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[#1-パレットを開いたら、前回の絵具を洗い忘れていた事に気づく]

『リルイン・オブ・レゾンデートル』シリーズ初のスピンオフ作品。本編第一章を読んでいただくと、より当ストーリーへの没入感は増しますが、独立性の高い作品ですので、特にここから読んでも問題はありません。

[#1-パレットを開いたら、前回の絵具を洗い忘れていた事に気づく]



律歴4456年3月1日──。

トゥーラティ大陸北東区域 バーセラーリュート

トゥーラティ大陸立カーマノドンス高等学園


「イゾラス⋯」

「ん?どうしたの?」

「えぇ?もお⋯イゾラスってホントに鈍感だよね⋯ヒナのこの顔見ても何とも思わない訳?」

「そんな事ないよ」

「じゃあ今⋯アナタは⋯いったいぜんたい⋯愛するヒナに⋯何を⋯思っているんですかぁ?簡潔に⋯述べよ!」

「離れたくない。オレはずっとそう思っているよ。だけど⋯それが叶う事は無いから⋯どうすればいいのかな⋯って、、性にあわない事を考えてる⋯」

「“簡潔に”⋯って言ったよね。それだと簡潔になってないよ!もっとこう⋯さ、⋯⋯、、、分かんない??もっとだから⋯!!」


【抱擁。力強く。それも今までにない彼からの抱きしめ。こんなに強く私の肩を持って⋯握って⋯身体と身体が重ね合って⋯彼の体温を強く感じる事は⋯⋯⋯⋯なんだか久しぶりのように感じてしまった】


「やめてよ⋯まだ学校なんだからさ⋯こんな所で⋯こんなのしてたら⋯見られちゃうよ?」

「オレは見られてもいいと思ってるけど?」

「ヒナはそう思ってない!」

「ヒナがそう思って無くとも、オレがそう思ってるから」

「もお⋯、、イゾラスは⋯いつからそんな男になったのよ⋯」

「ぜんぶヒナのおかげだよ⋯」

「違うよ。ヒナは何もしてないよ。イゾラスが自分を変えたんだよ。ヒナは⋯⋯“何もしてない”っていうのは言い過ぎかもだけど⋯そこから⋯“変えよう”って判断決めたのはイゾラス自身だからね。だからって、1年前のイゾラスが嫌だった訳じゃ無いけど」

「1年前のオレの方が好きだった?」

「どっちもどっち。イゾラスらしさがあった夏まで⋯。なんか変わった??⋯な秋頃。⋯⋯積極的、、に、、、なった、、、クリスマス⋯。どれもヒナの大切な思い出」

「オレとしては⋯過去の記憶は抹消してほしいぐらいだよ⋯。なんなら昨日までの自分を⋯」

「えぇ?何それ〜?ヒナとの思い出を抹消したい⋯てコト??」

「あ〜違う違う!そうじゃなくてさぁ⋯あああ⋯あの⋯ええっと⋯つまりはさ⋯⋯」

「ンフフ⋯んふふふふ⋯やっぱり“人間”は変わらないね。立ち振る舞い、態度、いざま、対人構築⋯色んな面でイゾラスはこの1年で急成長してる。彼女として、それを近くで見れたこと、本当に本当に嬉しかった!それなのに⋯相変わらずの“ドッグワード加減”」

「いやぁ⋯ごめん⋯やっぱり⋯あの〜うん⋯なんでだかこれはもう治らないンだよね⋯」

「単に“癖”っていうだけでしょ?全然大丈夫だから!そんなイゾラスの姿も可愛くて好きだよ」


【ドッグワードの連打で、イゾラスは彼女から離れてしまった。そんなイゾラスに困惑する彼女。だが彼女からの『好きだよ』という発言の直後、物理的な距離が生まれていた間は一気に間合いが詰められる。そして、彼女がイゾラスに飛びかかって抱き着いた】


「ちょっと⋯!ヒナ⋯!!それは、、、」

「なぁにぃ??そっちから仕掛けてきたクセに〜!」

「オレは⋯そこまでダイナミックな動きはしてないよ⋯!もっとふんわりと抱き締めたんじゃないか!」

なんだかあの時の⋯付き合いたてのイゾラスの感じに戻ってきた。その片鱗を感じてヒナは嬉しくなった。まだ⋯彼は人の子なんだ⋯って。そう思えたから。彼の内情を知ってしまった以上、簡単に踏み込める問題では無い⋯。しかし彼女として⋯イゾラスを好きでいる身として⋯イゾラスに恋心を抱く者として⋯感傷的な部分に触れるのは致し方無い事だと思っている。イゾラスの気が少しでも和らぐのなら⋯それぐらいの事は⋯。ヒナがイゾラスのクッション的な役割を担う。絶対にイゾラスだけで背負わせる訳にはいかない。⋯かと言って、ここまで大衆面前がいる中で、抱きつきダイブという行為が適切なのか⋯と問われると⋯⋯⋯⋯⋯⋯うっさい!、、と言いたくなる。そんなの別にヒナの個人的な衝動に決まってるじゃない。この時、イゾラスへの気持ちが爆発しちゃったんだから、“抱きつきダイブ”しか無かったの!コレ以外にも色んな方法あったと思うけど⋯ヒナ的にはアレが最善な方法。手法。やり方。手順。セクション。

───────────

「ティヒナちゃーん?ラブラブっぷり見せるの勘弁しなさいよ!」

「おい!ティヒナさんとそんな事出来るなんてお前は前世でどんだけの事をしてきたんだよ!」

「ティヒナさーん!私の愛も受け止めてー!!」

「ティヒナさん!僕だってティヒナさんが大好きなんですよ!」

「俺の方がコイツよりも絶対カッコイイだろ!」

「そんなヒョロガリじゃなくて俺の方にも目を向けるんだ!」

───────────

「ありがとみんな!だけどヒナは⋯この⋯『イゾラスっていう普通の男の子』が好きなの!」

フツウ⋯。

「ゴメン!本心じゃないから!」

ティヒナがオレの耳元で囁く。分かり切ってる事を。オレがこうして反応したのも“ワザと”だって承知である。つまりこの会話は中身の無い愛情の交換。相互的な理解が天頂に達したペアだからこそ可能なコミュニケーションの一つだ。


「ティヒナ〜!朝会えなかったね〜!」

「そうだね!ゴメンゴメン!」

「みんなでティヒナの事、待ってたんだけど⋯この感じを見るに、、、」

「ンそ!そういうこと!ヒナは⋯“イゾ”と一緒に居たあ〜」

「“イゾ”⋯その呼び方やめたんじゃないの?」

ティヒナを取り巻く女子グループの一人がそう言

「撤回テッカーい!ヒナがそう呼びたい時はそう呼ぶの!それがヒナの心の構えなのだ!」

「あ〜⋯⋯」

ティヒナがイゾラスにくっつく。イゾラスはそんな彼女のボディータッチに受け入れ態勢ではあるものの、弱冠ながら恥ずかしさを覚えていた。

「イゾラス、恥ずかしがってんじゃん」

「えぇ?イゾラスぅ?」

ティヒナが密着した状態で上目遣いとなり、イゾラスに意見を求める。それはとても⋯“小悪魔的”と言えば、すぐに表現がつくものではあるが、そんな簡単に方の付けられる類のものでは無かった。半ば強引な誘導ではあったが、自分の中でも実際に⋯“恥ずかしい”と思っていたので、正直に言ってみ⋯なんて⋯出来ようはずが無い。偽る。


「そ、そ、そんなことないよ」

「ね!イゾラス〜!」

「あんた達⋯ホント典型的なバカップルって感じね。まぁそれが長く続いて傍観者達は嬉しいさ」

「“マブとして”で良くない?傍観者って⋯なぁんか堅苦しい言葉でなぁんかね⋯ね?イゾラス?」

表現としてはあながち間違っては無い⋯ものだと思うがティヒナがそう思うなら、そうなのかもしれない。ティヒナファーストでここは進行していこう。

「うん⋯なんか変な言い方だね」

「イゾラス⋯アンタ⋯ティヒナの意見に乗っかりっぱなしじゃない。自分の意見を持ったらどうよ」

やはりバレていた⋯これは治る事が無かった人間性の中でも、矯正が難しい箇所だった。何でもかんでも“ティヒナファースト”がオレの信念であった。しかしながらこのティヒナファーストを不安視していた人物が少なからずいたのだ。そんな人物にこの約1年間“矯正”という矯正を施術してもらってはいたが⋯⋯、、、⋯はぁ⋯⋯⋯ごめんなさい⋯ただ⋯ごめんなさい⋯⋯⋯。そんな施術師こそ⋯。

───────────────

「イゾラスはこのままでいいの!」

───────────────


一年前⋯。忘れもしない⋯4月30日。

僕と付き合うことになった、学園一の美女。“マドンナ”という肩書きがこういう場合には多用される事が、原世界同期演習で明らかになったので、彼女の事を“マドンナ呼ばわり”したい⋯と少しばかり思っていた。だが⋯直ぐに授業で学習した内容を実践してみるのはなんだか⋯恥ずかしい感じもする⋯。、、、、、、なので⋯、、、はい、、そういうことです⋯今まで、こうして長く短く長く短くダラダラとお話して来ましたが⋯、、“学園一の美女”と呼称させていただきます。“マドンナ”の件は忘れてください。

はい、、、、すみません⋯。オレの性格果汁100%のトーク内容はいかがでしたか⋯。本当にすみません⋯こんな男が、どうやら当シナリオの“主人公”なる人物のようで⋯オレ⋯。はい、、色々とツッコミどころありますよね⋯。


あ、、、無い、、、ですか?⋯、、、。

こんなにもオドオドした感じなのに⋯

『一人称、“オレ”なんだぁ⋯⋯』

なんて、疑問は持たれなかったんですか?みんな良い感じにオレの姿をイマジナリーしてくれてるようですね⋯。それはとても嬉しいです。

─────────────

学園一の美女と渡り歩いてたんだから、そりゃあそうでしょうよ!

─────────────


そうですよね。学園一の美女と1年間付き合えるなんて、普通はスクールカースト制度的に上位グループの男の特権みたいなモンですもんね。ええっと⋯僕は⋯スクールカースト制度的に言うならば⋯、、、


┌──Isolas:marketing-school/caste/ranking~update ────────────┐

《第1層》

サッカー部、バスケ部、陸上部、野球部、その他のイケてるメンズと謳われている分際。


《第2層》

バドミントン部、バレー部、その他のクラスルーム内で目立ってるorはしゃいでる分際。


《第3層》

文化部(インドア系)、無所属。帰宅連中。友達付き合いが苦手で、人との関係を限りなく断ち切ってきた分際。この世との隔絶された世界を生きる絶界の使者たち。一人一人にはそれぞれのコロニーが存在し、そのコロニー領域で無ければ、自身の素晴らしさ⋯愉悦に浸れない。いざ外界に住まう人間とのコミュニケーションを図る⋯または外部との連携コミュニティを繋げようとすると、普段慣れてない行動をしてしまい、情報回路と処理能力にバグが生まれ、脳内がパンク状態に陥る。決して、自分が思い描くビジョンが成されない。しかし、たまにチャンスは巡ってくる。女の子や、スクールカースト上層の男連中との対人関係構築だ。少ないながらも、これを“チャンス”だと捉える“第3層人間マントルスチューデント“もいるみたい。オレは違うけど⋯。どうせ失敗するし⋯。掴めないし。失敗する絵がビジョン出来るから。マジで一回も成功した試しがない。元からそういうシナリオで構成していってるからかもしれないけど。

└────────────────────────────┘


言わずもがな、オレは第3層人間。だけど⋯今、卒業式。卒業式までの約1年間でオレは数え切れない程の青春を味わった。その原因こそ、オレの⋯カノジョ⋯。

今でも信じられない⋯。彼女の事を“彼女”って言っていいのか分からなくなるぐらいに信じられないけど⋯、、本当にそうなんだ。

学園一の美女、ティヒナはオレの彼女。

裏切られなかった。オレのビジョンでは圧倒的に“裏切りの凶兆”を示していた。ビンビン鳴ってたよ。

そんな中でもティヒナは延々とオレに興味以上のモノを示してくれた。

光だった。

彼女が光となって、オレの暗黒だったはずの学校生活に煌めきを齎した。あまりにもそれは光輝き過ぎた世界で、自分にはとても合わない世界。ただその中心地にいるのは他でも無いティヒナ。

ティヒナが連れて来てくれた恩恵が、オレの人生に色彩を描く。


『イゾラス!こっちこっち!』

『イゾラス!なにやってんの?それ、ヒナにもやらして?』

『イゾラスがそう言ってるんだから、イゾラスに任すの!』

────────

『イゾラス』

『イゾラスが好き』

────────


「イゾラス、写真撮ろ?」

「うん!」


卒業式。こんなにも楽しく迎えられるなんて、思いもしなかった。

全ては約1年前から始まる。





ンプフッ⋯『全ては約1年前から始まる』⋯。




律歴4455年4月7日──。


今日から高校三年生。かと言って、大した変化が起こらない。周りの人間達は様々なコミュニティを形成し、それぞれの派閥を構築している。オレは⋯この通り⋯。

だーーーーーぁれもいない。辛うじて⋯独りでは無い。友達は少ないけど⋯本当に⋯少ないけど⋯いる。いるっちゃいるって感じ。ただその友達はオレのように友達が少ない⋯限られた人数という訳じゃない。色んな友達を抱えているんだ。その中にオレが紛れている。

そう思っていると、なんだか悲しくなる。あ、勘違いしないでほしいのは、“オレ以外にも友達がいる”ことに⋯では無い。

友達が他にもいるのに、どうしてオレと付き合いを共にする時間をわざわざ作ってくれるんだろうか⋯。

優しいよね。割いてくれてるんだもん。


8時30分──。


オレ以外のだいたいの生徒はこの日を楽しみに⋯待ち遠しく望んでいた生徒が多いと思っている。オレみたいに“どうでもいい時間”⋯と思っているのは少ないのだろう。


『もっと2年のクラスのみんなと一緒にいたかった!』


なぁんて青春を謳歌しているヤツらにとって、この行事は来てほしくない部類の大イベント。そう、クラス替えだ。

本当に⋯本当に⋯本当に⋯本当に⋯本当に⋯どうでもいいんだよな。唯一の友達二人とも別に一緒のクラスになりたいか〜っと言われたら、そうでもない。うん、そうでも無いね。

会えるし。

会おうと思えば会えるし。会えなくなっても⋯そこまでの関係性だったんだって思うし⋯。そう思う前から思ってたかもだし⋯。

オレはこんな感じで取っ付きにくい性格。だから他人の方から接してくる事なんて皆無。あるとするなら⋯学校での授業内で行われるグループワークぐらい。クラスメイトは自分の性格を把握しているから、おかげで他人の方から自分を促してくれる。オレは何もしない。最低限は相手する。授業の迷惑になるから。


こんな毒にも薬にもならない回想をしていて何が楽しいんだか。クラス替えなんてどうでもいいよ⋯、、、、⋯。

はぁ⋯。

「イゾラス、おはよう」

「おはようございます」

ヨーサル先生だ。去年、二年次クラスの担任だった先生。ヨーサル先生は今まで経験してきた先生の中でまぁ良い方の類に入る先生だ。そんな事言ってるけど、結局はオレの匙加減。歴代のオレの担任はオレへのコミュニケーションを完全に諦めていた。そんな中でヨーサル先生はオレに話しかけ続けた。最初はダルい⋯と思っていたけど⋯気づけばこんな感じに話せるような関係性になっていた。

「イゾラス、今日から三年生だぞ?大丈夫か?」

「ええ⋯まぁ、、いつも通りに参りたいと思います」

「いつも通りってなぁ⋯お前ぇ⋯見てみろ。周りの同期を」

「見なくても聴覚だけで十分伝わってきますよ。こんなに騒々しい日は中々ありませんから。先生として注意してくださいよ」

「そんな事出来るわけねぇだろ?一年に一回のクラス替えなんだ。先生としても嬉しいイベントだからな」

「なんでですか?なんでそんな思考に到達するんですか?⋯あ、なるほど⋯。二年次クラスの時にうるさかったヤツらを離れ離れに出来る良い機会だからってコトっすか?」

「イゾラス⋯お前は鋭いヤツだな?」

「安易な考えですねー。学園側もそんな幼稚な考えになるんですねー。なんだか失望しましたよー」

「どこが幼稚なんだよ⋯。学園をより良い方向に示すには欠かせない事だろ?」

「ですけど⋯こんな事、一生徒に暴露しちゃっていいんですか?」

「イゾラスに友達がいるのか?」

「あー、突かれましたわー。ヨーサル先生に1本取られました。流石ですね」

「はぁ⋯先生も本気で言った訳じゃ無いんだが⋯」

確かにヨーサル先生は不気味なぐらいに微笑みながら、オレを馬鹿にした事を言ってきた。本来であれば、この発言に対して怒って、そこから生まれる新展開トークを繰り広げるのが常なんだろうが⋯あまりにも図星過ぎて、感心してしまう程だった。オレのこのリアクションに引いているヨーサル先生。


「イゾラス⋯今年は⋯誰かしらの⋯“知り合い”は作った方がいいんじゃないか?先生も協力するから」

「去年からそれはずっと言ってくださっていますが、ご安心ください。オレは全然興味ありません。最低人数の友達がいますので」

「そんなこと言って⋯この一年で高校生活が終わるんだぞ?本当にいいのか?⋯まぁ⋯、、、何度も同じ事を言ってな⋯それがお前なんだな⋯。いいさ、イゾラスはイゾラスの思うがままに生きるといい」

「なんですかその言い方。なんかムカつく言い方しますね」

「ふん、申し訳ないな。陰ながら応援させてもらうよ」

「はぁ⋯」

何を言ってるのか、よくわかんないまま、オレの前から去っていったヨーサル先生。そんなヨーサル先生はオレみたいな根暗な人間から、ワイワイガヤガヤ賑わっているグループの方に寄って行った。


「先生ぇ!やったやった!ねぇ見て見て!私達同じクラスになってた!」

「ヨーサル先生がやってくれたの!?」

「俺にはそんな事出来るわけないだろ?運だよ運。良かったな」

「やったやったぁー!!嬉しいね!」

「ンね!まさか私達が一緒のクラスになれるなんて思ってもいなかったよ!」


ヨーサル先生が言及して人物はあのようなグループであろう。オレもあーいううるさいグループは嫌いだ。どうにも好きになれない。一緒に居たくないって心から思える。そんなオレは正義だとも思ってるし、受け入れていかなきゃならないのかな⋯とも思う。

イロイロめんどくさ。


こんな虚妄にも及ぶ時間のせいで、どさくさに紛れてヨーサル先生から貰っていたクラス替えシートの存在を忘れていたオレ氏。貰った直後は、『あ⋯』と思っていたけどそれに言及するよりも先に、頭へ上ってきた⋯ムカムカのターゲット。その相手を脳内で行ってしまい、結果、このような無様な姿で立ち尽くしていた。


オレは今、どうやってみんなの視点に映っている⋯。


みんなが⋯オレを見つめる時間⋯。そんな馬鹿な⋯オレのただの妄想だ。似しては出来すぎてる画素数で構成されているな⋯。

頼むから⋯そこまでにしてくれ⋯。


──────────────────

「アイツ⋯やっぱり一人でいるよね」

「うん⋯二年間、ずっと一人じゃない?」

「いや、たまに何人かと一緒にいるよ」

「え?本当に?どこでどこで?学校でそんなの見たことある?」

「あんなやつに友達なんかいねぇだろ」

「誰かが見たことあるんじゃない?」

「あのさ⋯普通にクラスで喋ってたとこ見たことあるわウチ」

「俺も」

「私もあるわ」

「アイツらが集まってるのって別に珍しい訳じゃねぇんだろうな」

──────────────────


色々と自由にモノを言ってくれているようだ。別に何を言ってもらっても構わないが、全部オレの耳には聞こえてるからな。オレとの距離を離していても、ある一定距離内だったら余裕で聞き取れる。しかもそれを阻害する事がオレには出来ない。だからオレはお前らの声を聞きながら生活をしているんだ。お前らの事を好きになれないのは簡単に悪口を言う所にある。

オレはお前らの陰口。陰湿な言葉の応酬を知っている。オレが掲示板・クラスターとなれば、確実にスクールカーストは崩壊し、今まで築かれてきた友情は決裂するだろう。だがオレの言うことなんて聞き入れる人間がいない。広告塔にでもなれればいいのだが、今はそんなタイミングでも無いと思ってる。

───────────

オレの力があれば、この学園を崩壊させるぐらい簡単なんだ。

───────────



いい加減、発汗してきた握り手に長持ちしてあるシートを眺める事にしよう。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ、二人ともいる。

唯一の友達。

一緒だ。

へぇ。

初めてだな。


「イゾラスー!」

「ああ」

「やったなあ!僕ら一緒のクラスじゃん!」

「俺も嬉しいよ〜!」

「そうだね。嬉しいよ」

「なんか嬉しくなさそうだなお前」

「どうしたの?イゾラス」

「いや別に⋯、なんでこんなにクラス替えってギャーギャーなるイベントなんかなって思ってさ」

「お前からしてみればそんなもんだろうな」

「そうだねー。イゾラスは死んでほしいとまで思ってる感じでしょ?」

「そこまでは思って無いけど⋯多少なりともそれに近づきつつはある⋯と思ってくれてればいいよ」

「怖いなぁイゾラスはほんと。何考えてるか分かったもんじゃないよー」

「ああ⋯」

「てかさ!シート見たか?」

「ンクククク⋯どうやら僕達は考える事が同じみたいだな!」

「ンだな!やっぱし!流石同志だぜ!イゾラスもだろ??」

「⋯うん、、、まぁ、、ね、、、」

さすがのオレも目を見張る名前を見つけたのは確かだった。オレたちは3年翠組。その中にズラーっと名前が並んでいる。否が応でも、3年目ともなるし、ある程度の同期の名前は分かっていた。物覚えは得意な方だ。

とは言ってももちろん関係性を構築する手段やそんな機会を作ろうとしたこともないので、それを披露する場が無い。唯一の友達であるこの二人にも披露した事は無い。

─────────────────

「ティヒナが一緒だなんてなぁ!!」

─────────────────

「ちょっと!声落として!」

「すまねぇすまねぇ⋯」

いや⋯本当に静かにしてくれ⋯。こんな事で注目を浴びたくない。

「ここ全員、ティヒナと一緒のクラスになった事あるか?」

挙手を求めてくる。

「⋯⋯」

「イゾラスは?」

「ううん、無いよ」

「じゃあ俺ら3人、ティヒナちゃんとの“はじめまして”!出来るって事だよな!」

「そうだね!でもさぁ⋯⋯」

「お前の言い分は百も承知だぜ⋯。イゾラス理論で言うと俺らは【第3層人間】に分類される人間だ」

「うんうん」

「いや⋯それはオレだけだって⋯。二人は他に友達がいるんだから⋯」

「イゾラスを一人にする訳にはいかねぇだろうが!」

「そうだそうだ!イゾラスが第3層人間として鎮座するんだったら僕らも第3層人間になってやる!」

───────────

「んなぁ!」「んねぇ!」

───────────

「はぁ⋯まぁ好きなように居てくれたらいいよ⋯」

二人にはそれぞれの多数友達がいる。その上にそれぞれの友達からも派生され、太い人脈作りに尽力している2人。オレとは一線を画す程のコミュニケーション能力の高次元さが伺える。オレには出来ない事だから『凄いなぁ』と思う。ただただ、『ああ〜凄いなぁ』と思う。憧れは無い。


「ティヒナちゃんと話した事ある?」

「何回があるぜ?」

「マッジで!?どうだった!??」

「先ず⋯可愛かった」

「それは言うまでもなくだよ。もっとさ!会った人にしか分からない事とかさ!」

「⋯⋯⋯うーん、良い匂いした!エロかった!おっぱいおっきかった!スカート短くて見えそうだったけど見えなかった!」

「は〜なるほどなるほど。これはとても聴き応えのある素晴らしい情報でした。ありがとう調査部隊隊長」

「いえ、とんでもございません」

急に始まった諜報ごっこ。毎回何かしらの盛り上がる部分になると必ずと言っていい程にこのような小劇団が組まれる。自分はいつも最後の最後に配属される、言わば“オチ”の部分を任されるのだが、これが⋯毎回スベる。だからもうこの小劇団には誘わないでほしい⋯と思っているのだが、このノリを拒絶すると、二人からの“嫌ァな視線が向けられてしまう。

─────────────

『え、やらんの?』

『イゾラス、ここは参加するヤツでしょ?』

─────────────

“言葉にする”でも無く、視線には多くのマイナスエネルギーを携えたものが光線状となり、オレに突き刺さっていく。

このままだとまたいつも通り、小劇団に巻き込まれ、突拍子も無い事を突っ込まれて、そのノリにオレが上手く絡められずに撃沈。新年度から滑らされるのか⋯嫌だな。

本当にイヤだな。



「とりま、クラス行こうぜ!3年翠組」

「うん!いこいこー!」

「あ⋯」

やった。やったやった。やったやった。やった。よかったよかった。よかったよかったよかった。よかった。よかったよかったよかった。よかった。はぁよかった。


カーマノドンス高等学園2階──。

3年翠組 教室。


────────

「2階へ階上した」

────────

「何その言い方ー!」

「ナレーションしてみたんだよ」

「アッハハハッハハ!!オモロっ!もう一回やって!もう一回!」

───────────────

「2階へ階上した一行は、3年次の新しいクラスに向かおうとしていた」

───────────────

バリトンボイスを活用し、先程からオレらのおふざけの中心を担っているのは、ルシース。

『オモロ』と言ったのは、レノルズだ。


?なんでこのタイミングでの名前公開に陥ったかって?


ログを遡ってもらったら分かると思うんだけど⋯オレってさ、二人の事を名前呼びする事無いのよ。名前忘れてる訳じゃ無いんだけど、どうも⋯『名前呼んでいいのかな⋯』と思ってしまう時がある。


──────────

ルシースとレノルズ同士も名前で全く呼びあって無かった。

──────────

分かる。分かるよ〜。オレも同意見。ここから二人は名前で呼ぶ事が増えていくと思うよ。


騒がしい2階の廊下を歩く。教室の扉から急に現れる生徒。ルシースとレノルズはこの現象に嫌気が差し始めたようだ。

「可愛い女の子が出てくるならまだなぁ?」

「ルシースに賛成えーー。僕も可愛い女の子がバッと急に出てきて、バッと僕のぶつかって⋯バッと肌と肌が触れ合う⋯みたいな!」

「お前⋯すげぇな⋯」

「引かないでよ⋯⋯イゾラスもそう思うでしょ??!」

「オレに振るのはやめてくれ」


そんな“扉から出てくる人間は可愛い女の子であれ”理論が白熱すること無く、終焉を迎えようとした中で、オレたちは3年翠組の教室を“通り過ぎていた”。


「ええっ!!」「ええっ!!」「⋯はぁ⋯」


「どこどこ!?」

「⋯⋯あっち」

オレは、困惑して表情を一気に曇らせたレノルズに教室の場所を促した。

「え、イゾラス知ってたの?」

「うん⋯まぁ、、、」

「イゾラス⋯なんで言ってくれねぇんだよ⋯」

「二人が楽しそうにじゃれ合ってたから、邪魔しちゃ悪いなぁと思って」

「はぁ⋯ホントそういうとこ、イゾラスらしいわ」

「そうだね!でも⋯」



「え、、」

二人がオレに詰め寄る。壁に自然に打ち付けられた。

─────────────

「黙ってばっかやってねぇで俺らの会話にも参加しやがれ」

「黙ってばっかやってねぇで僕らの会話にも参加しやがれ」

─────────────

「⋯⋯⋯はい」



「3年翠組。ココが僕らの今後一年間を左右する場所になる」

「レノルズ、もうナレーションごっこは終わったぞ?」

「いいじゃんいいじゃん。雰囲気作りは大事よん」

「オネエみてえだな。まぁ入るぞ。イゾラスも大丈夫か?」

「うん。何時でもどうぞ」

素っ気ない返事。だがそれはいつものイゾラスなので、二人からしてみれば大したものじゃない。ルシースが3年翠組の扉を開けようとする。

横扉なので、ガラガラ〜と音を立たせようとした次の瞬間、扉が勢いよく開き、教室内から一人の女が飛び出すように出て来た。扉を開けようとしたルシースをぶっ飛ばした女は、体勢を崩しオレの身体に直撃してしまう。


「イテテテ⋯はっ!ゴメンね!大丈夫??」

「オレは⋯大丈夫です⋯。そっちの方こそ身体は⋯大丈夫ですか?」

「ヒナは大丈夫!ゴメンね⋯本当に⋯。痛くない?平気?」

執拗いな⋯。

「大丈夫ですよオレは⋯それより⋯⋯この体勢は、、アブナイ気がします⋯」

「え⋯⋯はっ!!ゴメンなさい!」

勢いよく飛び出して来たティヒナはルシースを吹っ飛ばし、その影響で体勢を崩したままオレに直撃。オレはティヒナの崩された突進が危険な行動である事を察し、受け止めようとしてしまった。身体の密着が発生してしまうが、ティヒナに大怪我を負わせてしまうリスクがある⋯と踏んだ上での防衛行動だ。やましい気持ちは一切無い。そう思ってほしい。

結果、オレがクッションとなり彼女は地面に叩き付けられる事は無かった。だが⋯そこからの時間があまりにも長過ぎた⋯。密着⋯密着⋯密着⋯、、こんな醜態を廊下で晒していい筈が無い。

まだ廊下は多くの同期で賑わっている状況だ。


『今日からこのクラスかぁー』

嬉しい感情、嫌な感情⋯。2つの感想に分かれる意見交換が至る所で成されている。そんな所で“あのティヒナ”が

⋯こんなにもの影の薄い男をクッションに、倒れてしまう⋯。何とも有り得ないシーンだ。

今まさにそれが形作られる運びとなっている。

周辺の人間は唖然としていた。


ティヒナがオレの元から離れる。当然。当たり前。当たり前過ぎて、彼女の現行動を待ち望んでいるくらいでもあった。

ティヒナはオレの身体に覆い被さる形で密着している。改めて考えてみてもこれが現実で起きている事とは思えない。実際に起きているんだからこれ以上以下でも無い。

彼女がオレの身体から離れる時、もっと⋯こう、、なんと言えばいいのか⋯もっと手を突っ張って来るかと思ってた。

『ゴメンね!』

文言はこうだった。この文言の中で、“攻撃”とも取れる“跳ね除け”があっても良かったんだ。なんならオレはそれを求めていた⋯までもある。いや⋯“求めてた”はちょっと語弊があるかもしれないが⋯、、、兎に角、このビジョンが一番自分の中で適したものだったんだ。てか、そのはず。絶対に⋯そうなる運命だと思ってた。

こんな⋯低層人間⋯言わば“陰キャ”と呼ばれる男の身体に密着してしまうなんて⋯彼女のキャラクター像に泥を塗るような表現になっている。

しかし⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯信じられない事が起きた。



「ごめんなさい⋯。大丈夫?」

「あ、、、、はい⋯オレは⋯大丈夫です。さ⋯早くオレの身体から離れてください⋯、、」

この時、オレは一瞬だけ、彼女の表情と様子を窺った。一応⋯⋯怪我でも無いかな⋯と思ったからだ。当たり前だけど、やましい気持ちなんて一切無い。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯確かに⋯可愛い⋯⋯⋯。

そりゃあ可愛いさ。オレにだってそのような感情はある。彼女の事を知らない生徒なんてこの学園にはいない。それぐらいの有名人だ。そんな有名人が低層人間と⋯【省略】。

仰向けに倒れたオレに覆い被さっているティヒナ。ティヒナだって今すぐにでもこの状態から脱したいはず⋯。それなのに⋯彼女は一向にこの状態を解こうとしない。

え、、、ちょっと⋯何してるんだ⋯?

『退いた方がイイかと⋯』に相当する言葉を投げ掛けたのに、彼女は退くような素振りを見せない。どうしたのだろうか⋯。

「あの⋯⋯ティヒナさん⋯?」

「⋯⋯あ!!ゴメン!ごめんなさい!本当に⋯!」

なんなんだ⋯1回、確実にオレは言ったはずだ。『退いてください』に相当する言葉を投げたのに、彼女はそれを一瞬拒むかのような行動を示した。これは客観的に見るとその様子を窺えないものだろう。オレと彼女の距離感だからこそ伝わる別波長。異常だった。オレには理解出来ない。どうしてこの人は⋯直ぐにどかなかったんだ⋯。


ティヒナの反応と共に、ようやく距離を離した。

「⋯手⋯大丈夫?」

この意味が分かるのにかかる時間はいったいどれ程のものだろうか。信じられない事に、仰向け状態で倒れたオレに手を差し伸べたのだ。最初に倒れた状態から回復した彼女。別にオレの事なんて放っておいて、自分の空間に直帰すればいいのに⋯何故だか彼女はオレとの接触を図りに来た。

「⋯⋯⋯」

どうしていいのか分からない⋯。女の子の手なんて触った事ない。だから⋯オレは目の前で起きてる状況にどう対処したらいいのか⋯見聞が無い。普通にここで手を差し出して彼女の手を“触って”いいものなの⋯?

ましてや、現状を見ている傍観者達が多くいるのも事実。そんな空間に置かれているにも関わらず、この人は⋯オレとの⋯

「だいじょうぶ?⋯イゾラス⋯だよね?」

「え、、、オレの名前⋯知ってるんですか?」

「もちろんだよ!当たり前でしょ?同期なんだから」

弾けるような笑顔。一点の曇天も感じさせない洗練された純白の顔面。艶やかさ髪を靡かせながら、ティヒナはオレにそう言った。

「あ⋯⋯⋯ありゴとう⋯⋯」

「えぇ?とんでもない!こんな事で感謝してくれるんだね!」

「あ⋯⋯そういうつもりじゃ⋯」

「さっ!手、出して?」

「⋯⋯」

オレは⋯彼女の手に自分を手を合わせた。心臓が止まるかと思った。こんなに緊張する場面を今まで体験したことが無い。避けてきたからだ。何度も緊張感のある場面は沢山あっただろうが、オレはその直前或いは、察知して回避をしてきた。“緊張”とは無縁の男が今ここに、それを味わう。

「うん!ヨイショっと⋯」

「⋯⋯」

ティヒナ・プラズニル。運動神経の良さは学園じゃ知られている。所属している女子バレーボール部でもエースとしてチームを引っ張る存在。ティヒナの手を触るとそれが予実に出ていた。力強い手。このような表現女の子との対人関係を構築したことが無いオレでさえ、流石に判断のつくことだが⋯“女の子っぽく無い手”だった。力強い⋯と先述したのがその通りで、筋肉質をこれでもかと感じる。

彼女のスタイルをみても、至って普通の女の子。内側に秘めたる筋肉は“本物の筋肉”の証。日々のトレーニングで培われた能力をこのタイミングで知る事となるなんて⋯。

運⋯って呼べばいいものなのか⋯。

まぁそうだよな⋯。運⋯。彼女がオレに正面衝突したおかげで、こうした異常なコミュニケーションを行う事が出来た。

「ごめんなさい⋯だいじょうぶ?本当に⋯」

「いえ⋯女の子に⋯こんなことさせてしまって⋯オレの方こそ⋯申し訳ありません⋯」

「ああ⋯全然!大丈夫!気にしないでイゾラス」

「⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯」

え、、、まだオレのターン⋯?何話せばいいの⋯⋯彼女はずっとこちらの方を見て来ている。いや⋯⋯ちょっと⋯なんでそんな⋯つぶらな瞳で見続けるんだ⋯?

「あの⋯⋯何か用があったんじゃ無いんですか?」

勇気を振り絞って言った。めちゃくちゃに勇気振り絞った。自分から言葉を出していいのかも分からない感じだったから、不安で不安で仕方が無い。

「⋯あ!ゴメンゴメン!ちょっと⋯イゾラスって⋯⋯うん、、、まぁいいや!また今度話そ!同じクラスだもんね!じゃあじゃあねーー!!⋯あ、先、教室入っててー!」

「あ、、はい⋯⋯」

ティヒナは廊下を走り、角を曲がってどこかへ行った。足音から察するに、階段を下りたかと思われる。スタスタバタバタと急ぎ足の出音が聞こえて来た。職員室に何か用があるんだろうか⋯まぁ、こんなのただの予想に過ぎない。自分の範疇で予想をしてるだけ。彼女が生きる世界をオレには想像が出来ない。想像が出来ないし、宇宙のように広大だろうから、理解も到底出来ない。

ティヒナとオレは違う世界線を歩いているよう。



「おい⋯」

「イゾラス⋯⋯」

二人がヤケにオレへの敵意を剥き出しにしている。いったいなんでそこまでの敵意⋯ここで言う敵意は睨みを効かせたもの。こんな事を言うのも野暮なのだが、決してこの敵意剥き出しは本意気のものでは無い。それは彼等の顔面を見れば容易に理解が出来るものだ。

「何?」

「何?じゃねえよ!」

ルシースが飛びかかって来た。それに続いてレノルズもイゾラスに飛びかかる。

「おい!イゾラス!お前なんであんなティヒナちゃんとくっついたりしてたんだよ!」

「そうだよ!ルシースなんて吹き飛ばされてたのに!」

「いや⋯そんなのオレに聞かれても⋯」

「しかもイゾラス!お前ぇ⋯、あの後、けっこう話してたように見えたけど⋯何を話していやがったんだ?」

中々の眼光でこちらに視線を送るルシース。

「凄い特別な空気感流れてたよね?」

「え、そう?」

レノルズの言う事が良く分からなかった。どうやらオレとティヒナの対話には介入出来ない程の歪な空気が流れていたようだ。それは紛れも無く、オレがティヒナという上層人間と話していたから。釣り合わないペアを見ているとそのような感想に陥るんだな。

「何話してたんだよ!?」

「うんうん、なに話してたのー?」

「⋯⋯別に⋯何も話してないよ」

と、まぁこんなことを言っても二人の勢いが弱くなる事は無く⋯信じてもらえない⋯。はぁ⋯本当にそうなんだけどなぁ⋯。別に大した事話した訳じゃない。

「てかさぁ、二人だったら分かるでしょ?オレがあの人と何を話してればいいんだよ。なんだったら納得がいくんだよ」

「まぁ⋯⋯確かに⋯」

「そうだね⋯確かに、、、イゾラスがティヒナちゃんと釣り合うトークテーマなんて持ち合わせてるはず無いしな」

随分と辛辣なことを淡々と言ってくれるレノルズ。言ってる内容は全てが適切なものなのでそこに愚痴を言う気は無い。

「まぁ良し、取り敢えずは⋯この辺にしておこう。な?レノルズ」

「そうだね〜」


教室へ3人が入る。

そこで、クラスメイトほぼ全員からルシース、レノルズ同様の視線が送られたのは言うまでもない。



4月8日以降──。


7日から始まった高校三年次の学校生活。とは言ってもほぼ何も変わらないのがオレ。オレ以外はクラス替えもあったことで、新たなコミュニティの創成が始まり、スクールカースト制度にも大きな変動があった事だろう。オレはそれに関して一切の興味・関心が無いので、最新情報を更新せず、自分が知っている中での情報処理を行う事とする。だが、ルシースとレノルズがその辺の情報にかなり事細かに詳細を把握しているんだ。二人はそういった学園の内情について深く知識を取り込みたいタイプ。

更に二人は知ったことを直ぐにオレに伝えに来る。いや⋯別に⋯二人にも言ってるはずなんだよ。


「そういうのオレ、興味無いからさ⋯」

って。

だけど⋯

「いやいやいや、一応知っとけって。この学園に在学してるんだったら聞いといて損はねえぜ?」

「そうそう!なんだったらイゾラスみたいな人間が一番知っておいた方がいいと思うよ!」

「なんで?」

「知ろうとしないから、一生この情報を自分から探ろうとしないでしょ?僕達の言葉を聞くだけでいいんだよ?イゾラスは。それって凄くラクじゃない?」

「うーん⋯よく分かんないけど⋯言いたい事は分かる」

────────────

イゾラスは何もしなくても、学園のゴシップを把握出来る⋯って言いたいんだろうな。

────────────


二人は今年度になっても、オレとの交流を継続させてくれている。なんでなのか⋯を何回か聞いた事があるけど、一貫して⋯『イゾラスを放っておけないから』の一言。

どんだけ優しいんだろうな。二人はオレと違ってしっかりと他にも多くの友達を抱えている。それなのに、オレとの交流を最優先にしてくれるんだ。

三年次は同じクラスメイトになった事もあり、自然な流れで一緒に行動する事が増えた。授業と授業の合間の時間、昼休憩、授業内でのワークグループ作成、放課後⋯。至る所でオレは二人の恩恵を受けている。それは嬉しい反面、少しは罪悪感を帯びてしまう思考になってしまう。

二人には友達がいるからだ。オレ以外に。

だからオレなんかを相手にしていると他の友達に割くはずの時間が大きく削られてしまう。

大切な時間だと思う。なんならオレとの時間よりも絶対的に他の人間と過ごしている方が価値の高い繋がりが形成されるとも思ってる。そんなオレの正直な気持ちを言ってみる事があった。


まだそれは4月の中旬頃。二人があまりにもオレに話し掛けてくれるのでこれを良い機会と思い、二人に投げてみた。


放課後。帰宅途中──。


「あのさ⋯二人には⋯他に友達がいるよね⋯?」

歩きながら話している。オレは真ん中。左側にルシースで右側にレノルズが歩いてるフォーメーション。オレが真ん中にいる理由は、両側から二人がトークテーマを出す時に、自然な流れでオレをトークに誘うことが可能だから。端にいるとオレはトークに参加しようとせず、そっぽを向いてしまうから⋯のようだ。二人がオレを真ん中に置いた。

「イゾラス?もうその話何回目?」

レノルズが右側から問い質す。その圧にオレはタジタジになってしまう。

「そう、何回も何回もその話してるけど⋯オレとレノルズはお前の事が好きだから一緒にいるの。確かに⋯イゾラスよりも圧倒的に友達の数は多い」

“圧倒的に”という言葉には語弊が多く含まれている。オレは二人しか友達もいないし、知り合いもいない。

「イゾラスと一緒にいたいから、いるんだよ?それが⋯“優先的に”とか、そういうのじゃないから。いい?分かったぁ?ねぇ?分かったのぉ!?」

「分かったんかゴラァ!!」

両翼が嘆く。これ以上馬鹿な事を言うと言葉では済まされない事が起きてしまいそうになるのを危惧した。もちろん、二人はユーモアのある男達なのでこんな事で気が触れたりはしない。

「うん⋯分かったよ⋯ありがとう⋯、、」

「もうやめてよね、そんな自分を下にするようなこと言うの。“僕らはイゾラスと一緒にいたいからいるの”」

「なんかでもそれってちょっと恥ずいけどな⋯」

「そう?僕は良いかなぁって思うんだけどね」

「まぁ⋯いいか!俺らは“そういう仲”ってコトで!」

「“そういう仲ぁ!”」

「そういう仲⋯」

二人がどのような表現でその言葉を使っているのか分からなかったが、取り敢えずは⋯“ありがとう”と思った。



始業式が終わり、新しくなったクラスでの生活にもだいぶ慣れてきた⋯なんて簡単に言えないのがオレ。とは言っても、話し相手なんて二人しかいないので、慣れる慣れないどうこうの問題じゃない。

そんな問題が発生しないのがオレ。逆にここまで人脈の幅が無い人間というものは、案外ラクだったりするんだよな。人間同士のいざこざ⋯というか、そういった繋がりの断裂に相当するイベントに一切の介入が無い。それを回避出来るのは中々に嬉しい事だと思う。もしオレが人間との強い繋がりを作り(有り得ないが)、断裂してしまうような深い傷跡が出来てしまったら、オレはその状態をどうやって修復していけばいいのか分からない。だから友達というのは最低限に抑えた方が気持ち的にもラクなんじゃないだろうか⋯。

オレはそう思っている。


日々がどんどん終わっていく。時間がオレの気持ちに答えてくれる。しっかりとそれは時間の進み具合に反映されて、優越感に浸れる程の快楽をオレは味わっていた。

早く5月になってくれ⋯そしてドンドンと進んで⋯薙ぎ倒すように訪れる月を終わらせていき、来年の3月になってくれ⋯。

5月に差し迫ろうとしている4月下旬。

日常を謳歌するでも無く普通に学校生活を送っていたオレ。ルシースとレノルズとの会話が増えたことによって、過去には話されなかった話題が新たな議題として度々出されている。それはクラスメイトについてだ。

しかしクラスメイトについては今までも三人の中で話題に上がって来ていた。あの男うざいなぁ⋯とか、あの子可愛いなぁ⋯とか、誰と誰が付き合ってる⋯とか、ルシースとレノルズが聞き込んできた情報をもとに様々な議論が成されてきた。それはとてもとても楽しい時間。二人が紡ぐ話はいつ聞いても楽しいし面白い。もっと自分にもそのぐらい話せる事があれば⋯と思っていた。

そんな時、我々は同じクラスメイトとなった。それによりオレが3年翠組で感じ取ったものを直ぐに共有出来るようになったのだ。今までもルシースとレノルズにクラスで起きた出来事を共有した事があった。だが、オレがクラスメイトの名前と身体が合致しないせいで解像度の低いトークになっていたのだ。それが原因でオレの方から出来事を共有するのをやめにした。

聞き役専門として二人の話を聞いていたが、同じクラスにもなると二人のトークにも“味”が加わる。


そんなエッセンスが加わった事によって、ゴシップトークにも拍車がかかって来た事によって、とある一つの話題がルシースによって提出される。


いつかの昼休憩時間 中庭のベンチ──。


「あのよ⋯翠組の中で一番可愛いのは誰って聞かれたら⋯迷わず誰を指す?」

「そんなモン決まってるでしょ?」

「オレも⋯そうだな⋯あの人しかいないと思う」

「そうだよな⋯まぁじゃあ一応確認でいっせーの⋯してみるか」

「そうだね」

「せーーのっ」

─────

「ティヒナちゃん」「ティヒナちゃん」「ティヒナ」

─────

「まぁ⋯」

「そりゃあそうよ。絶対そうでしょ?僕ら以外の男子だって絶対こうなるよ」

「凄いもんな⋯ティヒナちゃん」

「“ティヒナちゃん”って言ってるの?」

レノルズはルーシスに向けてそう言った。オレは意味不明だった。

「レノルズもティヒナの事そう言ってんじゃん」

オレは真っ直ぐな気持ちを胸にそう言う。

「レノルズ、俺はティヒナちゃんを狙うぜ」

「ダメだよ!僕が狙ってるんだ!」

「いいや!俺が絶対にティヒナちゃんと付き合ってやる!」

「いいや!絶対絶対にティヒナちゃんと付き合うのは僕だ!」

「二人とも⋯本気でティヒナと付き合う気なの?」

「当たり前だろうが!」「当たり前だろうが!」

「あ⋯⋯、、」

無理なことを⋯あの人は別次元の世界を軸にして生きている女神であり天使。二人には申し訳ないが、釣り合えるとは・正直思えない。当然ながらオレは問答無用で有り得ない。二人は良い男ではあるが⋯うーーーん⋯なかなか厳しい現実を直視する事になるんじゃないだろうか⋯。

「本気なの⋯?二人とも⋯」

「ああ!そうさ!」

「僕もだよ!」

「敵同士って事になるな⋯」

「ああ⋯そうだね⋯どうやら今日から血走りのする毎日が待ち受けてるかもしれないね⋯⋯」

双方に放つ視線がぶつかり合い、二人の間に直撃のエネルギー波長が伝わる。こりゃあ⋯二人とも⋯マジなんだな⋯。

「ライバルは二人だけじゃないと思うよ」

「そ、、そうだな⋯ティヒナちゃんを狙う男なんてこの学園にはいくらでもいる⋯」

「そこをどうやって攻略していくかも、僕たちが果たすべきミッションだ」


このようにルーシス、レノルズはティヒナへの強い好意を抱いている。それが幾度と無く示されていく様子をオレは見てきた。教室、学園全体でティヒナの話をし出すのは、ティヒナの香りを感じた時からだった。

「あ、ティヒナちゃん!」

昼休憩の時、オレら三人がいつも通り中庭で話していると、ティヒナとティヒナを取り巻く女の子達が姿を現した。ティヒナはもちろんだが、それを取り巻く周辺人物達も綺麗で可愛かった。単純にそう思う。だが他の追随を許さない美しさを帯びているのはティヒナ。ティヒナ達がいざ、生徒らの前に行進すると周辺の男連中を目を光らせ、歩くティヒナに目を向けてしまう。それが男として必然的な行動だった。

ティヒナとティヒナの周りも当然、これには気づいているだろう。しかしそのオレら男の視線に目を送り返す事は無く、彼女らは自分達のグルーヴ感を帯同させたまま歩き去っていった。

しかし、そんな中⋯ルシースが一つの文言をティヒナグループに投げ掛けた。それはあまりにもなチャレンジだった。オレはルシースの動きに驚き、レノルズもビックリ⋯て、、、⋯え、、目を輝かせてルシースの方を見ていた。

ルシースは座っていたベンチから立ち、ティヒナたちの方へ少し⋯少しずつ、近づいていく。

「ティヒナちゃん!」

「ん?どうかした?ルシースくん?」

ティヒナが反応を示す。しかしそれを静止するように周辺の女性らがルシースに迫る。

「ちょっと男子なに?安易に喋りかけないでくれる?」

「誰?あんた」

「え、、、いや⋯あの⋯⋯えっと⋯、、」

予想外の言葉が投げられた。オレはこうなるんじゃ無いか⋯と思っていた。自分達の立場を考えてみれば、こうなる事は目に見えていた事だ。

「ティヒナへそんな簡単に話し掛けられる存在?ねぇあんた」

「あ⋯」

「どうなのよ?」

強い語気で迫る3人の女。ルシースが困惑した反応を見せる中、ティヒナが3人を静止するように割って入ってきた。

「やめてよみんな!ごめんねルシース、何?どうかしたの?」

3人の迫り具合に多くの汗を流したルシースからしてみれば彼女の現行は、オアシス的なものだった。

癒しとなったティヒナの文言にルシースは、聞こうとしていた内容を綺麗さっぱり忘れてしまった。

「あの⋯ごめん⋯聞こうとしたこと⋯忘れちゃった⋯」

ティヒナが笑った。弾けた笑顔が更にルシースには刺さる。

「ええー!?アッハハハンフフ⋯可愛いねルシースくんって。分かった、言いたい事思い出したら、また声掛けて?今度はこういう“非道なおもてなし”をしないようにさせるから。⋯⋯ね?みんな」

「あ⋯⋯⋯うん⋯」

「あ、、、、うん」

「、、、、、うん」

3人はティヒナの言葉を受け、反省の色を示す。

するとティヒナがルシースに近づく。

どんどん近づいていく。

ルシースの手を見ると次第に近づく彼女に震えが止まらない様子。だが彼女はルシースの前で止まることはなく、そのままとある方向への歩く。ティヒナを取り巻く女性3人は何故かティヒナについて行こうとしていない。それどころか取り巻く女性3人もティヒナの行動に違和感を感じているようだった。


ティヒナがやってきたのは⋯まさかの⋯オレの目の前。オレの眼前に止まったティヒナ。ベンチに座っていたオレを上から見下ろすような形で見つめ続けている。

「ど、どうか、、しました?」

───────

「イゾラス、あの時の御礼させてくれない?」

───────


「え、、あの時って⋯」

「え⋯もしかして⋯忘れちゃった⋯?ヒナの事⋯」

「いやいや!そんな訳ないじゃん!あの⋯本当に大丈夫だよ?全然気にしてもらわなくて全然大丈夫だから!」

「そういう訳にはいかないよ!怪我してなくても、ヒナがイゾラスに少しでも御礼がしたいの」

「えぇ⋯⋯」

困った⋯これは困った⋯まさかの出来事が起きている。目の前に学園一の美女が接近し、オレと対等な会話を続けている⋯。有り得ない⋯夢かと思っているが、これは現実だ⋯。


夢は背景に“擬装障壁”を張る。

オレが見たものに擬装障壁は無かった。だからこれは現実だ。

「なにかしてほしいこと⋯ある?」

「んひぃ⋯はぁはぁ⋯」

ティヒナがオレの耳元に言葉を吹きかける。それが⋯どんだけオレの気持ちを弄ぶものだったことか⋯。

「大丈夫です⋯ありがとうございます⋯さぁ⋯ルシース⋯レノルズ行こ⋯もう時間だし⋯⋯」

「う、うん⋯」

「おお⋯⋯」

「え、、、?」

イゾラスはベンチに置いていた昼一式を直ぐに纏めてそこから離れた。ルシース、レノルズも同様。二人の行動を更に急かすような働きかけを行うイゾラス。そのかいもあって、三人は早くにそこから離れる事が出来た。その急いだ様を驚くように見ていたティヒナ。

ティヒナは三人の行動を停止させる事なく見ていた。

一瞬だけティヒナの方を振り向いた。するとティヒナは微笑んでこちらに手を振った。

その手の振り方は⋯『バイバイ』『じゃあね』といった友達にするに適した類のもの。

オレ達は直ぐにこの場からいなくなった。


「ティヒナ、どうしたの?」

「あいつに用でもあるわけ?」

「ないない。ティヒナがあんな陰キャに用があるわけないでしょうが」

「そうそ、ウチらのティヒナがあんな薄汚れた男達を相手にしてなんかいられないの。ねー?」

「うーーーん⋯⋯⋯イゾラス⋯」

ヒナ⋯悪いことしちゃった?御礼の内容⋯ヒナの方で定めた方が良かった?うーん⋯申し訳ないな⋯もっとヒナの方から感謝を伝えた方が⋯良かったんだ⋯。イゾラスの性格からしてそうだもんね⋯。

うん⋯だよね⋯じゃあ⋯今度はもっとヒナが積極的にならないと!

引かれる⋯?男の子相手にこんなマイナスな未来を予想するの⋯初めての事だなぁ。いつも必ずと言っていいほどに良い方向に転んでたから。今回は違う。

イゾラスっていう⋯少し、ほんの少しだけ変わった男の子を相手にしている。ヒナの経験上、相手にした事の無いタイプの男の子だからどうやって攻略していけばいいのか難しい所が多々ある。

もうちょっと踏み込んでみようかな⋯。


「おーい、ティヒナぁ」

ティヒナを囲む女子が呼び掛ける。しかし一向に反応が無い。

「どうしたのティヒナ」

「さぁ⋯」



その日の放課後──。


「やっぱしおかしいだろ!アレ!」

「もうやめてよ⋯オレにそんな感情抱いてる訳ないじゃん」

「いいやイゾラス!僕も一理あると思う!」

「もう勘弁してよ⋯オレは全然思えない。オレが話してたんだよ?そのオレが言ってるんだからそんなこと有り得ないの」

「イゾラス、悪いがお前には女の気持ちが分からないだろ?俺とレノルズには分かるんだよ。ティヒナが見るイゾラスへの目。アレは確実に⋯」

─────

「恋だよ!」

─────

昼休憩以降、質問攻めの嵐だった。授業の合間でも小声でティヒナとイゾラスの中で起きた小空間を探るような質問が飛び交った。グレーゾーン限界点を突破しているような質問の時は教室から出て、廊下での質疑応答が成された。あくまでも当事者であるティヒナが教室内⋯同じクラスメイトだから⋯という状況を踏まえた上での行動だ。放課後でそれはまだ続いている。というか“放課後だから”こそ、白熱した質疑応答始まってしまった。しかもそれは集束すること無く、“恋愛”というオレからしてみれば無縁の極地にまで発展。


「二人とも勘弁して⋯本当に⋯⋯」

「じゃあ⋯“御礼”ってなんだよ!ずっと言われてたんだろ?“御礼がしたい”って!」

「確かに⋯それは言われてたけど⋯オレにも良く分からないんだよ⋯」

「イゾラス⋯いい?今後、女子から⋯特にティヒナのような可愛い子が近づいてそんな言葉を掛けて来るようもんなら絶対に乗るべきだ」

ルシースが強い口調述べる。“諭す”⋯それが一番の合ってるかも。

「乗るべきって⋯何に?」

「ほんと頭が硬いなぁイゾラスは⋯。御礼がしたいって女子に言われたんなら、正直にデートに誘ってみるのよ!」

「え、、、、、、、、、」

絶句した。レノルズの意見に絶句した。

「まさに“絶句”って感じだね、イゾラスよ」

「イゾラス、正直言って⋯めちゃくちゃにチャンスだと思うよ。俺だったらあの御礼を使って取り敢えずデートに誘うな」

「うわっ!あらヤダァ〜ルシース!そこまで行っちゃっていいんすか?!?」

「イイのよ!全然イイのよ!だってレノルズ覚えてるでしょ?」

「もちろん!僕はルシースよりも近くで二人のやり取りを目撃してたからね!ティヒナの表情、結構ガチだったよ」

「いやいや⋯いやいやいやいや⋯」

「そんなに謙遜してないでさ⋯どうなのよ実際」

「えぇ?なにがぁ?」

ルシースが問う。

「ティヒナを誘う気、あんの?無いの?」

「はぁ??そんなの⋯出来るわけ無いでしょ!」

「出来ないって最初から決めたままでイイの?」

「レノルズ⋯いやいや⋯マジで無理だって⋯本当に⋯無理だって⋯」

「あの時、迫られてどう思ったんだよ?」

「いや⋯突然ここまで⋯目の前まで近づいてきたからてんもう普通にビックリしたよ⋯信じられなかった⋯。意味わかんないし⋯」

「可愛いって思わなかったの?」

レノルズが容姿について問う。これまでの詰問で嘘をついた箇所は一個も無いが、ここは嘘をついておきたい⋯と初めて思った部分だ。『可愛かった』なんて発言してしまうともっと先を促されるような気がしたからだ。いや、恐らくそうなるのだろう⋯。だが⋯ここで『可愛くない』等と言えるのだろうか。

だって⋯⋯

───────

『果てしなく可愛かった』

───────

こんな可愛い子いるんだ⋯とリアルにマジで思った。お人形さんみたいな綺麗な顔してた⋯。あの時正面衝突した時よりももっと可愛くなってた。ここまで『可愛かった』と褒めるのは“クラスメイトを見ていない習慣づけ”が、オレの中で成されているからだ。

オレはいつも教室内では下を見て行動している。最低限人と会話や目を合わせた状況になりたく無いからだ。

クラスメイトの名前と顔はまだ照合出来ない状態。

そう、典型的なただの陰キャなんだよ。自分に自信が無い。そんなトップクラスの陰キャがティヒナをデートに誘うなんて⋯。『可愛い』と言うなんて⋯。ただ⋯二人には⋯この二人になら⋯別に⋯情報漏洩をするような二人じゃ無いんだから⋯(てかオレの情報を握ったとて拡散する意味も無いし)。そうだな⋯言おうか⋯素直に思った事を。


「そりゃあ⋯うん⋯まぁ⋯可愛かったよ⋯」

「そうでしょぉ?何イキがってんだよ、童貞のくせに!」

「そんなにまで言う⋯?ルシース⋯」

「ルシースがこんぐらい言うのも当然だよイゾラス!思った事は吐いちゃえばいいのよ!ただし、女子に何か言う時は気をつける事ね。一回吐き出そうとした事を噛み締める事はすごく大事な確認方法よ。これ⋯言っても問題ないかなぁってね」

「うん⋯それでどうしたらいいんだろう⋯」

「御礼の件ね⋯こりゃあマジでめちゃくちゃに!チャンス到来かもしれない!!」

今までに無い語気の強さで事の重大さを表すルシース。

「イゾラス、マジでガチでチャンスよ。“デートに誘う”んだよ!」

ルシースに同情するレノルズ。

「で、でーと⋯⋯でーとなんて、、、⋯オレが⋯でーと、、、」

「本当はね⋯俺だったり、レノルズがティヒナを狙いたいんだよ?でも⋯ティヒナの表情見て分かったよ。可能性は大いに期待できる。もしかしたら待ってるんじゃない?イゾラスから言ってくれる事を」

「オレのぉ?マジぃ?ほんと、、まじ、、えぇ、、ぇぇええええ⋯」

「明日、言ってみれば?『今日、一緒に帰れませんか』って」

「レノルズ⋯ちょっと待って⋯一旦待って⋯そんなトントン拍子で進めないで⋯」

──────

「恋愛に途中下車なんて無いんだよ!!さっさと決断しちゃいなぁ!ボケがぁあああ!!」

──────

物凄い怒声でぶつけられた信念がオレに突き刺さる。ルシースの言葉を受けてオレは覚悟を決めた⋯なんて⋯王道パターンがオレに出来るわけもなく⋯オレは思考停止状態の半歩手前までやって来た。

すると困り果ててるオレに優しく語り掛けてくる二人の声が聞こえて来る。

しかし⋯二人の声を遮る⋯掻き消すかの如く、もう一人の声が一筋の光のように現れた。何事かと思った。この声に⋯聞き覚えがあったので、オレの心の状態は安定しているのか不安定なのか定かじゃない⋯と思っている。

そう、、ティヒナの声だった。言葉を発しているようだったがうまく聞き取れない。だが声の主が確実に彼女である事は間違いない。


どうして?なぜ?


それはオレが一番聞きたい。これがオレの回答⋯だというのか?オレはティヒナを求めているのか⋯。あの時、ティヒナとの接触を遂げて、少しでも心の中で留めていた自分がいるというのか。オレはそんな事に一切気がつかなかった。

オレは自分に対して嘘をついていた。虚実が混在した身体にいつの日か成り果てていた。高校生活二年間、噂程度の存在だったティヒナが、今月になって身近な存在となり、更には次のステップに進めるかもしれない段階にまで突入。

これは⋯なんなんだ⋯何故オレにここまでのチャンスを与えようとする?


後悔。


この言葉⋯。オレは趣味の時に使う言葉だ。人間関係で脳から呼び起こすとは思いもしなかったな。

後悔⋯そうか⋯後悔か⋯⋯⋯⋯⋯後悔⋯⋯⋯⋯、、後悔⋯後悔⋯後悔⋯⋯⋯⋯後悔⋯。

はぁ⋯出来るわけ無い⋯成功なんてするはずが無い。分かり切ってる。分かり切ってるのに⋯⋯『後悔』が呼び起こされた瞬間、自分を新生させようとする新たなプラスベクトルに連なる感情が連鎖的に蘇る。こんなの⋯⋯⋯幼少期の頃に捨てたようなもんだぞ⋯。

本気で⋯⋯そうか⋯⋯そうなんだな⋯言ってみるしか⋯ないのか⋯そうか⋯⋯⋯分かった⋯分かったよ⋯⋯。


「分かった。言ってみる」

「お!やっとその気持ちに傾いてくれたのね!」

「いいじゃん、ンでぇ?ティヒナになんて言うのさ」

─────────────────────

「付き合ってくださいっ言うよ」

─────────────────────


「えええええええええ」「えええええええええ」

「え、、ななな、なに、、」

「いや⋯良いと思うよ⋯けど⋯」

「そう、、、だね⋯行き過ぎ⋯感⋯も、、あるけど⋯どうなんだろうルシース」

「いや⋯いいんじゃねえの?一回、玉砕覚悟でいってみるのも俺は好きだぜ!マジで応援するわ」

「うん、あんまり自信無いけど⋯」

「そうやって何かあったらスゥグダメな方に向くの⋯やめようぜぇ」

「ルシース⋯」

「そうだよ。告るんでしょ?せっかくやるんだったら今の自分を剥いだ方がいい。別人に成り代わるんだよ!」

「レノルズ⋯」

二人の熱視線がオレの感情に新たな灯火を点す。なんだろうか⋯これは⋯なんなんだろう⋯感じたことの無い、新たな時分を切り開くチャンス。

生きてる。

オレ、生きてる。

のほほんと生きてるだけだったけど⋯、今こうして改めて口にしてみると⋯今日から自分は“生き始めたんだ”。昨日までのオレとは何かが異なる。

その“なにか”は明日になれば分かる事だろう。今分かっても意味が無い。

オレの変革をオレが意識した時間に理解へ至る行為は、オレの促進に繋がらない。きっとこれは⋯“振り出しに戻る”ってヤツなんだろう。

なんだか調子に乗って、自分の未来まで語ろうとしてしまっている。それになんだ⋯?まるで告白の成功が確約されているみたいだな。

だけど⋯失敗しても⋯まぁ⋯それが⋯⋯、、、、──────いや、違うよな。今までのオレだったらこうして真っ先にマイナスを探し求めに行く。けどそれが今は⋯本線じゃない。

そして本線と認識している線上を歩く事はもう無い。


「いつ、伝えるんだ?」

「そんなもん決まってるよね?イゾラス!」

「うん、明日だよ。明日⋯下駄箱に⋯手紙を置いてみる」

「連絡先⋯知らないか?実は俺⋯連絡先ゲット出来るかもしれねぇんだけどな⋯」

「いや⋯大丈夫だよルシース」

「ただなぁ⋯下駄箱に⋯連絡先⋯って⋯、、なぁ?」

「そうだね⋯前時代的⋯だよね⋯確かに⋯原世界の恋愛映画を見たことがあるけど、学園恋愛の始まりは大体が手紙だった気がする」

「そう、オレはそれを狙ってる」

「まぁ、いいんじゃねぇの?イゾラスがこんな固い意思を持つこと自体、俺は凄い嬉しいよ。レノルズ、いいだろ?」

「そだね。うん!頑張って!イゾラス、マジで応援してる!」

「うん、ありがとう」


こうしてオレは二人に背中を押されて、一大決心をした。これが自分にとってどれだけ大きいイベントになる事か。分かってはいるものの、いざ定刻になると恐ろしい程の緊張感で包まれるんだろう。

手紙を書こう。

手紙を⋯書く⋯⋯人に手紙を書く⋯⋯こんな人生なるとは思いもしなかった。


その日の夜、家──。

自室。


他人の事で、机に向き合う日が来るとは思いもしなかった。


『ティヒナ⋯さん⋯へ』

さん付けの方がいいよな。さん付けをすると後輩からの手紙みたいな感じで最初は受け止めてしまうか⋯。初っ端から同期である事を証明したら、手紙を読んでもらえるまでに時間を割く可能性⋯って有り得るか⋯。

ああ⋯そんな面倒な事どうでもいいか

普通は、さん付けだよな。


『ティヒナさんへ』

『今日の放課後』

放課後⋯何処に⋯誘えばいいのかな⋯。中庭⋯いやいやいやいや馬鹿か。一瞬考えたら凄い光景だぞ。一人の陰キャが学園一の美女に告白しているシーン。さすがのさすがに⋯それは⋯。うん、やめておこう。失敗は考えたくない。だが⋯リスキーな場所は選びたくない。何処がいいかな⋯うーーーん⋯思えば自分は当学園の施設を全く知らない。友達がいないので教室にこもってたし、不必要な行動はしてなかったし、放課後は直ぐに帰ってた。だから当学園の施設サービスを活用したことなど一度たりともない。

そんな中で唯一オレが知っている、人目の無い所と言えば⋯あそこか。

『今日の放課後、ビフレストの造構付近でお話したい事があります』

『もし、ご都合宜しければ⋯』

⋯⋯⋯⋯⋯⋯うーん⋯⋯⋯⋯⋯⋯ご都合⋯宜しければ…に続く言葉が⋯⋯⋯こんなんでいいかな⋯


『もし、ご都合宜しければ、来ていただけないでしょうか?』

『イゾラス・ヴァルマン』


よし⋯書けた⋯。ンでぇ⋯これを、下駄箱に入れるんだよな⋯それにしても⋯同じクラスメイトなんだよな⋯朝にこの手紙を見て、オレの名前を確認されると⋯日中、オレへの警戒心を直に向けることになるな。

耐えよう⋯これに関しては耐えなきゃ。帰りの下駄箱に手紙を入れるっていうのも有りだな。それだといつも通りの学園生活を送れる。ただ⋯放課後、学園内で用事があるとそれを確認せずに時間が無情にも過ぎていく⋯。

緊張感はあるが、朝、下駄箱に手紙を入れるのが無難だろう。


寝よ。

ということで、『リルイン・オブ・レゾンデートル』シリーズ初のスピンオフ作品にして学園ドラマです。高校生活。

キャラクター像はよくある『陰キャと美少女』という設定ですが、これだけでは勿論終わりません。だってリルインのスピンオフですから。

本編では語られないサイドストーリーが同時進行します。

ただのラブコメで終わらせる気はありません。私は、見た事ない物語を執筆します。

是非とも、よろしくお願いいたします。


『Lil'in of raison d'être』シリーズ原作:虧沙吏歓楼

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