[#5-スピーカーからの音はリアリティを追求し過ぎているので、もっと機械音をノイズとして混じえてほしい]
[#5-スピーカーからの音はリアリティを追求し過ぎているので、もっと機械音をノイズとして混じえてほしい]
あの日以降、ティヒナからのメッセージが届く頻度が格段に上昇した。その文言と言うのも⋯
『もう寝た?』
という言葉から始まるもの。オレは夜、携帯デバイスをいじったりやら、映画を観たりで時間を潰している生活を送っているので、誰かと“交信する”なんてそんなものを体験した事が無い。ルシースとレノルズとも、夜にはそのような会話をした事が無い。
あくまでも二人は、学校内での関係性。それ以上でもそれ以下でも無い。まぁ何かあれば連絡は来ることは来るけど、そんな滅多な事じゃない限りはやって来ない。
オレもしない。二人に対して、早急に応答が必要な問題が身の回りで起きない限りは絶対に無い。
そんな嫌ぁな事を言っているオレに、彼女は何の隔たりもとっぱらって相手をしてくれる。
オレ以外にも絶対、話し相手なんているに決まってるのに、ティヒナ…そうか、さっきオレはティヒナのことを『彼女』と豪語したけど、ティヒナは彼女なんだよな。
しかもなんだよ⋯⋯⋯。オレは、ティヒナの前では『ティヒナさん』と言ったり、ティヒナがいないオレだけの状況だと、『ティヒナ』と親しみを込めて表現している。
この差ってなんなんだろうか。
これに深い意味は無いとは思うけど⋯⋯。
自分でもかなり気持ちが悪い。それでも自然とティヒナの事は、本人を目の前にしてしまうと『ティヒナさん』と言いたくなる。そう言わなちゃならない⋯と思ってしまうんだな。
でもまぁ、あのような大観衆に包囲された狂乱を経験してしまうと、嫌でもオレは彼女の“凄さ”は身に染みて感じ取っていった。
失礼⋯。オレのインナースペースが長引いてしまった。こんな事を考えている内にも、“彼女”とのチャットメッセージは継続されている。
『今日のこと、ヒナがちょっと気になったところがあって、それについてお話がしたいんだけどいい?』
え、なんだろう⋯それって、まさか、オレの⋯⋯⋯いや、まさかな⋯でも、非現実的な場面が彼女の身に降りかかっていたのは事実。それでも彼女には感覚器官に麻痺をかけたつもりだ。現実を直視出来ない特効をティヒナは受けて、オレは大観衆の中を駆け抜けた。誰の目にも追えない速さでな。
それをまさか、彼女は、、、、、
取り敢えず、返信しよう。
『うん、分かったよ』
『電話、いい?』
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯いっか。
『うん、大丈夫だよ』
『ありがとう』
そのテキストを受信した直後、ティヒナからの着信が掛けられた。オレはコールを待たずして直ぐに彼女からの電話に手を伸ばした。伸ばした⋯っていうか、『待ってた』という言葉が正しいのかな。長く待たしても良くは無いないだろうし。⋯そう思ってたんだけど、彼女のリアクションは意外なものだった。
『もしもし!』
勢いあまってオレはティヒナへ、力強い言葉を投げてしまった。暴投にも近い言葉にティヒナは驚く。その証として、かなりの引き気味な息巻きが聞こえてきた。
『えぇっ、ど、どした??だいじょぶ?』
『あ、いや⋯ご、ごめんなさい⋯』
やっぱりオレ、だめだな。電話中でもこうして敬語になっちゃう⋯。
『ううん、ごめんね。急に電話なんかお願いしちゃって、迷惑じゃない?自分の部屋に居る感じ?』
ティヒナにはオレの家のレイアウトを話していた。どういう経緯で、自分の家の内装を明かした⋯かと言うとそれはもう単純明快。彼女の家に上がらせてもらったからだ。あ、もちろん、彼女の方から『知りたい!イゾラスの家の感じ知りたい!』と願い込んできたからだ。
その時の瞳の輝き、と言うか、『え、そこまでして知りたいの⋯?』と言わんばかりの眼差しはちょっと⋯凄かったな⋯。
“画ヂカラ”。
ティヒナはやっぱり、見ていて気持ちがいい程に、可愛い。カーマ・ノドンス高等学園の赤色制服がほんと似合うよ。
『そ、そうだよ。だから大丈夫』
『そう、だったら良かった。それでね、話っていうのは⋯』
『今日の事⋯だよね』
『まぁ、だよねぇー。そりゃあそうだよね』
まぁ、当たり前だよな。このまま無視して日付変更をヨシと出来る訳が無い。気になって眠れない⋯とはまさにこのような事象の為にある言葉だ。
『イゾラスはさ、いつから私に敬語を辞めてくれるの?』
『⋯⋯⋯⋯⋯え、そ、そんなこと?』
『うん、あ、正確には、今日の事、と言うよりも、“いつも思ってた事”っての方が正しいかな。もうさ、いつ治してくれんのかなぁって思って』
『敬語を⋯辞める⋯⋯』
『うん、どうしてイゾラスは私にさん付けをしたりするの?』
『それは⋯⋯オレが、ティヒナ⋯⋯ティヒナに見合う男じゃ無いから⋯』
『見合う男じゃ無かったから、さん付けしなきゃいけないとか、そんな事は無いと思うよ、絶対に』
『そ、そうなのかな⋯⋯オレ、自分から告白したのに、未だに実感が湧かないんだ⋯。それが、、なんと言うか、その⋯⋯ティヒナ⋯さんを彼女として⋯見れない原因なのかもしれない⋯』
『⋯⋯⋯⋯⋯イゾラス⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯』
ティヒナの声が止まった。ネット回線は正常に作動している。それにスピーカーからはティヒナの家の環境音がほんの僅かにだが聞こえて来ている。あと、“息”も少し⋯。
『イゾラスはさ、私が『イゾラスさん』って言ったら、どう思う?』
『それは⋯⋯⋯』
言葉に詰まった。分かりやすく。出来すぎたシナリオだ。
『ほら、嫌でしょ?なんだかこの二人って距離感あんのかなぁ⋯って思われたりすると思うんだよね。他の人たちに。客観的に見ても、やっぱり嫌だもん。対等じゃないのかも⋯って思われても仕方ないよ』
『そうなんだ⋯こめんなさ⋯あ、いや、ごめん⋯』
『謝るのもやめて』
『え?』
『イゾラスはずっと私の前で謝ってばかり。それだと何も始まらない。かと言って、何かが終わったとも思えない。ずっと駐停止してるみたいなんだよね。イゾラスは私との関係性、こんな感じのままでいいの?』
『いや!⋯⋯』
『ンフフ、それ、本気で思ってる時のリアクションだよね。熱量ちょっと伝わって来たかも』
『あ⋯⋯じゃあ“ごめん”じゃなくて、何を言えば良いのかな⋯』
『“ありがとう”』
『ありがとう⋯⋯⋯ありがとう⋯か』
『イゾラスは、どんな時にありがとうって言ったことある?』
『うーん⋯⋯⋯えっと⋯⋯⋯どうだろう⋯⋯⋯』
『え、嘘でしょ』
あ、まずい⋯やってしまったか⋯これはさすがに過去を曝け出し過ぎたか⋯。
『ありがとうって、言ったことあるよね?』
『も、もちろん!モチロン⋯あります、、、よ』
『ンフプフン⋯イゾラス、別にそんな事でヒナ、イゾラスのこと嫌いになったりとかしないから正直に言ってみな?』
『あ、、、、』
『ね、どうなの?“ありがとう”って、言ったことないんでしょ?』
客観的に見ても、この問答が起きてしまうこと自体、おかしな事だ。そんなことぐらいわかっている。分かってんだけど⋯⋯ティヒナは集中攻撃を食わらしてくる。もはやオレの思考内部から、“否定”という意味に属する言葉を全却下しているようだった。
でも、ティヒナによるその集中攻撃は大正解だ。
『うん、オレ⋯⋯“ありがとう”ってちゃんと面と向かって言ったこと、ないかもしれない』
『ルシースとレノルズには?』
『アイツらにも、、、、そうだな⋯ありがとう⋯か。うーん⋯無いかも⋯どうだろう⋯⋯あるのかな』
『そっか⋯。イゾラスって、ほんと面白い人だね』
『面白い?⋯⋯オレが?』
戸惑いの声色。そんなオレに対して耳に貫き通されるのは、美しくも気品のある甲高い笑い声と、音符が喋っているかのような心地の良い音色を帯びた彼女の声。音符にも組み合わせによって、低い音をコントロールすることが出来るけど彼女の場合は、その全てが他人をマイナスな気持ちにさせない音を中心的に構築されている。
『うん!イゾラスはね、ヒナが今まで出会ってきた男の子の中で、一番おもしろい!』
『あ⋯⋯⋯あ、、、あ、、』
『ん?イゾラス??どしたの?大丈夫??』
ティヒナの声が聞こえる。聞こえるけど、それに応答出来ない。どうしてだろう⋯あれ、オレ、声出してるつもりなんだけど⋯携帯のスピーカーから聞こえてくるのは、次第に激しくなる可愛い女の子からの問い掛け。
『イゾラス!?大丈夫?!』
『あ、⋯⋯うん、ごめん、、、』
『ちょっと⋯⋯どうしたのよ、急に過呼吸みたいな感じになっちゃって⋯』
『あの、、凄く、嬉しくて⋯』
『うん?嬉しい??⋯⋯あー!ヒナが“面白い”って言ったから?』
ここで『うん?なんで?』と言わない辺り、ティヒナは全てを悟っていた上でオレに一段のマットという名の“質問”をしたんだな。
───────────
私からの『面白い』で気を失うぐらい嬉しいあまりに昇天た⋯。
───────────
そんな事が、男性経験豊富な彼女からしたら容易に判断出来たんだろう。でも、そこでティヒナは一切の間を置かずして、正当な事項を言ってのけた。不要な会話を削ぎ落として、オレとの会話をまっさきに進行しようと努力しているのだ。かなりの口説い言い方と言い回しでうざったるい気にもなってくる解析になるけど、オレには彼女の想い全てが分かってしまうのだ。心に留めた感情、少しの蓋を開けた瞬間に数多あるティヒナの心の一片が弾け飛んでいく。その中に、オレを攻撃的な目線で定めるものなど一つも無い。
⋯⋯⋯⋯⋯本当に、この人って⋯⋯
本当に、、、本当に⋯⋯なんと、、、
本当に、、、本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に⋯⋯。
唯の良い人だ。




