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[#2-ひとりぼっちじゃない]

今のはカノン⋯?どっち?

[#2-ひとりぼっちじゃない]



4月30日──。

朝、8時10分。


一人で学園へ向かう。こんなにも緊張感を帯びたまま登園するのは生まれて初めてだ。これが⋯これから何かを果たす人間の気持ちか⋯。経験したこと無かった事なので、不安と同時に、新鮮さを味わっている。

この緊張が良い方向に作用すればいいのだが⋯。

決まり切った登園ルート。二年間迷う事の無い当たり前の登園ルートに今日だけは⋯『アレ⋯こっちで合ってるよな⋯』とまさかの“不安”を発出してしまう。

マジか⋯こんな所にも弊害が出てしまうのか。当たり前、日常的過ぎて、普段はナビゲーションアプリなんて起動していないが、今日、登園ルートを久々に確認した。

なんと自分の脳内で思っていた登園ルートと一部間違った箇所があったのだ。驚いた⋯これは⋯ダメだ⋯中々に負荷が来ているのかもしれない⋯。

登園ルート、正規は、電車から降りて道なりに沿って、しばらく行った所で、信号を渡り右に曲がる。そこからは複数箇所の曲がり角を訪れる事になるのだが、これを大きく外していた。修正可能な時間範囲だったので⋯まぁ⋯良かった。ここからナビゲーションアプリに沿って、登園ルートを歩く。

まるでまだ高校1年生のようだ。初々しい感じ。

実際、こんならノロノロと登園してる暇は無いんだ。ティヒナよりも先に登園しなくてはならない。じゃなきゃ下駄箱に気付くことが無いからだ。



学園に着いた。

「はぁ⋯危なかった⋯」

いや⋯まだ安堵するのは早い。下駄箱に上履きか“無かったら”⋯そこで試合終了。また明日以降にチャレンジする運びとなる。この気持ちのまま告白したいのは正直なところ。

個人的には明日以降などとは一切考えていないので、まだティヒナが登園していない事を祈る。

学園全生徒の下駄箱が並ぶエントランス。3年翠組の下駄箱が置かれた箇所へと向かう。こんなにも心臓の鼓動を感じながらエントランスをウロチョロするのは当たり前だが初めて。てか、ティヒナの事を考えてから、初めての事ばかりが続く。


「ええっー〜と⋯ティヒナティヒナティヒナティヒナティヒナティヒナ⋯⋯⋯」

こんな姿見られたら終わりだな⋯。陰キャがこの名前を連呼している⋯という事態がどれだけ気色の悪い事か⋯。マジで見られたら終わりだ。さっさと済ませよう。

他の人の下駄箱なんて目を向けた事すら無い。だから中々に見つけられなか⋯⋯

「あった⋯」

あった。あったぞ。⋯⋯あった⋯⋯開けよう⋯⋯開けるぞ⋯そうか⋯こっから“開ける”のフェーズに入るのか⋯。勝手に開けていい訳無いのに⋯女の子の下駄箱だぞ⋯?先ずこの時点で不快感を募らされるんじゃないか⋯?


もう⋯いい。もういい。よし、開けよう。


【下駄箱を開ける】


あった。上履きがあった。

上に、置いた。手紙を。上履きの、上に、置いた。



10分後──。


「ティヒナちゃん、おはよー!」

「あ!おはよー!」

「みんな!ティヒナちゃん来たから待ってよ?」

「うん!そうだね!」


ティヒナが下駄箱を開ける。

「うん?なに?コレ⋯⋯手紙⋯?誰からだろう⋯」

「ティヒナちゃーん?なんかあった?」

ティヒナは直ぐに手紙を隠して、制服のポケットの中に突っ込んだ。勢いあまって力強く握ってしまったのでクシャクシャと擬音が発生。

「どうかした??」

「いや!ううん!なんでもないよ!⋯そうだゴメン⋯先生から頼まれ事あってさ⋯、先いってて!ヒナも直行するから!」

「あー、そう?リョーカイ!」

「先行ってるよーティヒナー」

「はーーい!」


1階の待ち合わせに使う場所。主にここは先生と生徒が小面談を行う際に使用するワーキングスペース。まぁ、朝だし、誰もいないし、使えるだろうと思い、そこに行った。

案の定、ヒナの勘は当たった。ヒナってばやっぱり朝っぱらから冴えた頭をしているねえ〜。我ながら関心カンシン!


【ソファに座る】


さてと⋯コレよね⋯下駄箱に手紙だなんて⋯。誰からだろ。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え。⋯⋯⋯⋯⋯まじ、、、

⋯⋯⋯⋯⋯マジで?⋯⋯⋯⋯⋯マジ⋯?

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


『今日の放課後⋯ビフレストの造構付近で⋯イゾラス・ヴァルマン⋯⋯⋯』


イゾラスからの⋯手紙⋯⋯⋯。


ティヒナはイゾラスからの手紙を読んだ。何回も⋯何回も⋯短い文章を繰り返しに読んだ。意味は変わらない。特にトリックが仕掛けられている訳でも無いのに、何回も読めた。イゾラスからの手紙だから、何回でも読めたんだ。


「イゾラス⋯」


イゾラスからの手紙だと確定すると、その手紙をティヒナは胸に当てる。そしてそのまま静止した。しばらくこうしていたかったから。

目を閉じて、イゾラスの姿を思い浮かべる。気持ち悪いぐらいに微笑んでしまう⋯。イゾラスからの手紙⋯イゾラスからの手紙だ⋯。

『イゾラス・ヴァルマン』って書いてる。

カッコイイ名前⋯。


「おい?ティヒナ?」

「イゾラス⋯イゾラス⋯⋯イゾラス⋯イゾラス⋯」

「ティヒナ?」

「んはぁい!!なななに!??」

「誰⋯って、もうホームルーム始まるぞ?」

「なんだ、先生⋯ビックリした⋯」

「誰か先生待ってるのか?」

「いいえ、直ぐに行きます」

「そうか?」



8時38分──。


「来ないなぁ⋯もしかして⋯今日休み?」

「下駄箱しっかり入れたんだろうなぁ?イゾラス」

「入れたさ。バッチシよ」

「そりゃあええこっちゃ!」

「よくやったね」

「二人のおかげだよ」


【ホームルーム開始のチャイムが鳴る】

8時40分──。


チャイムの終わり間際、駆け込んできた一人が思いっきり扉を横にズガァーっと開けた。

「せぇーふ⋯」

「ティヒナー?遅くねぇか?」

「んね、らしくない」

「そう?ヒナだってそんなパーペキな女じゃ無いってことよん!」


【先生も入室。今日の日直当番が号令の『起立』を掛ける】


オレは安心した。今日に限って休みだったら⋯⋯そうか⋯残念⋯と、なるから。

オレが席から立つ。すると横にティヒナがやって来た。ティヒナは確か⋯教室を上から見て、一番左の前。端っこだ。そんな中でオレは、上から見て⋯右から2番目の列の一番後ろ。普通に考えて⋯いや、普通に考えるより前に、ティヒナが前の扉から入ってきて、前の黒板を突っ切れば直ぐに自分の席に着くはずなんだ。

それなのにも関わらず、オレの席⋯後ろの方を経由して来た。遠回りだ。完全な遠回りをしてきた。


全員が起立をし、椅子やら何やらの起立時に発生する音で溢れかえる時、ティヒナがオレの横を通り、一枚の紙をオレの席の机上に置いた。オレは内心ドクドクしながら彼女を感じていた。紙を置かれた時、ハッ⋯として、目線を送ってしまう。するとティヒナもこちらを見ていた。

その瞳は⋯とんでもない輝きを放っていたんだ。見るもの全てを溶かすような⋯ただただ可愛らしいスター性を帯びた目。更に騒がしい音の中で、ティヒナはイゾラスとの間合いを一気に詰めて、耳元にこう囁いた。

──────────────────

「イゾラス・ヴァルマン」

──────────────────


「ンあっ!」

思わず声にしてしまった。直後、横を通り過ぎたティヒナを見ようとしたが、固まって動けず⋯。破壊的に可愛かった。人は極限レベルの可愛さを見てしまうとこうも固まってしまうのか。何も出来ない。

分からないが、多分、ティヒナは通り過ぎた後もオレを見ていたのだろう。

未だに耳に残っている彼女の吹き掛け。息に混じる形で送られた彼女の肉声。幾らでも再生出来た。アーカイブとして残しておきたい。


ホームルームが行われているのだろうが、現在のオレには一切⋯何を言ってるのか聞き取れない。オレの聴覚は“過去”に預けているから。“現在”になんの価値も無い。聞きたいのは彼女の声のみ。それだけ。それだけを再生する機器としてオレの聴覚器官は働いている。

擦り切れる⋯。カセットテープを何遍も回し続ける⋯という意味に相当する言葉が有るらしいが、正しくオレの聴覚器官は今、そうなっている。


⋯そうだ⋯紙⋯⋯⋯⋯


【行くね】


「⋯ということだ。では一限目の『社会』共有版“幕末”を始める」



15時40分──。


放課後。

オレは真っ先に教室から出て、約束の場所へと向かった。先にティヒナが着いてる⋯なんて事、有り得ないからだ。とは言っても、同じクラスメイトなので、当然6限目が終わる時間も同じ。放課後になる時間も同じ。

それにしても⋯授業中の⋯左前から感じる目線のオーラはなんだったんだ⋯。オレは普通に授業に集中したかったのに、全然力が入らなかった。


ビフレストの造構──。


別名・虹の橋とも呼ばれているオブジェクト。原世界と戮世界を繋ぐという意味合いが込められているとかナントカ⋯。

ここはオレのイチオシの場所。そんなに人がいないのに、けっこう良い感じに造られたオブジェクトなので、オレを手助けしてくれそうな予感がする。頼むぞ⋯お前の力も⋯少しくらいは⋯⋯⋯あ、、


【グッドラック、とサインをキメるルシースとレノルズ】


ビフレストの造構の近くには駐車場がある。二人はそこから監視。昼休憩時に『どうしても見たい!』『めっちゃくちゃに応援するから!』と懇願していたので、仕方無く⋯だ。


頼むから邪魔だけはしないでくれよ⋯と思っていた刹那。

凄まじいオーラを放ちながら一人の女の子が現れた。

オレは生唾を飲み込んだ。唾液という唾液が、一気に口腔内から消失し、カラッカラに乾き切ったのを感じる。

目線は既に合っている。

オレは緊張して目線をズラした。するとティヒナはその視線を追おうとする。

ティヒナ・プラズニル。

彼女が眼前に現れた。


「ティヒナさん⋯」

「うん、来たよ!どうかした?」

「あの⋯⋯⋯⋯あっ⋯あのさ⋯」

「うん」

「⋯⋯⋯えっと⋯ええーー⋯その⋯そそそそ、ああの、、、」

「なんも言うこと無いの?」

「いや!違います違います!」

「ンハハフフ、なぁんて冗談じょーだん、ゴメンね。何?どうしたの?」

「⋯⋯あの⋯」

────────

「いつまでも待つよ」

────────

キラーパンチが炸裂した。とろけるボイスで暴投が行われた。破壊的に可愛い台詞だったのに何故オレは今、これを受けて撃沈されようとしているのか。

「だいじょうぶ?ねぇ?ほんとうに⋯具合わるい?」

「大丈夫です!ご安心ください⋯」

「そう?そうは⋯見えないけど⋯⋯」

汗まみれだ⋯。こんな汚らわしい姿をティヒナに見せてしまっているなんて⋯こんな汗っかきな男からの言葉なんて⋯⋯

「使う?」

「え、、、」

「タオル⋯ティッシュ⋯どっちもあるけど⋯」

狂気的な優しさ。有り得ないだろ⋯相手は弩級陰キャだぞ?どうして⋯自前のブツを消費できるような行動を起こせるんだ⋯。

「いやいや!大丈夫です⋯すみません本当に⋯」

「うーーーーーんんんん?まぁいいけど」

ティヒナがタオルとティッシュを鞄にしまった。


──────────

「イゾラス、アイツ何やってんだよ⋯」

「さっさと終わらせなよ⋯」

──────────


「あの⋯ティヒナさん⋯」

「はい」

言葉、一音一音が美しい。毎朝、ボイストレーニングしてるんだろうな⋯。自分を美しく魅せる為の努力の足跡が窺える。

「先ずは⋯⋯今日⋯下駄箱勝手に開けて、、ごめんなさい」

「ンフフフフフ⋯可愛い謝罪から始まったね。ううん、ぜんぜんだいじょうぶだよ。凄くビックリした!手紙なんて初めて貰ったし⋯しかもその相手がイゾラスだったから、尚嬉しかった」

「え、、嬉しかった?」

「う、うん⋯嬉しかった⋯よ?」

「⋯あの⋯⋯⋯」

「うん?どうしたの?」

少し微笑みながら⋯ティヒナが優しく見守る。その表情がどれだけ今のオレを支え、そして心を蝕んでいる事か⋯。自我を保てなくなるレベルでティヒナがオレを見守る。するとティヒナが更に接近。『眼前』とは表現したものの、それは体感によるもの。決して“目の前”という訳ではない。だが⋯これは⋯、、、この距離は⋯目の前と言っても良いのでは無いだろうか⋯。

「ティヒナさん⋯ティヒナさんこそ⋯どうしたの⋯そんなに近づいて⋯」

「⋯⋯うーーん⋯緊張してるのかなぁって思ってね。多分この会話、見られたくないでしょ?だからもう少し隠れたら⋯⋯⋯ヒナとイゾラスだけ、、“二人っきり”だよ」

「⋯⋯はハァハァハァハァ⋯」

「ンフフフフフ⋯で?要件はなんですかっ!??」

小悪魔すぎる⋯頭おかしい⋯オレはそんな男じゃないんだぞ⋯陽キャじゃないんだぞ⋯、、、いや⋯ティヒナからチャンスを貰ったんだ。よし⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯いくぞ⋯。


「ティヒナさん⋯」

「うん?」

「す、好きです。。。。。。つきあってくらサい」

「んん?なにぃ?ぃ??」

ティヒナが笑った。

「あの⋯付き合って⋯ください!」

───────

「言った!言ったぞ!レノルズ!」

「言ったね!てか、ちょっと大っきいよ!イゾラス!離れてるのに結構聞こえてきたよ」

「良いじゃねえか!そんぐらいヤル気があるってこったぁ!さて⋯⋯どうなる?」

───────

「うん、ありがとう⋯顔上げて?」

「⋯⋯」

恐る恐る顔を上げる。

「すっごい汗かいてるよ!ンフハハハ⋯そんなに緊張した?」

「う、、うん⋯ごめん⋯」

「謝らないで!大丈夫だから!⋯⋯ありがとう。凄い嬉しいんだけどさぁ⋯」


やばい⋯⋯⋯『⋯だけどさぁ』なんて語尾がついてしまった以降、始まる言葉なんて流石のオレも知っている。

終わった⋯

完全に終わった⋯。

『嬉しいんだけど、今はそういうの無いんだよね』

『嬉しいんだけど、あなたは無理』

『嬉しいんだけど、陽キャが良いの』

『嬉しいんだけど、カッコイイ人がいいの』

『嬉しいんだけど、汗っかき嫌なの』


もっと⋯オレの知らない拒絶の仕方があるに違いない。はぁ⋯ここまでか⋯明日⋯どうやって登園しよう⋯。マジで⋯⋯明日⋯こんなに同じクラスメイトなことに嫌になる出来事が来るなんて⋯⋯最悪だ⋯ああ、あああ、ああああ、あああああ、本当に⋯まじか⋯⋯


「⋯嬉しいんだけど、、イゾラスはヒナのどこが好きなの?」

「え⋯⋯⋯」

「ヒナのー、どこが好きなの?」

「⋯⋯⋯オレの⋯持ってないモノを全部持ってる所」

「⋯⋯!!」

「オレは⋯何も無い⋯何も持ち合わせてない⋯女の子に告白してるのに⋯こんな状況でも、マイナスしか出て来ない⋯。自分を責める言葉しか出て来ない⋯。君が羨ましいんだ」

「羨ましい⋯?」

下を向いていたイゾラス。もう彼女の顔を見れない。見る資格が無い。そう思っていた時、ティヒナがイゾラスの視界に現れた。下方⋯地面を向いていたイゾラスに視線を合わせるように膝を折ったのだ。

「ティヒナさん⋯ごめんなさい⋯オレから誘ったのに⋯すみません⋯すみません⋯ごめんなさい⋯本当に⋯」

「どうしたの?」

イゾラスは感極まってその場を後にしようとしてしまった。その様子がルシース、レノルズにも確認出来た。『ヤバい⋯』と二人が思った次の瞬間⋯


「イゾラス待って」

「⋯え⋯?」

ティヒナがオレの腕を掴んだ。

「待って。⋯⋯まだ、ヒナのターンある」

「⋯え、、、」

「、、、所定位置に戻りなさい」

「⋯⋯⋯はい⋯」

泣く寸前。こんな醜態晒してまで、女の子の前に居たくない⋯。

「イゾラス。こっち向いて?」

「⋯⋯⋯」

オレは無言でティヒナの方を向いた。

「女の子の答え、聞かないまま行っちゃうなんて酷いよイゾラス」

「⋯⋯あ⋯そっか⋯そうだったね⋯」

確かに明確にはまだ答えは出されていない。オレが勝手に決めつけていただけだ⋯⋯だけど⋯⋯。

「なんか勝手にヒナの回答決めつけてる感じだけど⋯」

「⋯⋯⋯いや⋯⋯⋯」

「目線逸らさない!」

「⋯!」

「ほらぁ⋯」

「⋯⋯ちょっと⋯!」

ティヒナがオレの両頬を掴む。

「こうすればイゾラスの顔、動かさずに済むね」

「⋯⋯ちょっと⋯痛い⋯です⋯⋯」

イゾラスの両頬をこねくり回すティヒナ。

「⋯んふふははは⋯いいじゃん!いい顔になったね」

「⋯⋯そうですか⋯⋯⋯?」

「うん!、、でね、イゾラスさぁ、すっごい自分のこと、下に見てない?」

「⋯⋯本当の事なんで⋯」

「ヒナは知ってるよ。イゾラスの良いところ」

「え⋯?でもオレら⋯一回マトモに会話したこと⋯⋯」

「ヒナはなんでも知ってるんだから!イゾラスの事」

「⋯⋯そう、、なんですか⋯⋯」

「まだ無いの?」

「え?」

「もお⋯また両頬抓られたいんですかぁ?ねええ?」

「イタッ⋯いいい⋯」

「⋯はぁ⋯まだ何か、ヒナの好きな所無いの?」

「もちろんあります!スター性がある所⋯とか、誰からも信頼されてる所⋯とか、真っ直ぐなその瞳⋯とか⋯あと⋯可愛い所⋯とか⋯」


か、、か、、かわ、、かわいい⋯可愛い⋯。嘘⋯⋯可愛い⋯って言った⋯ヒナの事⋯可愛いって言った⋯⋯


「⋯もう大丈夫⋯⋯⋯ありがとう⋯」

「う、うん⋯」

「うん、いいよ。付き合お」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え」

「だから、付き合お」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「大丈夫?“付き合お”?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「本気じゃなかったの?、、、」

「本気です!!」

「じゃあ!付き合お!」

「⋯マジですか⋯?」

「本気と書いてマジ!」

「⋯⋯⋯はい!お願いします!」

──────────

「やったなーーーー!!!!!」

「やったねーーーー!!!!!」

今すぐにでも隠れている車の影から飛び出して祝福してやりたい気分の二人。だが⋯ここからは二人の時間だ。

「俺らは⋯帰るか」

「そうだね、ここからは観察し続けるのは⋯ねぇ?」

「そゆことだ、帰るぞレノルズ」

──────────


「あの⋯今日って⋯この後⋯⋯帰れませんか?」

「何言ってんの?当たり前に一緒に帰るに決まってんじゃん!」

「是非⋯!お願いします!」

「うん!」


こうしてオレはなんと⋯信じられない事にティヒナと恋人関係になった。有り得ない⋯本当に⋯⋯⋯意味が分からない⋯絶対に無理だと思ってたが⋯まさかの成功⋯。こんなの⋯幻夢郷ドリームランドのシナリオだと思った。ママゴトに付き合わされてるだけなのかと思った⋯。


オレの横にはティヒナがいる。


「えっ!!ちょ、ちょっと!ティヒナさん⋯!」

「なぁにぃ?どうかしたの〜?」

「腕⋯そんなに近づくんですか⋯⋯?」

「だって付き合ってるんでしょ?ヒナ達」

「そ、そうですけど⋯」

「嫌なの?じゃあやめよっかなぁーー」

「いや!⋯⋯」

「やられたいの?」

「⋯⋯⋯」

「やられたいんでしょー!?」

「⋯やられてたい⋯っていうのは⋯」

「もう!素直になればいいのにー!」

ティヒナは再び、オレとの距離を極限まで縮める。絶対に口にはしないが⋯、ティヒナの⋯おっぱいも感じる。絶対にそう⋯絶対にそうに違いない⋯。ティヒナ自身もこれには気づいてるはず。なのに⋯引くどころか、時間が経つにつれ、どんどん距離を縮めていく。

「んふーーん。イゾラスはヒナのだもん!」

やばい⋯可愛すぎるだろ⋯⋯やっばぁ⋯マジで⋯ヤバすぎ⋯狂ってる⋯⋯おかしいよ⋯こんなの現実じゃない。

「ティヒナさん⋯」

「あのさっ、敬語やめて」

「あ、、そ、そうだね⋯うん、、ティヒナ⋯」

「あ!あのさっ、名前で呼びたい?」

「え?名前呼び⋯ダメですか??」

「ダメじゃないけどさぁ⋯なんかあもっと…カップルらしくー、2人だけのあだ名を付けたいなぁって思ってね。何か無いかなぁ⋯」

学園から離れて数分。運良く、同期とは遭遇する事無く、帰路につけた。そんな中での突然の試練。あだ名か⋯オレ的には⋯⋯『ティヒナ』と呼びたいんだけどな⋯名前が一番可愛いから⋯。

「オレは⋯“ティヒナ”って呼びたいんだけど⋯」

「⋯⋯⋯」


メタメタ可愛いじゃん⋯!!!マジスキ⋯ヤバァ⋯。


「うん⋯!今はそれでもいいよ?ただし!アダ名考えてよね!本名呼びはなんだか距離感じちゃうから!」

「ティヒナがそう言うなら、分かったよ」

「ヒナはねー⋯うーーーーーーーーんんんんんっと⋯。『イゾラス』!!」

「え、、」

「なんも思いつかなかったの!ごめんなさい!!」

謝罪と共にオレの腕を掴む力が強くなり、更に密着度が上昇。ティヒナの体温をより強く感じた。

「良いあだ名思いついたら速攻でソッチに変えるからね!」

「うん、分かった」

「んヒヒヒ⋯イゾラスってさ、環状線乗るよね?」

「そうだね⋯乗るよ。ティヒナは?」

「ヒナも乗る!ビーコインネス方面?ピルシー方面?」

「ピルシー方面だよ」

「ヒナもそう!やったぁ!」

「ホントに?すごいね!」

「んね!じゃあ一緒に電車乗ろ!」



女の子と帰路を共にしている⋯。なんとも幻夢郷が絡んでるとしか思えない状況が繰り広げられている。前を見れば笑顔で返してくれる人がいて、オレはそんなティヒナに対して気色の悪い微笑みで返す。絶対もっとそれに適応した返事がある筈だ。それなのにオレは⋯、、ティヒナは何を求めているのかな⋯⋯。


「イゾラス見て」

「あ、どどうかした?」

「ヒナ、この景色好きなんだよね」

車窓から広がるのは海。普段当たり前のように使用している環状線なので、感動など一切無いのが事実。だが⋯

「イゾラスとこの景色を見れて、すっごく嬉しいよ」

「うん⋯オレも嬉しい」

「んんー、なんかさぁ⋯」

「どうしたの?」

「まぁいいや」

なんか行けない事言った?女の子の禁忌に触れるようなことでもしたのかな⋯。オレ⋯ただ受け答えしただけなんだけど⋯電車の中では言えないような事?そうだったら⋯⋯オレ⋯戦力外通告でもされるのか⋯⋯⋯



「ヒナ、この駅で降りるんだけど」

「自分もです⋯」

「ホント!?すごいね!降りよ!」


駅から出る。


「あのさ⋯今日ね、家⋯誰も居ないんだ」

「あ、そそうなんだ⋯」

「くる?」

「⋯⋯⋯」

「うち、くる?」

「⋯はい」

震えながら、本当にこの返答あっているんだろうか。自分が口にした言葉を何度訂正しようと思ったんだろう⋯。だけど、これはオレの方から提案したんじゃない。ティヒナからだ。ティヒナの方からの誘いだ。

だからオレに非があるなんて無い。

ティヒナからの誘いだ。

ティヒナからの誘いだ。

ティヒナからの誘いだ。



「着いたよ。ココがヒナの家」

「⋯⋯⋯⋯」

唾、飲み込む。

「ただいまーあ!」

「うえっ!?誰も居ないんじゃないの!?」

「ンハハハハアア、なぁんてね!やっぱり引っかかった!もう絶対そうなると思ってた!仰け反ってリアクションしてんじゃん!」

ティヒナが笑っている。ただただ笑っている。そして何より⋯可愛い。

「はぁ⋯もう⋯ほんとうにビックリした⋯」

「てか別にママいても紹介したいから居てくれてもいいんだけどねー」

「それは⋯確かに⋯そうかもしれない⋯」

「でも今日は帰って来ないから。ささ、入って?」

「う、うん⋯お邪魔します⋯」


一軒家。普通に豪華な家だなぁ⋯。親はどんな職業に就いてるんだろう。

「凄い家だね⋯」

「なんか⋯そうらしいね。いっつもそう言われるんだあー」

「だ、誰に言われるの??」

「歴代のカレシ」

「あ、、、そうなんだ⋯」

「今ぁ⋯ヤキモチ妬いた?」

「そんな事無いよ!大丈夫だいじょぶ⋯」

「んふふ⋯もうホント可愛いねイゾラスって。いつまでもイジメたくなっちゃう」

こちらに送る視線だけで十分はオレは死にそうだ。こんな恐ろしい殺戮兵器から見つめられ続けていいわけが無い。

「ソファ座っていいよ」

「⋯はい⋯」

恐る恐る座った。ソファに背もたれを掛けるなんて今のオレには出来ない。だから座る先端部分に腰を掛けた。今のオレにはこのぐらいが丁度良い。ゆったりとなんて出来やしない。


「お茶でいいー?コーヒーもあるよ?」

ティヒナが冷蔵庫、戸棚を開けて、材料の有無を確認する。

「あ、じゃあ⋯お茶で⋯」

「うん!分かった!」

「コーヒー⋯一から作るの?」

「そうなの!最近ハマってるんだー。カッコイイでしょ?」

コーヒーメーカー。説明書通りに作成すれば誰だって作るのは簡単なもの。しかし“ティヒナ・プラズニル”というブランドが纏ったものはどんなモノであれ、上級品に見えて仕方が無い。

そして本当にコーヒーを作る時の動作が美しかった。あ、この人は何をやっても完璧なんだ⋯。そう、思った。


「はい、お待たせ。ごめんね、お茶に関してはただのペットボトル。お茶も最初から作れれば良かったんだけどねー」

「イヤイヤイヤイヤ!そんな手間かけさせるワケにはいかないよ!」

正直、『お茶』を選択して正解だったな。ティヒナの分と、オレの分。2つを作成する形となってしまう。そんな面倒な作業させる事など出来ようはずが無い。お茶を選択して正解だ。

「お茶もね⋯“ニポン”の文化を踏襲して色々と勉強したりもした事あるんだけど⋯結構難しいのよねー。せんリキュウ⋯だったかな⋯」

「千利休⋯のこと?」

「そうそう!それ!センノリキュウ!上手くなったら今度はお茶しようね」

「ティヒナが、いいのなら⋯」

「もちろん!はーい、カンパーイ」

「かんぱい」


「不思議な感じ?」

「え、、、うん⋯そうだね⋯まさか⋯ティヒナの家に行く事になるとは思ってもいなかったから⋯」

「へぇ〜、告白成功するのは目に見えてたみたいなカンジ?」

「そ!!そそそんなこと!」

「ンヒィい」

「やめてよ⋯⋯」

「でも実際どうなの?ヒナに告白してぇ、成功するって⋯どのくらい思ってた?」

「⋯どのくらい⋯⋯」

「100%に成功すると思ってたなら、お茶グビっと飲み干して!0%なら、全く飲まない」

随分と独特な表現の仕方を求めるな⋯⋯。

「えっと⋯それだったら⋯⋯」


【グビっ】


「え、、、そんだけ?『チュルチュル』しか聞こえなかったけど⋯」

「うん⋯このぐらいかな⋯」

「パーセンテージにするなら、10%も行ってないじゃーん⋯ええー、そんな気持ちで告白したのーーお?」

「違うよ!違う違う!本気で告白はしたよ!手紙も本気で書いたんだ!ただ⋯やっぱり、、、いざああやって⋯⋯ティヒナを真ん前にすると⋯『無理だ⋯⋯無謀すぎた⋯』ってなっちゃって⋯。ティヒナなんて、オレなんかじゃあ届かない雲の上の存在だから⋯⋯⋯!!」

────────────

「そんな事、もう言わないの」

────────────

隣に座っていたティヒナから両腕を広げ、オレを包み込んだ。硬直。視線を真っ直ぐに固定。硬直。硬直。硬直。思考停止。

思考再生。

「いい?ヒナは⋯イゾラスの事が好きなの」

「え、、、、」

「だから⋯⋯その⋯⋯⋯告白⋯嬉しかったんだよ⋯?」

「ほ、、らほんとらわ、ら、、ほん、、ほんとぬほんとに??」

「ヒナ、ずっとイゾラスが気になってたの。でもどうやってイゾラスに近づけばいいんだろうってずっと思ってた。そしたら⋯恥ずかしいんだけど⋯」

「あの⋯扉の時⋯」

「あれは⋯本当に事故⋯今でも思い出すと恥ずかしい⋯けど、凄いチャンスだと思った。だから⋯『御礼』とか変な事言っちゃった⋯アレでもしかしたら⋯嫌われたかも⋯って思っちゃって⋯ヒナの方から⋯近づけなかった⋯⋯」

「ティヒナ⋯」

「下駄箱の手紙⋯本当に嬉しかった⋯本当に本当に⋯嬉しかった!あんなことされたことないから⋯凄いロマンチックで⋯青春してるぅ!ってなった!⋯だから、もっとイゾラスは、自分に自信を持って!ヒナは別に自分の事を“雲の上の存在”とは思ってないけど、そんな天高き人に告白するなんて相当勇気のいる事だと思うよ!」

「ティヒナ⋯⋯⋯」

「よしよし⋯」

隣からイゾラスの胴体を包み込んでいた両腕。その一方である右腕が、イゾラスの頭部を撫でる。そして、“ポンポン”と優しくスローペースに、手を当てた。

「よしよし⋯大丈夫だよ⋯大丈夫⋯」

「ごめんなさい⋯泣きそうになります⋯ごめんなさい⋯ごめんなさい⋯」

「泣いてもいいよ。大丈夫⋯イゾラスのこと⋯見てる人は見てるんだから。ひとりじゃないよ。絶対に⋯絶対にひとりじゃない。ひとりぼっちじゃないから」


オレはしばらく彼女の抱擁に助けられた。自分という存在はどうしようも無い⋯生まれてはいけない欠陥品だと思っていた。それは今でもそう思っている。今後永遠にそれは拭われないだろう⋯と思っていた。だけど⋯彼女の言葉を受けてオレは⋯もしかしたら⋯違うのかもしれない⋯。何かが自分の中で溶融していくのを感じる。

ティヒナへの好意が、特異な方向に転がる未来も感じ取った。それは⋯純愛だけでは済まされない⋯“この人じゃなきゃダメ”と思う日が来るんだ。

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