ホワイトデーなんで一千倍返しだ
ホワイトデーは三倍返しだと、男性陣は、フツフツと教えられている。
女子の手作りチョコだろうが十円チョコだろうが三倍を持って返すのが作法とされる。
男女差別はいけないが、女子に有利な区別は残るのだ。
しかし、九鬼周造から粋の精神を薄く生ハムを削ぐように学んだ俺は、全くそんな女尊男卑を気にせずに、幼馴染からもらった10円チョコを一万円の福沢いや、えっと誰だっけ渋、しぶしぶ、渋谷さんで返すわけだ。
算盤と論語ではなく、コンピューターと論破でまなんだ俺の脳髄は、エンシェントな知識と最先端なポスト・モダンを融合している。
少年よ、少女に貢げ。
かのクラークは婉曲にそう言った。
大志とは、幼馴染を籠絡すると見たり。
武士道とは、上位カーストな女子とイチャイチャすることなのだ。
一万円で何ができるか。
正月の残党を、目の前に、45秒で何ができるか、考えるように、一万円を見つめる。
服では、インパクトがない。宝石やブランドものには届かない。
一万円なんてp活一回分にすらならない。
いや、多分メイビー相場的に。
そして、俺は一万円で買えるやつと出会った。
広辞苑である。
そのフォルムを見たとき
その価格を見たとき
俺は中身を見ずに
選んでいた
ホワイトデーに広辞苑という最高にインテリかつ鈍器なものを送る男。
これは歴史に残る一万円の使い方だ。
10円という嫌がらせに、一万円という重量の嫌がらせ。
お前は、俺の愛の義理の重さを知る。
なにせ日本人は義理人情で生きているのだ。
義理の重みに竿をさして、瀛海を泳ぐ死靈なのだ。広辞苑って便利だね。
語彙と文脈は乖離させることができますね。
AIにはできないぜ。
まぁ、10円チョコに広辞苑を投げて返すなんてセンス、生成AIには思いつかんだろうな。全く常識に囚われるな。
「バレンタインのお返しがあるんだ」
「その、手にかかえているものじゃないよね」
「俺の気持ちだ。受け取ってくれ」
俺は広辞苑をひざまづいて、ん、ひざまずいて、彼女に捧げた。
彼女のイヤそうな顔を下から眺めるのが誇らしかった。
彼女は、片手で、かの書籍を持ち上げて、俺の頭頂部に一撃を落とした。
もちろん、俺は安全用のヘルメットを被っていた。
だって、暴力反対だから。
「お金をかければいいってものじゃないよね」
「プロポーズには宇宙食を準備する予定だ」
「うん、婚約者が可哀想すぎる」
広辞苑をハコからひきだし、彼女は、この場にふさわしいユーモアのあるユニークな「広辞苑によると」を行おうとしている。そう、俺は決めつけた。
スカートの上の広辞苑。俺も彼女の太ももの上の広辞苑になりたい。ああ、俺は辞書になりたい。博覧強記こそ旧時代の天才。語彙力とは暗記力なり。
「めんどい」
彼女は知識の宝庫を机にズシンと置いた。
俺の心は辞書から離れた。
今はスカートのポケットのスマホになりたい気分。
彼女はスカートからスマホを取り出して、検索という愚かな行為をしている。
しかし、当意即妙からは大いに離れた。
時間をかければかけるほど、どんどんハードルは上がるのだ。
強力なボケにツッコミは怯んではいけない。
「知ってる?」
桜の落ちるスピードしか知らないが。
「換金率が高いプレゼントって嬉しいよね」
こいつ、婉曲にもらった瞬間に、売る算段を話してやがるだと。
「ちょっと待って。俺と一緒に広辞苑を読もうよ。二人で一緒に、広辞苑を読んで、楽しもうぜ」
「完美品で売りたい」
「残念だな。俺の直筆サインをしてある。そう愛ゆえに」
「どこに?」
「探せ。この世の全てをソコにおいてきた。」
「底に書かないでくれる」
「俺のサインを一瞬で見抜くとは。」
「仕方ない。本棚に置いといてあげる」
「君が僕のプレゼントで言葉を覚えていくとしたら、なんて甘美な。そうもはや僕は君の心を支配したようなもの。ぞくぞくする」
「やばーいきもーい」
「ご、語彙力が、息をしていないだと」
彼女の言葉責めの能力が三倍上がりました。
俺の狙いどおりだ。
しかし、智に働いたせいか彼女が、鈍器の角を使うのはやめてほしい。
今度は、ぬいぐるみにしよう。たとえ、10円チョコでも渡してきたら、そこまでだ。ほしくないと言っても、もう遅い。少女趣味な部屋にルーチェンだ。
軽々しく、非モテにチョコを上げたらどうなるか、見せてやろう。ワクワク。




