第二話 王立図書館
ここ、バルード王国のアルセルド王立学院の敷地内には、王国最大の王立図書館が在る。その蔵書量たるや、書籍は数千万冊、資料は優に一億点を超える巨大図書館である。その蔵書量の多さに比例し、利用者の数も多い。しかし、その反面、蔵書量が多すぎてどの本、資料が目的の物に合うのかが分からないという問題も抱えていた。それを解決するのが、この王立図書館の司書の仕事の一つである。
しかし、この図書館で働く司書たちも、資料捜索の腕はピンキリだった。その為、この王立図書館を多く利用するにあたり、腕の良い司書に目を付けるのは図書館を利用する際の常識だった。
そして、そんな腕の良い司書の数が恐ろしく少なく、そんな司書を見つければ、己の有効な図書館利用の為に、絶対に他者にその存在を教えないのもまた、常識であった。
「いやはや、注目の的じゃな」
「すいません……」
あの、中庭での英雄の大告白事件から早三日。
図書館で司書のバイトをしている私は、バイト中もまた、突き刺さるような多くの視線に晒されていた。
「ラニード君が謝る事ではありはせんよ」
「すいま――ありがとうございます」
再び謝りかけた私を目で制したのは、その数少ない優秀な資料捜索の腕を持つ一人、王立図書館の司書の中でも古株の人物、王立図書館司書長オルト・グランツである。定年間近のお爺ちゃんで、この王立図書館の主とまでいわれている人物だ。私が最も尊敬し、憧れる偉大な先輩だ。
「じゃが、このままでは仕事にならんな。仕方がない。しばらくは奥の立ち入り禁止書庫で書籍の整理でもしてもらおうかの」
「はい。分かりました」
仕事の邪魔になってしまった事を申し訳なく思いつつ、クビにならなかった事に安堵して、私は奥の立ち入り禁止書庫に向かった。
別に活字中毒者というわけではないのだが、職員が良い人ぞろいで、本が好きな私にとってはこの図書館でのバイトはパラダイスなのだ。将来はこの図書館に就職したいとすら思っている。
ああ、本当に、クビにならなくて良かった。
* *
立ち入り禁止書庫へと消えた小さな背中を見送ったオルト・グランツは、小さく溜息をつく。
「まったく、とんでもない事をしてくれたもんじゃ……」
オルトが文句を向ける先はメリアナではなく、件の英雄、クロード・ヴィラックだ。
オルトはメリアナの事を自分の実の孫の様に可愛がっており、それ以上にその司書としての腕を買っていたのだ。
万事控えめで、大人しい性格のメリアナは、その性格ゆえか、対人関係に多少の不安があるものの、資料捜索の腕前は自分に次ぐ程の実力を持っていた。その為、彼女が学院を卒業した後は、ほぼこの図書館への就職が決まっていたのだ。
しかし、その矢先に、この騒ぎだ。
ここで下手な手を打てば、彼女はもっと静かな土地を求めてバイトを辞めてしまうかもしれない。それだけは防ぎたい。それだけ、あの資料捜索の腕は貴重なのだ。
さて、どうしたものかとオルトが考えている時だった。
「ああ、やっと見つけた、オルト爺さん」
オルトに声を掛けてきたのは、この図書館利用者の常連たる研究員、ベイク・ドットだ。
「おや、ベイクじゃないか。どうかしたのかの?」
「いや、毒草の資料を紹介してもらおうと思ったんだが……」
気まずそうに無精髭を撫でるベイクは、声を潜めて聞く。
「こりゃ、何の騒ぎだい? 色んな所でメリーちゃんの名前を聞くんだが……」
まさか、資料捜索の腕前が世間に知れ渡ってしまったのか、と的外れな事を聞くのは、ベイクが研究馬鹿な証拠だろう。世間とはずれのある発言に、オルトは苦笑する。
「まったく、お主は相変わらずじゃな」
「どういう意味だよ。それで、俺の専属司書ちゃんに何があったんだよ」
「誰が専属司書じゃ」
メリアナの資料捜索の腕前は余り知られておらず、現在ではベイクが独占している状態だ。
「ふむ……」
しかし、このベイクはその業界ではその人ありと言われる程の有名人で、実力者だ。そして、この図書館とは切っても切れない職種であり、彼の借りてくる資料を頼りにする者も少なくないという。ここは一つ、研究馬鹿共を味方につけておくのも良いかも知れない。
そう思ったが吉日。オルトは事の始まりをベイクに聞かせるため、口を開いた。