すみれと紬
⦅遅くなってしまった。
あぁ……玄関を開けるのが辛い。
もう、家には帰らずに……否、それは勇気が要る。
あぁ、嫌だなぁ~。⦆
そんなことを毎回思う。
俺は出張から帰宅して玄関を開けた。
⦅暗い。
あれっ? 暗いぞ。もう寝たのかなぁ~。
もう寝たんだろう。
朝が早いから、俺ももう寝よう。
シャワーはいいや。浴びて帰って来たからな。⦆
そう思い、パジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。
夜の帳が下りていた。
妻のことなど忘れて、今日の出来事に思いを馳せた。
そのうち段々と瞼が重くなった。
俺はいつの間にか寝ていた。
朝になっても妻に起こされなかった。
スマホから流れる目覚ましの音を聞いて、俺は起きた。
スーツを着てリビングへ行った。
妻の姿が無かった。
「あれっ? すみれ?
あれっ? 食事の支度もしてないな。
何だよ! 先に行くなら朝食くらい作ってから行けよな。
ほんとに!」
苛立ちながら、取り敢えずコップ一杯の牛乳を飲んで俺は会社に向かった。
会社に向かいながら苛立ちは募った。
⦅すみれの奴!
家事もしてなかったな。
共働きと言っても俺の方が忙しいんだから仕方ないだろ。
そんなんだから………だよ。⦆
会社では仕事のことだけ考えた。
それが俺という人間なんだ。
「あの……係長。 資料です。」
「あ……ありがとう。」
資料とメモが渡された。
⦅今夜も? そう続けたら気付かれる。
バレないようにしないとな。⦆
「あ……相川さん、悪いけど相川さんだけで処理して。
頼むね。」
「……はい。分かりました。」
席に戻って行く彼女を俺はつい見てしまう。
⦅駄目だ、駄目だ。見ている所を誰かに見られたらヤバい!⦆
俺は部下の相川紬と深い仲になっていた。
相川紬から「好きだ。」と告白された俺は、そのまま上司と部下ではなくなったのだ。
出張という名の旅行をして帰ったばかりなのに、可愛い紬は今日も会いたいとメモを寄越したのだ。
俺の頭の中に妻の姿はなかった。




