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歌舞伎「山吹香」  作者: 吉良リクア
3/3

後編

 目と目を合わせたふたり。

 男のかばねなど初めからなかったかのように、ふたりは互いに近寄って手を合わせる。

 左手と左手だ。


「この合図あいずを覚えておるのかっ?」

「まさか、山吹美禰様が生まれ変わりをなさろうとはっ」


「違うのだ」

「は?」


「ワシは今、人間の少年に憑いておるのじゃ」

「なるほど。私が貴方を見つけられなかったのは、そのため」


「なるほど。お前を探すために、この少年菜々臣の中に、実は・・・ふうじられておる」

「はっ?」


「すまぬ・・・面目めんもくない・・・」


 かぶりを振る『梅音』。


「ひとでありながら狐にとついだ前の世を忘れられず、私はまた、生まれ変わりました」

「約束通り、ワシの名にちなんで・・・そう、『山吹』色の香りがする・・・」


「よもや『気品が高い』貴方様が、ひとに封じられることを選ぶとは」

「夢にも思わなんだか?」


「いいえ、何度夢に思うたことかっ・・・」

「梅音っ」


「貴方様っ・・・」


 ふたりは抱きしめあう。 


 その、数秒後。

 だんだんと表情が変わる少年の顔。


「うわぁっ」


 どん、と梅音をはね退けて飛びすさる『菜々臣』。

 いつの間にか、人格交代してしまったようだ。


「お、おおおおおおおおお、男っ?」


「山吹美禰様っ?」


 慌てすぎて変なおどりを踊っているかのような菜々臣が、動きを止める。


「え、今、何て?」


 しりもちを突いた『梅音』が、起き上がる。


「なるほど、少年・・・」

「あのっ、ここらへんに山吹色の匂いをした方はおられませぬか?」


 数秒の間。


「知りませぬ」

「ああ、そうですか・・・あの・・・山頂にお寺的なもの、あります?」


「ありませぬ」

「はっ?ないっ?」


「ありませぬ。向こう側の山に、あるとか、ないとか」

「あいたたた・・・間違えたんだ・・・どーしよー・・・」


 額に手を当てる菜々臣。

 そしてふらりと前につんのめる。


「あっ」


 菜々臣の身体を支える梅音。

 顔を上げた時には、山吹美禰になっている。



「すまぬ。人格の交代を制御せいぎょするのは難しい。この身体の主は、男嫌おとこぎらいなんじゃっ。男が触れようものなら、すぐさま本能か何かが働いて、人格交代してしまうっ。今は最大の力を使ってお前に触れておるが、もう力が底をつきそうじゃっ。梅音、ワシはもう表に出ることはできぬっ。どうか新しい伴侶はんりょを探してくれっ」


「何を申されます、貴方様っ」


「ああっ、ひとに生まれ変わることができたならっ・・・」

「私がっ・・・私が女に生まれていたならっ・・・」


「梅音っ・・・」

今生こんじょうの別れの前に、一度だけ、この唇に愛のしるしを下さいませっ」


「わかった・・・」

「ひとには生まれぬさだめの山吹美禰様に会うには、妖払あやかしばらいの道しかなかったっ・・・」


「これは、またの世の約束じゃ」

「約束です」


「梅音・・・」

「貴方様・・・」


 ふたりの顔がおもむろに近づき、口付けしたかのように見える視覚効果。


 ほら貝の鳴り響く音。

 それでもゆっくりとしか顔を離せないふたりは、見つめあったまま。


「このまま連れて去りたいが、よくしてもらったこのお人好し、巻き込むわけにはいかぬ」

「承知でございます」


「ははは。お前の口癖くちぐせだ」


 からめた手を、いていくふたり。


「さらばだ、梅音・・・」

「また、次の世も・・・」


「きっとだ」

「きっと」


「何を泣いておる?妖の命は長い」

「今度はいつ、生まれるかっ・・・男か女かも分りせぬっ」


「男であろうとも女であろうとも、きっとワシは次の世も、お前を愛することだろう」

「山吹美禰様っ・・・」


「もう、行かねば・・・ひとの気配がする・・・」

「早ようお行きをっ」


「また会おうっ」


 花道に向かって、走り出す山吹美禰。

 そしてその途中、速度がゆるむ。

 歩き始めると菜々臣が言った。


「ん?ああ・・・今、山を下っているんだな?」

「ああ、ああ・・・そうだ・・・」


「どうしたんだ?山吹美禰?」

「何がだ?」


「お前、泣いてるじゃないか」


 彼の手が、ほほに伝った涙をぬぐう。


「これは汗じゃっ」

「心配するな、山吹美禰、向こうの山と間違えたんだよ」


「ああ、そうか・・・」

「うん。そうだ」


「ああ、そうか・・・しかしそれも、間違いだと知った。ワシはしばらく眠るから、お前は山を降りたら、しばらく好きにしておくれね」

「ああ、またガセネタだったのか・・・」


「おやすみ、菜々臣」

「おやすみ、山吹美禰」


 菜々臣は、奈落を使ってゆっくりと退場。


 舞台には、屍役と梅音の姿。

 梅音は遠ざかっていく彼の後ろ姿を見つめている。


 ドン。

 太鼓の音。


 『き』の音と共に、幕が閉まってゆく。



 チョン。

 チョン、チョン、チョン、チョン。

 チョン。

 チョン。

 チョン、チョン、チョン。

 チョン。

 チョン、チョン。

 チョン。

 チョン。

 チョン、チョン、チョン、チョン。

 チョン。


 チョ、チョン。


 ドドン。


 


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