第十四話 妖精誕生
笑って流してもらえたらなー、なんて……。
期待に胸を躍らせ、遂にその日はやってきた。
メリーが大事そうに抱えているのは、守護妖精の花の鉢。
蕾は大きく膨らみ、今夜中には開花するだろうと研究所の人間が言ったのだ。
その為、姫君達が滞在する城に今晩泊りこんで開花を待つのだ。
「楽しみだなぁ……」
足取り軽く、城へ向かう。
しかし、まさか、あんな結末を迎えるなんて、その時は思いもしなかった。
* *
とりあえず、聞きたい。何故お前達がいるんだ。
「なんで、マルコとフランツが居るの?」
ただならぬオーラを発するクディルによって簀巻き姿にされたフランツとマルコが、何故か居た。
「メリー姉、ヘルプー」
「ヘルプー」
相変わらずの棒読みで助けを求められた。
「拒否します」
何をしたんだお前達。
現在部屋に居るのは、研究者数名と、クディル兄様と私、そして姫様二人と残りの英雄様方。つまり、クロードさ…ん…も居る。まあ、この勝負(?)の行方を見せようとクロードさんを連れてきたのは分かる。他の方達も興味を引かれたのでしょう。ここに居る理由も分かります。しかし、フランツとマルコが何故ここに居るのかが分からない。
「メリー姉のケチー」
「ケチー」
「こうなったら最後の手段ー」
「これしかないー」
「「クロード義兄上ヘルプー」」
……ちょっと待て。
「し、仕方が無いな。あの、クディルさんもその辺で……」
「いえ、どうぞお気遣い無く。これは我が家の躾ですので」
何やら照れが混じったクロードさんの言葉を、以外にもキッパリとお断りしたクディル兄様。え、クディル兄様、意外な強気。他の面々も驚いていらっしゃる。
「あ、あの……」
「お気遣い無く」
今、クロードさんとクディル兄様の間に高い壁が築かれたような気がします。ああ、兄様の苦労も知らずに横から口を出されそうになって、カチンと来たんですね。
なにやらクロードさんとクディル兄様からじりじりと人々が離れていきます。わー、何あの瘴気。ちなみに発生源はクディル兄様です。
あ、でも、そんな兄様をローザ様が興味深そうに見ています。ん? よくよく考えてみれば、兄様はローザ様の条件に合ってる……のか?
何やら新たなドラマの始まりを予感させる光景の向こうで、簀巻き姿の二人に近寄る影が一つ。
「もう、あんた達は何したのよ」
「あ、ユリアー」
「久しぶりー」
簀巻き姿の二人に近づくのは、三つ子の紅一点。ユリアだ。
「妖精が見たくて城に忍び込んでー」
「兵士の人に見つかってー」
「「吹っ飛ばしたー」」
それは怒る。激怒ですね。クディル兄様の拳がさぞ唸った事でしょう。
「駄目じゃない、そんな事しちゃ」
まさか、ユリアの口からそんな台詞が聞けるだなんて! 一年前までは考えられなかったよ! これが恋の力か……!!
「えー。けど、兵士の人達は大盛り上がりだったよ」
「僕等がクディル兄様に折檻受けてるっていうのに、鬼畜ー」
……何だろう。何だか、その光景が目に浮かぶというか……。クディル兄様、まだ兄様のファンは増え続けているのですか……?
ちょっと遠い目をして、そんな事を考えていた時でした。研究員の人が大きな声で私達に注意を促しました。
「もうすぐ蕾が開くぞ!!」
それを受け、他の研究員が部屋の明かりを落とした。
そして、その時に初めて気付いた。守護妖精の蕾が、三つとも淡く発光していたのだ。
「あ、咲く……!」
誰の言葉かは分からない。しかし、その言葉どおり一番右端の、プリシラ姫の花が、ふわり、と花開いた。
「わぁ……」
「綺麗……」
賞賛の言葉が、こぼれる。
生まれた妖精は、淡い金色の髪に、緑の瞳の美しい女性型の妖精だった。薄布を纏い、透き通った蜻蛉の様な羽を持ち、淡く溶けるような、思わず守ってあげたくなるような儚げな風情だ。正に、妖精のお姫様、といった印象を受ける。
「あ、ミリア姫様の花が……」
続いて、真ん中に置いてあったミリア姫の花が、開花した。
「わ、可愛い!」
生まれた妖精は、白い花の帽子を被った、赤毛の少年の妖精だった。きょろきょろと辺りを忙しなく見渡し、好奇心に輝かせる瞳は緑。こちらも蜻蛉の様な透明な羽をもち、今にも冒険に行かんと、うずうずしている様だった。受ける印象は、イタズラ好きの妖精、といった所だろうか。
どちらの妖精も、正に王道。余計に自分の妖精に期待が高まった。ああ、どんな妖精が生まれてきてくれるんだろう!?
そして、最後。
遂に、左端の私の花が、ゆっくりと花開いた。
* *
その男の瞳の色は鳶色。カミソリの様な鋭い目つきは、寸分の油断も感じられない。
猛禽類の様な力強い眉は、まるで男の意志の強さを現しているかのようだ。
無駄のない屈強な筋肉をビジネススーツの下に隠し、広い背中に見え隠れするのは男の哀愁、そして、男の色気。
人は彼をこう呼ぶ。
ゴ〇ゴ13と……。
メリーは崩れ落ちた。
* *
生まれました。無事に生まれました。
ゴ〇ゴが……。
「これはまた何と言うか、『守護妖精』と言う名に相応しい妖精……だな?」
「強そうですね!」
クディル兄様とクロードさんの優しさが痛い。
ゴ〇ゴは、黒揚羽の様な羽を動かし、黒いアタッシュケースを持ってこちらに飛んできた。
ああ、メリー。よく見るのよ。ほら、例のあの人に確かによく似ているけど、よく見て。例のあの人は短髪。この子はオールバック。何より黒揚羽の羽なんて、例のあの人には無いじゃない。たとえ、力強い眉があろうとも! 傍で人形サイズの銃火器の手入れを始めようとも!!
……『儚』という漢字は、『人の夢』って書くんだよね。
力なく項垂れるそんな私に、クルクルとした天然パーマの研究員が声をかけてきた。
「おめでとうございます。貴方の守護妖精は、立派に『守護妖精』として誕生しました」
それはどうもアリガトウゴザイマス……。
「そして姫様方も、『愛玩妖精』の誕生、おめでとうございます」
姫様達にも立派に『愛玩妖精』が生まれて……うん? 『愛玩』?
「『愛玩妖精』……? 『守護妖精』ではありませんの?」
自分の妖精を掌に乗せ、プリシラ姫が小首をかしげた。
「ええ。実は、『守護妖精』の花から生まれてくる妖精は二種類いるんです」
頷き、説明を始める研究員に視線が集まる。
「まず、花を開花させるまで世話をした主人を守る『守護妖精』。その能力は個々に違います。そして、『愛玩妖精』ですが、彼等は花の世話をした主人の愛情不足によって生まれます」
「あ、愛情不足……」
「そんな……」
ぎょっとして自分の妖精を姫様達が見つめる。
「ほら、よく見てください。彼等は実に、貴女方の好みの外見をしているでしょう?」
戸惑いながらも、姫様達は頷いた。
「確かに、わたくしの妖精は、幼い頃憧れた女神様の様な容姿をしていますわ」
「あたしは……ずっと弟が欲しくて……」
己の好み通りの姿をした妖精達を、何とも言えない複雑な表情で姫様達は見つめた。
「『愛玩妖精』は主人の愛情を得ようと、主人の好み通りに生まれる事に力を使ったため、特別な能力は持ち合わせていません。そして、『守護妖精』は主人の愛情に疑いを持つ必要を感じずに生まれるため、『愛玩妖精』が己の容姿を主人好みに変えた力を、主人を守るための能力に変えて生まれます」
研究員の言葉に、姫様達は少し肩を落とし、反省したように呟いた。
「確かに、わたくしはメリアナさんに勝って、クロード様に相応しい女性は誰かはっきりさせようと、そんな事ばかり考えていましたわ……」
「……あたしも、勝負の事ばっかり考えてた。この子の事、考えてなかった」
ごめんなさいね、とプリシラ姫が優しく自分の妖精の頬をなで、ミリア姫は、明日から一緒に遊ぼうね、と自分の妖精の小さな手と握手した。
確かに、私は期待いっぱい胸いっぱいで『守護妖精』の花を育てました。『妖精』という単語に胸を躍らせて育てました。愛情かけて育てました。そこにクロードさんの事を考える余地はありませんでした。
「……あれ? いま、何か胸を刺すような悲しい事があったような……?」
クロードさんが何か呟いています。どうしたんでしょうね?
まあ、予想外の展開ですが、無事に生まれてくれて嬉しいです。少しショックではありますが、新しい家族として迎える心の準備に揺らぎはありません。ゴ〇ゴだけどね!!
「そういえば、他に妖精さんはいらっしゃいませんの?」
「そうね。この子に同じ妖精の友達とか居たら嬉しいんだけど」
姫様達、立派に自分の妖精に愛情をかけ始めています。
「ああ、居ますよ。俺の妖精ですけど、連れてきましょうか?」
お願いします、と頷く姫様達に、天パの研究員が部屋を出て、数分後にそれを連れてきた。
* *
荒廃した世界に降り立つ一人の男。
鋼のような肉体を持ち、胸に星を抱く彼は、ただ一人の女性を愛した。
不器用なれど、その胸の奥にある暖かさは多くの人を惹きつけてやまず、いつしか彼は荒廃した世界の救世主となった。
彼は、一子相伝の暗殺拳の使い手。
そう、彼の名は……。
ユー は ショック!
北〇ケン〇ロウ!!
* *
もう、どうにでもしてくれ……。