第十六話 面倒な相談事
皆さん、お久しぶりです。
貴方の記憶の片隅に、お嬢様の心のど真ん中に、お嬢様の親父殿と無意識に火花を散らす、ゼクス・シュッツです。
本日は、久しぶりにクロード様の生家、ヴィラック家にお邪魔しています。以前の盗み聞き隊の一件から、師匠などという、どうでもい……げふんげふん、大変名誉な地位を頂いてからお会いしませんでしたが、本日、何故だか呼び出されました。
まったく、ヴィラック家で昼食だなんて……。
「すいません、これ、この入れ物に詰めてもらえませんか?」
「いやいやいや、何やってんのお前!?」
本日は先日の盗み聞き隊でご一緒した先輩も一緒です。何故か俺一人だと不安だとかで、親父殿からストッパーとして派遣されました。失礼な。
「夕食にするんです」
「何冷静に答えてるの、何言っちゃってるの!?」
恥ずかしいことをするなと言っているんだ、と先輩が頭を抱えています。嫌ですねぇ、ただの冗談ですよ。
そう言いながら、メイドさんに入れ物を渡しました。え? 言葉と行動が噛み合っていない? いやあ、俺って本能に忠実な性質でして。
「序盤からこれ……序盤からこれかよ……」
ああ、先輩が早くも真っ白に。
「先輩、ドンマイ!」
「イイ笑顔で言うな! この元凶が!!」
嫌だな、元凶は俺を呼び出したクロード様です。
「それで、クロード様。今更ですが、ご用件をお伺いしても?」
先ほどまで先輩とのやり取りを苦笑しながら聞いていたクロード様が、一気に真剣な表情を作り、重々しい口調で口を開きました。
「……実は、メリーの兄君のクディルさんに少々嫌われてしまったらしく」
あ、詰みましたね。お疲れ様でした。
「では、解散ということで」
「え、ちょっ!?」
席を立つ俺を、クロード様が慌てて引き止めます。
ええい、その手を放しなさい。英雄ともあろうものが見苦しい。すぱっ、と諦めなさい。
しかし、さすがは魔王を降した英雄様。その力強い腕を振り払うことはできませんでした。ちっ。
「どうか、どうか対策を……!!」
懇願する英雄様に、俺はゆっくりと、重々しい声音で諭します。
「いいですか、クロード様。何があったのかは聞きたくな……ごふん、知りませんが、貴方が敵に回したのは、世界最強の男です」
クロード様は目を見開きます。何ですか、何に驚いているんですか? まさか、自分が最強とでも思っていたんですか? 世界は広いんです。厳しいんです。
「確かに、貴方は神々の加護を受けたチートな存在です。あなたの行く手を遮れるものなど、この世界には本来居るはずが無かったかもしれません」
しかし、何が起こるか分からないのが世の常というもので。
「けれど、クディルさんはこの世界のバグです。他者の力を借りずに、自力で常識という名の壁をぶち破った異常生命体です」
「お前、異常生命体って……」
だって、先輩、本当の事じゃないですか。一体この世の誰が、才能もなく、祝福もされてないはずなのに精霊が肉眼で見えるっていうんです? 魔法を素手で殴り飛ばせるっていうんです? あの人、ほぼ魔法は使えないんですよ? 信じられます? 真空刃を筋力のみで作り出せるんですよ? 魔王に関しても、クロード様が行かなかったらクディルさんが駆り出される予定だったらしいですよ。クディルさんが魔界に行ったら、魔界が消滅するか、新魔王にと懇願されるか、二択でしたね、きっと。まあ、三つ子の手綱を握れる人がいなくなるので、可能性は限りなく低かったらしいですけど。
「もはや、神々ですら手が出せるかどうか……」
いやあ、クディルさんの内面がまともで良かったですねぇ。
「まあ、クディルさんはそんな常識の通じない異常生命体です。世界の常識内に居るチート如きが、世界のバグに敵うとでも思っているんですか?」
あの人を敵に回したのなら、最終手段の駆け落ちすら無理です。無謀です。
「そ、そんな……」
情けない表情を作るクロード様に、俺は言い放ちました。
「情けない顔も美形とか妬ま……げっふ、ごっふ。もし出来ることがあるとすれば、クディルさんに恩を売るか、クロード様とメリーさんに構っていられない状況を作り出すか、それぐらいですね」
たいがい常識破りな人なので、それも難しいんですが。
「……あのー、ちょっと質問なんですが」
先輩が恐る恐る手を挙げています。優等生ですね、先輩。
「いったい何をして、クディルさんに嫌われてしまったんですか?」
クロード様が気まずげに視線をそらし、言いました。
「マルコ君とフランツ君のお仕置きに少々口出しを……」
あ、終わった。
「さあ、帰りましょうか先輩!」
「そうだな、もう、どうしようもないもんな!」
まだ持ってきてもらえていない入れ物を惜しく思いつつも、先輩と共に帰ろうと出口へ向かおうとしますが、残念ながらクロード様の手が俺と先輩の襟首を素早くつかまえました。おのれ、このチートめ。
「ぐえぇ……」
「離してください」
「だから、ちょっと待ってほしいと――」
襟首つかまれてもがく俺達と、それを離さないクロード様。
そんな俺達に、あきれた様子で声がかけられました。
「何をしているんだ、お前たち……」
クロード様の兄君、アラン・ヴィラック様のご帰宅でした。
「ほー。そりゃ、クロードが悪いな」
「ぐっ……」
何があったのかアラン様に事情を説明したところ、ばっさりと切って捨てられました。
「言っとくけどな、お前のような規格外な弟を持って俺もかなり苦労したんだぞ? まあ、クロードは無暗に力を使うようなことはしなかったから、そこらへんは楽だったが」
そう言って、アラン様は紅茶を一口飲んで喉を潤し、語り始めました。
「俺としては、あの三つ子はクディル殿にもっと感謝すべきだと思うんだ。クディル殿がいなけりゃ、あの三つ子はとっくに討伐、処分されていた筈だ」
何か平然と物騒なことを言い出しましたよ、この人。
「ん? 何を驚いているんだ。もしクディル殿が居なければ起きていた筈の被害を考えれば、当然だろ?」
……言われてみれば、そうですね。何で考え付かなかったんでしょうか? クディルさんという存在が居ないなんて考えもしなかったからでしょうか? だって、あの人、存在感がありすぎるんですよ。常識をことごとく破壊されるから、そこらへんが麻痺しちゃってるんですよ。
「あの三つ子が生まれた時点では、養子の話が山ほど来たらしいぞ。それを断ると誘拐が多発。貧乏男爵家では護衛を雇うのも難しくて、そういう面でも随分苦労したらしい」
アラン様、よく御存知で。
「そして三つ子が育ち、自分というものを持ち始めると、今度は精霊術を使い始めた。それを誘拐犯に向けて自衛できるようにもなったのはいいが、悪戯にも使うようになって、本格的にクディル殿の、いや、ラニード家の苦労が始まったらしいな」
大変だったんですねぇ……。
「才能の塊である三人をどうにかするために、クディル殿は才能の壁を打ち破り、遂に三つ子を一手に引き受けられるくらいに進化したわけだ」
進化ですか。そうですね、進化ですね。
「それに、三つ子に対するお仕置きの仕方にも意味はあるんだ。あの問題児達を軽々と超え、それを仕置きできる存在をアピールすると同時に、出ていた筈の被害を責められる前に、派手で過激な仕置きによる責任の有耶無耶化を狙ってるらしい」
ふーん。そうなんですか。
「最初のころは真面目に責任を取ろうと対応してたらしいが、権力を持った妙な連中に責任を追及されて三つ子を持って行かれそうになったらしくてな。それがあって、四苦八苦して、今の状態になったそうだ」
最早、クディルさんファンの中には、クディルさんの活躍を見るためのショーとして捉えている阿呆もいますよね。うちの国はお祭り好きなうえに、奇人変人も多くて、そういうのが受け入れやすいんですよね。きっと闘技場と研究所があるせいですね。
「ユリア嬢は精神的に大人になりつつあり、常識的な判断ができるようになったみたいだからいいとして、問題はマルコ君とフランツ君だな。あの二人には、そろそろ自分のしたことに関して自分で責任をとれるように、自分の置かれている立場を理解させた方がいい」
いや、まったくその通りで。
「その辺、クディル殿は甘いな。確かに彼らはまだ子供だが、彼らの年齢は世間で『子供』を理由に許してくれる範囲内から出る頃だ。いい加減、現実を見せろ、と最近忠告させてもらったよ」
うん? あれ?
「アラン様は、クディルさんとお知り合いで?」
「弟に苦労させられるという同じ悩みを持った心の友だが?」
あ、そうですか。
「だいたいだな、せっかくクディル殿にも春が来そうだというのに、このままだと可哀想じゃないか」
ああ、春ですか――……はい?
「すみません、アラン様。その辺、もっと詳しく!」
「は?」
アラン様は少々訝しげな顔をしつつも、教えてくれました。
「なんでも、英雄の一人のローザ嬢がクディル殿に多大な関心を抱いているらしくてな。クディル殿の好みの女性のタイプだとか、好きな食べ物だとか、実に乙女チックな情報を集めているらしいぞ」
……何ということでしょう。
「起死回生のチャンスです! いやあ、良かった、良かった!!」
実に面倒くさいことになってきましたね!
「……おい、ゼクス。本音が駄々漏れているぞ」
「え? ちゃんと建前を口にしたはずですが?」
頭を抱えてどうしたっていうんですか?
「……本音を口に出さなかった事は認めよう。だが、顔に出てれば意味ないだろうが! わざとか? わざとだよな、この野郎!!」
はっはっは。いやいや、何のことやら。俺もまだまだ未熟者ですからねぇ?
その後、先輩とアラン様が固い握手を交わしていました。
どういう意味でしょうね?