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「ロイド。今度やってきた保安官。あの目は危ねぇな」
2人が出て行き、執務室の部屋の扉が重い音を立てて締まると、ヨナスがそう静かに発した。
「あぁ……ジェラルド・ワトキン。昔出会った男と、同じ匂いがする」
ロイドは、出されたお茶を一口すすって、頷いた。
「恐らく、誘拐事件にもあいつが関わってる。じゃなきゃ、警備の眼をかいくぐって、国外にこれだけの数の子どもを連れ去るなんてありえない」
ヨナスは、ロイドのその言葉に考え込んだ後、言葉を選びゆっくりと含むように話し始めた。
「売買は、恐らくもっと高位の貴族も複数関わってるだろう。ただ、あの保安官の目的は、そっちじゃない」
それにはロイドも気づいていた。あの男がこの町にやって来て、増えた手配書の数と報奨金の額。
どこから手を回したのかわからないが、保安警備にあたる兵の数も以前の倍になった。
そして……心をざわつかせるのが、ビアンカの手配書の仕様だ。
仕事をする時は、皆マスクにフードをする。それなのに、ビアンカの美しい白銀の被毛と、晴れた日の湖面のような青い瞳が人相描きに描かれていた。
奴は、ビアンカを知っている。そう気づいた時に毛が逆立つような不安を覚えた。
「なぁ、ロイド。崇高な使命を感じて、皆の為にと動くおまえたちは立派だよ。ただな……それだって命あってのことだ」
ロイドは、ヨナスのその言葉に俯いていた顔を上げ、目の前の男の姿を見る。そして揶揄うように言った。
「自分の正義をつらぬいて、あちこちいろんなもんを無くしてるあんたが言っても、今一つ響かねーけどな」
ヨナスは片眉を上げて、口を歪める。
「真面目な話だぞ、ロイド。ビアンカは強い女だ。だからって幸せな家庭を夢見ないわけじゃない。あいつのことも考えてやれよ?」
ロイドは、細く長い息を吐いてソファーに体を沈めた。
「……言われなくたって、んなことはわかってるよ」
ビアンカは、マチルダとともに孤児の集まる礼拝堂へと向かった。
マチルダには汚い話は聞かせたくない。ロイドが危ないことをしている、という心配もさせたくなかった。
礼拝堂の奥の丸い部屋。
高い天井には大きくはないがステングラスがはめ込まれ、そこから色とりどりの光が床に降っていた。
「あ!ヴィーが来たぁ」
小さな少女が声を上げると、若い修道女と一緒に籠を編んでいた子どもたちが、いっせいにこちらに駆けてくる。
「マリア、ルイーズ、コレットも。いい子にしてた?ブルースとフィンは、小さい子たちに優しくできてた?」
ビアンカの問いかけに、口々に自分たちがいかに良い子で過ごしていたかを話し始める。
それを少し大きい子たちが笑いながら見つめる。その様子にビアンカは、少し大人びた少年少女たちにも偏りなく声をかけた。
「ショーンもキグナスも、力がついて庭師のブルースさんの手伝いをすごく頑張ってるってさっき聞いたわ。テルマとエイミーは、ヴァネッサさんと一緒に厨房でパンを作ってるそうね。凄いわ」
照れくさそうに彼らがモジモジとする。
「最近は、この子たちが大きくなったから、本当に助かっているのよ。皆賢いし、本当にいい子たち」
床に座って籠を編んでいた尼僧の1人が大きいお腹を抱えながら、立ち上がる。
「ミルバ! 無理しないで。まぁ、1か月で、もの凄くお腹が出てきちゃったのね」
「そうなの。それにもの凄く動くようになって。見ててもわかるくらいだから子どもたちが驚くのよ」
ミルバは、そう言ってビアンカの手を取ってお腹にあてた。
「……なんだか、ポコポコしてる? 不思議だわ。それに素敵」
ビアンカは、その手に伝わる不思議な命の輝きに感動していた。
「ビアンカもすぐなんじゃないの?」
座り込んでこちらを見上げている尼僧のレオニアが、ニヤニヤしながらそう言って、小さい子に作った籠を持たせ遊ばせている。
「そうよ、レオニアの言う通りだわビアンカ。マチルダさんだって、他所の小さい子より自分の孫を抱きたいって思ってるかもよ」
ミルバのその言葉に赤くなりながら、マチルダを見ると、マチルダもちょっと頬を赤くしている。
「ビアンカ、子どもは授かりものだから、この人たちの言うことは気にしないのよ?それに自分と血が繋がっていなくてもどの子も孫のようなものなの」
マチルダの言葉はいつだってとても優しい。
しばらくするとロイドとヨナスも礼拝所にやってきた。持って来たパンやお菓子を子どもたちや他の神父、使役人たちと分け合い、ヨナスたちの旅の話を聞いた後、暗くなる前に帰路についた。
来る時よりも軽い馬車で夕日で染まり始めた街道を進む。
「明日、昼間はテルマやネイサと一緒に籠を売りに行ってみるわ。お花を詰めると売れ行きがいいし」
カタカタと言う振動に触れるロイドの肩の温かみ。ビアンカは幸せな気分に浸っていた。
「夜は、また下見に出るから、無理はするなよ。なんなら今回の下見は、女たちは抜きでもいいぞ」
ロイドのその言葉に、ビアンカは頬を少し膨らませる。
「ロイドは、女は家にいなさいってタイプだったの? やぁねぇ。時代錯誤」
「そうじゃねーよ」
笑いながら、そんなやり取りをする。
静かな夕暮れ。ずっとこんな日が続けばいいのに、ビアンカは心の内でそう願った。
遠くで遠吠えが聞こえる。
「あ、テルマが、夕飯は食堂で食べるのかって聞いてる」
ビアンカは、細く白い首を伸ばして軽く顎を上げ、少し高い声で遠吠えを返し始めた。しばらくその姿を眺めていたロイドが、おもむろにその首筋に唇で触れる。
驚いて遠吠えが途切れたあと、ビアンカは真っ赤な顔でロイドを睨んだ。
「ちょ、ちょっと! 遠吠えの最中にこんなことしたら、世界中に何されたかバレちゃうじゃないの!」
「いいんだよ。ヴィーは俺のって皆知ってるし」
「そ、そういう問題じゃないからっ!恥ずかしいでしょ! ロイドのエッチ。エロ野郎」
ポカポカとロイドの肩を叩いていると、今度は腰を抱かれて熱烈な口づけを見舞われる。
しばらくうっとりとそれに浸っていたら、急に荷馬車が傾いた。制御されていない馬が、草を食べようをして端に寄ったようだ。
車輪が落ちるすんでのところで、ロイドが慌てて手綱を引き、荷馬車が倒れるのを防いだ。
「あ、危なかったな…」
そして、そのあと2人でおかしくて笑い合いながら夜道を馬車で揺られながら進んだ。
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