第二十一話 只今入院中
その日もたらされた一報は、冗談抜きで国を揺らした。
――クディル・ラニード、過労により入院。
王族の顔は強張り、文官は固まり、筋肉達は悲鳴を上げた。
各部署で混乱が生じたが、とりわけ武官の混乱は酷かった。
――ア、アニキが、そんな……!
――アニキに何かあったら、俺は何を目標に体を鍛えればいいんだ!
――アニキを見たくて城勤めしているのに!
――アニキの居ないこの国に、何の価値があるんだ!
割と問題発言が多いが、筋肉達の間では常識なので、誰もそれを咎めない。それで良いのか、バルード王国。
そんな混乱の中、声を上げたのは軟弱な筋肉、アドルフ・ラニードであった。
「落ち着け! 兄貴は過労だったんだぞ? つまり、仕事が多すぎたんだ! 問題が起きて兄貴が駆り出される前に、俺達がそれを片付けるようにすれば良いんだ!」
流石は、アニキの実弟であった。筋肉達は感心した。今までは女の尻を追いかける軟弱な筋肉と思っていたが、成る程、一理ある提案だった。
「特に兄貴が手を焼いてるのは、実弟のマルコとフランツの行き過ぎた悪戯だ。こいつらが何かすれば、入院中だろうが何だろうが、兄貴が呼び出されちまう。だから、身内の俺が許可する。何かしでかしそうだったら、筋肉で潰してくれ」
よしきた、任せろ! と各所で声が上がり、更に治安強化策が練られ、筋肉連絡網に回される事となった。
そんな筋肉達の様子を見ながら、アドルフは安堵の溜息を吐いた。
「良かった……。マルコとフランツの事を兄貴の入院期間中任されちまったが、俺には無理だし……、けど、これならなんとかなりそうだ……」
軟弱な筋肉は、屈強な筋肉達に見事弟達のお守りを押し付けたのだった。
* *
「あら、メリーちゃん、いらっしゃい」
「ああ、メリー。洗濯物かい? いつもすまないな」
皆さんこんにちは。メリアナ・ラニードです。今回、過労でクディル兄様が入院したので、洗濯物とか大変だろうから回収、取り換えに来たわけですが、病室にはローザ様が居ました。
うん、居ると思ってたけど……、何だ、この圧倒的な夫婦感は!? いつの間にそんな仲に進展したんですか!? キャー! クディル兄様に本格的な春が来たー!
「クディル兄様! 結婚式はいつ!?」
「は?」
「やだ、もう、メリーちゃんたら、まだそんなんじゃないのよ?」
「そうだ…ぞ……? ん? まだ?」
思わず勢い込んで尋ねたら、否定されてしまった。けど、ん? おや? 二人の様子が?
「あの、クディル様、私……」
「えっ……」
二人は見つめ合い、顔を赤くしています。
ヤダ、イイ雰囲気……。
出来る妹は素早く洗濯物回収して、サッと去るぜー!
「姉様が出来るのは、いつかなー」
足取り軽く、病院を後にした。
* *
さて、そうしてクディル兄様の洗濯物を回収した、その帰り道の時でした。
「ん? 向こうの通りが騒がしい?」
一つ向こうの通りから、何やら喧騒が聞こえてきました。普段は気配を消し、大人しく肩の上に座っているミシェルが、すい、と私の前に出て、待機するようにジェスチャーで伝えてきます。
「んー、じゃあ、ここからちょっと覗くのは?」
丁度、向こうの通りに抜ける小さな小道があったので、そこを指し示すと、ミシェルは少し考える様子を見せ、ちょっとだけなら、と許可を出してくれた。
いそいそと移動し、ひょい、と向こうの通りを覗いてみれば……。
「いけない! 悪戯はいけない!」
「アニキは入院中だからな!」
「悪戯をする体力が有り余っているのが問題なのでは?」
「それもそうだな!」
「健全な精神は健全な肉体に宿るものだしな!」
「ならば、やる事は一つ!」
「さあ! 共に筋肉を鍛えようではないか!」
私の目に飛び込んできたのは、目を回したフランツとマルコが、筋肉に囲まれ、その荒波に押し流されていく姿だった。
「………」
そっと小道から身を離し、何事も無かったかのように、けれど、心なしか早歩きでその場を離れる。
ん? 見てないヨ? ワタシハナニモミナカッタヨ!