもこちらの手を煩わせまいと自己主張も過ぎる程に控えめだ。

 クディルは己の半生を思い出す。

 精霊の加護持ちで産まれた三つ子は、その加護持ちという価値からも、また、親ばかを発揮した精霊の見せたがり精神から物凄く目立つ子供で、とにかく誘拐されやすかった。それを守るのに必死だった両親と自分。たった一度行った家族旅行など、最初から最後まで誘拐犯との戦いだった。もう二度と行くまいと、両親と共に誓ったものである。

 そして、三つ子が物心つく頃、ようやく精霊の力を制御できるようになり、やれ一安心と思ったのも束の間。すぐ下の弟が色ボケし、三つ子は精霊の力を行使した悪戯をするようになった。

 嗚呼、それを諭し、叱り飛ばし、殴り飛ばし、絞め落とし、吊るした己の半生。メリーには一つも迷惑を掛けられた覚えは無く、それ故に一番可愛く思いつつも忙しすぎて忘れてしまう己の不甲斐なさよ。

 最近額の生え際が気になる二十二歳独身、彼女募集中のクディルは丁寧に頭を下げ、詫びた。


「本当に、すまない。メリー……」


「クディル兄様……」


 頭を下げ続ける兄に、メリーはオロオロとうろたえる。

 実際、クディルがこれほどまで気にする必要は無いのだ。家族に一枚壁を作っていた所為で、三つ子の誘拐騒ぎをメリーはほとんど知らずに育ち、クディルが思うような思慮深い行動などした覚えも無く、一人のほほんと育ってきたのだ。しかもヴィラック侯爵家の同情まで勝ち取っているので、ぶっちゃけ一人勝ちである。


「いいの、気にしないで。気にする必要なんてないの」


 小さな手でクディルのロープを握る手を包み、メリーは言い募る。


「メリー……」


 メリーの優しい言葉がクディルの心のど真ん中を突き刺す。ああ、なんて、なんて良い子なんだろう!!

 クディルは感動した。

 しかし、騙されるなクディル。そいつは定期的に送られて来る両親からの手紙を半分も理解できずとも、取り合えず元気だと返せばいっかー、と一枚書いて返信し、文字と文法をほぼ理解しきるまで、それを二年間も続けた親不幸者だ。しかも、感情のままに書かれると、内容を読み取りきれず、今回の謝罪の手紙も理解しきれなかった残念な娘だ。そして、仕送りをして欲しいと言い出す機会が何度もありながら、それを逃し続けた鈍感娘でもあるのだ。更に言うなら、それでも暮らしていけるほど図太い精神力と行動力を持っており、クディルが思うような健気で繊細な娘とは天と地ほどの差がある。もがくのを止め、ぷらーん、とクディルの手から垂れ下がるように気を失ったアドルフを無視出来るのが良い例だろう。だからこれ以上ストレスを溜めるな。生え際後退が心配だ。誰か彼に愛の育毛剤を!

 メリーの図太さなど露知らず、クディルはアドルフの顔面から手を離し、己の手を包む小さい手にその手を添え、感動もそのままに言い募る。


「これからは、こまめに会いに来るからな。何か困った事があったら、すぐに兄様に言いなさい。英雄だろうが、魔王だろうが、吊るし上げてやるからな」


 慈愛に満ちた輝く笑顔で恐ろしい事を言う。ゴン、と良い音を立てて床に落ちた次兄の姿を見ると、その台詞を実現出来そうで怖い。

 少々笑顔が引き攣ってしまったかもしれないが、素直に頷くと、クディルは満面の笑顔を浮かべ、まかせとけ、と言った。その足元で、ダイイングメッセージとして『ハゲ』と書いたアドルフの末路は見なかった事にする。

 そうしてクディルは暫くメリーの近況を聞き、それを聞き終えると兄弟達を引き摺って帰っていった。

 兄弟達が去り、迫力溢れる面が見守る部屋で一人、メリーは呟く。


「濃い……」


 確かに濃い兄弟であるが、これまた濃い英雄に求婚され、一躍時の人となったメリーもまた、確実に濃い兄弟の一員であった。




   *   *




 某日某所。

 ラニード家に対し行った追加調査により、出来上がった資料を読み、目頭を押さえる某侯爵一家が居た。


「い、育毛剤は……」


「宰相閣下御用達の育毛剤があるよ……」


「ちっとも効いてないから却下だ」


「それなら……」


 そんな事を相談していたのは、どうでもいい余談である。

 そして数日後、クディル宛によく効くという噂の育毛剤が贈られてきた。


「誰の仕業だ……」


 それを怒りのまま握り潰すか、試してみるか、真剣に悩むクディルの姿があったのは、更にどうでもいい余談である。


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