第十五話 守護妖精
朝日が昇り、カーテンの隙間から光が漏れる。そんなカーテンの隙間から外の様子を鋭い眼差しでチェックするのは、先日生まれたメリーの守護妖精だ。
彫りの深い顔立ちの妖精は外に異常が無い事を確かめ、自分の主へと視線を移した。
視線の先の主は、つい先ほど鳴り出した目覚まし時計を止めようとサイドテーブルの上に乗る目覚まし時計を手探りで探している。
そして、目覚まし時計を止め、寝ぼけ眼でのっそりと起き上がり、ぼんやりとしながら視線をさまよわせ、その視界に守護妖精を見つけた途端、ギシリ、と体を硬直させた。
「お、おはよう……」
主の朝の挨拶に、黒揚羽の妖精は無言で頷くことで、返事を返した。
* *
目が覚めて、寝ぼけ眼に映ったものは濃い顔の黒揚羽の妖精でした。
「一気に目が覚めた……」
いつもは冷水で顔を洗わないと目が完全に覚めないのに……。
昨日、守護妖精が無事生まれました。しかし、生まれた時間がすでに夜も遅く、守護妖精に関しても説明があるといわれ、研究室の仮眠室に泊めてもらったのです。
正直、守護妖精のショックの所為で力が抜けて、家まで帰るのがつらかったので、とてもありがたかったです。
ちなみに、あなたの守護妖精はまだマトモですよ、と研究員に後で慰められました。何でも、研究員の方々も守護妖精の種を育て、生まれたのがまたイロモノと呼ばれるようなインパクトがありすぎる妖精だったそうです。中でも、仮面をつけたマッチョメイド妖精が実力も外見も凄まじい破壊力を持っていたそうです。
うん、何も言うまい……。気にしてはいけません。
そして、姫様達女性陣ですが、女性であり、身分のある方々なので、警備の関係でお城に戻られました。…しかし、安全面を考えると、クディル兄様とクロードさんが泊まり込んだ研究所の方が安全なような気がしてなりません。
まあ、それはさておき……。
「えー……と。とりあえず、今日中に名前を決めないとね……」
実はこの黒揚羽の妖精にはまだ名前がありません。いや、だって、元から用意していた名前があまりにも似合わなくて……。この顔に、ユリアン、リオンだとか、ないと思うんですよ。いや、逆にアリかもしれませんが。
「格好良い名前がいいよね……」
そんなことを考えながら、顔を洗い、簡単に身なりを整えると、仮眠室のドアがノックされました。
「メリー、起きているかい?」
クディル兄様の声ですね。
「起きています。おはよう、クディル兄様」
ドアを開け、そう挨拶すれば、クディル兄様も笑顔で挨拶を返してきた。
「もうすぐ朝食だよ。守護妖精の説明もあるから、朝食は食堂ではなく、昨日の研究室で摂ることになったから。今から行けるようなら、一緒に行こうか」
既に身なりも一応は整えていたので、一緒に行くことにしました。
その数分後、一足違いでクロードさんが仮眠室を訪れ、誰もいない仮眠室を前に肩を落としたことなど、私はもちろん知りませんでした。
朝も早いというのに、どこからともなく爆発音が響く研究所の一室に用意されていたのは、サンドイッチとミルクでした。そういえば、妖精って何を食べるんでしょう?
「あの、妖精って何を食べるんですか?」
「主食はミルクになります」
なんというメルヘン。
「嗜好品として、ほかの食物も多少は与えてもいいですが、あくまでミルクが主食になるので気を付けてくださいね」
後で与えてもいいもの、悪いものを書いたリストを渡します、と研究員の人に言われました。ありがたいです。
「ところで、もう守護妖精の名前は決まったのか?」
朝食の準備を手伝いながらクディル兄様にそう聞かれ、私は頭を横に振りました。先ほど考えていたように、用意していた名前があまりにも似合わないような気がしましたので。
「まだです。だって、ミシェルでみーくん、とか、ない…と……」
黒揚羽の妖精が、こちらをじっと見ていました。目が、目があいました。黒揚羽の妖精は、了解した、とばかりにゆっくりと頭を縦に振って……。
あばばばばばばばば。
「み、みみみみみ、ミシェ…ル……?」
黒揚羽の妖精は少しの間をおいて、あ、自分の事か、と言わんばかりの態度でこちらを仰ぎ見、しばらく私の顔を見ていましたが、私が何も言わないのでアタッシュケースから黒光りする武器を取出し、手入れをしだしました。
私は、意を決して呼びます。
「みー…くん……」
すい、と今度はスムーズに黒揚羽の妖精がこちらを見ました。
あああああああああ。
「いい、名前だと思うよ」
慈愛に満ちたクディル兄様の表情が、胸に痛かったです。
* *
死んだ魚の目のような虚ろな目をして朝食をいただく私に対し、クロードさんが何か言いたげな視線をよこしますが、無視します。コッチ、ミルナ。
「食事中に申し訳ないけど、ちょっと時間が押しているので守護妖精の特性を今説明しておきますね」
素晴らしい早食いを見せた天パの研究員が語り始めた。
「まず、守護妖精は己の主人を守るために、特殊な力を持って生まれてくると言いましたが、それは各妖精ごとに違う能力を有しています。例えば、俺の妖精の場合ですが…」
そう言って天パ研究員は角材を手に取り、自身の守護妖精に目配せしました。その意を受けて、その守護妖精は拳を構え、天パ研究員が放り投げた角材に拳を繰り出し―。
シュゴッ!!
角材が粉微塵になりました。
ええええ!? 見えなかったんですけど!拳が見えなかったんですけど!? 何があって角材が粉微塵になったんですか!?
「凄いな。あの小さな拳で七発いれて、あの破壊力だとは」
「ええ、しかもあの速さ。侮れませんね」
え、見えたんですか? クディル兄様、クロードさん!?
「まあ、こんな感じで素晴らしい殺傷能力を誇ります」
殺傷能力とかヤメテ! せめて、破壊力とか…。あ、大して変わらなかった。
「なので、十分自分の妖精の能力を把握し、臨機応変に活用してください」
活用って、殺傷能力を活用する機会があるとでも!?
「メリアナ嬢の守護妖精は見たところ、銃火器の類を得意としているようですね」
人形サイズですが、確かに銃火器です。
「銃火器のサイズが小さくとも、威力がそのサイズと同等とは限りません。食事の後でテストをしますので、そのつもりでいて下さいね」
…とても嫌な予感がするのは、私だけでしょうか?
* *
やって来ました。テスト場。
テストを行う場所は、四方を分厚い壁に囲まれただだっ広い広場でした。
あ、研究員の方がいくらかの距離を置いて的を設置しています。どうもお疲れ様です。
「さて、みーくんの武器は銃火器のようなので、的を設置してみました」
ヤメテ! みーくんて呼ばないで!?
「とりあえず、二十メイルの距離のものを用意しました」
促されて、ミシェルが銃を構え、撃ちました。
――じゅっ……。
どうやら無事、二十メイル先の的のど真ん中に当たったようです。
しかし……。
「……じゅっ?」
何だか着弾音が変でした、というか銃声が聞こえなかったんですが?
研究員の方が着弾した的の様子を見に行き、それを回収してきました。
「溶けています」
材質が何なのかは知りませんか、明らかに硬質な輝きを放つ的のど真ん中が、溶けています。
「ふむ。レーザー銃ですか」
えええええええ!?
目をむく私の横で、ミシェルがごそごそとアタッシュケースから新たに武器を取り出しました。
やはり人形サイズなのですが、それは……。
「ライフル、に見えますね」
天パの研究員が興味深そうに正体不明の銃を眺めます。
そんな研究員に、ミシェルが銃弾を並べていきます。それもやはり人形サイズなので見づらいのですが、どうやらそれぞれ色が違うようです。
「ふむ。もしかして、弾ごとに効果が違うとか?」
その質問に対し、ミシェルは無言で頷きました。
「ふむ。それでは実験と行きましょうか」
五十メイルほど離れた場所に的を設置し、研究員の方が合図しました。
その合図を受け、ミシェルはライフルに弾を込め、撃ちました。
弾の種類は全部で六種類。
赤の弾は着弾と共に燃え上がり、青の弾は的を凍りつかせました。緑の弾は的を風の刃で細切れに、黄色の弾は的を石化させました。白い弾は光を放つ閃光弾でした。
そして、黒い弾は……。
「うわー……」
「なかなか凶悪ですね……」
問題児の集まりである研究員の方々を唸らせたそれは……。
ミシッ……ズズズ……。
異音を立てながら的はひき潰され、小さく、小さくなり、ついには消えてなくなりました。
「重力操作……というより、次元操作でしょうか? 別次元に通じる小さな穴に無理やり呑み込まれているような感じでしたね」
実に興味深い、と言って天パの研究員がじっとミシェルを見やると、ミシェルが短銃と、それ用の六種類の弾を取出し、見せました。
「ライフルだけではない、と……」
天パの研究員が手元のボードに何か書き込んでいきます。
「他には何かありますか?」
ミシェルは頷き、アタッシュケースから次々に武器を取り出しました。
ロケットランチャー、ビームサーベル、手榴弾、ピンクの丸いナマモノ、時限爆弾。明らかにアタッシュケースに納められる量ではありません。え? 何か可笑しなモノが混じっているって? 気にしてはいけません。
「いやぁ、みーくんは実に面白い妖精ですね」
だから、みーくんと呼ぶな。
全ての武器の実験には、その後三時間ほどかかりました。
ああ、疲れた……。
* *
その後、姫様達も交えて妖精達の育成について注意点を説明され、夕方ごろにようやく帰宅することになりました。
「メリー、家まで送りますよ」
微笑んでそう言ったのは、何故か実験の最初から最後まで居たクロードさんでした。
「ああ、クロード様。それには及びません。わざわざ英雄様の手を煩わせずとも、兄である私が妹を送ります。クロード様はどうか姫様方と城へお戻りください」
こちらもまた、にっこりと微笑んでクディル兄様がそう言い放ちました。
……何でしょうか。二人の間に、火花が散ったような気が。
「メリーもクロード様の手を煩わせたいとは思わないだろう?」
「え、あ、はい」
いきなり話を振られて、私は慌てて頷きました。クディル兄様と一緒の方が断然気が楽です。
「それでは、クロード様。気を付けてお帰り下さい」
笑顔でそう別れを告げ、クディル兄様は私を伴って歩き出しました。
兄様の笑顔が大変怖かったことを、ここに明記したいと思います。
守護妖精みーくん☆キラッ