紬との決着
父に言われた日時を紬に伝えるより前に、紬が家の前で待っていた。
「!…………どうしてここに居るんだ!」
「会ってくれないから仕方ないじゃないの。」
「帰れっ!」
「嫌よ!」
泣き叫ばれたら困ることになると思った俺は、紬を家から離れた場所へ連れて行った。
そこは初めて入る店だったが、静かとは言えない店だった。
そこに都合よく一つだけ和室の個室があった。
それも幸いなことに空いていて、店員が「個室しか空いてませんので、個室で宜しいでしょうか?」と聞かれた。
「その部屋でお願いします。」と言うと、店員は「どうぞ、こちらでございます。」と案内してくれた。
「私……悪かったわ。」
「何がだ?」
「他の人とSEXして妊娠したこと……ごめんなさい。」
「………そんなことを考えるだけで吐き気がする。」
「でも! 子どもが出来たら結婚して貰えると思ったのよ。」
「俺は相川紬さんとの結婚など一度も考えたことは無い。」
「酷いっ!」
「君がそう言ったんだよな。
そう言って俺を好きだと言った。違うか?」
「そう言わないと付き合って貰えないじゃない。」
「最初から騙すつもりだったんだな。」
「騙すとかじゃないわ。
「騙しただろ? 違うか?
家庭を壊したくないから後腐れない関係を!って言ったよな。」
「………言ったわ。」
「俺は、その時に言ったよな。
家庭を壊すようなことをしたら別れるって。
言ったよな!」
「………ええ………言ったわ。」
「覚えてくれてて良かったよ。」
「貴方………。」
「約束通りに、この関係は終了したんだ。」
「嫌よ! お願い。もう二度とこんなことしないわ。
だから、捨てないで!」
「約束を違えたのは君だ。」
「お願い!………貴方……愛してるの。」
「愛してないよ。俺は………。」
「貴方! 愛してるって言ってよ。」
「終わりだ。」
「嫌っ! お願い。お腹の子は堕ろすから……。」
「まだ、堕ろしてなかったのか………。」
「貴方のことばかり考えてたのよ。」
「俺には関係ないことだ。」
「貴方と結婚したかったからしたことなのよ。」
「俺が望んだことじゃない。
じゃあ、これで話は終わりだ。
二度と、こんなことするなよ!
二度とプライベートで俺の視線に入るな!」
「待って! お願いだから……待ってよ。」
「注文した食事が来る頃だろうから、相川さんはそれを食べて帰って下さい。
では、お願いしたこと、宜しく!」
「貴方!」
紬の泣き声が聞こえて来たが、俺は無視して支払いを済ませて店を出た。
⦅これで終わればいいんだけどな……。⦆
相川紬がまだ堕胎していなかったことに驚いた。
何故、直ぐに堕胎しなかったのか不思議だった。
俺の子ではないと分かっているのに……夫の子でもないのに……堕胎を直ぐにしなかった訳が分からなかった。
父に紬に会ったことを話した。
父はそれでも決着を付けるために、「会う!」と言った。
父の言う通りにしようと思い、翌日、会社の給湯室で紬に話した。日時と場所を……。
紬は勘違いをしている様子だ。
目を輝かせている。
用件だけ簡潔に話して、俺は席に着いた。
⦅今日で完璧に終わりにするんだ。……終わりに出来るんだ。⦆と思った。
父が指定した日時、場所に俺は着いた。
先に到着していたのは両親だった。
3人で待っていると、紬がやって来た。
「えっ? あの………何方ですか?」
「相川紬さんだね。」
「はい。」
「私達は、これの両親です。」
「お父様とお母様でいらっしゃいますか!
お会い出来て、こんなに嬉しいことはございません。」
「何か勘違いされているようですわね。」
「えっ?」
「そうだな。盛大な勘違いだな。」
「かんちがい………。」
「別れ話が思うように進んでいないと息子から聞いてね。
親が出るのは変なんだがな。
たかが愛人との別れ話に……。」
「あいじ……わかればな………。」
「息子と縁を切って貰おう。きっぱりとな。」
「……あ………いや……です。」
「愛されてないのに執着するのは悲しいことですよ。
息子は貴方に愛を求めてなかったでしょう。
一時の快楽だけ求めていたんです。分かってらっしゃいますよね!」
「………………愛もあったと………。」
「全く無かったよ。可愛いと思う瞬間はあったけど、ね。」
「でも! 貴方は家庭を顧みなかったわ。」
「それは、君は言う台詞じゃないよね。
君は君のご主人に言われる台詞だよ。」
「お腹の子は息子の子ではない。
間違いないね。」
「は……い。」
「堕胎の費用も持たないよ。こちらは……。」
「……はい。」
「慰謝料も発生しない。分かるね。」
「………は……い。」
「この関係は終了だ。いいね。」
「………………いや………。」
「では、こちらからご主人とご両親にお話しよう。」
「え………………。」
「お話したら、こちらも失うものがある。
だが、こういう不毛な関係は終わりにしないとな。
お互いの為に……分かりますよね。」
「…………………うっ……ううう………。」
「今は悲しいでしょうけれども、この選択が間違いではないと思う日が来ますよ。
息子とは終わりにして下さいな。
貴女の為でもありますわ。」
「…………ううう…………。」
「これは少しだが、親としての区別を付けさせて貰います。
受け取って頂きたい。」
「…………要りません。」
「受け取って頂けないのですか?」
「要りません! バカにしないで!」
「息子と別れて頂けるんでしょうな。」
「ええ、別れます。こんな目に遭わせても平気な人だって分かりましたから!
ええ、ええ別れますとも! こんな人……。こんな………。
最後に目も合わせてくれない……そんな人……こっちから縁を切ります!」
それから、相川紬とは二度と男女の仲には戻らなかった。
俺はホッとした。




