第二十五話 ツアー
ある王城の一室。そこには、大きな掲示板があり、許可された商店の広告が貼られている。
その広告の一つには、大きくこう書かれていた。
――俺達のアニキの軌跡を辿るツアー――
何のツアーか一瞬で分かる文面だった。
そんな文面を見て、クディル・ラニードは素晴らしい笑顔を浮かべ、三階の窓から飛び出した。
「ク、クディル殿ぉぉぉぉぉぉ!?」
遠くからクディルの友人、アラン・ウィラックの声が聞こえたが、クディルはやらねばならぬ事がある為、申し訳なくも後に回させてもらう事にした。
* *
こんにちは。あなたの腹筋を試す使者、ゼクス・シュッツです。
今日は王城の掲示板に例のツアーに関する広告を張る許可を得て、ブツを貼り終わった帰社途中、クディルさんに捕獲され、アラン様に引き渡されました。
「被告人、ゼクス・シュッツ君。君が例のツアーを企画したと聞いたが、それは本当かな?」
「異議あり! 俺は冗談のつもりで言ったのを、うっかりうちの商会長に聞かれて、ゴーサイン出されてしまっただけで、俺の責任ではありません!」
「いや、半分はお前の所為だと思うぞ?」
先輩のツッコミは無視します。
「それにラニード男爵には許可をいただきました」
「いや、まあ、それは正しいが、そこは先にクディル殿に許可をもらった方が良かったんじゃないか?」
そうですね。ラニード家で一番権力を持っているのは現男爵であられる御父上で、クディルさんも御父上の顔を立てていらっしゃいますが、実際持っている力はクディルさんがナンバーワンですからね。
「あの、アラン様。それなんですが、男爵様からクディル様に連絡を入れていただけるとの事だったのですが……」
ちょっと困惑した様子でそう言う先輩に、アラン様がハッ、と何かに気付いた様子で頭を抱えた。
「なんっっっで、ホウ・レン・ソウが出来ないんだ、ラニード男爵ぅぅぅ!」
おやまあ、男爵様は報告・連絡・相談が苦手でいらっしゃるので? しかし、聞いた話によると、細々と運の悪い方らしいので、もしかすると郵便事故でも起きたのか、情報に行き違いでもあったのかもしれませんよ?
ラニード男爵は元は子爵だったのが細々とした不運が重なって男爵になっちゃったらしいです。地元では不運の連鎖をよく起こしているそうで、多くの同情を集めているとか……。
「不運の連鎖……」
「お前、ほんと、わけわからん情報持ってるよな」
「おや、もしや心の声が漏れてましたか」
「がっつり漏れてた」
ぺろっと口から出るんですよね。
「躓いたのを始めに最終的に二十メイル先の川に落ちるような方だそうです」
「いや、二十メイルって、そこそこ距離があるよな?」
「躓いただけでは落ちないな?」
凄いんですよ。躓いてどうにか踏みとどまろうとして一歩出した足元に何故か枯れ葉があって、滑って転んだと思ったら台車の上に倒れちゃって、そのまま倒れ込んだ勢いで台車がGO。どうにか台車の上から転がり落ちて、立ち上がろうとして柵を持ったら柵が折れてやっぱり倒れ込み、そのまま柵を下敷きに下り坂の土手を滑り落ちて、その勢いのままに川へドボン。
「いつか死ぬんじゃないかと、地元民はハラハラしているそうです」
「そりゃそうだな」
「何という不運……」
そんな人間も居るんだな、とアラン様は頷いた後、窓を見る。
「だから、クディル殿は察して八つ当たりに行ったのか……」
窓の外からは、声が聞こえてきます。
――うおぉぉぉぉ! アニキ、凄いっすぅぅぅ!
――次、俺、お願いします!!
――何て重い拳なんだ!!
――俺も! 俺も!!
――将軍は遠慮してください!!
――わしも、お願いします!!
――魔王は帰れ!!
クディルさんは、むくつけき筋肉共に八つ当たりに行き、大歓迎を受けているようです。そうですね、あのツアーに参加するのは絶対筋肉族ですもんね。
「八つ当たりしても仕方がないですね」
「いや、お前が最初に殴られるべきじゃないか?」
はっはっは。何の事やら。
「まあ、今回はご迷惑をおかけしたので、俺の呼び出し券を十枚程作って渡しておきます」
「何だ、それは」
先輩は呆れたように俺を見ますが、これはクディルさんにとっては価値あるものなんです。
「俺、何でか三つ子様に蛇蝎の如く嫌われてるので、三つ子様は俺を見たら蜘蛛の子を散らすようにダッシュで逃げます」
「は?」
何でそんなに嫌われてるか分かんないんですよね。悪戯されそうになったから、お返しにジョロキアスプレーふりかけただけなんですけどね。
「お前……」
何でそんな恐ろしいものを見る目で俺を見るんですか、先輩。だって、あの三つ子様ですよ? 自衛をしないとか弱い俺は死にます。
「か弱い?」
何で心底不思議そうに言うんですか、アラン様。俺はか弱い人間です。
「何言ってるんだ。とんでもなく図太いだろ、お前」
「きっと何があろうと生き残るに違いない」
何でしょうね、この信頼。
「まあ、そんな訳で俺を見たら悪戯を中断してでも逃げる一択なので、クディルさんに便利グッズ扱いされてます」
「もしや、わりと親しかったりするのか?」
「あー、だからクディル様の事『様』じゃなくて『さん』付けなのか」
程々に親しいですが何か?
大体ですね、やったらやり返されるものなんですよ。俺に危害を加えようとするなら、それなりに覚悟してもらわないと。
「図太いなぁ……」
「図太いねぇ……」
俺は普通です。
恋愛小説にはびこる筋肉。そろそろ薄くしたいマッスル臭。
おかしい……。ここまではびこらせる予定では無かったのに……。