怒りの導火線
彼女は語るのを止めない。延々と話している。まるで自分一人の世界にでも入り込んだかのように、身振り手振りでわかりやすく説明している。
これだけ熱心に話されるとねぇ……。誰でも耳に残るな。これが普通の友人や知人であればなんともありがたいことか……。
小川は気を落ち着かせる意味もこめて、彼女にバレないように浅い溜息をついた。
彼女が一息ついたかのように、深呼吸をした。
「ふぅ~。ちょっと話疲れちゃったなぁ。ほんと……ゆうくんの事になるとまわりがみえなくなっちゃうよ♪」
これ以上ない程の満面の笑みを浮かべている。
殺人鬼もこんな笑顔をするのか……。と内心、頭の中で思う小川であったが、快楽殺人や、自覚した殺人を行う犯罪者ほど、喜怒哀楽が激しいそうだ。目の前にいる彼女も例外ではない。小川の顔が、決意の形相を浮かべるように引き締まった。
あたりの空間が静寂を保ち、空気を重くした。
「さ~て。そろそろゆうくんとも会いたいし、ちゃっちゃとおじさん――殺しちゃおっかな♪」
彼女は小刻みに足取り軽くステップを踏んでいる。なんの曲かはわからないが鼻歌まで鳴らしリズムをとっている。
「そうか……それなら、ひとつだけ聞いていいか? 正真正銘、最後の質問だ」
最後と小川はいっているがその顔は、偽りのない堂々とした顔つきだった。まるで何かに巧妙を見出すかのように。
「しつもん~? ほんとにひとつだけだよ? 質問答えたら殺すからね♪」
女性はこれもまた屈託のない笑顔で答えた。発言の内容とは裏腹に――。
小川は軽く頷き、彼女を見据えた。
「ゆうくんってのは――」
小川は、そこで一度息を呑んだ。
これが違っていれば、誤っていれば、間違いなく怒りを買う。そして、あの二人の警官達より無残な死を遂げるだろう。
しかし、質問せずにはいられなかった。
小川は、ゆっくりと口を開いた。
「あそこにいるあいつの事か?」
小川が指を、ある方向に向けて指した。
その方向とは、遺体のある位置だった。
無残に頭を打ちつけ、ものいわぬ屍となった骸が、そこにあった。
小川は流れるように、何かを語りだした。
「被害者名、<楠瀬 悠斗>。私立、涼秋館学院一年F組。性格は温厚で社交的。それもあってか、まわりからの評価は著しく高い。そして、県内でもトップクラスの進学校として知られる涼秋館学院の中でも、さらに上位の成績をおさめている」
彼女は唖然としていた。しかし、会話の内容を理解していないという訳ではなかった。
小川の唇は止まらない。
「さらには運動神経抜群。得意のバスケットボールでは、県大会において最優秀MVP賞を獲得。チームを全国大会へと導き、彼なしでは予選突破も厳しいと囁かれていたほど絶大な支持を得ていた。それから――――」
その時だった。
「うるさい!!」
それは、怒号の叫びだった。目の前にいる女性が発したとは思えない程に大きく、はっきりとした声だった。
反応……した!!
小川は知っていた。いや、この事件に関与している警察官なら、誰でも知っている情報であった。
「ん? もしかして君は……被害者を知っているのかな? ここまで過剰に反応するとは思わなかったよ」
小川のみせる初めての高圧的な態度。
今殺されてもおかしくない。次の瞬間、身体が真っ二つに分かれているかもしれない。 だが小川は、勇気を持って余裕の姿をみせつけた。。
「あんたがゆうくんの事を語るな! そんな上っ面の情報に惑わされて……ゆうくんはどれほどのプレッシャーを受けたか……あんた達はわかっていない!!」
先程までの笑顔をずっと保っていた彼女の姿は、消えていた。
「そうか……やっぱり……か。それなら……彼がなぜ殺されたか……警察も知らない動機も知っている……のかな? それとも、君が――」
その時、彼女の何かが――
はじけた。
「うるさい!! 質問はひとつだけだっていったはずだよ!! 死ね! 今すぐ死ね! 永遠に死に続けろ!」
彼女がコンマ一秒の速さで飛び上がる。そして、小川に向かって一直線に鎌を振り上げる。
しかし、彼女は激しく動揺していた。小川は、その心理状況を見逃さなかった。
動きが単調……! これなら……避けれる!
小川は瞬間、腰を低くした。そして、真上から振り上げられる鎌の斬撃を刹那に見切った。
小川は右に大きく飛んで避けた。小川のいなくなった場所の大地は、まるで鋭利なもので皮膚を抉ったように大きく切り裂き、割れた。
そして、小川の飛んだその先には、アレ《・・》があった。
拳銃。
今の彼女に対抗する唯一絶対の力。アフリカの巨象すら一撃で倒すといわれ、さらに多数の改良を加えられた形跡のあるその拳銃は、人に撃つにはあまりにも強大すぎる代物だった。
あまりの威力に撃つ側にも多大な悪影響を及ぼすそれは、使用するには相応の覚悟が必要であった。
しかし、小川に迷いはなかった。
ここで逃げきる事なんて絶対できない!! だから……最後まで……足掻き続ける!!
小川は前屈みに飛んだため、前転して距離を稼いた。
そして、対抗する唯一の力である拳銃を、小川は手にとった。
くっそ……! やっぱりか……重い!
確かな重量感を、小川は再び感じていた。
しかし、重いという感覚を持っている事自体が、今は幸運だったといえよう。感覚なしで手が動かなければ、拳銃を持つことさえできないのだから。
小川は拳銃を手に取り、銃口を彼女の向けた。
「くっ……。うがああああぁぁぁぁぁ。殺す殺す殺す殺す!!」
彼女は怒りの感情を抑えきれていなかった。一直線に小川に向かう。
よしっ……! これなら……!
彼女は一直線に小川に突撃しているため、狙いをつけやすかった。
あとはこの重い銃口をブレさせずに、彼女にあわせるだけ……!!
小川は慎重だった。しかし、その行動に一切の無駄がなく、速い。
これで終わらせる……!! 生きるんだ! ここで死ぬわけには……いかない!
銃口の先が彼女を標準した。
そして、小川は拳銃の引き金を――――。
引いた。
「当たれえええぇぇ!!」