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木陰のメリー  作者: 悠十
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第十八話 春の気配

おひさしぶりです、すみません。

 抜けるような青空。

 崩れ落ちた城壁。

 無事だった城壁から簀巻きにされ、蓑虫のようにぶら下がる魔族達。


「ああ、アニキ……」

「素晴らしく重い拳だった……」


 片頬を腫らしながら、うっとりと、恍惚とした表情をする魔族の筋肉共は、アニキ信者から刺し殺すような嫉妬に満ちた視線を受けながら風に揺れている。


「ヤダ、キモチワルイ……」


 クディル兄様から一発おみまいされたらしい魔族達に、つい本音が漏れた。




 私、メリアナ・ラニードは守護妖精を学園内で連れ歩いてもいいように許可証を得るため、その書類に保護者のサインをクディル兄様から貰うため、ついでに忙しすぎて家に帰れないクディル兄様の替えの服と洗濯物を回収するために王城へとやってきたわけですが、魔族の襲撃の所為で城内に入れずにいます。仕方がないよねー。

 そこら辺を忙しそうに動き回る筋肉質な兵士をつかまえて、クディル兄様を呼んでくるよう頼んだら喜んで行ってくれるような気がするけれど、それは何だか申し訳ないし……何か嫌……。


 どうしようかと悩んでいると、崩れた城壁付近から、鬱々とした声が聞こえてきた。


「ふふふ、ダルシン、知っているか。この城壁、式典前には直せってさ。 ゼーノ大臣とカルデ補佐がおっしゃるには、『あの英雄殿の兄上だ。 この程度のこと、片手間にできるでしょう?』だとさ……。 俺の仕事は外交だ。 城壁の事なんぞ、門外漢だ。 部署が全く違うじゃねえか! それ以前に式典が出来るかどうかさえ分からんというのに!! ……ダルシン、俺はちょっと用事を思い出した。 二、三時間で戻る」

「ちょ、ちょっとお待ちを!! 何処へ行かれるおつもりで!?」

「ちょっと、そこまでだ」

「だから、それは何処です! 何をしに行かれるおつもりですか!?」

「家ごと潰……害虫退治だ」

「本音が漏れています、アラン様!」


 そこに居たのはクロードさんに似たイケメンと、見知らぬ騎士でした。とりあえず会話の内容にツッコミを入れるべきだろうか。


 ぼんやりしながら二人を眺めていると、ふいにイケメンがこちらを見て……。


「ん? あれ? もしや、メリアナ嬢?」

「えっ!? アニキの妹さん!?」


 ……どちら様ですか?




   *  *




「ほー、これが守護妖精か……」

「……つ、強そうですね!」


 興味津々といった様子でミシェルを眺めるのは、クロードさんのお兄様、アラン様。そして、どうにかフォローしようとする筋肉質な騎士様は、アラン様の護衛騎士をしていらっしゃるダルシン様とおっしゃるそうです。……ダルシン様のフォローはともかくとして、アラン様の落ち着いた態度が意外です。もしや鋼の心臓の持ち主だったり?


「流石、マッドが集まる研究所だ。相変わらず斜め上を突っ走っているな」


 あ、そちらの信用の所為でしたか。


 アラン様に私がここにいる事情を説明すると、クディル兄様の所へ案内してもらえることになりました。しかし、侯爵子息に案内してもらうとか、かなり申し訳ないんですが……。


「クディル殿は今、魔族の将軍の尋問に立ち会っていてね、手が離せないと思うんだ。 彼の職場近くの休憩所まで案内するから、少し待っていてくれるかな? 魔族の将軍の様子を見る限り、すぐ終わると思うから」

「しょうぐんの…ようす……」


 嫌な予感がします。


「……嬉しそうに頬を腫らしてたよ」


 うわぁ……。




*  *




 やあ、疲労困憊なアランお兄さんダヨ…。

 さて、メリアナ嬢が来たことをクディル殿に伝えるため、俺は尋問室へと足を運んだわけだが……。


「では、今回の進軍は将軍の独断であったと?」

「はい! その通りです!!」

「……魔族の総意ではないのですね?」

「その通りです!」


 そこに居たのは、少年のように瞳を輝かせる筋骨隆々のおっさん――カースバイル将軍と、死んだ魚のような目をしたクディル殿だった。 何ともいえぬ対照的な二人の様子に、涙が出そうだ。

 クディル殿の心情はともかくとして、尋問はとてもスムーズに行われているようだ。最初、この将軍は人間如きに屈しない、と暴れたのだが、クディル殿から一発おみまいされてから大変素直に尋問に応じている。……クディル殿の拳には魅了か何かの効果でもあるのだろうか? もしそうなら同情する。


「……では、事実関係を魔界へ問い合わせますので、部屋でお待ちください」


 一応は捕虜としての扱いとなり、将軍に用意した部屋は言ってしまえば豪華な牢屋だ。外で幸せそうに風に揺れている蓑虫魔族は、怒り任せにクディル殿が一晩そのままにしておけと言ったため、それを忠実に守り、そのまま一晩過ごさせる予定である。

 とりあえず、反対意見がどこからも出なかったのが恐ろしい。もう、クディル殿がこの国の支配者でいいんじゃないかな。

 そんな風に投げやりに考えつつ、こちらに気付き、近寄ってきたクディル殿にそわそわしだした俺の護衛騎士の存在を意識から消し去り、クディル殿に声をかける。


「お疲れ、クディル殿。 メリアナ嬢が来てるよ」

「え……、ああ、そうでした。 約束があったんでした」

 

 クディル殿の目に僅かながら光が戻る。


「……メリーを連れて、田舎へ引っ越そうかな」


 引っ越し先の田舎が筋肉共でひしめき合い、うちの弟が特攻しそうなのでやめた方がいいと思うな。

 クディル殿のつぶやきに対し、俺は遠い目をしながらそんなことを考えた。


 とりあえず、ダルシンよ。 紹介してほしそうに俺を見るな、鬱陶しい。




   *  *




 何やらクディル兄様にトンデモ信者が誕生したような気がしてならない私、メリアナです。

 私はアラン様がクディル兄様を呼んできてくださるということで、申し訳なく思いながらもお言葉に甘えて休憩所でクディル兄様を待っていました。

 何をするでもなく、何となしに人形サイズのカップでコーヒー牛乳を優雅に飲んでいるミシェルの様子を眺めていると、休憩所に見覚えのある人物が入ってきました。


「あら、メリーちゃんじゃない」


 英雄の一人である、ローザ様でした。

 ……以前感じた予感が再び脳裏をよぎりました。

 ……ここはクディル兄様の仕事場の近くです。そして、クディル兄様はローザ様の結婚相手に求める条件をクリアしています。


「クディル様は……やっぱり居ないわね……」


 ローザ様、やはりクディル兄様狙いですか!?


「あの、クディル兄様に何か御用ですか?」


 少し緊張しながらそう尋ねれば、ローザ様はにっこり微笑んで手に持っている物を見せてくれた。


「お昼時に食堂で見かけなかったうえに、先程の騒ぎでしょ? お昼御飯食べてないんじゃないかと思って。 食堂でサンドイッチとスープを貰ってきたのよ」


 手に持ったお皿の上、埃よけの布を取れば、数種類のサンドイッチが見えた。スープは魔法瓶の中に入っているようですね。

 なんという気の利く女性でしょうか。これはポイントが高い。

気苦労が絶えないクディル兄様に、まさかの春の到来か!? 胸が高鳴りますね!

 王宮で文官として働き、恐らく…いや、ほぼ間違いなく世界で一番強い男であるクディル兄様は、王族にだって頼られる男性です。少々額が広く、冴えない風貌をしてはいますが、かなりの優良物件。……ただし、筋肉信者と問題児な弟達が付いてきますが。


 ……あれ、何だか涙が出そう。


 クディル兄様への春の訪れの気配に胸を躍らせつつも、その不憫さに目頭が熱くなるという複雑な心境におちいっていると、クディル兄様が休憩室に入ってきました。


「メリー、すまない、待っただろう?」

「クディル兄様」


 その姿は、疲労を滲ませ、以前見た時よりも大分くたびれて見えた。

 ……苦労人のオーラが迸っています、クディル兄様!!

 

 もう、これは、お嫁さんを貰うしかない!!


「ローザ様なら、問題児を簀巻きにも出来るし、筋肉の壁も越えて行けると思うの!」


「……は?」


 クディル兄様は呆気にとられた顔をしたけれど、ローザ様は微笑みを崩すことはなかった。

 ああ、やはりクディル兄様狙いなんですね、ローザ様! そして、クディル兄様を手に入れるには問題児をいなしつつ、アニキ信者な筋肉共の壁を如何にかしなくてはならない事も理解し、了解していらっしゃる! なんて頼もしいんだ!!


「ローザ様! クディル兄様をよろしくお願いします!!」

「うふふ。 まあ、任せておいてちょうだい」


 妖艶に笑うローザ様に胸が高鳴る。

 カッコイイです、お義姉様!!


「……あの、メリー? ローザ様? いったい何の話を……?」


 困惑した表情のクディル兄様に、私とローザ様は輝く笑顔を向けるだけで、何も答えなかった。


 きっと、そのうち分かりますよ。 クディル兄様!

 



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