[#14-無機質と少女]
[#14-無機質と少女]
17時23分。
この時間になると、“ソロソロ来ますよ⋯”という合図が線路を伝い、ティヒナ達の元へと聞こえるようになる。ティヒナが線路へ耳を近付ける。そうすると、ティヒナの言動に反応したかのように、直ぐにそれは訪れる。
線路へ耳を傾ける⋯だけでは聞こえない。線路へと耳をほぼゼロ距離のような近さにしなきゃ、貨物列車が接近してくるサインは人間には届きはしない。ティヒナ、ファイウェル、チスポーが今いる場所は廃駅の廃線。使われていない線路に、貨物列車の接近する“ガタンガタンゴト”とは言えない、“ドゥルリリルルルルル”という機械音。
伝播する音曲は、通常反響している音とは異なる音色を奏でる。貨物列車はまだもう少し、ティヒナ達の元へと来訪する時間はあるが、こうして今か今かと貨物列車が来ることを心待ちにしている時間が何よりも楽しい⋯のは、ティヒナだけ。
「♪♪♪♪♪♪♪」
出来上がってしまったティヒナのアゲアゲテンション。こうなると、ファイウェルとチスポーにはリアクターとして稼働するしかないのがいつもの流れ。
「ティヒナー?」
「なにぃ?」
「そんな線路に耳なんか当てて、汚くねぇか?今、使われてないだけで元々はその上をゴトゴトと色んな電車が走行してたんだぞ?それに、今だ。手入れもされて無いんだから余計汚いって」
「分かってないなぁ、ファイウェルは」
「は?」
「時代を感じれるの、線路は。過去の列車遍歴がここからヒシヒシと伝わるのを感じない?匂いもわかる」
「?」
ファイウェルがチスポーに頭を振る。案の定、チスポーも『????』と、ファイウェル以上のはてなマークを思い浮かべているのが、“まじまじ”と伝わってくる。
ティヒナの“無機質機械的構造モノ”への造詣の深さは、今になって始まったことでは無い。だが、今日は対象への愛の深さが異質さを極めていた。とても、物への当たり、とは言えないような感じ。愛しのモノ、として見ているような気がしてならない。だってもう、線路とティヒナの距離はスレスレ所の騒ぎでは無い。
普通に右顔面は当たってるし、長い髪の毛だって、ほとんどが地面にズポンと接触してしまっている。何度も言及しているが、今三人が滞在しているのは、全く手入れも行っていなければ人が訪れていいような所でも無いただの廃駅。
立ち入り禁止看板が置かれていないだけで、普通にここはそういう場所に指定されているはずの区域。それでもティヒナはここに来たい⋯と願っていた。
ティヒナをここへ誘ったのは、ファイウェルとチスポーでもあるから、ティヒナだけが有罪⋯と言われてしまえば、そういう訳とも思えない。
ファイウェルとチスポーが『ここならきっと、ティヒナの感情整理もなるはず』と両者合意の上、結果的にこういう事になってしまった。
「あ!段々、音、おっきくなって来たね!」
「うん、そうだね」
「わっぽにも聞こえてくんね!」
チスポーの感情が平常に戻った。チスポーのテンションに関しては、ファイウェル的に言うなれば『お前の心情はずっとドロップアウトしたままでいいわ』と思っているのが正当。ティヒナにちょいとばかり問題が発生しているのに、“異分子”とも取れるチスポーの存在は明らかに邪魔でしかない。思考領域に異物を混入されている⋯事への同義だと思って、ファイウェルはチスポーへの睨みを効かせた。
チスポーは殺伐としてファイウェルからの視線を受け取りつつも、ハートマークを黒目に宿した純愛なる眼球を、アイラインに沿ってハンドサイン。チスポーから送られたハンドサインと共にある視線は、間違いなくファイウェルの現在には邪魔でしかないもので、『お前もティヒナの事に集中しろ!!』と怒鳴りつけてやりたかっただろう。
裏で女同士の熱戦が繰り広げられようとしている中で、貨物列車の音、“本音声”が普通に直立していても気付けるぐらいのボリュームへと成長。
廃駅に居る三人は貨物列車が走行してくる所を定点観察。
そして訪れたその時。ガタンゴトン⋯という音が基本的な列車の音色かと思っていたファイウェルとチスポー。その当たり前の思想は、偶像として破壊されてしまう。
ティヒナから紹介のあった当該廃駅、二人が知ったのは律歴4453年7月16日。今から約二年前だから、高校一年生という事になる。
“バースノード駅”。それがこの駅の名前。
ティヒナがどうしてバースノード駅を好意対象として認識しているのか、それを詳細に説明した事は一度もない。ただいつも口癖みたいな感じで言うのは、
─────
『線路って、二つで一つなの。だから好き。お互いが欠けちゃうと役割を果たす⋯全うする事が出来ない。お願いする側だって、気、使っちゃうからね。そこが線路の好きなポイントなんだ。線路の好きな所を話してるのに“ポイント”って言っちゃうとややこしいよね』
─────
ティヒナは事ある毎に、バースノード駅へ訪れ、孤独の時間が流れる中で自己の世界と向き合う。その時間がいつになく同じ感情を抱かせる事で、自己再生への道が開かれるのだとか。ティヒナが心を許す人物は沢山いる。イゾラスのような根暗な人間では無く、多くの人から愛情を与えられて育ってきたので、必然的に交流の幅は拡大していき、対人コミュニケーション能力も向上。人間に関する事で苦手な分野は無かったティヒナだったが、恋愛はと言うと⋯イゾラスでもう十分⋯という、心に余裕の無い、今までのティヒナを知っている人でも想像し得ない“教理”を抱いているようだ。
それを解放しようと語るつもりは無い。
◈
貨物列車がバースノード駅にやって来た。⋯⋯正確には、バースノード駅に貨物列車がやって来たのでは無く、バースノード駅から少し先にある、交易ターミナルステーション。
バースノード駅は何も通行がされていない廃駅と化した地帯なので、現在貨物列車が停車中のターミナルステーションと比較すれば、その大差は歴然。但し、かなりこじんまりとした規模感なのは、当該地域の“色”が嫌でも配色されているから。
停車している理由は、貨物列車から何かを下ろしたり、何かを積んだりしている訳じゃない。運転手の交代だったり、貨物や走行機関に不備が無いかの有無チェック。
そんなような所だ。貨物列車からは一人、また一人⋯と男が現れる。ファイウェルとチスポーは『やばい!』と小声で、危険を察知。二人は一目散にその場から離れようとするが、ティヒナは一切動こうとしない。不動の直立を維持し、貨物列車の先頭台車から現れる人を眺める。
バースノード駅とターミナルステーションの距離、
実に、50メートル。
目を凝らさなくても、向こうの貨物列車に人がいる事は容易に視認可能。ティヒナは作業乗車員を眺めていると、途端に大きな声を出し、身体までもが大変高いボイスベクトルに乗せられるがまま振動。
「おーーーーーーい!」
二人は『何やってんの!?』とティヒナに聞こえるか聞こえないかのボリュームで注意。この時でも、ファイウェルとチスポーは姿がバレてしまう事を警戒していた。最悪、自分達だけでも⋯というような結果を切望しているのだ。
だがしかし、現実は無情にも彼女達“逃亡者二人”を見放す事への“絶対”は無い。残念ながら、ファイウェルとチスポーがバースノード駅に所在中なのは、あちらにいる作業乗車員達にはバレバレ。そしてそれはもちろんながら、ティヒナと同様。
なのだが、事態は思ってもみなかった方向へとシフトチェンジを決めに来る。
─────────────
「お、ティヒナちゃーん!」
─────────────
衝撃の言葉が貨物列車から、方角的にも三人へ向かって響き渡る事になった。ファイウェルとチスポーは、ティヒナの名を呼ぶ男の正体を肉眼で確認したい⋯と、離れようとしていた場所へその身を戻そうとする。その様子を未来予知したかのように、ティヒナが二人へ顔を振る。その時のティヒナの顔は口角を上げ、いつも我々友人に見せる彼女らしさが溢れた笑顔へと満ちていた。
「大丈夫、あの人たち、ヒナの事オッケーしてくれる人だから」
「おっ、、けー??」
「????」
そう言われても⋯と、二人は不安な影へと目を向ける。貨物列車から5人ほどの男性が手を振り撒いている。そのターゲットとして指定されている人物こそが、バースノード駅に居るティヒナ。
「今日はーー、だいぶ編成両が少ないんですねーー!」
ティヒナの大声量。喉をふんだんに使用し、これでもかと自分の音声を向こう側へといる、作業員たちに聞こえさせようとしている。そのティヒナに対して、作業員を代表して一人の男が大きな声で応答。
「そうなんだー!今日もお疲れ様ー!」
ティヒナよりも大きな声。さすがは男。さすがは働く男。ティヒナの3倍以上は出ていた声量、たぶんだがこんなにもの声量を吐き出すのは容易な事なのだろう。慣れた声帯の震わしを体験し、ティヒナは『お疲れ様』という言葉への感謝を送る。
「そちらこそ!お疲れ様でーーーす!」
ファイウェルとチスポーは、両者の会話をただ見ているだけ。作業員たちの目にも、当然ながら二人の姿を目視内に入っているはず。なのにも関わらず、作業員は二人に一切の興味を示していない。
『まぁ、ティヒナみたいな女の子が、疲労困憊状態の男の前に現れでもさえすれば、元気ハツラツになって私たちの存在なんか気にすることも無いか⋯』
ファイウェルは、現在の置かれた状況を分析。ティヒナが男に評価されるのは当たり前の事。自分たちに目がいかないのはもっと当たり前の事⋯として、納得のいく考察を立てていった。そんなファイウェルに反して、チスポーはと言うと⋯⋯⋯⋯
「こんばんワーーーーーー」
ティヒナ以上のボイス。声量に怒気でも詰まっているかのような、野太い声。とてもじゃないが女とは思えない程の、イカついボリュームが向こう側の貨物列車を的とし、射抜かれていく。無邪気さに満ち溢れた声に、ティヒナは大笑い。作業員たちはチスポーの声に対しての応答へと出る。
「こんばんはー!すっごいおっきな声だねーー!」
「わっちーー、まだまだ出るよーーー!!!」
「ほんとうかいーーーー?じゃあーーーー、もっと出してみてよーーーーー」
高校三年生と大人が、複数の線路を間にして、何をやっているんだか⋯。50メートル以上も離れながらも、両者はこの“距離”を面白さの題材とし、バラエティ化を始めていく。たかだか距離が離れているだけで、一つの障害となっている事は、生物に対しての挑戦状とも解釈が可能。
くだらない⋯。
そんな言葉で片付けるのはあまりにも勿体ないので、両者はそのバラエティ化された題材を真剣に楽しもうとしている。
ティヒナと作業員たちは、一週間に一度、このような時間を設けているという。
然しながら、一般人に貨物列車へは通行ダイヤが公開されていないの。よって、作業員たちとティヒナが再会出来るケースは比較的珍しい部類に入るようだ。そんな情報がティヒナから伝えられると、ファイウェルは両者の時間は“不可侵領域ではある”と判断し、その場からの退行を開始。先程の退行よりかは、大人しめの様子で少しの距離を確保した感じだ。チスポーは、作業員たちとティヒナが異常な間隔を空けての会話に参加しようと奮闘中な様子だったが、そんなチスポーを引っ張り『コッチよ!』と強めな口調で言いつけた。
『ナゼに!?』と訴えるチスポーを余所目に、ファイウェルはティヒナに『早く済ませてね』と言った。
「ごめんねファイウェル、チスポー」
割と本気めの謝罪。しっかりと両手を合わせ、観音様へのお参りかのように二人への礼儀を執る。顔面もそこそこに厳しめなテンションをしていた。ティヒナが再び顔を貨物列車方面へと戻すと、一鳴りの響きが聴こえてくる。それは“残響”となり、やがて線路へと“伝い”として役割を果たすようになる。この状況は、向こう側に停車中である貨物列車が、バースノード駅付近へと近付いてくる時と同様の流れだ。
「貨物列車だ。ここ、あれ以外にも走行してくるのがあるんだね、ティヒナ」
バースノード駅は使用されていない。だが、向こうにある貨物列車のターミナルステーションはバキバキに現役稼働中。聴こえてくる音曲に関心を示すファイウェルとチスポー。二人がこのようなリアクションとなっているのだから、ティヒナはそれ以上の関心事として注目しているに違いない。
しかし、ティヒナを見てみると予想外の反応を見せていた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯?ティヒナ?」
「ティナちゃん?どしたー」
思わず声を掛けてしまいたくなる程の、険しい顔を作っていた。そのティヒナが開口一番に、当該リアクションへの理由じみた言葉を吐露する。
「この音、知らない」




