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[#17-逃避夢のブラックウイルス]

[#17-逃避夢のブラックウイルス]


⋯とは言っても、チスポーは正気を喪失してる訳じゃない。ティヒナに比べれば、体調の悪化にも程遠いものである。問題はその彼女。

どういう訳か、列車が接近してくる事への注意喚起が掛けられる事もなく、機関士を含む作業員らは業務へと戻った。貨物列車はターミナルステーションを離れていく。その離れていく方向というのも、現在三人の耳を刺激している音が発出されている向きに。


「なんなの⋯私たちがここに居てもいいって言うの?」

「わっぽたちを見捨てたんだ⋯⋯」

「見捨てた⋯⋯ティヒナも⋯?」


そんなティヒナは、自我を失っているかのように次々と線路を越えていく。バースノード駅から離れていく速度というのは速いものでは無い。なので、二人はそれぞれの音量に警告のサインを流す。


「──────」


だが、ティヒナからの応答は無い。チスポーは我慢の限界域に達し、ティヒナと同様に線路への侵入を決意。

実際、当該行為は20分前まで行っていた事だ。一切悪びれる様子も無くやっていたにも関わらず、何故かここに来て物凄い罪悪感を帯びてくるのはどうしてだろうか⋯。


チスポーがバースノード駅から線路ゾーンへ飛び込むのを躊躇う。その光景を見て憤慨したのか、ファイウェルが彼女がこれから実行しようとしかけていた行為を、“我が動き”にせしめようと、足を向ける。その先にあるのは、ティヒナを含む多数の線路。ティヒナに呼び声を掛けても、一向に返ってくることは無い。

では仕方がない。

こちらから動くしかないのだ。


ファイウェルは線路へ飛び込もうとする。その感情というのは、確か分かる。チスポーが躊躇したのも、ここに来て判ったのだ。罪悪感を出てくるし、それに追従する形として“阻害の一方通行”まで登場してくる。


この先へは行くな───。


そんなことを言われてるようであった。

すると、下半身に加重が生じる。

こんな体験初めての事だ。

足が動かない。

思うように身動きが取れなくなる。

それは、ファイウェルだけじゃない。チスポーも同じ反応を見せていた。


二人の視界はどんどんと変わっていく。その変貌の速度と言うのは、彼女たちの瞬きによって、次々と矢継ぎ早な展開で構成されている。

ファイウェルの意識に謎の信号がビビっ⋯と走る。彼女はそれを“気の所為”として捉えず、その先の展開を考えた。

その結果、脳の覚醒が始まり、通常では有り得ないものが視認可能になっていった。バースノード駅の廃れた風景は、ファイウェルにとって、昔の光景。

今や、バースノード駅は、水、炎、風、大地。

自然四元素が粒子状物質となり、駅を包み込む。主には風がその力を一際強く発生させており、ハリケーン級と同等のものかと思われた。

じゃあどうして三人はこの場にとどまれるのか?


動けないからだ。


「なによ!!これェエ!!」

チスポーが叫ぶ。

私だって叫びたいさ。

だが、叫んだってこの状況から逃れられるわけじゃ無いんだろ?


ファイウェルにはそこまで見えていた。

見えていた⋯というか、教えてくれた。

誰かも知らない人から。

────ヒト?

ヒト⋯と、勝手に決めていいものか?それは。


「チスポー、落ち着いて」

チスポーを宥める。

「ファイちゃん!!なんでそんなジテっとしてんのやさ!!」

“ジテっと”⋯、何とも彼女らしい表現だ。

そうか、今の私は“ジテっと”という言葉が最適解な見た目なんだな。

言葉に抑揚が生まれる。

思考能力にも向上線が見られた。

私は、私が、私だ⋯と自我境界へ問い掛けた。

返答は否応で、“当たり前だ”との事。


私が聞いたのが、馬鹿だったみたいだ。


チスポーにも、私と同じような構図を期待している。

時間が経てば、私のような状況になる筈だ。


問題はティヒナ。

ティヒナが線路を渡っていくその先には、さっきまで視認不可であったものが、現在の私⋯


────────────

「ファイウェル」

────────────


どうやら、始まったらしい。


〈それでは、“プロジェクト・アリスバーチ”、プロローグフェーズへの足並みを揃えよう〉


ファイウェルとチスポー。二人に誤差はあったものの、同一の状態へと駒を進めた。

二人はこのまま線路にて、“佇み”と“歩み”を交互に継続させているティヒナを傍観する。

すぐ“何かしら”のサインがあれば、いつでも駅のホームから線路へ飛び込めるぐらいの覚悟のままに。

危険なんて無い。

だが、“覚悟”という表現に相違は無いように思われる。

赴くがままに進行を続けるティヒナへと焦点を移そう。



私だけの世界。

自分だけの空間。

私が居ればいい世界。

私が残ってればいい空間。

どうなったって、私が最後に微笑んでいればいい世界。


〈ティヒナ・プラズニルへの“逃避夢”を開始しろ〉

嘶夢驅しむくの発生を確認〉

〈“霜硝の弋鱗獣”をここでですか?〉

〈ああ、使うんだ。盈虚ユメクイさまのお達しでな〉

〈───計画への促進をする気なんですね⋯〉


でも、やっぱり違ったんだ。

私以外にも、必要な人がいる世界がいい。

どうなったって、私とあなたが一緒の空間になればいいんだ。


〈どうした?〉

〈ティヒナ・プラズニルが信号を拒否しています〉

〈なに?さっきと同様の生命波長の筈だ〉


イゾラスの元へ連れてって。


〈神経回路強制遮断プロトコルのコネクトリンクを自承諾〉

〈再起動モードへの突入前です〉

〈まさか⋯自らが進んで我々からのジャミングを受け入れる、と云うのか?〉



ティヒナの心が誰かに奪われる⋯。極地へと迫っていた自身の心を誰かも判らない“何者か”に差し出す事を決意。


何故なんだろう。

不安と不信が、何も無いんだ。

これが正解な気がしてならない。

他に、するべき事が思い浮かばないんだよね。

私に与えられた運命って、まだまだ余力があるように思うんだけど、これだけは境界線が決定付けられてた。


ここ───。


ここしかない。

ここを逃せば。

あとはもう、後悔が残るだけ。

残滓の想いを今後の人生で絶やすつもりで生きていくのなら、今だ。


〈計画遂行への支障には問題の無い行為⋯〉

〈ですがこれまた、シナリオ通り⋯とはいかない展開ですね〉

幻夢郷ドリームランドの存在意義が無くなってしまうじゃないか〉


私の願望を叶える神器なら、残った全てを棒に捨てよ。

そうでもしなきゃ、私はここで腐り散る。

仕方の無いことよ。

私は一つに焦点を当て、理の超えた運命の方舟と再会を果たそうとしているのだから。


〈自己意識プログラムに修正箇所シグナルが点灯〉

〈自我を取り戻す前に、ドリームランドとの回線を切るのだ〉

〈本回線は既に遮断している筈です〉

〈───あああ!!もういったいコレは何が起きていると云うのだ!!〉



幻夢郷ドリームランドからの介入は、複数回線が存在していた。ティヒナ・プラズニルへの神経回線侵入を果たしたドリームウォーカー達は、ティヒナ・プラズニルを利用し、自分たちの計画を遂行させる為の道具として運用する。

だが、そこに未確認信号の発生が確認された事によって、事態は予測の範疇に無いものへと大変動。


〈計画への支障は?〉

〈このままだと未確認信号を送信する親基に、ティヒナ・プラズニルを乗っ取られる可能性が大です〉


そこ⋯そこに居るのね。

いま、貴方を見つけた。

待って───いてね。

待てば、私に逢えるから。

逢いたい⋯と貴方も思えば、もっと早く逢える。

この想い、届いて欲しい。

ずっと傍に居たいから。

居続けたいから。


激愛に満ちたティヒナの心。

この感情を誘発したのは、“本回線”と謳っているドリームウォーカーとは、また違うドリームウォーカーである。


〈目的は何だ⋯〉

〈ラヴ達の共同回線は、未確認信号へも伝わっている筈です〉

〈そしてドリームウォーカーのやり口⋯という事は⋯〉

〈はい、その恐らく⋯〉

〈盈虚ユメクイさまに異を唱える者───〉

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