第一話 メリアナ・ラニード
突然だが、『転生』という言葉をご存知だろうか?
『転生』、それは死後に別の存在として生まれ変わる事をいう。
そして、これまた突然だが、私、メリアナ・ラニードは、前世の記憶をそのまま引き継いで産まれたいわゆる『転生者』というやつだった。
自分に前世の記憶があるなどと言ったら、きっとすぐに病院を紹介されるだろう。その為、私は誰にもその事実を言った事はないが、私は確かに地球という星の日本という国で、女子高生だった記憶がある。そして、トラックに轢かれて死んだ記憶も。
トラックに轢かれて、ああ、死んだな、と思った次の瞬間、おぎゃあ、と珠の様な私が産まれた。何だそれ。閻魔様とかには会わなくていいのか。
産まれた先は、エルファーレンという異世界で、剣と魔法のファンタジー世界だった。
そんな夢一杯の世界で、貧乏男爵家の第三子、長女として第二の人生をスタートしたわけだが、第二の人生はなかなか厳しいものだった。環境の変化はもちろんだが、何よりも言葉の壁が私の前に立ち塞がったのだ。
おいおい、転生チートはどうした、等とは言わないでいただきたい。そんなものを有効に使えるのは元来頭の良い奴か、機転の利く雑学王くらいのものである。英語のテストで赤点、補習の常連だった私にとって言葉の習得は赤ん坊の柔らかい脳をもってしても困難極まりないものだったのだ。
それに、私が産まれたタイミングも悪かった。
私のすぐ下に、年子の三つ子の弟と妹が産まれたのだ。
体は零歳なれど、前世の記憶があり、人格形成を終わらせた中身十七歳の年齢詐欺師な私は、当然ながら手のかからない、実に大人しい赤ん坊だった。その為、両親も二人の兄も三つ子にかかりっきりになり、私はしばしば家族から忘れられる程影の薄い存在になってしまった。言葉の習得に一番必要と思われる他者とのコミュニケーションが取れなかったのだ。その為、私は聞き取りが完璧に出来るまでに五年、発音に不安が残るものの、簡単なおしゃべりが出来るようになるのに七年かかった。十六歳になった今でも話すのは苦手だし、分からない単語もある。その為、分厚い辞書を持ち歩くのが習慣となってしまった。
そんなおしゃべりが苦手な私は、友達が少ない。現在通っているアルセルド学院で友人と呼べるのは、学生生活を送って六年目になるが、未だに二人しか居ない。どれだけ寂しい奴なんだ、私。
そんな、設定の無駄遣いとも言える私ではあったが、これまで何とか平和に過ごして来た。
一年前に魔界の魔族から人間に向けて宣戦布告があり、魔王討伐に学院のアイドル、クロード・ヴィラックが王命により出向き、それに末の妹であるユリアがほいほい付いて行ってしまったのには焦ったが、どうにか魔族との和平が成り、無事に帰ってきた。
まあ、英雄の一人に数えられるような妹を持ってしまったとはいえ、影の薄い私はクラスメイトから妹の家族だからと声を掛けられる事も無く、妹の英雄化前と余り変わらない日々を過ごしていた。
そう、変わらない日々を過ごしていたのだ。
美少女で優秀な妹とは違って、私はその他大勢の群集に紛れる一般人。十人並の容姿の私の自慢といえば、濃い緑の瞳とチョコレート色の髪だけだ。
しかも無口で人とあまり関わりを持たないから、交友関係が狭いぶん友人も少ない。けれど、恨みを買う事も、妬まれる事も無かった。
影が薄く、毒にも薬にもならない様な無害な存在。それが私だ。
なのに、何でこんな事になっているのか……。
思わず走馬灯のように自分の半生を振り返っている間にも、この目の前の美青年はこちらを真剣に見つめている。
「ずっと、貴女を見ていました。この国を離れて一年、貴女を思い出さない日は無かった」
綺麗な金の髪に青い瞳。神が精魂こめて作り上げたような完璧な美しい容姿。さぞかしお嬢さん方が放って置かないでしょうね。というか、現に周りのお嬢さん方の視線が痛い。
そんな魔性の男の名は、現在売り出し中の英雄、クロード・ヴィラック。
何で此処に居るのー? 何で私にそんな事言うのー? 寝ぼけてるのー?
疑問符が私の頭の中を埋め尽くす間も、人々の視線はこちらに集まる。
ちょっとユリア、そんな射殺しそうな目でお姉ちゃんを見ないでよ。お姉ちゃん泣いちゃうよ。そして聖女様、貴女はもっと酷いよ。気絶する程ショックなの? あんなゴブリンの様な娘に、とか魘される程、私の容姿は酷くない筈だよ!
事の起こりは三十分ほど前。
昼休みに入った頃、英雄が校門に来ているという噂が立ち、皆そちらへと走った。そんな中、英雄に少しばかり興味がそそられつつも、影の薄い私が行っても人ごみに潰されるだけだろうと思って英雄見物を断念し、中庭の定位置で、いつも通り本を読んでいた。そして何だか騒がしい事に気付き、顔を上げてみれば超美形の英雄様がこちらを見ていたのだ。何だ、私に何か用なのか。英雄様の横にいる妹を下さいって事か。それなら喜んで差し出すぞ、と思いつつ首を傾げてみれば、英雄様がこちらに向かって来たではないか。何事かと驚いて居れば、そのお綺麗な口から飛び出たのは、私への愛の告白だった。
「このような事を、突然言われてもお困りになるだけでしょう。ですから、今はまだ返事を頂くのはやめておきます」
いや、待て。周りのお嬢さんが怖いから断らせてくれ。
「ですが、どうか私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
待て待て待て。そんな情熱的な目で私を見るな。お嬢さん方の目に殺気が篭り始めてるから!
「今はまだ魔族との和平の調整のため、あまり学院には来れませんが、また会いに来ます」
いや、来なくていいから。むしろ来るな! ええと、お断りします、って何て言うんだっけ!?
「では、今日はこれで……」
「え、あ……」
颯爽と去っていくクロードを呼び止めようとするも、咄嗟の事に言葉が出てこない。あー、もう! 何でこの世界の言葉が日本語じゃないんだろうね!?
エルファーレンの世界共通語に喧嘩を売ったこの日、メリアナ・ラニードはその他大勢の一般人から、一躍有名人となったのだった。
嬉しくない!!