第十二話 恋の鞘当
その日、あたし、ミリア・エルドは悩んでいた。
獣人たちが暮らすエルド王国の第七王女として生を受けて十七年。隣国の侯爵家の次男、クロード・ヴィラックに恋をして十年。
国が違うという事もあって、クロードとは年に数回しか会う事ができなかったけれど、同じくクロードに恋をしたあたしとセシード王国の第三王女プリシラは、クロードを間に挟んで十年間睨みあった。
そうして恋に何の進展も無いまま十年を過ごし、最大のチャンスが訪れたのは、世界の危機とも言える魔族からの宣戦布告だった。
魔王討伐の命を受け、国を旅立ったクロードに、あたしとプリシラが着いて行ったのは当然だった。だって、クロードの事だから、どこで女の子を引っ掛けてくるか分からないし、この特別な状況下であたし達の関係に何か進展が望めるかもしれないからだ。
実際、クロードを巡って恋の火花が散る舞台の上へ、あたしとプリシラ以外に、更に四人の女の子が上がってきた。当然、あたしは焦った。特に、クロードは一人の女の子、ユリアを気にしていたようだったから。
この旅でクロードとの距離を一気につめようとしていたあたし達を、人は責めるかもしれない。けれど、恋は戦争。常に機会をうかがい、チャンスを逃さないようにしなければ勝負に負けてしまう。
それに何より、クロードが負けるなんて、どうしても想像できない。だって、忠犬のようにクロードに纏わりつく神々を見ていると、この世にクロード以上に恐ろし―ゲフンゲフン―強い男は居ないと思えたのだから。
そんな訳で、素直になれないながらもクロードにアタックをし続けた十年。まさか、賞品席に座っていたクロードが舞台から観客席に飛び降り、観客の一人にプロポーズしてしまうなんて夢にも思わなかった。
しかも、その相手が、クロードを拒否しているなんて。
「……納得いかないのよ」
あんなにイイオトコを拒否するなんて、何を考えているの?
「納得できない」
クロードだって、これだけあたし達を惚れ込ませたんだから、彼女を舞台の上に上げてくれなきゃ、彼女の顔をはっきり見る事も出来ない。
「納得させてみなさいよ!」
同じ舞台の上で、正々堂々、あたしと勝負しなさいよ!
だから、偶然耳にした魔道具研究所の新作魔道具を手に、あたしは彼女に勝負を仕掛ける事にした。
* *
私、メリアナ・ラニードは目に飛び込んできた人物に、衝撃を受けた。
「貴女がメリアナ・ラニードね!」
それは、午後の授業を終えて、バイトへ向かおうとした時の事でした。
そう言って、仁王立ちしてこちらを見つめるのは、猫耳に長い尻尾を持つ獣人の美少女です。しかも、ツインテール。何ですかそれ、狙っているんですか?
「あたしと、勝負しなさい!」
何という見事な『萌え』の権化。あ、向こうでフラッシュの光が見えました。大変です。お嬢さん、狙われています。
「べ、べつに、クロードは関係ないんだからね! ただ、貴女が気に入らないだけなんだから!」
ツンデレですね。お約束どうもありがとうございます。あ、フラッシュの数が増えた。
「さあ、勝負よ! メリアナ・ラニード!!」
「あ、すいません。これからバイトなんで、無理です。ごめんなさい」
それじゃあ、失礼します、と言って立ち去ろうとした私に、猫耳美少女が慌てる。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ! 逃げるの!?」
「バイトなのです。遅刻しそうなのです」
「休みなさいよ!」
「無理です、ごめんなさい」
「うう、このままだと、敵前逃亡で負けとみなすわよ!」
「負けでいいです。不戦敗でお願いします」
「なっ!?」
しつこい猫耳お嬢さんですね。ここは一つ、びしっ、と言うべきでしょうか。
私は立ち止まり、猫耳美少女に向き直りました。そして、目をしっかりと見て、言い放ちました。
「生活がかかっているんです」
たとえ仕送りがあろうと、余裕を持たせるのは悪いことではありません。何より、この仕事が好きですし。
「え、あ、ごめんなさい……」
あれ、意外と素直。猫耳と尻尾も力なくぺったりとたれています。あ、なんだか罪悪感が……。
「えーと……。すいません。バイトが終わってからなら、何とか……」
「そう? 大丈夫なの?」
「そんなに時間がかからなければ……」
私の言葉に、猫耳美少女は悩んでいます。ところで、今さらなんですが……。
「すいません。ところで、どちらさまですか?」
「は!? 貴女、あたしを知らないの!?」
眦を吊り上げて猫耳美少女が怒り出しました。すいません。知りません。
「あたしの名前はミリア・エルド! エルド王国の第七王女で、クロードと魔王討伐に向かった時の仲間よ!」
……はい?
* *
結局、隣国の王族からのお誘いだったので断れませんでした。申し訳なくも、バイトはお休みさせていただきました。
「これが権力なのですね……」
私の呟きが聞こえたのか、ミリア様が一瞬肩を震わせましたが、後は何事も無かったかのように、ずんずんと私の前を歩いていきます。しかし、一体何処へ行くつもりなんでしょうか? お城に来たのはデビュタント以来ですよ。
そうやってミリア様の後ろをついて歩いていると、後方から聞き覚えのある声が聞こえました。
「え、メリー? 何故此処に居るんだい?」
振り返ってみれば、其処に居たのはクディル兄様でした。そういえば、クディル兄様は文官で、お城で仕事をしてたんだっけ。
「クディル兄様。お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね。それで、何で……ああ、ミリア様か」
挨拶する私に、挨拶を返し、クディル兄様は私の前を歩くミリア様に気付き、何があったのか察したらしい。ミリア様はクディル兄様に気付かず、ずんずんと歩いていく。
「……メリー。あまり、簡単に人について行ってはいけないよ」
言葉を選び、慎重にクディル兄様は私に注意を促すけど、相手は英雄で、友好国の王族。こればかりはちょっと断りにくいですよ。
苦笑いする私に何かを感じ取ったのか、クディル兄様は一つ頷き、言った。
「まあ、仕方が無いか……。メリー、俺も一緒に行くよ」
「え、兄様、仕事はいいの?」
「大丈夫だ。急ぎの仕事はもう終わらせたし、アドルフも絞めたし、マルコとフランツは吊るしてきた。問題ない」
すいません、何処からつっこむべきなんでしょうか。
「あの、兄様……」
「最大の難関、王太子殿下を椅子に縛り付ける作業も終わった。大丈夫だ」
兄様、貴方は一体どんな仕事を……。
「さて、とりあえず、先にミリア様にご挨拶してこようかな」
「兄様……」
それって、一番先にすべき事なんじゃないでしょうか。
* *
途中、クディル兄様という同行者が増えたものの、ミリア様は私達を引き連れて、目的地へ向かった。
着いた先は、城の中の談話室だった。
「着いたわよ……って、何でアンタが此処に居るのよ、プリシラ!!」
談話室内に居たのは、白衣を着た数人の男女と、巨乳童顔美少女プリシラ姫、そしてその護衛の女性騎士だった。あ、そういえば、聖女プリシラ姫の女性護衛騎士って、英雄の一人だったような?
「貴女がこそこそとしているから、様子を見にきたんですわ! そうしたら、メリアナ・ラニードとクロード様を賭けて勝負するらしいじゃありませんか。そうとなれば、私も参加しない筈がありませんわ!」
「なっ!?」
「それに、いい機会です。ミリア、どちらがクロード様に相応しいか、そろそろ決着をつけましょう!」
「あ、あたしは別に、クロードの事なんか……」
「まあ! この期に及んで、まだそんな事を言うんですの!? いい加減、はっきりなさったらどうなの? 私とクロード様の仲を妬んで、邪魔するしか能が無いお邪魔虫だって!!」
「何ですって!?」
わー。火花が散ってるー……。というか、私の事、アウト・オブ・眼中ですね。どうぞそのまま忘れてください。
そんな事を私が遠い目をしながら思っていると、隣に佇むクディル兄様が、ふと、呟いた。
「クロード様を賭けて勝負って……、既に賞品がメリーを選んでいる時点で無効では?」
兄様ー!? 何言ってくれちゃってるんですか!? ああ、お姫様達が恐い顔をしてこっちを見てるぅぅぅ!
「ふふ。そういえば、こんな事で争っている場合ではありませんでしたわ」
「そうよ。まず、メリアナ・ラニードよりも私のほうが優れていると証明しないと……」
怖い。物凄く怖い。ああ、これが歴戦の勇士の迫力なんですね!? 流石、魔王と対峙し、和平を結んで帰ってきたことはあります! 出来れば、違う形でそれを拝みたかったですけど!
「申し訳ありません、姫様方。妹と勝負をお望みとのことですが、どんな勝負なのでしょうか? 兄として言わせて頂きますと、妹は武術などの方面はからっきしなのですが」
……兄様。何で、そんなにケロッとしていられるんですか。
「もし、武力を必要とする力試しであるなら、不肖の兄である私、クディル・ラニードが代理として――」
「力は必要ないわ」
「ええ、そんな野蛮な真似はしませんわ!」
……姫様達が青い顔をして首を横に振っています。あの、兄様。本当に、何の仕事をして……というか、何をしたんですか。
「勝負の内容は、古の魔術の復活よ」
気を取り直して、一つ咳払いをしてからそう言ったのは、ミリア姫だった。
ミリア姫は白衣を着た男性から箱を受け取り、その中身を見せる。
「これは、古の魔術『守護妖精』の種よ」
「「『守護妖精』?」」
プリシラ姫と私の声が重なった。
ミリア姫が見せた箱の中身は、向日葵の種くらいの大きさの白い種だった。
「私から説明しましょう」
キラリ、とメガネを乱反射させて前へ出たのは、白衣を着た青年だった。胸に着けた職員カードに、魔法道具第三研究所職員、クルーク・ソルドと書かれている。
「これは先日発見され、復元された古代人工魔法生物『守護妖精』の種です」
「人工魔法生物?」
首をかしげる私に、白衣の青年はニヤリ、と笑い、説明を続けた。
「そう。人工魔法生物です。この世界に、『妖精族』であるエルフ族やドワーフ族はいても、物語に出てくるような純粋な『妖精』が居ないのはご存知ですよね?」
「ええ」
「居ないわね」
頷く姫様達に習い、私も一つ頷く。そう、魔術や幻獣達が存在するにもかかわらず、ファンタジーの王道、羽を持った小人はこの世界には存在しなかった。
「ですが、大昔、古代の人々は人工でその存在を作り出していたのです」
マジで!?
「しかも、ただの妖精ではありません。自分を守護してくれる妖精を作り出していたのです」
何と!?
「その妖精は、この『守護妖精の種』を植え、一ヵ月後につけた蕾が開くと生まれます」
花から生まれるとか、なにその夢のようなファンタジー!
「愛情を持って育てれば、生まれた妖精は自分を育ててくれた人物を守護するようになります」
メルヘン! メルヘンが目の前に!!
「良いですか? 人工生物とはいえ、生き物は生き物です。しかも、その知能は人間並みです。愛情を注ぎ、心して育てなければなりません。正直、勝負には使って欲しくないのですが……」
少し渋る様子を見せつつも、白衣の青年は言葉を続けた。
「まあ、愛情深さを計る目安にはなるでしょうね。……それに、被験者も募集してたところですし」
すいません。最後の台詞がよく聞こえなかったんですが。何か、被験者とか言いませんでした? え、もしかして、私達が実験台になるとか?
「まあ、もともとメリアナさんに渡すつもりだったし、実験も出来て一石二鳥ですかね。送り先が被験者になりましたけど……」
え、私に渡すつもりって……というか、実験って言ったよ、この人。実験ってはっきり言っちゃったよ!?
「種は何処に植えても大丈夫ですが、持ち運びできるように鉢植えにしてください。あ、水は毎日欠かさずにあげてくださいね。それから、職員が途中経過を見に伺いますから、都合の良い日程を教えてください」
白衣の青年が種を私達に配り、それぞれの都合を聞いていく。
「では、また後日お会いしましょう」
そう言って、白衣の青年は去って行った。
こうして、私はメルヘンの種を手に入れたのでした。
実験台とか、不安なんですけど……。
実は獣人族は隠密行動が得意で、ミリア姫は一人に見えても、隠密護衛が三人ほどついているという無駄設定。更に、許可の無いカメラ撮影はご法度。隠密護衛に程なくして没収されていたり……。