紬の離婚
紬は離婚したくなかった。
だが、夫の心は決まっていた。
弁護士から「離婚」は避けられないと伝えられた。
弁護士経由ではなく、夫に会いたいと紬は思った。
「主人に会わせて下さい。
会って、もう一度話がしたいです。
会えなければ、離婚届に署名しません。」
「分かりました。お伝えします。
ただ、離婚を回避することは叶わないと思いますよ。」
「………会わせて下さい。」
弁護士からの返事で、「どう謝っても、もう元には戻れない。」と夫が言ったことを知った。
離婚について、夫は急いでいないそうだ。
急ぐ必要が無いからだ。
再婚相手が居る訳ではない。
ただ、もう妻を信じられないから離婚することを決めたのだ。
だから、時間は幾ら掛かっても良いとも言ったそうだ。
2週間後、夫と会うことが出来た。
きっかけは夫の親だった。
夫の両親が「これから先の人生を生きるために早く終わった方が良い。」と言ったそうだ。
久し振りに逢った夫は窶れていた。
「久し振り……会ってくれて本当に……ありがとう。」
「……………久し振り………。」
「忙しいの? 今も……。」
「あぁ………立て直したといっても、まだまだだから……。」
「残業は?」
「以前よりは減ったけど…………おま……紬さんは?」
⦅お前……じゃなくなったのね。⦆「うん、元気よ。ありがとう。」
「それで? 俺は、もう話すことが無いんだけど……。」
「……そうよね。ただ、話し合いが少ないのに離婚は嫌だったの。
それに、謝っても元に戻れないのは分かってるんだけど………。
もう一度、謝りたかったの。
自分勝手でごめんなさい。
あなたを裏切って………ごめんなさい。」
「…………俺、本当に好きだったんだ。
たった一人の女性だったんだ。」
「……うん……ごめんなさい。」
「だから、許せない……これから先、たぶん何時までも許せないと思う。」
「……うん……ごめんなさい。」
「もう一緒に居ても苦しいだけなんだ。
だから、離婚したいんだ。」
「………もう、絶対に?」
「……うん、俺はね。誰かの代わりじゃ嫌なんだ。」
「………………………うっ………ううう…………。」
「俺じゃ駄目だったんだよな。」
「違うわ! 私が見失ったのよ。大事な男性を……。」
「………『壊れた花瓶を……』じゃないな。」
「?」
「……『壊れた欠片を辛抱強く拾い集め、それを糊で繋ぎ合わせ……』だったか
な………違うな………。」
「何?」
「『風と共に去りぬ』のレット・バトラーの台詞。
壊れた欠片を拾い集めて、糊で継ぎ合わせたら新しいのと同じだという考えもあ
るけど、壊れた物は壊れた物なんだ、って……。
そんな感じの台詞だった。」
「レット・バトラー………。」
「俺は勿論、レット・バトラーのようなイケメンじゃないけどな。
ただ、今の俺の気持ちを言葉にしたら、一番しっくりくるんだ。
もう、夫婦として壊れたんだよ。
だから、継ぎ合わせても無理だ。俺はね。」
「あなた………。」
「もう慰謝料とかはいいよ。」
「あなた……。」
「もう何も要らないから……離婚してくれないか?
もう、疲れたよ……。」
「…………ごめんなさい………ごめん………ごめん……ごめんなさい……。」
別れは決定的だった。
もう夫は二度と帰ってくれないと紬が理解した瞬間だった。
優しい夫は慰謝料を要求せずに離婚届提出だけを要求し、紬はその要求を呑むのに時間が掛かった。
夫は何も言わずに待ってくれた。
そして、弁護士の目の前で紬は離婚届に署名した。
その場に夫は居なかった。
⦅もう二度と会えないんだ………今更……今になって……私……。
私……誰を愛していたか……やっと分かったわ………。⦆
署名した後、弁護士に頭を下げて「あの……無理しないで下さい。って伝えて下さい。窶れていたので……元気で居て欲しいと……そう伝えて下さい。お願いします。」と言った。
弁護士は「必ずお伝えします。」と言った。
弁護士事務所を出た紬に空の青さが目に沁みた。




