17
長い、長い変革の時代だった。
ロイドは若い獣人たちの先頭に立ち、この国の流れを変えるために力を尽くしてきた。
仲間のために。
ビアンカが願った、公平に生きられる世界のために。
王政が崩れ、共和制へと移り変わり、獣人が議会に座ることを許されるまでになった。町の空気がようやく落ち着きを取り戻すころには、五年の歳月が過ぎていた。
「ロイド。本当にここを出るのか」
教会の小さな部屋で荷をまとめる背に、ヨナスが声をかけた。
かつての「黒牙の群れ」は、今では「正牙の党」と名を変えている。虐げられてきた獣人たちの声を世に届け、若い者たちが政治に関わる道をこじ開けた。
「ああ」
ロイドは振り向かない。
「もう、俺がここにいる理由はない」
戸口にもたれたヨナスを見ようともせず、木箱に荷を詰めていく。
議会に加わるようになって二年。
旗印として立ち続けてきた男は、ようやくその役目を手放そうとしていた。
動いているあいだだけは、考えずにいられた。
あの日のことを。
崖の縁で、ビアンカを失ったあの瞬間を。
ジェラルドの屋敷の地下から見つかったものが、国を動かした。獣人の剥製。人身売買の証拠。名を連ねた貴族たちの記録。
それで多くが失脚し、国外からの非難が押し寄せ、血を溢れさせる大きな反乱もなく、国は変わった。
変わらないのは
――ビアンカがここにいないという現実
「……ビアンカを探しに行くのか」
その言葉に、ロイドの手が止まる。
ほんの一瞬だけ。
やがて小さく息を吐き、また荷に手を戻した。
崖から消えたビアンカは、とうとう見つからなかった。
周辺をどれだけ探しても、遺体ひとつ上がらなかった。
「ヨナス。俺は」
ロイドは低く言った。
「ずっと、ビアンカと生きてる」
ヨナスは何も言わない。
ロイドはこの五年、何かを決めるたび、何かを壊すたび、胸のどこかで問いかけてきた。
ビアンカならどう思う。
彼女は、これを望むだろうか、と。
「俺の中では、あいつがこの世にいるかどうかなんて、もう関係ないんだ」
最後の荷を収め、蓋を閉じる音が小さく響く。
その音のあとで、ロイドはようやく振り返った。
「なあ、ヨナス」
目は驚くほど静かだった。
「俺たち、よくやったよな」
返事を待たず、少しだけ口元をゆるめる。
「だから、少し休みたい」
凪いだ水面のような顔だった。
この五年、ロイドは獣人たちのために、持てるものをほとんど投げ打ってきた。立ち止まれば飲み込まれてしまうものから逃れるように、ただ前へ進み続けてきたのだと、ヨナスにはわかった。
だから、もう引き留められなかった。
「ロイド」
ヨナスは戸口に立ったまま言う。
「マチルダも俺も、ここにいる。おまえの帰る場所はなくならない。それだけは忘れるな」
ロイドは答えなかった。
木箱の中のものは皆で好きに分けてくれとだけ言い、革の大きな鞄を肩に掛ける。
すれ違いざま、ヨナスの肩を軽く叩いた。
それだけで、部屋を出ていった。
扉の向こうへ消える足音は、思ったよりも静かなものだった。
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