第二十三話 筋肉の親玉
さて、時は流れ、私、メリアナ・ラニードの兄であり、最近国を超えて筋肉達に崇め讃えられているクディル・ラニード兄様が退院して早一ヶ月。
国はどうにか魔族との和平の為、各国からの大使の受け入れ、魔族の大使、魔王の受け入れを完了したようです。
魔王は敗戦国の王ですから、粛々と目立たず入国したらしいですが、他の国はパレードをして派手に入国しました。普通に煌びやかで、各国の特色が分かり、すごく面白かったです。
「いつか行ってみたいなぁ」
「行きましょう、共に」
パレードの事を思い出しながら、図書館に隣接している公園でお弁当を食べていると、隣から聞いた事のある声が……。
「ひぇっ!? クロードさん!?」
「お久しぶりです、メリー」
いつの間にか隣に座っていたのは、今回の和平の立役者であるクロードさんでした。
「え? え? 何故ここに? 忙しいんじゃないですか?」
「はい。ようやく一息つけるようになりまして」
本番はこれからだが、山は越えたそうだ。
「これからまた忙しくなるので、今のうちに貴女の顔が見たくて」
「エッ、あ、それはどうも……」
麗しいお顔で切なげに言われて、ドギマギしてしまった。う~む、顔が良い。
普通の少女であればときめくか照れるかしそうなセリフだったが、気まずげにするだけの私に、実はクロードさんに護衛として付いてきた隠密が、マジかよ、とそわそわしていた事を私が知る筈もなく……。
「ええと、お疲れ様です?」
「はい。ありがとうございます」
片やそれなりに親しい知人に対する態度の私、片や甘さを存分に含んだ想い人に対する態度のクロードさん。二人の温度差に隠密が震え、慄いている事も、知る筈も無かった。
「ところで、メリー。ちょっとお願いがあるのですが……」
「はい。なんでしょうか?」
クロードさんは視線を私の膝の向こうに落とし、言う。
「みーくんに銃口をこちらに向け無い様、お願いしたいのですが」
「えっ!?」
クロードさんは守護妖精の守護本能にひっかかったらしく、私の膝の向こうに隠れるミシェルから、銃口を向けられていた。え、これ、私はどう反応するのが正解なんだろうか?
* *
やあ! アランお兄さんだよ!
今日も今日とて仕事に忙殺されて、城内を移動中だったんだけど……。
「わしをアニキの子分にして下さい!」
「………」
そこには、筋肉の親玉がクディル殿に土下座している姿があった。
筋肉の親玉、魔王ガロム・カレッシロードを見下ろすクディル殿の目は死んでいる。どうしよう、今度は胃に穴が開いて入院なんて事になったら……。
やべー現場を見てしまった俺の目に、更にややこしくなりそうな人物が目に入った。
「クロード? 何処におるのじゃー?」
通路の向こうから歩いて来るのは、魔王の実子、リリム姫である。どうやら、クロードを探しているようだが、最近仕事場にまで入り込み、クロードにべったりくっついていて鬱陶しい、仕事の邪魔だとクレームが来ていた。とある女性文官達とオハナシアイをしたらしいが、懲りていないらしい。
「ん? え、父上!?」
「む? おお、リリムか」
デコの広い文官の男の前で土下座する魔王の父を見た姫の心境は、きっと言葉に言い表せないものだっただろう。目を剥き、持っていた扇を取り落として固まっていた。
「な、な、なにをして――」
「おお、リリムよ! わしはついにアニキと呼ぶに相応しい御方に出会ったぞ!」
嬉し気に破顔する筋肉の親玉を、リリム姫は凝視している。
「わしは今まで、人の限界を超えた筋肉を持つ御仁に会った事は無い! クロード・ヴィラックは確かに強かったが、アニキの足元にも及ばん! リリムもアニキのような婿を迎え――あっ、アニキ、うちのリリムを是非嫁に――」
「間に合ってます」
うっかりリリム姫を勧められそうになるものの、クディル殿はそれを遮ってお断りしていた。だよね、クディル殿にはローザ殿がいるもんね。羨ましい……。
残念無念と言わんばかりに肩を落とす筋肉の親玉に、白目を剥くリリム姫。そして、そんな二人を死んだ魚の様な目で見るクディル殿。やだ……、とてもカオス……。
「隠密筋肉へ指示。クディル殿の上司が呼んでいると言って、クディル殿をあの場から離せ。あのままじゃ、入院リターンだ」
――御意。
俺の指示に、やはりどこからともなく聞こえてくる声。どうせ潜んでいると思ったよ、うちの国に鞍替えした隠密筋肉魔族め。
そして、俺はその結果を見る事無く、道を変えて目的地へと急いだ。
最後まで見届けないのかって? ごめんね、お兄さんも忙しいんですよ!