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木陰のメリー  作者: 悠十
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第三十二話 出立

 その日は、雲一つない美しい青空が広がり、穏やかな風が吹いていた。

 町はソワソワとした気配が漂い、その瞬間を待っていた。

 そして、時は来た。

 空に無数の魔法陣が出現し、何匹もの飛竜が現れる。あちこちで声が上がるが、そこに恐怖の色はない。

 そして、人々の視線は城壁へと移る。

 その視線の先に、人影が現れ、歓喜の声が上がった。


――アニキィィィィィィィィ!!


 城壁に上に居るクディル・ラニードの目は、いつも通り死んでいた。




   *  *




「クディル兄様の目が死んでる……」


 遂にこの日が来ました。

今日は、クディル兄様の魔界へ大使として行く出発日です。

何でも、魔界は特殊な場所にあるらしく、船で行けば座礁し、空から飛んで行けば強風で墜落するらしいです。出入りは、普通は転移魔法一択なのだとか。


「けど、俺達の場合は小舟で強行突破したんですけどね」


「小舟なら座礁しないし、魔法使えばどうにかなりましたよ」と、どこか力の抜けた表情でクロードさんが言います。

 この人、何でここに居るんだろう? 私はクディル兄様を見送る為、城壁近くに筋肉さん達が気を使って誘導してくれたわけだけど。

 まあ、それは置いといて、今回のこの飛竜達はクディル兄様達大使一行のお迎えな訳なんですが……。


「あ、あの飛竜の上に乗ってるの、魔王だ」

「え゛っ!?」


 クロードさんの指し示す先には、筋肉の親玉が!


「……なんか、ボロボロじゃないですか?」

「あー……、多分、お迎え権争奪戦があったんじゃないかと……」


 それで良いのか、魔族!? いや、それよりもクディル兄様は魔王まで……。やだ……、クディル兄様の胃が心配……。


「クディルさん、魔界ではどういう位置づけになるのか、ちょっと想像できないというか……、想像を超えてきそうな気がするというか……」


 魔王が態々迎えに来るクディル兄様の、魔界での立ち位置……。


「……裏ボス?」


 ボスを斃した後に出て来る、真の強者。


「ああ……。正に……」


 クロードさんが、しみじみとした表情で頷いた。




   *  *




 飛竜の背に揺られながら、ローザは遠い目をする。

 今回の魔界への大使としての出発は、最初からおかしかった。

 魔界からの迎えは良いが、何故国を上げての出立式もどきをするのか。

 まあ、答えは分かりきっている。きっと、筋肉の筋肉による筋肉の為の『俺達のアニキ』を見送る暑苦しい希望が通ってしまったのだろう。

 そして、もう一つ。

 何故、魔王が迎えに来るのか。

 ローザは飛竜の上に居る魔王を見て、それはもう驚いた。

 あの筋肉の親玉がクディルを見て何も思わない筈がないとは思っていたが、まさか一国の王たる魔王がやってくるとは、夢にも思わなかったのだ。

 ローザは、あの魔王討伐の旅で、魔界へ一度行っている。

 魔界の住人は大変好戦的で、とにかく色々吹き飛ばし、ぶちのめし、時には隠れながら魔王城へ行った。あの時は、成る程、力が全てとはこういう事かと思ったが、それは少々認識が不足していたと後に思った。

だって、彼等はクロードに散々に負けたのに、クディルに対するように、ひれ伏す者は居なかった。せいぜいがリリム姫の様に『雄』として狙うくらいのもので、特にアニキなどと慕う者は皆無だった。


「魔族って、きっと筋肉思考の人が多いんでしょうね……」


 ローザの呟きを聞いて、隣に座る強くて素敵で可愛い婚約者が涙目になっている。

 しかし、国の代表たる魔王が迎えに行くのだと駄々をこね、そして国の王がそんな事をするなと止める前に、むしろその王に迎えに行く権利をよこせと殴り掛かる者が居るのだ。

何故知ってるかって? 魔王が権利を拳で勝ち取ったのだと嬉々として語ったからだ。

 何をしているんだ魔族、と思ったのは非筋肉族だけである。

 あの旅路を思い起こし、齎される予感は、きっと間違いないだろうとローザは確信していた。

 絶対に、魔界はバルード王国より筋肉族の数が多い。

 つまり、これから起こる事は、まあ、そういう事だ。


「そろそろ町が見えるぞ!」


 魔王の嬉々とした声に、町の存在を目に留めたローザとクディルが眼下を見下ろし、凍り付いた。


――アニキィィィィ!

――ようこそ、いらっしゃいましたぁぁぁ!!

――うぉぉぉぉぉ!! 本物だぁぁぁ!!

――歓迎いたしますぅぅぅぅ!!


 とんでもない大歓声が、こちらを見上げる群衆から上がっていた。

 歓声を上げる人間の、なんと多い事か。王国なら十人に一人だったが、魔界では十人の内、九人が声を張り上げ、歓迎の言葉を叫んでいる。段違いの規模だった。

 ローザは、ふ、と小さく息を吐くと、一体いつ自分の存在を知られたのかと、青褪めて微動だにしないクディルの手を取り、言う。


「貴方は私が守るわ」


 夫婦になるんですもの、と聖母の如く微笑むローザに、クディルは改めて生涯の愛を誓った。


魔界は筋肉族が蔓延る世界。

最早、クディルの胃は風前の灯火。

ローザは未来の夫の胃を守れるか!?


next胃薬求ム

(割と嘘でもない予告)

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