必然の出会い
投稿時間が大幅に空いてしまいました。申し訳ありません。
色々落ち着いたのでまた更新していこうと思います。
止む事を知らない雨の中、傘すら持たずに威風堂々と立っている人影がいた。
その影の姿を人目みようと、一人の警察官の小川が歩きだしている。
ただひたすらに、愚直に歩を進めていく。小川にはそれが、悠久と思える程長く、困難な道のりに感じた。
あの姿をみてはいけない。視認してはいけない。彼の本能が、なぜだか知らないが人影を拒絶していた。
第六感? 直感? 恐怖? どれも外れている可能性もあるが、何が原因かは定かではない。だが彼の脳内は、様々な感情の混じる中好奇心という感情が、すべての感情を支配し、勝利した。
小川は歩き続け、目の前の人影の位置まで到着した。
「……え?」
思わず小川は、驚きの声を口にだしてしまった。
目の前にいるのは、女性だった。
鼻下付近まで、のびる銀髪。その奥にある瞳は、誰にも思考を伺うことはできない。ずぶ濡れになった白のカッターシャツに、黒い短めのスカート。第一ボタンのはずれたカッターシャツには、黒いネクタイが緩まりつつも、装着されている。
雨に濡れているため、着用している衣服が、ベッタリとついているのは、いうまでもない。
小川は、咄嗟の判断で視認するのを躊躇った。
しかし、小川は正気をとりもどし、なぜこんな場所に、そしてこんな時間に、女性がいるのかを考え行動した。
「君、どうしてこんなところに?」
「……ん? お前……俺に気付いたのか?」
「気付いたもなにも……質問を質問で返されたら困る」
「ほぉ……気配は消していたつもりなのだがな……」
「はぁ……」
何がなんだかわからない。
なんだこの女性は? 今頃の若い娘は、聞く耳すらもたないのか? それとも電波系か何かか?
とりあえずこの場になぜいるか聞いてもまったく良い返答が返ってこないため、強行作戦に移行した。
「君、ちょっと署の方まできてもらえるかな?」
学生という事までは調べでわかっているんだ。理由はわからないが鈴木警部もいっていた。素直に言うことを聞かなければ殺すのも良いと……。
殺すのはさすがに気がひけるが、素直に言うことをきかないならしょうがない。連行しても鈴木警部に怒られる事もないだろう。多少強引だが。
しかし、女性はまたも奇怪な発言を返してきた。
「……お前……今の時点で一度死んだぞ」
「はぁ?」
思わず地の声が飛びだす。溜息と焦燥。数奇な体験だった。
学生は見つけ次第捕獲しろとまで言われていたが、これは本当に捕獲するべきかもしれない。
小川は、なぜか心の中で何回も相槌を打ち、納得していた。
「とにかくこっちにきなさい!」
小川は、銀髪の女性の手を引こうとした。
その瞬間。
女性が小川の後ろに佇んでいた。
「――――!?」
戦慄。小川は、ただならぬ悪寒を感じていた。
「まったく……油断するとすぐこうだ。人を見た目で判断すると……命がいくつあってもたりないってのがわからないかねぇ」
女性は囁くように小川に告げた。
「貴様!! 優しく接しているからといって調子に――」
小川は憤慨していた。口を動かしながら女性の後ろに振り向き、如実に思考を展開していた。
こいつには社会の厳しさを教えてやらねばならない。警察官として……否! 一人の人間として! 彼女に教えねばならない。この世界の常識を!!
しかし、振り向いた先には、誰もいなかった。
「え……?」
今日だけで何回驚いただろう。何回絶句して素の自分をだしてしまったのだろう。
小川は驚きを表情に出さず、隠しながら周囲をみわたした。
いない……。一体……どこに?
女性は確実に消えていた。音もなく、一寸の隙すら残さず、その場から姿をくらましていた。
小川は右の拳を強く握り締め、やり場のない怒りに身を震わせていた。
あの娘は一体なんなんだ? もしかして犯人か? いや……それはない。犯人は一度現場に戻るというのがセオリーだが、もし戻って見つかったのならすぐに逃げるか、見られた警察官を殺すくらいのことはするはず……。
一体……目的はなんなんだ?
小川は佇んでいた。雨の中傘ひとつささずに、たっていた。
この先がどうなるかわからない。だが、ただならぬな何かがが起きるだろう。小川はそう考えていた。
気を引き締めていこう。これからが本番だ。まだ犯人はみつかっていないのだから。
小川は遺体がある現場にふりかえり、足を一歩ずつ進めていく。解決という糸口を探すために。
「あ~あ。無駄足だったか」
裏路地とも表通りともいえない閑静な住宅街。雨音とサイレンの音が交互に響き、鳴り止むことを知らない。
いまだ降り続ける雨の中、銀髪の女性の姿がそこにあった。
「おい。みてたんだろ? 今は俺しかいない。顔、だせよ」
銀髪の女性が何もない路地の壁際を見ていると、そこに黒い影のような霧があたりを埋め尽くす。黒い霧が晴れたかと思うと、そこには一人の女性がたっていた。
全身を黒衣に包み、頭には黒いハット帽子を被っている。口元は常時半笑いのような不気味な形になっており、何を考えているのかまったくつかめない。
「もう……本当に隙がないんですねぇ。毎回毎回……よく気がつきますねぇ。それで、何時頃がら気がついていたんですか?」
ハット帽の位置を直し、銀髪の女性を見据えた。
「最初からだ。俺があの男とあった直後からな」
「おやおや、やはりすべてお見通しですか」
黒衣の女性は日傘ともいえないこともない傘を、クルクルと回す。
「おい。それよりだ。本題に入れ。奴は……今、どこにいる?」
ただでさえ隙のない顔立ちがさらに強張る。
「まぁまぁ、落ち着いてください。結論から言いますと――」
銀髪の女性は黒衣の女性を睨みつけ、無言の催促をする。
もったいぶった口ぶりをみせるが、黒衣の女性は口を小さく開いた。
「――簡単にいってしまうと、『気配』がないのですよ」
「ということは、『瘴気』を感じない。ということか」
「ま、そういうことです」
黒衣の女性は、リズムよく傘をクルクルと回転させる。
「これは……少し、厄介な事になるかもしれませんよ」
「確かに……厄介だな」
「『瘴気』を消せるほどですからねぇ。結構お強い方の可能性は高いですね」
傘はリズムよく回り続けている。傘に雨があたり、水飛沫が大量に舞い散っている。
さながら虹を描かんばかりの量だが、今日中に止む事はまずないだろう。
銀髪の女性は、困難な条件を突きつけられたにも関わらず、笑みを浮かべていた。
「強い……か。だがな……見つけるのが苦労する分、殺しがいがある。そうだろ?」
今までに見たことのない笑みだった。それは、獲物が待ちきれないといった、簡素たる表情だった。百獣の王ライオンすら泣いて逃げ出す威圧感。彼女の顔は、狂気に満ちていた。
「怖いことを平然といいますねぇ。私はとてもそうだと思いませんよ。戦闘狂さん?」
冗談じみた口調で黒衣の女性が答える。
「なんとでもいえ。これが俺の……『使命』だからな」
「使命……ですか」
二人の間に沈黙が宿る。雨音が大きく、力強く地面を叩く音だけが、二人の空間を支配した。
「まぁ……とりあえず今は様子見ですかね。この辺にいるのは確かなので」
銀髪の女性は無言で頷いた。
「反応が見られたらすぐに連絡します。それまでは、このあたりの探索をお願いします」
「そうだな……」
今度は言葉で返した。
「では、私はこれで失礼します」
黒衣の女性はそういって闇夜に同化するかのごとく消えていった。まるでそこに何もなかったかのように。
「さて、今日も楽しませてくれよ……」
銀髪の女性は一人口ずさみ、一瞬のうちに闇の中へと消えていった。