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狂気の足音


現場は凄惨としていた。あたりは木片が飛び散り鉄骨やコンクリートの破片等が四散している。足の踏み場をみつけるのにも苦労するくらいだ。

それに、現在は強い雨が降っており、なおかつ夜である。身体のバランス感覚に自身のある小川も、足元をよくみて歩かないとつまづいてしまう。

「これはひどいですね……こんな所で転んで運が悪かったら……死にますね」

 小川が現場の周辺を述べた第一感想だった。

「そうだな。それに今日は雨だ。視界が悪いことこの上ないな」

 鈴木がまるで慣れているかのように足早に被害者の遺体に向かう。

――さすが場慣れしているな……鈴木警部。――本庁の捜査一課もエリートとは言われているが……所詮指揮をしているのは『キャリア組』だ。現場で場数を踏んでいるベテランのほうが数倍頼もしい。もちろん、鈴木警部は頼もしい側だ。

と、小川は心のうちで打ち明けつつ視界の悪い雨の中、小川の後ろを追った。

小川の動きが止まった。ここが現場なのだろう。先に到着している鑑識や刑事の姿も見える。

「こっちだ。足元には気をつけろよ。この辺は特にひどい」

「あ、はい」

 本当にひどかった。先程のコンクリートの破片や鉄屑の数ですら多いと思えたのが嘘のようだ。曲がった鉄パイプ、釘が打ち付けられた角材等も新たに見える。

ここ……不良のたまり場?

とさえ小川が思える程に物騒な物があたりにひしめいていた。

しかし、その中で一際目立ったのが、被害者の遺体だった。

 雨の中にも関わらずあまり汚れていない上着のブレザー、そして少し緩まっていたが、きちんと結んであるネクタイ、極めつけにシャツの下腹部あたりは、きっちりズボンの中に納まっている。

とても不良には見えない。

小川がなぜここに、この優秀そうな姿の学生がいるのか思案していると、鈴木がそれを察したのか突如に口を開いた。

「この制服は、ここらで有名な進学校、嵩御咲かさみざき学園と同じだ。そこの生徒で間違いない」

「とてもこの場にいる人物には見えませんね……」

「そうだな。嵩御咲学園は、この『国家指定学園密集区』でも指折りの名門校だ。不良のするような事は少しでも見つかったら……即退学だ。それくらいに厳しい学園でもある」

 小川は今の鈴木の発言を聞きいっそう深みにはまっていった。

ならなぜこんなところにいる? 死体でなぜ? もしかして不良に絡まれてここにつれこまれて――

雨を防ぐ傘の存在すらも忘れ、小川は雨に鞭を打たれながら、ひたすら思考を巡らせていた。彼がその答えをだすか否か、鈴木が今度は右の腰あたりから何か機械らしきものを取り出した。

通信機のようだ。鈴木に連絡が入ったらしい。鈴木は通信機を耳に傾け、通信機の向こうの相手と会話をしている。先に聞き込みをしている警官からだろう。鈴木は会話の中で『あぁ』『わかった』等と、相槌あいづちを所々で行っている。

しばらくの後、鈴木は通信機の電源らしきボタンを押し、会話を終了させた。

 そして、小川に事件の進捗情報を簡潔に述べた。

「目撃者がいたようだ。まぁ浮浪者の証言だから、百パーセント信用できるとは限らないがな」

鈴木がおもむろに遺体に近づいた。スーツのポケットにある手袋を取り出して自分の手に通す。そして遺体の位置がずれないように、何か物的証拠がないか、探りながら説明を開始した。

「人通りのないこの路地で、なんだか揉めている奴等がいたそうだ。いつもの不良共かと思い、その場はスルーしようとしていたらしいが、どうにも揉めていたのは不良ではなかったらしい」

 鈴木は遺体のポケットや服の内部を漁っている。遺体を動かさず、正確に、綿密に情報がないかと探っている。

「集団ではなかった……そうだ。暗くて両者のシルエットしか判別できなかったが、何かを言い合っていたそうだ。その後、片方のシルエットが被害者を押し倒し、逃亡――これが目撃者の証言だ」

「証言が曖昧ですね。もっと確定的な証拠があれば、すぐにも捜査は進むんですが……」

 小川は、鈴木の話に耳を通しながら、遺体を隅々まで凝視していた。

すると、遺体のカッターシャツの第一ボタンが外れている事に気がついた。

「鈴木警部。この遺体……カッターシャツの第一ボタン、外れてますね」

 鈴木は、それがさも最初からわかっていたかのように、ボタンを指差しながら答えた。

「あぁ。それはさっき私も気になってボタンがないかあたりを探ったのだが……雨とこの地形のせいかな。見つからなかった」

 せめてボタンが見つかれば……と小川は考えるが、この地形とこの天候でこれ以上深く探るのは能率が悪いと判断した。鈴木も同じ考えに達した事だろう。

雨のせいでおそらく指紋は曖昧になっている。それに、指紋が例え見つかったとしても容疑者を絞れないこの状況からだと、犯人の指紋をピンポイントで当てるのは困難だろう。

 小川は、空いている左腕を頭に抱え、ひたすらに試行錯誤を繰り返していた。

「おい、小川」

「…………」

 鈴木が呼びかけたのにも関わらず小川は終始無言だ。この集中力はさすがとしかいえないが、臨機応変に対応してほしいものだ。と、鈴木は心の中で呟いていた。

「まったく……自分の世界にどっぷり……か」

 その時、鈴木のもとに一人の刑事が近づいてきた。鈴木はすぐに刑事の近くにより、何やら話しをしている。しばらくの後、その刑事は鈴木に頭を下げ、早々と姿を消していった。

鈴木は、小川の近くに身体を向け、自分の世界に入っている小川を呼び戻すため、魔法の言葉を放った。

「小川、新しい情報だ」

「…………!?」

 身体だけ取り残されていた小川の肉体は、魂を取り戻し、鈴木の次の言葉を待った。

「どうもな、さっき入った情報によると、犯人は同じ学生らしい。男か女かは定かではないが、この学園区の学生で間違いないそうだ」

 ――え? もう何でそこまでの情報が? なぜ学生だと特定できた?

小川は軽く動揺して口を恐々と上げた。

「なんでもう学生ってわかったんですか? 何か確定的な証拠でもあったんですか?」

 心の中で発した言葉と、ほぼ同様のセリフが鈴木に対して向けられた。

鈴木は、間をおいてためらっていたが、まだ決心したのか……細々と喋った。

「実はな……まだ小川には言えない。へんな先入観をもってほしくないんだ。とにかく、学生が犯人だ。今から俺が方々《ほうぼう》に指示するから、少し待っててくれ」

 先入観? いったい……鈴木警部は何をいっているんだ? 犯人像か? 性別か? はたまた外見? 先入観に捉われて、犯人を追えないなんて事は、俺にはないですよ。鈴木警部。

心の中で発した小川の言葉が、鈴木に届いているわけがないのはわかっているが、なぜか鈴木は、その心境に同調するかのように話を続けた。

「お前には、本当にすまないと思ってる……だがな、わかってほしいんだ。この町で起こる殺人事件は、普通ではないと……」

 鈴木の顔は真剣そのものだった。顔は強張り、身体が少し震えている。自分にケジメをつけたいのか、さしている傘を地面に置き、手袋を一度外し、両手を頬に叩きつけた。

ぱちんっ、という乾いた音と共に、鈴木の怒号の声が、あたりにほとばしった。

「全員よく聞け! 今から本格的に犯人の『捕獲』に入る! この周辺にいる学生は『捕獲』、そして保護せよ! それと外出している住人がうろついていたら、速やかに避難せよと住民に伝えとけ。学生がもし何かしらの抵抗に及んだら――」

 刹那せつな静寂せいじゃく。場は一瞬の出来事だったが、小川には、途方もない時間に感じられた。鈴木の、唾を飲む音が聞こえた気がした。

「殺せ」

 ――なに!? 殺……す……だと!?

小川の額に冷や汗がつたう。

何を言っているんだ? この人は? それに『捕獲』? これも日本語がおかしいんじゃないか? 本来なら『確保』が一番あっているんじゃないのか? 本当に……何をいっているんだ。鈴木警部は……

小川が唖然として鈴木の顔を凝視している。先程の尊敬の眼差しとは違う。今回は軽蔑に似た、不可思議な眼差しで凝視している。

こんな命令……許されるものなのか? ――というかこの命令をこの場にいる刑事達が鵜呑みにするとは思えない。

ここまでを一瞬で思考した小川だったが、予想外の周囲の刑事の反応に、小川は再び度肝を抜かれることになる。

「ハッ!! 了解しました!! 鈴木警部どの!!」

 続いてほかの刑事達も、号令のように大きく『ハッ!!』という返事をした。

 一個集団を取りまとめていた中堅ほどの刑事が、新たにそこにいる人々に命令を与えている。彼らは本気だ。一人一人の目の色がそれを物語っている。

驚愕きょうがくに次ぐ驚愕きょうがくに、小川は動揺を隠しきれなかった。

小川は、鈴木の本心を確かめるべく、鈴木に一言声をかけようとした。だが、寸での所で――だからな

「驚いたか?」

 急な鈴木の問いかけに、小川は仰天したのか半歩身をひく。

「お前のいいたいことはよくわかる。手に取るようにな……だがな、時間がないんだ。お前は、これだけを受け取ってほしい」

 鈴木は、自分の車に向かった。止む事のない雨の中、車に着き、鍵を開錠した。先程小川が座っていた助手席を開け、アタッシュボードを開閉した。

その中にある『なにか』を、そっと持ち出し、唖然としている小川にさしだした。

「これを使え」

 小川はその『なにか』をみて今日何度目かわからない衝撃を受けた。

「これは――――」

 ここで、鈴木が差し出した『なにか』が、今後の小川の命運を分ける、大事な品だとは知らずに――

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