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木陰のメリー  作者: 悠十
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第二十四話 マッスル広場

 さて、ついに和平条約締結、調印の日です。

 調印は王城前の広場でやるんだって。私も見に行きたいけど、絶対人だかりに押しつぶされるので、バイト先の図書館で配信されている映像を見ています。


「ラニード君は見に行かんで良かったのかの?」

「はい。だって、絶対押しつぶされちゃいますよ」

「ふむ、それもそうか」


 現在、図書館は休館中。それでも仕事はあるし、資料探しは年中無休でやって欲しいというのが研究者さん達の本音だ。

 さて、そんな図書館に居るのは、アルバイトの私と司書長オルト・グランツさんである。他の人達は調印式を見ようと、広場へ行ってしまった。

 ところで、実はこの世界にはテレビの様なものがある。しかし、恐ろしく高額で、庶民の家には無く、もちろん私の家にも、実家にも無い。

 そんなテレビモドキ――映像受信板という名のガラス板に映像が映る魔道具が、この図書館にはあった。私と司書長はそれを見ているのだ。

 映像受信板には、レポーターと、広場に溢れかえる人、人、人……ん? 内訳がおかしいぞ?


「筋肉広場……」

「おおう、七割以上が筋肉質な男ばかりじゃの……」


 広場はマッスルな香りで溢れていそうです。




   *  *




 多くの人が詰めかけた王城前広場にて、今日、魔族との和平が締結される。

 王族、貴族、各国の大使、そして、魔族。彼等は広場に設置された舞台上に上がり、その時を待っていた。

 警備の人員が鋭くあたりを警戒し、式の進行の為の文官がさり気なく、けれど素早く動く。そんな俄かに緊張感のある広場には、多くの人間が押し寄せた。

 右を見て、筋肉。左を見て筋肉。中央を見てマッスル。

 恐るべき筋肉率だった。

 チラホラと細身の男性も居れば、女性も居るのだが、七割以上が筋肉質な男ばかりである。

 筋肉質ではない男性は筋肉共にげっそりしながら英雄の女性陣を見つめ、女性は筋肉共にも負けずにクロードにうっとりした視線を注いでいる。肉食系女子は逞しかった。

 そして、広場の七割以上を占める筋肉達は、舞台の端に居るデコの広い文官、クディル・ラニードに暑苦しい視線を注いでいる。クディルは明らかに目が死んでおり、関係者は彼を心配そうに窺っている。

 実のところ、これだけ筋肉率が高いとテロなどを普通は心配するのだが、「ああ、クディル・ラニード目当てか」と察してしまうバルード国の内情は、筋肉の波に飲み込まれつつある。「もう色々と手遅れです」とは宰相の言葉である。

 実際、スピーチをする壇上の国王に注目する人間の、何と少ない事か。第一王子は「あれが俺の将来の姿か……」と遠い目をしている。

 筋肉信仰の前には王族など、木っ端のごとき存在感の無さである。クディルに下剋上の意思が無くて良かった、彼自身は常識的な男で良かった、と王族と高官は胸をなでおろしている。しかしながら、その常識的な性格の所為で、彼自身の胃を痛めつけているわけだが……。

 さて、そんな王国のクディルの扱いだが、実は彼が男爵位を継ぐと同時に、子爵を飛ばして伯爵にしてしまおうという計画が進行中である。彼を他国に取られてはならない。もし、彼が他国へ行ったら、筋肉大移動が起き、軍部に風穴が空く。

 出来る事ならクディルには王族の娘を嫁がせたかったが、残念ながら年頃の娘は居なかった。居るのは五歳児である。色々と無理だ。彼は嫌がり、筋肉共のブーイングが聞こえそうである。

 そもそも、国の中央がクディルの力を認識するのが遅かったのが不幸だった。バルード王国では十歳の頃に国民は能力鑑定を行い、国に能力を把握されるのである。まさか、スキル、加護を持たず人間の限界を超える者が出るなど思っておらず、ノーマークだったのだ。

 しかも、クディルは何故か――いや、きっと筋肉達に囲まれたくなかったからだろうが、武官ではなく、文官として働いていたため、更にその力に注目しづらくなっていた。中央でも知っていたのはアクの強い将軍のみで、脳筋の彼は普段の行いから発言力が弱かったのも不幸だった。

 おかげで、国の中央がクディルを認識したときには、国中にアニキ信者が溢れ、筋肉率が増加していたのだ。何で気付けなかったのだ、と揃いも揃って頭を抱え、脳筋将軍はようやくアニキの凄さが分かったかと何故か得意げであり、ヘイトを稼いでいた。

 火種はいつも見えないところで燻ぶっているのだと、つくづく実感した壇上の国王は、哀愁を漂わせながらスピーチを終えた。




   *  *




 映像配信板を見ながらこんにちは。ゼクス・シュッツです。

 クディルさんが広場で仕事をすると聞いて大人しく映像配信板で調印式を見る事にしましたが、流された映像を見て俺の考えは間違っていなかったと確信しました。

 わーお、なんだ、あのマッスル広場。漢臭そうだな。

 我々の雇い主である親父様が映像配信板を設置してくださったので、従業員は休憩時間中に映像配信板を見ています。え? 俺はのんびりしてていいのかって? 


「非番でよかったです」

「最近忙しかったからなー」


 今日、俺と先輩は非番です。

 城に長期間にわたり貸し出されていたので、今日くらいは休みにしてやろうという配慮をいただきました。

 どうせ配慮してくれるなら、お嬢様との時間が欲しかったです。休日が全然重ならないんですけど!?


「ところで先輩、何か魔王が見覚えある目でクディルさんを見てるような気がするんですが」

「あー……。あれだ、筋肉だからな。仕方ないな」


 筋肉だから、というパワーワード。それで通じるのが恐ろしいですね。


「あれですね。何か、魔族の王があれなら、魔族って、全体的に筋肉思考なんでしょうか?」

「筋肉思考……」


 先輩がげっそりしています。


「クディルさんとかかわりが深い地とかでツアー組んだら儲かるでしょうか?」

「ツアー客は全部筋肉族だな」


 ははは、と先輩と笑っていると、がしり、と肩を掴まれました。

 振り返ってみれば、そこには親指を立てる親父様。


 You ヤッチャイナヨ!


「「マジかよ」」


 『俺達のアニキの軌跡を辿る聖地巡礼ツアー~筋肉を添えて~』が決定された瞬間でした。


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