第二十九話 ホラー
物陰から物陰へ走る一つの人影があった。
――はっ、はっ……。
荒い息を吐くのは、最近話題の英雄、クロード・ヴィラックである。
いつもは余裕のあるイケメン顔が、今は追い詰められた様な張り詰めた表情をしており、目は辺りを忙しなく見回し、気配を探っている。
そして、クロードはそれを察知した。
「クロードぉぉぉ、何処へ行ったぁぁぁぁ……」
気配を隠すことなく、むしろヤバイ気配を駄々洩れにして近づいてくる、それを。
「お兄ちゃんは悲しいなぁぁぁ、あれ程クディル殿やメリー嬢に迷惑をかけるなと言ったのになぁぁぁ……」
クロードが逃げている人物。それは、彼の実の兄、二徹目のアラン・ヴィラックであった。
激務の末にクロードの愚行を知ったアランは、ハイになった頭のままでブチ切れ、『アニキを崇拝する魔族隠密の会』をそれはもう上手に言いくるめ、その隠密を使って逃げるクロードを追って来ているのである。
そして、恐怖のあまり疲れた心が癒しを求めたのか、クロードはいつの間にかメリーのアルバイト先である図書館近くの公園へ来ていた。その公園で、メリーはいつも昼食を摂っているのである。
そして、現在の時刻は昼時。
その日もまた、例外なくメリーが公園のベンチでお弁当を広げていた。
「メリー……」
「? あ、クロードさん」
思わず零れた呟きに、メリーが反応し、彼女は辺りを見回してクロードを見付けた。
そして……。
「見つけたよ、クロードぉぉぉぉぉ……」
アランにも見付かった。
* *
「いいかい、クロード。お前は、基本的に脳筋の所があるから、どうにも事を強引に進めがちなんだ」
「あの、兄上――」
「俺が駄目と言ったときは、駄目なんだ。お前は、何故俺が駄目だと言ったのか、考えたことが有るのか?」
「あの――」
「ああ、もちろん考えたことは有るだろう。なければ、お前はただの人の形をした動物だ」
「あ――」
「黙れ、クロード」
「はい」
良く晴れた日のお昼時、お弁当を食べていたらクロードさんがやって来て、アラン様に捕まり、そのまま流れるようにお説教が始まりました。
チラチラとこちらを気にするクロードさんに対し、アラン様はそれをガン無視して説教をしています。わー、アラン様、強い。
しかし、クロードさん。何やら我が家の三つ子的要素を感じます。ああ、アラン様がクディル兄様とマブダチになる筈ですよね。とても納得。
「だいたい、お前は小さい頃から力押しが過ぎるんだ。どうして、優しく歩み寄る事を最初に考えないんだ? お前は獲物を見付けたら飛び掛からずにはいられない野生動物か?」
アラン様が言葉を重ねる度にクロード様が恥ずかしそうに、小さくなっていく。
……うん。何だか、可愛く見えるな? 何だろう、この胸を騒がせる感覚は。
「お前が七歳の時、森で兎を捕まえるんだと走って行って、結局魔物と遭遇して泣きべそかきながら魔物もろとも森も一緒に吹き飛ばし」
「あ、兄上……」
「八歳の頃は実験と称して庭を吹き飛ばして、ついでにお前の服も盛大にボロッボロに吹き飛ばして煤だらけになって、かろうじてパンツだけが無事だった間抜けな姿をさらし」
「あにうえ……」
「九歳の頃は、とうとうパンツも吹き飛ばして……」
「あにうえぇぇぇぇぇ!」
アラン様がクロードさんの幼い頃の失敗談を上げていくにつれ、クロードさんは涙目になっていきます。
何でしょう、この胸の高鳴りは。これが、ギャップ萌え?
むしろドSの目覚めじゃないのかというツッコミは聞きません。きっとギャップ萌えです。
「ふむ、今日のクロードは何だか、反応が良いな。よくよく反省していると見える」
「とても反省しました! ですから、この辺で勘弁していください!!」
「うむ。ま、良いだろう」
アラン様は重々しく頷き、言いました。
「今度から叱るときは、メリー嬢の前で叱るとしよう」
「あにうえぇぇぇぇぇ!」
それだけは止めてくれと、クロードさんが情けない声を上げながらアラン様に縋りつきますが、アラン様は軽やかに笑うだけで止めるつもりは無いようです。
別に、私の前で叱ってもらっても良いのですよ? 歓迎します。強引な完璧男より、隙のある情けなさを持っている男の方が好感度は高いですからね。
れんあいくんが仲間にしてほしそうにこちらを見ている
▶仲間にする
逃げる
きんにくくんを召喚する