6
月のない夜。
町役人の家――石造りの二階家。表向きは何の変哲もないように見せかけているくせに、塀の上には新しい鉄条、窓枠には金具の補強。金の匂いが、こういうところには正直に滲む。
「……庭に犬がいるわ。書斎に1人。それ以外の家人は寝入っているわ」
ビアンカが囁く。白銀の耳が、暗がりの音を拾ってわずかに動く。
ロイドは頷くだけで返した。黒いフードの奥、獣の目が窓をなぞる。
「手は出すな。――いつも通りだ」
「わかってる。うちのルール、忘れるほど寝ぼけちゃいねえ」
ロイドの言葉にグルドが冗談めかして返す。ビアンカの指先はもう塀の陰で合図を切っていた。右、屋根。左、裏口。二拍置いて、撤収路。
暗闇に溶けていた影が、ひとつ、ふたつと配置につく。テルマが屋根の端に腹ばいになり、軽く手を上げた。ネイサは裏庭へ滑り、扉の隙間に小さな楔を差し込んで、万一の時の音を殺す。
入りたての若手が最後尾で、路地の奥を見張っている。上手く体を隠せていないが、夜に紛れる技は回数を重ねて覚えるしかない。
いつものように、皆より先にビアンカが塀を越え、庭の暗がりへ静かに着地した。
裏口の近く、犬小屋から低い唸りが漏れた。
身を屈め、声ではなく息で呼びかけるように喉を鳴らす。犬は一瞬、警戒のまま鼻を鳴らし、次いで尻尾の動きが鈍くなった。ビアンカが掌を柵越しに差し出すと、犬はためらいながらも鼻先を寄せ、そこで眠気に負けたように伏せた。
ロイドは、塀の上からその様子を一瞥し、目だけで背後に『よし』と告げる。
裏口の鍵は、外から見れば堅牢だが、ネイサが細い器具を指に挟み、二度ほどひねると、小さく震えただけで音もなく開いた。
ロイドが指を二本立て『侵入』の合図を送る。静かに影が流れ込む。
目的は一階の書斎。管理料を預かる役人が、帳簿の数字を弄り、掠め取った分を自分の床下へ回している――そういう“いつもの”手口。
書斎は、扉の外からでも紙とインクの匂いがした。ビアンカは肩で合図する。中に一人。
ロイドの指を振り、ビアンカが静かに扉の下から香を流し込む。数秒で中から“ゴンッ”と何か重いものが落ちる鈍い音がした。
扉を開くと、ランプの残り火が机上で赤く呼吸している。椅子に突っ伏した男――役人本人が、帳簿を開いたまま、指先にインクをつけて眠りこけている。
テルマが窓辺に立ちカーテン越しに外を見つめて、小さく指を回す。『見張り、変化なし』
ビアンカは忍び足で男の背後に回り、そっとランプの芯を落とした。光がさらに細くなる。
回収部隊が次々と部屋へと侵入し、金品の隠し場所を探り当てる。
若手に指図をしていたグルドが、机の上の帳簿に目を落とし、眉間にわずかな皺を寄せた。
「……これだけ抜いて、よく胸が痛まねえもんだな」
「平気だから抜くのよ。罪悪感があるなら、最初から手を出さないわ」
テルマが囁く。声に怒りが混じりかけるのを、噛み殺すように。
ビアンカは、ロイドとともに部屋の片隅に立って、皆の動きを見つめていた。
ぐるりと見まわすと、書斎の壁には、絵画と本棚。だが本棚の一角だけ、埃の積もり方が違う。
ロイドのマントを引いて、本棚に近寄り、ビアンカが鼻先を寄せる。
「……ここ。木の裏、金属の匂いがする。あと、甘い香水」
「女か?」
「そういう方向の“女”じゃないと思う。高い香水。たぶん、貴族階級……なんか嗅いだことある匂いよ」
ロイドは本棚の縁に指を差し入れた。板の逃げを探す。二度、三度。――小さな抵抗のあと、内側で小さく金具の外れる音。本棚全体が、ひと息分だけ横へと滑る。
奥に隠し扉が現れた。
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