第十九話 仕事は増えるよどこまでも
おひさしぶりです、すみません。
今回は(も?)短いです。
私の名は、クディル・ラニード。バルード王国で文官の職に就いているごく普通の男だ。
魔族襲撃事件から一週間。仕事の量が更に増え、家に帰る暇も、寝る暇も惜しんで働いている。
「クディル様。 報告書をお持ちしました」
黒ずくめの男が書類を差し出す。
「ああ、ありがとう」
報告書の内容は、魔族の姫君、リリム姫の行動報告だ。リリム姫は最近メリーにちょっかいを出そうとして、ことごとく失敗している。
何故失敗しているかというと、理由はただ一つである。
アニキにお礼を言われた、とウキウキと心を弾ませる私の目の前に居る黒ずくめの男。元…いや、現在進行形でリリム姫の隠密である。全力で雇い主を裏切っている。
魔族とは基本的に力が全てであり、自分に正直な種族だ。
黒ずくめの男は、仕事は『リリム姫の隠密』であるが、生き方は『アニキの忠実な子分』なのだそうだ。優先順位は圧倒的に『俺達のアニキ』が上であるらしい。
ちなみに、リリム姫が連れてきた全ての隠密をうっかり拳にて沈めてしまい、ロリコンドMの変態という名の紳士以外、『アニキの忠実な子分』化してしまった。
最近は忙しすぎて、彼らを利用せざるを得ない自分が情けない。
それもこれも、全ては……。
「何故…何故こんなにも仕事が減らないのか……!!」
次から次に起こる問題に比例して仕事がガンガン増えていく。 目頭が熱くなりそうだ。
アニキがお疲れだ、と目の前に居る魔族の隠密とは別の隠密が、そっとお茶を机に置き、姿を消した。気遣いの出来る、良い隠密ではあるが、自分のストレスの一部は彼らの所為でもある。
「ラニード君、落ち着いて! ペンがへし折れてるよ! 何だか威圧感が上がって、凄まじいことになってるよ!! 魔族の隠密さんが嬉々としてるよ!?」
どうやら苛立ちのあまり、力を入れすぎたらしい。 上司が言うようにペンがへし折れてしまった。
折れてしまったペンを新しいものに変え、再び書類に向き直る。
「……失礼しました」
「いや、いいんだけどね……。 あの、ラニード君。 仮眠をとってきたらどうかな? そのままじゃ、能率も悪いでしょ?」
そうやって休憩を取るよう勧める上司の目の下には、濃い隈が出来ている。現在、城内で暇な人間は居ない。
上司の気遣いに感謝しつつ、一時間ほど仮眠をとってくると言って、仮眠室へと向かうべく席を立ったその瞬間……。
――バッターン!!
乱暴に扉が開かれ、そこに立っていたのは長い銀髪を青いリボンで一括りにしたイケメンだった。
「我が名はカロス・ガロニュード! クディル・ラニード! 貴様に決闘を申し込む!!」
………。
「ラニード君、落ち着いて!! 顔が、顔が凄いことになってるよ!? ちょっと、そこの残念なイケメン君、君も早く謝って!!」
……仕事は終わらず、増えるばかりである。
* *
やあ、アランお兄さんだよ。 さて、時はとある残念なイケメン、略して残メンがクディル殿の元へ突撃する三十分ほど前に遡る。
それは他の部署への移動の為、ショートカットしようと中庭に出た時だった。俺は不運にもとある光景を目撃してしまった。
「なんで、アンタが此処にいるのかしら?」
「はっはっは! 相変わらず照れ屋だな、ハニー!」
そこに居たのは、英雄の一人であるローザ嬢と、見知らぬ……いや、何処かで見た。 確か、魔術師を多く抱えるダランド国の伯爵家の……何番目の子供だったか……? 名前は確か……。
「ハニーとか呼ぶんじゃないわよ、気色が悪い!! だから、なんでアンタが此処にいるの? さっさと答えなさい、カロス・ガロニュード!!」
そう、カロス・ガロニュードだ。
銀髪に青い瞳の美男子だが、何かを勘違いしている顔だけの伯爵家の三男坊!!
無駄に顔面偏差値が高く、魔術の素養も高い為、女性からの支持を多く受けている。
女性にもてていれば男性からの嫉妬もそれなりに買うはずだ。しかし、その残念な性格から、男達からは半笑いで生暖かく見守られている、あの、ダラント国の残念なイケメン!!
その残メンが、ローザ嬢に踏まれている。
ひしひしと、仕事が増えそうな予感がした。 ヤダ、ナニコレ、見タクナカッタ。
それでもこの光景の行きつく先を見届けなければ、さらに仕事が増えそうな気がしたので、そっと物陰に隠れて様子を窺うことにした。
「いや、実はね、今回君が魔王を降すために活躍したじゃないか。 その為に、長い間僕達は会えなかった。 それを陛下が不憫に思ってくださったらしく、婚約者たる僕も式典に行くよう命じてくださったんだ」
「……は?」
今、何か意味の分からない単語が聞こえたような?
「婚約者?」
ローザ嬢の眉間に深く皺が刻まれる。
「……誰が、誰の?」
残メンが笑顔で答える。
「君が、僕の、婚約者だよ。嫌だな、忘れちゃったのかい? 二年前に言ったじゃないか、結婚を前提に付き合おう、って」
笑顔の残メンに対し、ローザ嬢は冷ややかに言葉を返す。
「そうね、それで私はお断りしたわ。 『アンタみたいな男と一時でも付き合ったことは、私の人生の中でも最大の汚点だわ』って、言ったはずよ」
残メンの笑顔は欠片も曇らず、むしろ輝きを増した。
「大丈夫、それはちゃんと君の照れ隠しだと分かっているから!」
なにそれ、ポジティブ!! 気持ち悪い方向にポジティブ!!
ローザ嬢は嫌そうな顔をして、残メンの背中に乗せていた足を退け、五歩ほど距離を取った。
最早、踏んでいるのも嫌になったんですね、分かります。
「何にせよ、アンタとなんてお断りよ。 私にはもう、他に好きな人が居るの。 アンタなんか、お呼びじゃないわ」
残メンは立ち上がり、服に着いた汚れを払うと、にっこりと微笑んで告げた。
「大丈夫、全て分かっているから。 クディル・ラニードとかいう貧乏男爵家の長子に騙されているんだね。 僕がその呪縛をすぐに打ち破るよ!」
残メンの言葉に、俺もローザ嬢も、ぎょっとして目を剥いた。
「アンタ、いったい何を言って……」
「なに、直ぐに解放してあげるからね! じゃあ、早速行ってくるよ!」
残メンが颯爽と立ち去り、その後を慌ててローザ嬢が追いかける。
二人が見えなくなったのを確認し、そっと右手を挙げ、俺は告げた。
「『俺達のアニキを支援する会』の魔族部隊へ指令。 クディル殿に厄介な輩が絡みに行った。 クディル殿がしばらく抜けても持たせられるように、各筋肉達にクディル殿を支援するように通達するように」
――御意。
どこからともなく返答が聞こえた。 気配が去って行ったかどうかなど分からない。 そもそも、俺には武術方面の才能は無いのだ。
「ふ……、やっぱり居たか……」
壁に耳あり、障子に目あり、クディル殿の近くに信者あり。
居ると思ったよ!
最早、この忙しさを前にして、手段は選んでいられない。 使えるものはアニキ信者でも使う。
凄まじい脱力感を感じつつも、足取り重く当初の目的地へ足を向ける。
すまない、クディル殿。 俺にはまだ仕事が大量に残っているんだ……。 せめて事態が収束するまで、君が抜けた穴は埋めておくから……!!
クディル殿に降りかかるであろう災難を憂いつつも、更なる仕事の増加を予感し、俺は盛大な溜息を吐いたのだった。