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歌舞伎「山吹香」  作者: 吉良リクア
2/3

中編


 いきなり走り出てくる菜々臣。

 舞台のまなか辺りまで来ると、急に立ち止まってヒザに手を突く。


「はぁ~・・・ふもとから走ると、さすがに疲れる。でもまぁ、もうすぐ山頂(さんちょう)だ」

「前々から言おうと思っていたんだがな・・・」


「何や?」

「お前、いくつや?」


「十九じゃ、何や、急に」

二十歳(はたち)になったら、急いでないのに走るのやめんか?」


「え、なんで?」

「いや、いい・・・」


「え、なんで?早よう、梅音さんの生まれ変わりに会いたいのやろ?」

「何っ?」


「何や?」

「お前、それで走っていたのか?」


「それ以外、何の理由があんのん?」

「いやっ・・・いや、なんでもない・・・」


「ん?」

「なんでもない、てっ」


「ほぉん・・・ほな、いこかっ」



「待たれよ」



 ふたりが会話をしている間にいつの間にか舞台に上がってきた男。

 山伏の格好をしている。


 山伏を見る菜々臣。


「ん?」

「何用でこちらの山に入られたのか」

「ああ、もしかして貴方・・・」

「近寄るなっ」


 笑顔で近寄ろうとしていた菜々臣が歩を止める。


「貴様、妖に()かれておるなっ?」

「は?ああ、ええ」

「今、取り除いてやろうぞっ」

「は?」

「ええいっ」

「ちょっと、まっ・・・」


 菜々臣の「ちょっと待って」を聞かず、しゃんしゃんと音の鳴る杖を振るう山伏。

 法力(ほうりき)というやつだろうか。

 (しき)が舞台正面左と花道から登場する。


 水色の衣を着た黒子、ぶるこだ。

 約、十人。


「山に魚っ?」

「ふふんっ」


 ふらり、と立ちくらみを起こす菜々臣。

 そして山吹美禰へと人格交代。


「触れると切れる、鋭利(えいり)魚群(ぎょぐん)


 山伏は嬉しそうに言う。


「ほぉおぅ、知っておるのか」

「その昔、小腹(こばら)()いたので()ってみたことがある」

「はっ?」


 山伏は腰に携えた『ほら貝』を吹く。


「仲間を呼んだのか」

「貴様、まさか、藤美禰とか言う狐やなかろのっ?」


「ふじみね?それは弟の名じゃ」

「ああ、なんじゃ、噂の狐かと思うたわい・・・んっ?弟っ?」


「なんや、ワシも噂には聞いたが、弟は四代目清明(せいめい)をしておるらしいの」

「今、なんとっ?」


「いんや、何でもない」

「まずい、まずいっ、魚よっ、攻撃じゃ~」


 曲が鳴る。

 ぶるこ達は、床に手を突いて飛んだり跳ねたり、激しい踊りを見せる。

 頭から背中にかけての水色の紗布、『ひれ』がぶるぶるふさふさ揺れている。

 

 扇を広げた山吹美禰は、『ひれ』の真似をして魚をからかう。


 魚が山吹美禰へと躍りながら、移動する。

 山吹美禰を中心とした魚の輪。

 山吹美禰は踊りだす。


 曲の終盤(しゅうばん)、魚達はすっかり山吹美禰に心を許して楽しそうにはしゃいでいる。

 曲の終わり。

 山吹美禰を主役に、魚達が見得(みえ)をきる。



 しばらくの間。



 山吹美禰は山伏へと向き直る。

 そして、攻撃の気配に片手を前にかざす。


 両者がほぼ同時に声を上げる。


「えい、やっ」

「はっ」


 これまたほぼ同時、山吹美禰と山伏の袖口(そでぐち)から発射された黄色と水色の紙吹雪。

 山吹美禰が黄色で、山伏が水色。

 そして舞台両袖(ぶたいりょうそで)に設置された機械から、大量の二色の紙吹雪の噴射。

 その音に乗るかのように、魚達が色んな方向に飛ぶ。

 一旦倒れて片足をひくひくとさせたあと、走って逃げてゆく。 

 

 (あわ)てふためき、方々に散ってゆく魚達に地団駄(じだんだ)を踏む山伏。


「このっ、このっ」


 ゆらりと、雅に揺れる菜々臣こと山吹美禰の黒い横髪。


「さて、訪ねたい。もしやしたら、こなたの知っとる者かもしれんから聞いておくが、この界隈(かいわい)に『山吹色の香り』を持つおなごがおろうな?」

「そんなもんおらんわいっ」

「何?」

「そんなもんおらんっ、おらんから帰れっ」


 し、し、と手を振る山伏。


「なんや、えらそな」

「わしゃこの山とそのまた向こう側の山を仕切っとるいっちゃん『えらい』山伏じゃっ」

「ほぉん・・・」

「ちょっとは、ビビれやっ」


「わっ」

「うわっ」


 両手を広げて、「わ」のまま、しばらく動かない両者。


「なんじゃ今のは?」

「わ」

「頼むから、この山から出て行ってくれっ」

「いい年した男が、べそかきぃなや」

「だって、臨時(りんじ)就任(しゅうにん)やねんもん~」

「なーきぃー、な、やっ」




 舞台正面左から、山伏の格好をした人物が走って現れる。




「いかがされましたっ?」



 現れたのは線の細い、茶髪の男だ。

 山吹美禰は彼を見る。


「栗毛・・・今、風向きが変わったが、この香りはっ・・・」

「はっ、そうじゃっ。山吹色の香りのっ。こいつじゃっ」

「何っ?」


 泣いていた山伏が突然、杖に仕込んでおいた刀を抜く。


「こいつの命をくれてやるから、持っていけぇいっ」

「こ、の、バカっ・・・」


「やっ」


 同じく仕込んであった刀で抗戦(こうせん)する美人。


「何事じゃっ?」

「前から好かんかったんやっ。ちょうどええっ、ここで死んでもらうで~」

「はぁっ?」


 少し離れ、また刀を交える山伏二人。


「お前は腕がたつが、とてつもない力持った妖が、お前を狙ろうとるっ。こんな絶好の機会ないわいな~」

「この、好色(こうしょく)ジジィっ」


「うめねっ」


「はっ?」


 思わず叫んだ山吹美禰に、思わず反応を返す若い山伏。

 刀を交えた状態のまま、山吹美禰を見る。


「姿は違うが、私の前の世の名を知る妖っ。まさか、貴方は山吹美禰様っ?」

「梅音なのかっ?」

「ああっ、山吹美禰様っ」


「えい、やっ」


 ひらりと刀を回避(かいひ)した若い山伏は、ばさりと攻撃相手を切り倒す殺陣(たて)をする。

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