[#20-悖逆と慈母][#21-殺傷能力≠修復能力]
[#20-悖逆と慈母]
歩く。途方もなく一人で歩く。
何も考えたくないから、イヤホンをしている。
少なくとも耳からの情報は完全に遮断する事が出来る。一人でいる以上、耳から情報を供給する必要性は、いま、全く無い。どんな緊急事態があっても別に目視だけで十分だ。
それに人気の無い道を選んで帰路についている。これはオレのような“孤独”を好むタイプが好意を寄せるようなロード。
舗装された道ではあるが、車が通るという訳では無い。そして、歩行者もぜんぜん居ない。まるで自分だけに与えられた道かのように、ぜんぜん人と接触する機会が無いのだ。眼球に移される情報は多様性に満ちている。自然の匂いが感じられる緑の豊富さと、少し先にある川のせせらぎ。
あれ────“せせらぎ”ってこの使い方で合ってんのか?
⋯⋯⋯こうして、自問自答を繰り返す事で時間はあっという間に底を尽き、目的地である自宅へと着く。
草原世界が広大なまでに形成されており、ここを歩いているだけで何もかもどうでも良くなってくる。
本来ならば電車通学ではあるが、何か考え事とか、自分を痛ぶるかのように孤独を感じたい時は、こうしてこの道を選ぶ。
看板には“アリアドネスラウズ高原”と書かれていた。
道路の名前⋯なのだが、特別な意味が込められているのか、“アリアドネ”という言葉を使用しているな。確か、ギリシャ神話に登場する女神の一種。共有波長現象によって、原世界の神話に登場する女神だったり神様だったり魔女だったりを、地名や法案として定めている事だってある。
そこには深い意味があるのか⋯ただ単純に、響きの良い言葉だから使っているのか⋯真相は、律歴3999年以前の朔式神族さんたちに聞かなきゃ分からないからな。
しかしでもほんと、ここを歩いている時、人と会う事は殆ど無い。高校生になる前から知ってはいた高原で、人気のある場所とは言わないまでも、ここまで完全な通行量ゼロ⋯というのは、こうして何遍も利用してから知り得た事実だ。
こういう事に関しては運がある、そんなオレ。
今日は色々と疲れた。
もうあまり、深い事を考えたくない。
どぷっ⋯と一気に疲労感が身体を侵食するこの現状を、どう打開したらいいのか⋯。その案というのは、オレからしてみれば簡単な事だ。
好きな事をすればいい。
自分の好きなものに包まれた空間に今すぐ行けばいい。
だけど、本当はティヒナに会いたい。
一緒に居たいし、あの光沢感漂う妖艶さに包まれながら、疲労の解放を遂げたい。でも、今日はやめにした。
オレの方から言ったんだ。
ティヒナはそれを受け入れてくれた。
『うん、そう、だよね。分かった───』
彼女の顔を直視できなかった。怖かったんだ。
ここに来て、対人恐怖への想いが強まってしまい、他者へと拒絶反応が発出。
本当はこんなクソみたいな性格を直したくて、ティヒナとの交際を望んだ⋯というのもあるのに。
それすらも彼女に伝えられていない。
ティヒナは分かっているはずだ。
オレがどうしようもないただの陰キャで、他人との関係構築に障害のあるタイプの社会不適合者である事を。
学園で一番の不人気者が、今日、一気に有名人へとなってしまった。
それが耐え切れない重みとなってしまい、彼女を精神的にも物理的にも遠ざけたくなった。
いけない。
こんなことをしてはいけないし、許される言動では無い。
そんな事は重々承知のつもりだ。
でも、あの時は無理だった。
彼女と一緒にいるべき存在じゃ無かったんだよ。
元々ティヒナ⋯⋯さんと、張り合えるような男じゃあるまいし、こうして独りでいる方がオレ的には合理的。
─────なんだよそれ。
オレが自分の判断で決めた未来なのに、気持ちの悪い言葉だ。
嫌い。
嫌い。嫌いだ。やっぱり。
オレはオレが嫌いだ。
どうしようもなく殴りたい。
こんな腐った考えを働かせられる脳味噌なんて消えてしまえばいいんだ。
誰かが後ろからハンマーで殴りかかって来ても、今のオレは何も言わない。
『このままにしといてくれ』
或いは、
『もっとやってくれ。グチャグチャになるまでとことん殺ってくれ』
そう言えるだろう。
本当に運が良かったと思う。
最期にでも、あんな美人と横になれたんだから。しかも少しの時間じゃない。かなりの長時間。
まだ一ヶ月も経っていないが、オレからしてみればこんな長時間、異性と一緒にいた事が無い。だから嬉しい。
嬉し過ぎる。
───────
『イゾラスと一緒に居るの、すごく楽しいんだ』
───────
信じられるか?過去のオレよ。
女の子から『一緒に居るのすごくうれしいんだ』と言われる日がやって来るんだぞ。少なくともその日までは、頑張って生きた方が良い。
踏ん張り時の日々がたくさん訪れる。
お前はその無駄な時間を心を虚にして迎え撃たねばならない。
理不尽な事を言われる。
無秩序な暴力を振るわれる。
言葉で、手で、足で、物で、サンドバッグ状態となっても、耐えなきゃならない。
だって誰も助けてくれないから。
誰も振り向いてくれないから。
誰も、オレと関係を持ちたくないから。
ほんの一瞬足りとも、救済の一手を加えたくないから。
ダサい人間と一緒にいると、笑われるから。周りに。
笑われる。
そう、もう一個の漢字か正しいと思う。
───これか?
ああ、そうだ。“嗤われる”。
人間扱いなんて⋯オレ、受けた事あるのかな⋯。
言い過ぎなんかじゃない。
オレの出自にも問題があるのは否めない。
オレだって気持ちの悪いさ。
だけど、どう見たって“人間”じゃないか、オレ。
それでも“ヒト”として扱わない者たちが、昔には居た。
学生になってからは、オレの出自を問い詰める人間はいなくなった。⋯⋯と言うよりも、そういう人間を“無くして”くれた⋯と言えば合っているだろうか。
孤独の道程。
慣れたものだ。
だけど欠片のように、服に引っ付いてならないモノがある。
それは、どんなにこちら側から取ろうと思っても取れないモノ。物質的なものでは無い。液体物質なんかでも無いのは、『物質的』⋯という時点でわかってくれているはずだ。
『イゾラス⋯ひとりで帰るの?───』
そんな顔、オレなんかに向けないでくれ⋯。
─────────────
「見つけた」
─────────────
情報が遮断される。唯一生き残っているのは聴覚のみ。それ以外の情報に脳みその回転が効かぬものとなった。思考が一定時間だけ、停止してしまったんだ。
何故?
どうして?
まさか、オレの正体がバレた?
大陸政府にでもバレりゃあ、オレは確実に処刑対象者として裁定が下される⋯か、若しくは、研究対象として被検体としての生活を送る⋯か。
やっぱり、歴史は繰り返されるんだな⋯これじゃあ純正統王族と同じだ⋯。
「やっと会えた⋯」
[#21-殺傷能力≠修復能力]
え────なんた、この温もりは⋯体感したことあるような⋯いや、こんなの一度しか感じた事ない。それについ最近の出来事とリンクしている。同じ“味覚”を感じてならない。
今、後ろからの抱擁を受け、自分の胴体にはその包み込んだ相手と思われる両腕が巻き付いている。その二つの腕は、ガッチリとオレの事を掴みかかりホールド。
“決してもう二度と離さない”と言わんばかりの感情が染み込んでいた。
制服。赤色の制服だ。
オレと同じカーマ・ノドンス高等学園の学生が着用する制服。
だが明らかなのは、その匂い。
とんでもなく良い匂い。
“癒し”とはまさにこの事。ヒトを人として扱う人間が向ける“癒し”というものを知ったような気がする。純正の人間って、普段からこんだけの寵愛を受けて育ったのかな⋯。
「なんで、一人になりたい⋯なんて事いうの?」
「んぁ?!」
声が聞こえ、両腕が胴体へ巻かれたタイミングで複数の予測を立てた。だが、今までの自分の社会的立場とか、人間関係の浅さを考慮して、複数個とはいかないまでも、予測を立てる事に成功した。
その予測の中に“一応”として、入れてはいたが⋯まさか⋯⋯⋯
まさか⋯⋯⋯
そのまさかだった────。
「ティ────ヒナさん⋯⋯⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯ばか。なんで、ひとりになりたいなんて言うのよ」
彼女だ。オレが、告白したヒト。
紛れもなくその人だった。
「ティヒナさん⋯」
この期に及んで、“さん付け”をしてしまう。困惑で塗り固められた書き換え不可能な現状に、どうしても彼女を呼び捨てできずになった。どうしてだろう⋯。ティヒナはこんなにも身を寄せてくれてるのに⋯また、こっちが距離を置いてしまっている。
「ごめん⋯⋯オレ⋯やっぱりティヒナさんの近くにいれない」
「⋯⋯⋯⋯どうして、勝手に決めつけたりするの?」
「勝手に⋯⋯⋯」
「そうだよ。勝手だよ。勝手すぎる。そんなんじゃ、ほんとに嫌いになっちゃうよ」
彼女から伝わる温度。それはとても偽れるようなものでは無い。人から人へと伝播される熱を帯びた感情は、血管からの熱源を深く感じ取れており、さすがに欲情せずにはいられなくなる。
「ティヒナさん⋯ちょっと⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「離せ⋯っ言う気?」
「いや⋯⋯⋯そんな────」
「やだ。ヒナ、もう絶対あなたの事離さない」
「─────」
ビックリ⋯とか、そんなの人間に対して発動される感情だとは思えなかった。彼女の言動には何度も自分の考えの範疇を超えるシーンがあった。だけど、これは今までの系統とはだいぶと違う次元に属するもの。
彼女の顔を未だ、把握出来ていない。
まだ、完全に信じ切れない自分が居た。
彼女である事は本当。たぶん、ほんとうなんだろう。
たぶん、、、、うん、オレを急にここまでして身体を密着させて来る人物なんて、いるはずが無い。
更にそれが、ティヒナであったとしても、これは“夢”である可能性を捨て切れないのだ。そう思っていた時、彼女の両腕が自分の腹から解かれていく。彼女からの密着は終了を遂げ、柔和な胸の感触も背中から感じ取れなくなった。
「イゾラス」
「あ⋯⋯⋯⋯あ」
何も、取り纏める言葉に困る。とにかく説明すると、彼女はオレの目前に現れた。
ティヒナだ。
ティヒナ・プラズニル。
オレが通う学園のトップクラスの美少女。
全生徒から信頼の置かれる天使。
学問でも、運動面でも、人間関係でも、全てのヒューマンパラメーターにおいて最上級グレードの能力を誇る人間界の完成系にして、完結型。レジェンダリー級のレア度を司るこの上なんて存在するのかどうか不明な(検索エンジンにも引っ掛からない。だってこんな完璧な人間他におろうはずが無いから)。
ティヒナ・プラズニル。彼女がオレの眼球に飛び込んで来た。
跳躍的なモーションを感じたんだ。彼女はただただ後方から前方へと所定位置を変更させたのみ。しかしながら、オレの認識的に言えばそんだけで済むものじゃ無かったんだ。
「イゾラス。あなたが何故、そこまで思い悩んでいるのかは分からない。それを究明しようなんて事は絶対にしない。約束するよ。だから────」
彼女は再び、その両腕をオレの背中へ回す。
この時間だ。二十秒前まで体験していた夢のひとときの“再生”が成された。
─────────
「もう、ヒナの前からいなくならないで」
─────────
〈“悖逆”の心拍音に微弱ながら、絶命反応が確認されています〉
〈やり過ぎだ。“慈母”からのダイレクトコンタクトのレベルゲインを低下させるんだ〉
〈やっていますが、“慈母”の神経接続は既にメイン以外のスキャニングを拒絶しているんです〉
〈⋯⋯⋯⋯⋯⋯そんなの、可能なんかよ〉
「次ヒナの元から理由もなく離れるような事でもしたら、タダじゃおかないから」
その説教的な言葉とは裏腹に、その言い方といい、声色といい、なんて綺麗な“女性”なんだ⋯と思った。こんなのオレが受けていい許容量を大幅に超えているぞ。
「オレは⋯⋯⋯ティヒナさんに⋯⋯」
言いかけた時、ティヒナは『もう何も言うな』と言わんばかりに口を塞いできた。女の子の人差し指と中指が、自身の唇に接触を果たす⋯なんて、映像作品だったり、文体だけでの世界観だと思っていた。本当に、こんなフィクションなワールドが展開されるのか⋯⋯。
「あー、またヒナの逆鱗に触れるような言葉吐こうとしてたでしょ?──許さんぞ??」
「ご、ごめんなさい⋯」
「うーん⋯⋯⋯ほんとに分かってんのかなァ?イゾラスくん」
「⋯⋯⋯あ、、はい⋯⋯⋯ごめん⋯⋯」
思いの外、かなりビビってしまっている。オレからしてみればこれが“マジで怒っている”と捉えてもおかしくないのだ。
分かってる。
⋯⋯んもぉ!分かってるって!!イジイジしてるオレを見て、ティヒナがチョッカイ出してるんでしょ?それを“怒り”という感情コントロールにマインドさせ、ターゲットとしてロックオン中のオレに向けて放たれる。
これが本意気の激情では無いのは、分かってんだよ。それにほら───
「(ン??ンーー??ーんン??ンンンン??)」
ニマニマしてんじゃないか。完全にオレをバカにしてる。
「アッハハハんふふははひひひ⋯」
笑った。ティヒナが笑った。1メートルも離れていない、30センチ程の距離感の中で、彼女がオレを見て笑っている。その理由。
「ごめんごめん!そんなマジな顔しないでよ!ヒナがこんな事で怒る訳ないでしょーーー?」
「ティヒナさん⋯⋯⋯」
「──あ、でもごめん。ヒナもやり過ぎたね。イゾラスは⋯その、あんま友達と交流持った事無いんだもんね」
こんな美少女に、“友達いないもんね”という言葉の遠回しの表現をされてしまった。まったくもってその通りなのだが、情けな過ぎて泣けてくる。
「ああ!ごめん!今のもストレートすぎた!」
そんな上目遣いで『ごめんなさい』なんてされたら、許さない男の方が阿呆だ。それに身長差なんて無いのに、ティヒナは膝を曲げてまで、“上目遣い”モーションを徹底しようとした。完全に“ヤリ”にきている。
「ごめんね」
「ううん、事実だから大丈夫だよ」
「⋯⋯⋯ごめん⋯」
結構本気で気を落とさせてしまった。
「イゾラスはイゾラスのままでいいからね!」
「このままではいけない事はオレがよくわかってるんだけど⋯」
「無理にでも性格を変える必要は無いよ。自分のタイミングで、自分に合った性格を決めていけばいいんだ」
「『自分の⋯タイミングで』⋯⋯⋯」
「そ。だから、今日のこと、自分で話せるぐらいに整理がついたら、教えてほしいな。さすがに“気にならない”で片付けられる時間では無かったからさ」
「───ありがとう、ティヒナさん」
「“さん付け”、どうにかならない?」
「なんか⋯これもうクセなのかもしれない」
「『クセ』?イゾラスはヒナの事『ティヒナ』って言ったり、『ティヒナさん』って言ったり、呼称が混同してるんだよね。それってなんでなのかな?」
優しい口調。茜色の唇が、今でも迫ってくるような近さ。ストップを掛けないとそのまま、オレの⋯⋯⋯何考えてんだオレは⋯。
純白な頬。血の気の通った生物の中で一番白いんじゃないのかな。血流の停止が確認されると人間は、生命反応が消失し、血液を全身へ流すポンプ作用も当然停止する。それによって人間は白色を基調とした生物へと転化。死体へと様を変える。
ティヒナの顔面はそれに近しいものだった。
だが、ぜんぜん気持ちが悪くなるものでは無い。なんだったらその笑顔が見れるのであれば、大っ嫌いな食物だって幾らでも食べれよう程にだ。
オレはキクラゲが嫌いなので今、食堂から提供されようもんなら、余裕で食える。
「──────じゃあ、ティヒナで⋯⋯」
「もう固定ね!」
「うん、分かったよ」
「ンヒィ」
なんだ⋯なんだ⋯なんだって⋯なんだって⋯!!
なんでそんなハツラツとした顔が出来上がるんだ⋯⋯⋯⋯!!!!彼女が口角を上げる度に、オレの寿命はどんどんと伸びていく。
殺傷能力があるのに、何故だか生命への恩恵を授けてくれるセラピー的な効力を発揮する規格外の可愛さ。
異常だ。異常。やっぱり内心は、“さん付け”をするべきだ。ティヒナ⋯なんて、まるで彼女と同列レベルの人間みたいじゃないか。
あ、ティヒナと同列の人間なんてこの世界にいるはずないか。
「じゃあイゾラス」
「⋯!んハァイ⋯⋯⋯」
「緊張してんの??」
「ん───てないです」
「あそぉ。じゃあ⋯」
「あ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
この十秒間、オレがマトモに喋れたターンは一秒も無い。ティヒナはオレとの手繋ぎを決行。それも、指と指の間に他者の指を混ぜ合わせる“恋人繋ぎ”という手法を繰り出して。




