15
「誰が。誰がそれを知ってる? 死んだこいつらか?」
長年つきあってきたグルドですら寒気を覚えるような声で、ロイドはそう聞き返した。
「ミルバだ。ミルバが彼女が崖から落ちていくのを見てた」
ロイドは踵を返して馬に乗ると、崖下へと続く林道とも言えない坂を下り始めた。
「ロイド! この下は切り立った岩と濁流しかない。落ちれば粉々だ」
グルドの声が後を追ったが、ロイドはその声には反応しなかった。
崖を駆け降りると、切り立った岩が並ぶ断崖の周辺を川に沿って、流れを下る。
岩場の草むらに差し掛かった時、木立から人の腕が見えた。
馬を下り、駆け寄ると、ちぎれた腕だけが落ちていた。
『ビアンカじゃない』
傷だらけのその腕には見覚えのない刺青が見て取れた。
再びロイドは、馬を駆け下流へと向かう。
山間から流れ出る水の勢いは衰えず、支流を束ねて大きな流れになってようやく落ち着いた水面が見えた。
川沿いを何一つ痕跡を見逃しはしない、という勢いでロイドが走り回っているうちに、すっかりと周囲は暗くなり、足元もおぼつかなくないほどになっていた。
「ロイド! テルマが何人か連れて周辺を探してくれてる。おまえ王都でクレイグ卿たちと今夜の皇宮での話し合いに行かないといけないはずだろう?」
後を追いかけて来たグルドの言葉に、ロイドは顔も上げずさらに下流に向かって馬を駆け始めた。
「まて、ロイド! おまえの動きに『黒牙の群れ』に関わる全員の未来がかかってるんだ。気持ちはわかる。だが、捜索はテルマに任せて、おまえはいったん王都に戻るべきだ」
グルドにはもちろん、痛いほどロイドの気持ちがわかっていた。
しかし、反乱の英雄である『黒牙の群れ』のリーダーであるロイドが抜けてしまっては、せっかくの改革の流れに大きく水を差すことになる。
貴族との軋轢の中で命を落とした獣人はビアンカだけではない──その現実を、ロイドは誰より知っている。知っているからこそ、今この瞬間だけは、全部を投げ捨ててでも川を下りたかった。
「……未来、未来って。俺にとっての未来は、あいつだ」
ロイドは馬の腹を蹴り、さらに濁流の川を向こう岸へと渡ろうとする。だが、横から伸びた腕が、手綱を荒々しく奪った。
「やめろ、ロイド!」
グルドが馬を並べ、身体ごと進路を塞ぐ。暗がりの中で、彼の片目がぎらりと光った。
「川に飲まれてお前が死んだら、どうするんだ」
「俺が死んだら? ……俺一人が死んだところで──」
「『黒牙の群れ』は獣人と平民の希望だ!黒狼王の姿は、おまえだけのものじゃないんだ」
グルドの声が低く落ちる。叱責でも命令でもない。古い傷口を指で押し開くような、冷たい事実の提示だった。
「そのことは、ビアンカが……彼女が一番わかってたはずだ」
ロイドの顎が震えた。
「わかってた? そんな言葉で俺を動かそうとするな。あいつのことは俺が一番わかって——」
「ビアンカこそ、おまえのことを一番わかってた。あいつに約束させられていたんだよ」
グルドは一歩、さらに近づく。馬と馬の肩が触れ、革具がきしむ。
「ロイド。彼女は自分にもし何かあったら……おまえをなんとしてでも前を向かせて欲しいって俺に頼んだんだ」
ロイドはその言葉を聞きながら、顎に力を入れた。
「こんな仕事だ。身の危険があることは、みんなわかってただろ?もし……もし、おまえがここで群れから外れたら。明日から誰が矢面に立つ? 誰が貴族の前で『黒牙の群れ』を“害獣”じゃなく“人”として扱えと突っぱねられるんだ? 獣人に正当な権利を与えろと言える? 」
ロイドは手綱を握る拳に力を込めた。爪が革に食い込み、ぎしりと音がする。
「俺がいなきゃ――ダメなのか。革命が潰れるとでも言うのか」
「ああ、間違いなくこの革命が上手くいかなくなる」
グルドは迷いなく言い切った。
「今夜の皇宮の会談の席にお前がいなけりゃ、改革派は“獣人は結局、血に呑まれて理性を失う”って言うだろう。そうなれば、明日狩られるのは誰だ? お前の仲間だ。──ビアンカが守ろうとした連中だ」
ロイドの喉の奥で、獣の唸りがくぐもった。否定したい。噛みつきたい。だが、理屈は正しい。正しいから、腹の中が焼ける。
「……他の奴じゃダメなのか? 俺は——俺は、ここで——」
「おまえじゃなきゃダメだ。代わりはいない」
グルドが遮る。
ロイドは歯を食いしばり、川面を見た。闇の中、黒い水が鈍く光っている。地面に散ったおびただしい血しぶきが脳裏に焼きついたまま、何度も何度も水面を探してしまう。
——白銀の毛。青い目。あいつの匂い。
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