[#23-虐殺の輪廻]
[#23-虐殺の輪廻]
ティヒナの家に上がらせてもらった時の話だ。
あの日、オレは初めて、女性と接触を果たした。
交際をしていく関係になったからには、そういう行為に至るのも当然⋯。ビジョンの中にはあっても、実際本当にそんな流れとなるなんて思いもしなかったんだ。
ティヒナは思いの外、オレを求めてくれた。彼女からしてみればそれはごく普通のシーン。
オレが普通じゃないんだ。
男女が密室に。それも女性側の家。
更に加えると、交際関係を結んだ形での家である。
『セックスするんだよね?』
積極的な彼女の流れ。オレへの手の掛け方は、彼女の歴戦を感じ取れてしまった。別にそれが嫌な訳じゃない。
それにこれは普通だ。そう、ごく普通。
ぜんぜん普通。
ここまで整った完璧な女性を放っておくほど、未完成な世界では決してない。戮世界テクフルは野心と野望に満ち満ちている。
オレは止めてしまったんだ。彼女の動きを止めてしまった⋯。
そこでは直接的な表現をしていない。ただ単に、この時点ではまだしたくない⋯と彼女へ告げたような気がする。
あまり深くは記憶していないんだ。
⋯⋯⋯⋯⋯思い出したくない記憶だから。
怖かったんだ。彼女をヒト非ずな存在へアップデートさせてしまうのが⋯⋯⋯。
オレと肉体的接触は出来ない。セックスなんてしてしまえば⋯彼女は⋯⋯
彼女は⋯⋯⋯彼女は⋯⋯⋯カノジョは⋯⋯⋯⋯⋯
「イゾラス」
「⋯⋯⋯なに?」
歩行を停止させる。高原の出口へと続く歩道は未だに終着へと到達する様子は無い。そんなにこの道、長かったか⋯と、自身の感覚とこれまでにここを通った際の記憶と照らし合わせる。だがティヒナからの呼び掛けも相まって、複数系統への思考に巡らせる余裕が無くなってしまう。
今はティヒナに呼応するべきだ。だって、さっきまでとテンションが明らかに違っていたから。
「イゾラスは、どうしてヒナに告白したの?」
「⋯⋯⋯それは、ティヒナのことが好きだから」
真っ当な回答を出した。それ以外には⋯⋯⋯何も無い⋯とは言い切れないのが正直な所。
『玉砕覚悟で告白してみたんだ。もうオレはこの学園生活に未練なんて無いし、成功したらいいな⋯ぐらいの気持ちで望んだっていうのもある』
んなこと、言えるはずが無い。
「⋯じゃあ、セックスしようよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「ねぇ、なんで黙るの?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
─────────。
「何か、言えない事があるって事?それは、ヒナには言えないような事?」
「⋯⋯⋯⋯オレは⋯⋯⋯」
ダメだ。
だめ。
絶対に言うな。
バレない。
「イゾラス、何か言ってよ───」
「ティヒナ⋯⋯⋯」
血反吐が出る。
好きな人を目の前にして、オレはいつまで自分の姿を偽ればいいのだ。
言ってしまえばいいじゃないか。
でも、ダメなんだ。
ダメなんだよ⋯⋯⋯⋯⋯⋯オレは一人でもこの穢れた遺伝子を増やしたくない。
「ティヒナ、さっき言ったよね?無理して言わなくていいよ⋯って」
「⋯⋯⋯⋯そうだね。言った」
「じゃあ⋯⋯適用って事でいいんじゃないかな、それ」
「───────」
ティヒナはそっぽを向いた。
ティヒナが先程、自分から言っていた事だ。だけど、これは男として不適格なのでは無いだろうか⋯。
⋯⋯⋯⋯やっぱりオレは何もかもが情けない結果で終わる。
と、共に、オレの元を離れる序曲が奏でられる気がしてならなかった。
終わりか─────そう思っていた時にティヒナがオレの方へと向きを戻した。
その顔は『むーーーーーー』と眼差しを強く向ける眼球が形成されていた。
なんと言うか⋯ものすごく可愛い。
たぶん、怒っている。
「イゾラスのケチ!ケチケチケチケチケチケチケチケチ!!!ケチ!!!ケチケチ!!」
ティヒナからのタコ殴りが始まる。オレの腹部と背中を中心にとことんと物理攻撃が果たされていく。痛みは⋯ゼロ。ただのモーションだけ。
「イゾラスのケチ!ちょっと口が滑っちゃって格好つけた事言っただけなのに、何本気になって受け止めてくれてんのよ!!意地臭い!ケチくさい!意地悪!イジワル!」
今までのクールな一面はどこへ行ったのか⋯。
タコ殴りを実行に移したティヒナ。それを止めずに全ての攻撃を受け切ろうと試みるイゾラス。
「なんだなんだ!どうしたーア?やり返さないのー?!」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
彼女から攻撃には迷いが無い。つまりは⋯“少し”痛い。本来、当該レベルの攻撃を五十発以上も受けようものなら、瀕死状態になってるのは間違いないだろう。ティヒナは結構本気な勢いで、オレを倒そうとしている。
その顔も覚悟の表れ。
次第に顔面からは汗が滲み出てきていた。きっとティヒナはティヒナで辛いんだ。それなのに⋯それなのに⋯それなのに、攻撃の一手を緩めようとはしない。
それは、オレからの回答待ちだったのだ。
「イゾラス!ヒナの気持ちはこれだよ!!」
九十四発。百発を放ち切る⋯と思ったが、彼女からの攻撃はこれで停止した。『──これだよ!』と、共に、繰り出された最後の右ストレートは、オレの脇腹へと直撃。
普通の男なら、九十四発目ラストのこの攻撃を受ける前に、視界は上の空。ティヒナの姿を捉えている事なんて出来ていない。
オレだから耐えられている。
やはりティヒナは強い。並大抵の筋力じゃない。
女の子だからと言って舐めて掛かってしまえば、その男どもは軽く捩じ伏せられるはずだ。
何発目も、何発目も、何発目も、オレはそのまま。
直立不動のまま、その場で彼女の停止を待機。
オレから何かを言うことは無かった。
正拳突きをベースに、とにかく力こぶしから放たれていく物理エネルギーの連打。彼女がここまでの体力を有り余らせる潜在的な身体を秘めている事は承知済みだったが、それは推測の域を少し超えてきた結果だ。
上半身意外の身体パーツは狙わない。もっと言うと、頭部、両腕も当てられていない。ティヒナなりのポリシーがあるのか、或いはオレを気遣ってくれている⋯⋯⋯?
双方のどちらでも無ければ、オレはまだまだこれからも知識と智慧を供給していかなければならない。
オレが知らないだけで、人間の思考分岐は多岐に渡る事が今日で判った以上、これは早急に進める必要性のある案件と言える。
「ハァハァハァハァハァ⋯⋯⋯イゾラス⋯⋯いたく、、ないの、、、」
「⋯⋯⋯痛いよ。女の子から、殴られたの、久々だから」
ティヒナの表情が変わった。息を整える為、“ハァハァ”と荒い呼吸を片膝を地面へ着かせながら。
オレは女性へ、こんな事をさせてしまって良いのだろうか。
ただし、ティヒナの表情が崩れたような素振りは感じなかった。やはり彼女は精神面的にもタフ。オレが思っている何倍も強い人間なんだ。潜在能力総数を測定する対象物戦闘能力スキャニングモードのシステム点灯を起こしても、彼女から編み出される数値には振れ幅があった。これは常人よりも若干ながら上位をマークしているタイプと言える。
所謂、危険な人間、と言うこと。
「女の子に、手を上げるなんて、そんなの出来ないよ」
「──────はぁ⋯⋯⋯⋯やっぱり、そうじゃん」
「ん?」
「やっぱり、イゾラスは優しいじゃん。ヒナが思ってる通り、優しいんじゃん」
ティヒナは地べたから身体を上げる。直立体勢となった彼女の意識はそのまま、直近の男へと集中。
「幾ら女からのって言っても、こんだけの拳食らったら、男ですら我慢出来ない」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
まるで過去、ムカついた⋯腹を立てた男がいるかのような言い草。
「そういった経験があるの?」
「ううん、無いよ。だって、こんな姿見せたら、引くでしょ?」
「オレには、、、見せてるけど⋯⋯⋯」
「イゾラスは特別。ヒナが唯一、心を許してる存在って事ね」
ティヒナの恋愛遍歴。その全てを知っている訳じゃないが、彼女の噂はオレのような末端の生徒ですら、知っている事でもある。そんな人からの『特別な存在』等という言葉には、それ相応以上もの意味合いが込められている事が判った。
「⋯⋯⋯確かに、そうだよね。イゾラスと約束したもんね。イゾラスのタイミングで言って⋯て。それも、ヒナからの提案でね」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
───────
「だから、“そういう事”については聞かないでおくよ!」
───────
ルシースとレノルズが聞いたら、きっとオレは殺される。
『セックスのチャンスあったけど断った』
⋯⋯なんて、直接的な表現過ぎるけど、言ってしまえばそんなもんだ。
オレは学園一の美少女からの性行為の誘いを断っている。中々の強気な男だ。
意味不明だよな。
でも、仕方ない。
彼女に⋯⋯⋯アルシオンの血統を注がせる訳にはいかないんだ。




