レモネード
「ねぇねぇ知ってる?死人と話せる電話の話」
東雲咲はレモネードに口をつけながら言った。それを聞いて切屑裕也は手に持っていたコーヒーを置きながら答える。
「知らない。初めて聞いた」
「ここから見えるあそこのお台場。今はもう使えないんだけど公衆電話があるの。深夜にそこで電話をかけると死んだ人と電話できるんだって」
しょうもないなと切屑は思った。大方、中学生が噂半分で流してるんだろう。どの地域にもあるようなくだらない噂話。東雲はニコニコしていて、明らかに揶揄っている。俺は昔、地元の噂話や怖い話、都市伝説に凝っていた時期があって、それの影響で東雲は定期的につまらない噂話を持ってきて俺を揶揄った。昔のことをほじくり返しにきてるのだ。これもその一つだろう。
「私は信じてないけどね〜大体都合がいいのよ。死んだ人と話せるなんて。死んだらそれで終わり」
「その噂を信じてる訳ではないけどお前は夢が無いな。奇跡ぐらい信じた方が人生楽しいぞ」
「奇跡なんてないもの」
そう吐き捨て、東雲はレモネードを飲み干した。氷がコップの中で動きカラカラと音がした。東雲はまだ足りないのか店員を呼び更にレモネードを追加した。
「まだ好きなのか。レモネード」
「普通のレモネードはあんまりなんだけどね。ここのレモネードはなぜかわかんないけど美味しいのよ」
「この店潰れるんだってな」
東雲は「嘘でしょ」と小さく呟いた。この喫茶店は老夫婦二人で経営しており子供の頃からずっと会った。子供から大人まで通える喫茶店で常に賑わっているのだが、最近おばあさんの方が倒れて店が回らなくなったらしい。今は孫がサポートしているためなんとか回っているが時間の問題らしい。
「今月いっぱいで閉店だってよ。老夫婦二人だったし潮時だろう」
「そう、、、どんどん変わっていくのね。ここのレモネードも、もう飲めなくなるんだ」
「そうだな。まぁレシピぐらい聞いたら教えてくれるんじゃないか?」
「分かってないわね。ここで飲むから美味しいんじゃない」
そういう感性が東雲にもあったのかと切屑は感動した。
東雲はいつの間にか机に置かれていたレモネードをつかむ。そして、レモネードと氷が入ったその透明なコップを覗いた。キラキラと光る氷は夕日に照らされ綺麗だ。結露がコップの下に溜まりポタポタと机に落ちた。
「ずっとあると思っていたものが突然消えるとわかった時、随分綺麗に見えるようになるわね」
「そうだなぁ。大切なものは失ってから気づくとよく言うが失うと分かってからも大切だったと気づくよなぁ」
「いつか終わるって分かってたんだけどね。私たちが子供の頃からずっとおばあちゃんだったし」
そう言いながら東雲はゆっくりとコップに口をつける。少しずつ減っていくレモネードは砂時計のようでコップから色が消えていく。コップはプラスチックなので東雲の握力に耐えられず少し凹んでいる。半分ほど飲み終わった時東雲はコップを机に置いた。
「あーおいしい。夏はやっぱりこれね」
「もう秋だぞ」
「暑いうちはずっと夏なのよ」
暴論だ。俺はそう思いながら口を開く。
「随分涼んだし、そろそろ話してもいいんじゃないか。急に地元に帰ってきてここに誘うなんて何があったんだ」
俺の言及に嫌気が刺すように東雲は外に目をやった。頬杖をつき夕陽を眺めている
「別に大した用は無いんだけど、なんとなく切屑がどうしてるのか気になったの。私、最近こっぴどくフラれちゃってさ、そこで失恋の先輩であるアンタに会いに来たってわけ」
東雲はレズビアンだった。
俺は昔にフラれていてそれ以降はいつも通りの友人になっていた。レズを理由にフラれた時、俺は驚きよりもなぜか納得してしまっていた。確信を持つ出来事があった訳でもないがなんとなく、というか心の中のどこかで思っていたのかもしれない。
「切屑ってさ、まだ私のこと好きなの?」
「好きだよ」
切屑は冷え切ったコーヒーを飲みながら答える。少しキザすぎるかなと思いつつもここで嘘をついてもしょうがないので言い切った。未練タラタラなのを少しでも誤魔化さないと格好がつかない。手が震えてコーヒーが揺れている。抑えるんだ。
「そう、別に私は同情とかないからね。私は私を曲げないし、私は私だから」
「別に、今更再チャレンジしようとしてるわけじゃない」
「よかった」
東雲はそう言ってレモネードを飲み干した。氷はかなり溶けていて味が薄そうだった。
「味がしない、、、」
「氷が溶けてたんだろ。早く飲まないから」
「最後の1杯にしては寂しいけどまぁいいかな」
東雲はいそいそと帰る準備を始めた。店内を見渡すと俺たちを合わせて五人ほどしかいなかった。もうすぐ閉店時間のようだ。俺も片付けていて、ふと東雲を方に目をやると夕日で左半身が照らされていた。左耳のピアスは光を反射して赤紫色に光っていた。
「そんな顔をまじまじと見て、どうかした?なんか顔についてる?」
「あ、いやなんでもない。ここは俺が出すよ」
切屑はゆっくりと席を立つ。だが、東雲は「私が出す」と譲らなかった。
「別にいいよ。今度なんか奢ってくれればいいし」
「いいや、私が出す、お願い」
お願いするようなことでもないだろと思いながら俺は会計を任せて外に出る。外は少し肌寒く冬を感じた。コートをそろそろ出さないといけないなと考えてると東雲が出てきた。
「じゃあね」
「ああ、じゃあな」
東雲はこの日を最後に連絡が取れなくなった。
この日の晩、海辺には東雲の物と思われる財布と靴、スマートフォンが発見され、警察曰く入水ではないかと言われた。東雲の親族はみんな死んでいて携帯電話に残っていた連絡先から、俺へ連絡があった。理由などは遺書がないため分からずにこの件は淡々と処理された。遺体は見つかっていないのでどこかで生きているかもしれない。そう思うと仮葬儀などしたくなかった。遺品もこのままだと廃棄なので俺が預かることになった。
なぜ入水したんだろう。
フラれたことによるショック?
あの日、解散するときに「またな」と付け足していれば東雲は死ななかったのか?
東雲が入水して1ヶ月。日々は過ぎていき季節は冬へと変わった。雪が降り、地面は凍結。例年に比べて特段寒いと言うわけではないが、冬は冬。寒い。
この日は仕事が長引いて帰るのが遅くなった。寒さと過労で頭がおかしくなっていたのだろう。なぜか俺は海辺のお台場へ来ていた。ふらりふらりと公衆電話へ引き寄せられていく。昔、東雲が言っていた、死人と話せる公衆電話だ。俺は引き寄せられるように扉を開けた。財布から無作為に小銭を取り出す。そこから10円玉をとり、電話の準備をした。
受話器を上げてお金を入れた。
だが、そのお金は何度入れても戻ってきた。そりゃそうだった。だってこの公衆電話は使えないと東雲が言っていたじゃないか。
俺はガラスにもたれかけてその場に座り込んだ。途端にバカらしくなり力が抜けたのだ。くだらない噂話に少しでもマジになるなんてよほど余裕がなくなっている。
「愛してるって、、、言えばよかったな」
夜が明けるまで俺は公衆電話に蹲りつづけた。受話器は一度も鳴らなかった。
夏が来た。例年より遥かに暑い夏。茹だるようなその暑さに耐えながら俺は喫茶店へ辿り着いた。去年潰れた喫茶店は完全に別の人が引き継ぐ形で喫茶店は続いていた。喫茶店ではあるもののかなり改修工事をして、メニュー等もガラリと変わった。コーヒーは前の店より美味しく、俺は満足している。今日もコーヒーを注文して中で飲もうと思ったら店内は満員で外で飲まざるを得なくなった。こんな暑い中外で飲むなど地獄だ。俺はパラソルの設置されている机にコーヒーを置き椅子を引いて座った。
すると一人の女性が俺の後ろにいるのに気づいた。店の方を熱心に見ている。困っている様子ではないので、俺は傍観していた。
すると俺の方へ来て質問を投げかけてきた。
「ここは喫茶店でしょうか。昔来たことある気がするんですが思い出せなくて」
彼女の顔は逆光になっていて見えずらい。声はかなり小さく、かろうじて聞き取る事ができた。
「喫茶店ですよ。今、店内は満員なので中で飲むことはできませんが外で飲むことはできます」
「そうなんですか。ありがとうございました」
そう言って彼女は店内へ入って行った。少しして片手にレモネードを持った彼女がこちらへ近づいてきた。
「ご一緒してもよろしいでしょうか」
少し驚いたが「どうぞ」と言って彼女は対面に座った。
「暑いですね。レモネードがピッタリです」
「そうですね。好きなんですかレモネード」
俺の問いに彼女ははにかむ。
「そうですね。なんだかここのレモネードは美味しい気がしたんです。不思議ですねぇ」
「ここには、初めてきたんでしょう?」
「はい。でも昔、ここに友人ときた気がするんです。あんまり昔のことは覚えてなくて、でもその友人はあなたのようにコーヒーを飲んでた気がします。ふふっ、すみません変な話をしちゃって。でもなんだか懐かしくて」
「全然いいですよ。もっと聞かせてください。その友人の話を」
たまに飲むレモネードは美味しいですよね。




