中編
いきなり走り出てくる菜々臣。
舞台のまなか辺りまで来ると、急に立ち止まってヒザに手を突く。
「はぁ~・・・ふもとから走ると、さすがに疲れる。でもまぁ、もうすぐ山頂だ」
「前々から言おうと思っていたんだがな・・・」
「何や?」
「お前、いくつや?」
「十九じゃ、何や、急に」
「二十歳になったら、急いでないのに走るのやめんか?」
「え、なんで?」
「いや、いい・・・」
「え、なんで?早よう、梅音さんの生まれ変わりに会いたいのやろ?」
「何っ?」
「何や?」
「お前、それで走っていたのか?」
「それ以外、何の理由があんのん?」
「いやっ・・・いや、なんでもない・・・」
「ん?」
「なんでもない、てっ」
「ほぉん・・・ほな、いこかっ」
「待たれよ」
ふたりが会話をしている間にいつの間にか舞台に上がってきた男。
山伏の格好をしている。
山伏を見る菜々臣。
「ん?」
「何用でこちらの山に入られたのか」
「ああ、もしかして貴方・・・」
「近寄るなっ」
笑顔で近寄ろうとしていた菜々臣が歩を止める。
「貴様、妖に憑かれておるなっ?」
「は?ああ、ええ」
「今、取り除いてやろうぞっ」
「は?」
「ええいっ」
「ちょっと、まっ・・・」
菜々臣の「ちょっと待って」を聞かず、しゃんしゃんと音の鳴る杖を振るう山伏。
法力というやつだろうか。
式が舞台正面左と花道から登場する。
水色の衣を着た黒子、ぶるこだ。
約、十人。
「山に魚っ?」
「ふふんっ」
ふらり、と立ちくらみを起こす菜々臣。
そして山吹美禰へと人格交代。
「触れると切れる、鋭利な魚群」
山伏は嬉しそうに言う。
「ほぉおぅ、知っておるのか」
「その昔、小腹が空いたので喰ってみたことがある」
「はっ?」
山伏は腰に携えた『ほら貝』を吹く。
「仲間を呼んだのか」
「貴様、まさか、藤美禰とか言う狐やなかろのっ?」
「ふじみね?それは弟の名じゃ」
「ああ、なんじゃ、噂の狐かと思うたわい・・・んっ?弟っ?」
「なんや、ワシも噂には聞いたが、弟は四代目清明をしておるらしいの」
「今、なんとっ?」
「いんや、何でもない」
「まずい、まずいっ、魚よっ、攻撃じゃ~」
曲が鳴る。
ぶるこ達は、床に手を突いて飛んだり跳ねたり、激しい踊りを見せる。
頭から背中にかけての水色の紗布、『ひれ』がぶるぶるふさふさ揺れている。
扇を広げた山吹美禰は、『ひれ』の真似をして魚をからかう。
魚が山吹美禰へと躍りながら、移動する。
山吹美禰を中心とした魚の輪。
山吹美禰は踊りだす。
曲の終盤、魚達はすっかり山吹美禰に心を許して楽しそうにはしゃいでいる。
曲の終わり。
山吹美禰を主役に、魚達が見得をきる。
しばらくの間。
山吹美禰は山伏へと向き直る。
そして、攻撃の気配に片手を前にかざす。
両者がほぼ同時に声を上げる。
「えい、やっ」
「はっ」
これまたほぼ同時、山吹美禰と山伏の袖口から発射された黄色と水色の紙吹雪。
山吹美禰が黄色で、山伏が水色。
そして舞台両袖に設置された機械から、大量の二色の紙吹雪の噴射。
その音に乗るかのように、魚達が色んな方向に飛ぶ。
一旦倒れて片足をひくひくとさせたあと、走って逃げてゆく。
慌てふためき、方々に散ってゆく魚達に地団駄を踏む山伏。
「このっ、このっ」
ゆらりと、雅に揺れる菜々臣こと山吹美禰の黒い横髪。
「さて、訪ねたい。もしやしたら、こなたの知っとる者かもしれんから聞いておくが、この界隈に『山吹色の香り』を持つおなごがおろうな?」
「そんなもんおらんわいっ」
「何?」
「そんなもんおらんっ、おらんから帰れっ」
し、し、と手を振る山伏。
「なんや、えらそな」
「わしゃこの山とそのまた向こう側の山を仕切っとるいっちゃん『えらい』山伏じゃっ」
「ほぉん・・・」
「ちょっとは、ビビれやっ」
「わっ」
「うわっ」
両手を広げて、「わ」のまま、しばらく動かない両者。
「なんじゃ今のは?」
「わ」
「頼むから、この山から出て行ってくれっ」
「いい年した男が、べそかきぃなや」
「だって、臨時の就任やねんもん~」
「なーきぃー、な、やっ」
舞台正面左から、山伏の格好をした人物が走って現れる。
「いかがされましたっ?」
現れたのは線の細い、茶髪の男だ。
山吹美禰は彼を見る。
「栗毛・・・今、風向きが変わったが、この香りはっ・・・」
「はっ、そうじゃっ。山吹色の香りのっ。こいつじゃっ」
「何っ?」
泣いていた山伏が突然、杖に仕込んでおいた刀を抜く。
「こいつの命をくれてやるから、持っていけぇいっ」
「こ、の、バカっ・・・」
「やっ」
同じく仕込んであった刀で抗戦する美人。
「何事じゃっ?」
「前から好かんかったんやっ。ちょうどええっ、ここで死んでもらうで~」
「はぁっ?」
少し離れ、また刀を交える山伏二人。
「お前は腕がたつが、とてつもない力持った妖が、お前を狙ろうとるっ。こんな絶好の機会ないわいな~」
「この、好色ジジィっ」
「うめねっ」
「はっ?」
思わず叫んだ山吹美禰に、思わず反応を返す若い山伏。
刀を交えた状態のまま、山吹美禰を見る。
「姿は違うが、私の前の世の名を知る妖っ。まさか、貴方は山吹美禰様っ?」
「梅音なのかっ?」
「ああっ、山吹美禰様っ」
「えい、やっ」
ひらりと刀を回避した若い山伏は、ばさりと攻撃相手を切り倒す殺陣をする。